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TOGO 軍神の息子は、アナポリス帰りから軍縮した貧乏日本海軍の記録で稼ぐようです  作者: キユ
第三章

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雄弁なる総裁

 時:1930年(昭和五年)、冬

場所:大連、南満州鉄道・本社


 満鉄副社長・松岡洋右は、執務室で退屈そうに葉巻の煙を燻らせていた。

 張作霖は生きており、満州の鉄道は恐慌の打撃で空気輸送混じりの大豆を運んでいる。関東軍も海軍からの「北方基金」で大人しくなり、政治的危機は去った。


「平和なことだ。だが、私の性に合うのは、荒野を切り拓く『建国』のロマンであって、完成した帳簿の管理ではないのだがな」


 オレゴン州で苦学し、アメリカン・スピリットの「フロンティア開拓」を骨の髄まで吸い込んでいる松岡にとって、今の停滞した満州は物足りなかった。

 そこに海軍軍務課長の沢本頼雄が、分厚いファイルを抱えて訪ねてきた。


「……海軍さんが、私に何の用ですかな? 今の満州は、貴方がたの『制度』の恩恵で閑古鳥だ。私が口出しする余地はないはずだが」


 松岡は、皮肉っぽく笑った。


「満州の話ではありません、松岡先生」

 沢本は、ファイルをテーブルに広げた。


「地球の裏側、ブラジルの話です。

 我々はあそこに、鉱山、複線鉄道、メガポート、そして一貫製鉄所からなる、総額2億5000万ドルのコンビナートを建設します。

 ……事実上の『第二満鉄』です」


 松岡の目の色が、一瞬で変わった。

 2億5,000万ドル。満鉄設立時の資本金を遥かに凌駕する、とてつもないスケールだ。


「現場の土木と鉄道の指揮は、鉄道省から引き抜いた佐藤栄作という活きのいい若手に任せます。

 ですが、この巨大な権益を、アメリカの横槍や、現地の政治的混乱から守り抜くための『顔』と『弁舌』を持つ総裁が必要なのです。

 ……東郷元帥からの、ご指名です」


 沢本の言葉に、松岡はパイプを机に置いた。


「東郷元帥……。息子さんがワシントンで大暴れしているという。

 なるほど。アメリカの法とルールを逆手にとる、そのやり方は嫌いではない。

 だが、相手はアメリカの裏庭だ。国務省やウォール街が、黙って見ていると思うかね?」


「だからこそ、アメリカを熟知し、英語で彼らと堂々と渡り合える松岡先生が必要なのです。

 ……お引き受けいただけますか?」


 松岡は、ブラジルの地図――イタビラからヴィトリア港へ続く線――を見つめ、獰猛な笑みを浮かべた。


「面白い。満州の土は掘り飽きていたところだ。我々満鉄は日露戦争後、ロシアが敷いた広軌の線路を、たったの18ヶ月で標準軌に改軌してみせた。

 我々には、巨大なインフラを垂直統合で、しかも驚異的なスピードで構築するノウハウがあるのだ。ブラジルの赤い土に、帝国を築いてみせよう」



 時:1931年(昭和六年)

場所:ブラジル、ヴィトリア港・『南米拓殖鉄道株式会社(通称:南拓)』本社ビル


 初代総裁・松岡洋右は、建設中の巨大な港湾施設をバックに、アメリカから視察(という名目の粗探し)に訪れた国務省の外交官と、ニューヨーク・タイムズの記者たちを応接室に招き入れていた。

 アメリカ側は、この「日本の巨大な浸透」に焦りを感じ、粗を探して国際問題化しようと血眼になっていた。


「ミスター・マツオカ!」

 アメリカの外交官が、棘のある英語で問い詰める。

「貴国のこの『民間投資』とやらは、いささか規模が軍事的に過ぎませんか?

 我々の調査によれば、この港の水深とクレーンの能力は、日本の戦艦を補給・修理するためのものだとしか思えない。これはモンロー主義に対する明白な挑戦であり……」


「オーウ、ミスター」

 松岡は、流暢な――そしてアメリカ人以上に大仰なジェスチャーを交えた英語で、その言葉を遮った。


「貴方は何か、根本的な誤解をされているようだ。

 我々は、アメリカの偉大なフロンティア・スピリットに感銘を受け、それをこの南米で実践しているに過ぎません」


 松岡は、葉巻をくゆらせながら立ち上がった。


「かつて貴国は、大陸横断鉄道を敷き、荒野を切り拓き、世界一の工業国を造り上げた。

 我々が今ここでやっていることは、まさにそれと同じ文明の開拓です!


 現にあそこで汗を流しているのは、我が国のサトウという優秀なエンジニアと、不況で仕事を失い、我々が雇い入れたアメリカ製の重機と、アメリカ人の技師たちではありませんか!」


 松岡は、窓の外のアメリカ製・ビュサイラス社の巨大ショベルを指差した。


「我々は貴国の機械を買い、貴国の雇用を助け、そしてブラジルの人々に豊かなインフラを提供している。

 これを軍事的な挑戦と呼ぶのは、いささか被害妄想が過ぎるのでは?


 それともアメリカ合衆国は、自分たちが大恐慌で投資できなかったからといって、他国が正当なビジネスでブラジルを豊かにすることに嫉妬しているのですか?」


 アメリカの外交官は、言葉に詰まった。

 松岡の言う通り、この現場の機材の大半はアメリカ製であり、東郷の資金力で決済されたものだ。これを批判することは、アメリカの輸出産業を否定することに繋がる。


 さらに松岡は、記者たちに向かって、カメラを意識した完璧なポーズを決めた。


「皆様。我々『南拓』の目的はただ一つ。共存共栄です。

 我々は、ブラジルの大地に平和の十字架を建てているのです。

 ……もちろん、その十字架が鉄鋼で作られていて、少しばかり重いのは事実ですがね! ハッハッハ!」



 時:1932年(昭和七年)

場所:ブラジル、イタビラ鉱山〜ヴィトリア港


 赤茶けた大地を切り裂くように、真新しい標準軌の複線レールが、地平線の彼方まで真っ直ぐに伸びていた。

 そのレールの上を、地鳴りのような重低音を響かせて、巨大な蒸気機関車が走り抜けていく。

 機関車が牽引しているのは、高品位のヘマタイト(赤鉄鉱)を満載した、数十両編成の鉄鉱石専用小型重載型ホッパ車、通称「オア・ジェニー」だった。


「……よし! 今日の第15便、定刻通り通過!」

 保線区の監視所でストップウォッチを握りしめていたのは、日系移民の青年だった。

 彼の手には、アメリカら赴任した佐藤栄作直伝の、分単位の緻密なダイヤグラムが握られている。


 はるか後方のイタビラ鉱山では、アメリカのビュサイラス・エリー社から「NCPC債」で大量購入した『120-B型』電動大型ショベルが、巨獣のように唸りを上げ、昼夜を問わず山を削り取っていた。


 人力では何日もかかる掘削を、たった一すくいで終わらせる魔法の機械。

 それが数十台も並んで稼働する様は、まさに「山が消えていく」という表現がふさわしかった。


 そして、終点のヴィトリア港。

 かつてコーヒー豆の袋を人力で積んでいた長閑な港は、今や要塞のようなメガポートへと変貌していた。

 

 水深15メートルまで浚渫された大深度バースには、日本海軍が購入した鉱石運搬船が横付けされている。


 船のハッチが開くと同時に、巨大なベルトコンベアと自動シップローダーが作動し、列車から降ろされた鉄鉱石が、滝のように船倉へと吸い込まれていく。

 積み込みにかかる時間は、わずか数時間。


「……凄い。本当に、2年でここまで」

 視察に訪れたブラジルのルイス大統領は、ヴィトリア港の視察塔の上から、その圧倒的な物流の奔流を見て、感嘆の息を漏らした。


 彼の隣には、南拓総裁――松岡洋右が、満足げな笑みを浮かべて立っている。

「大統領閣下。お約束通り、第一期の『物流の大動脈』は開通いたしました」


 松岡は、港の奥――巨大な高炉が立ち並ぶ工業地帯を指差した。


「そして第二期。

 クルップ社による一貫製鉄所の建設も、予定通り進んでおります。あと1年で、このブラジルの大地から、南米初の『国産鋼鉄』が産み出されるでしょう」


 ルイスは、松岡の手を固く握りしめた。


「ありがとう、ミスター・マツオカ。

 アメリカ人は私たちを、農園の管理人としか見ていなかった。だが、日本は我々を『近代国家』にしてくれた。


 ……この恩を、ブラジル国民は永遠に忘れないだろう」


 ルイス政権は、日本海軍のこの圧倒的な「有言実行」の姿を見て、完全に日本側へと傾倒した。

 アメリカの政治的圧力など、もはや彼らには通じない。

 この巨大な製鉄所とインフラこそが、ブラジルの独立と繁栄の象徴モニュメントとなったのだ。



 時:1933年(昭和八年)

場所:広島県・呉海軍工廠、材料試験部


 その日の呉の実験室は、異常な静寂に包まれていた。

 普段なら、新しい装甲板の耐弾試験や成分分析で怒号が飛び交う場所だが、今、技術将校たちは顕微鏡と成分分析表を前に、言葉を失って立ち尽くしていた。


「計算違いではないのか。もう一度分析しろ」

 海軍造船中将・平賀譲は、震える声で命じた。


「三度やり直しました!ですが、結果は同じです」

 藤本喜久雄造船少将が、興奮で顔を紅潮させながら一枚のレポートを差し出した。


 それは、ブラジル・ミナスジェライス州の「イタビラ鉄山」から、日系移民の敷いた鉄道と日本海軍の輸送船によって届けられた、第一陣の鉄鉱石ヘマタイトと、現地クルップ製プラントで試験精錬された鋼材のサンプルデータだった。


『鉄分含有量:66.8%』

『不純物(リン、硫黄、シリカ、アルミナ):測定限界値以下(極小)』


「……ありえん」

 平賀は、机の上の鉱石の塊――鈍く光る鏡鉄鉱――を素手で持ち上げた。

「これほどの高品位鉱が、地球上に存在するだと? スウェーデン・グレンゲスベリ社のキルナ鉱山すら凌駕しているではないか!」


「はい」藤本が熱っぽく語る。

「スウェーデン鉱は確かに鉄分は豊富ですが、アパタイト(リン灰石)に由来するリンを約1%含んでいます。リンは鋼を冷間脆性(低温で脆くなる現象)させるため、徹底的に脱リン処理をしなければ、軍艦の装甲には使えません」


 藤本は、イタビラの鉱石を指さした。

「ですがこのブラジルの石には、そのリンが全くと言っていいほど入っていない。シリカも極小です。


 掘って、砕いて、そのまま高炉に放り込むだけで、最高品質の純粋な鉄がドバドバと流れ出てくるのです。選鉱のプロセスが、丸ごと不要になります!」


「選鉱が不要、か」

 平賀の脳内で、途方もない計算が回った。

 余計な化学処理がいらないということは、生産のスピードが倍になり、コストが半分になるということだ。そして何より、不純物に起因する装甲板の脆さや、品質のばらつきが根絶される。


「……ドイツのクルップ社が、よだれを垂らしてプラント輸出に応じたわけだ」

 平賀は、凄絶な笑みを浮かべた。

「彼らも知っていたのだ。この『神の鉄』を使えば、自分たちの製鉄プラントが文字通りカタログスペックの性能を叩き出せるということをな」



 時:同日

場所:東京・三宅坂、陸軍参謀本部


 海軍の「イタビラ鉱石到着」の報は、満鉄を介して日本陸軍にも届いていた。

 だが、その報告書を読んだ参謀本部総務部第1課長・東條英機の顔は、死人のように青ざめていた。


「東條。満鉄調査部のデータと比べて、どうだ?」

 参謀本部第二部長・永田鉄山が、無表情に問うた。


「……比較になりません」

 東條は、手元の『鞍山鉄山(満州)』の調査レポートを力なく机に置いた。


「我が陸軍が生命線と呼ぶ鞍山の鉄鉱石は、鉄分含有量わずか30〜40%。その上、シリカなどの不純物が大量に混ざった、泥のような低品位鉱です。

 そのままでは高炉に入れられず、梅根常三郎技師が開発した還元焙焼法という、莫大な熱量と手間をかけて不純物を焼き飛ばす工程が絶対に必要です」


 東條は、ギリッと奥歯を噛み締めた。

「我々が血と汗を流し、なけなしの予算をつぎ込んで、泥から必死で鉄を絞り出そうとしている時に……。

 海軍はアメリカの銀行から買い叩いた地球の裏側の借金のカタで、『洗わなくても食える純度100%の肉(鉄)』を、無尽蔵に手に入れたというのですか」


 満州の鉄は、確かに量はある。だがコストと時間がかかりすぎるのだ。

 東郷一成の用意したブラジルの鉄は、採掘したその瞬間から、圧倒的な経済合理性をもって陸軍の満州開発の価値を暴落させていた。


「永田閣下」東條は呻いた。

「これでは、我々が満州を支配する意味が……」


「ない、とは言わん。だが、また一つ減ったことも確かだ」

 永田は、ドイツ製万年筆のキャップを閉めた。

「……プライドでは弾は撃てん。最高級の鉄で大砲が造れるなら、出所がブラジルだろうが海軍のポケットだろうが、満鉄を介して有り難く使わせてもらうだけだ」


 東條は、拳を握りしめた。

「では、我々は海軍に頭を下げるのですか」


「違う」

 永田は即答した。

「海軍の信用に頭を下げるのだ」

 

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― 新着の感想 ―
仮に20年早く大慶油田を堀り当てたとしても油質的にアレやしそもそもこの世界線の日本はもう油はお腹いっぱいやしなぁ。陸軍のガス抜き以外に価値がないかもしれん笑
久しぶりの東條大佐。 陸軍的には、目を三角にして「満洲は日本の生命線!」と口角泡を飛ばしていたところを、海軍に札束で張り倒されて現実を思い知られるという悪夢なのかもしれませんね。 満洲の存在価値であ…
これって今何年なんですか?
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