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TOGO 軍神の息子は、アナポリス帰りから軍縮した貧乏日本海軍の記録で稼ぐようです  作者: キユ
第三章

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ブラジル・クルップ

 時:1930年(昭和五年)、11月

場所:ドイツ・エッセン、クルップ社本社・会長室


 灰色の空から冷たい雨が降るルール工業地帯。

 「鉄の帝王」グスタフ・クルップは、執務室の窓から自らの工場群を見下ろし、複雑な溜息をついた。


 日本海軍の東郷一成がもたらした「NCPC債」と「ドル現金」は、確かに大恐慌に沈むクルップ社を救った。だがその代償として、エウムコ社とハーゼンクレーヴァー社の誇る巨大なプレス機や超長尺旋盤といった「重鍛造工業」が、根こそぎ日本の函館へと引き抜かれることを黙認したのだ。


「……背に腹は代えられなかったとはいえ、帝国の牙を東洋に売り渡した喪失感は拭えんな」

 グスタフが独りごちたその時、ライヒスバンクのヒャルマル・シャハト総裁が、上機嫌な足取りで入室してきた。


 その後ろには、東郷一成が護衛の小百合を連れている。

「嘆くことはないよ、ミスター・クルップ」

 シャハトは、分厚い葉巻に火をつけた。


「東郷提督は『取引相手に損はさせない』主義だそうでね。貴方に、先日の“お引越し”の埋め合わせとなる、とびきり巨大な仕事を持ってきたそうだ」


「仕事? セレベスポマラのニッケル精錬プラントの件なら、すでに技師を派遣しているが」


「いいや、あれは前菜だ。今回はメインディッシュだよ」


 東郷は、一枚の地図をテーブルに広げた。

 それはアジアではなく、南米大陸。ブラジルの地図だった。

「ミナスジェライス州、イタビラ(Itabira)鉄山。

 ……我々日本海軍が、アメリカの銀行(NCB)から買い叩いた権益の一つです」


 グスタフ・クルップは、鼻で笑った。

「イタビラか。あそこが高品位のヘマタイト(赤鉄鉱)の宝庫であることは、20年前から世界の常識だ。だが、同時にあそこは資本家の墓場だぞ」


 グスタフは、葉巻を灰皿に叩きつけた。

「アメリカの実業家パーシバル・ファーカーが、あそこを開発しようと莫大なカネを注ぎ込んだが、結局どうなった?

 山奥からヴィトーリアへ運ぶための鉄道(EFVM)の敷設は難航し、資金は枯渇。


 おまけに先月(1930年10月)蜂起したジェトゥリオ・ヴァルガスは、強烈なナショナリストだ。『外国資本による地下資源の搾取は許さない』と息巻いている。

 ……あんな政治的魔境の石っころに、クルップの機械は売り出せんよ」


 だが東郷は、余裕の笑みを崩さなかった。

「アメリカファーカーが失敗したのは、彼らが自分の利益しか考えていなかったからです。

 彼らはブラジルの土から鉄鉱石を掘り出し、そのままアメリカへ持ち去ろうとした。だからブラジル人の反感を買ったのです」


「……ならば、日本はどうするのだ?」


「我々は、ただの石ころを運ぶつもりはありません」

 東郷は、地図上のイタビラと港の間に、赤いペンで巨大な工場群のマークを描き込んだ。

「我々はブラジルに、最新鋭の『一貫製鉄所』を建設します」


「製鉄所、だと?」

 グスタフの目が、見開かれた。


「そうです」東郷は頷いた。

「鉄鉱石をそのまま船で運ぶより、現地で銑鉄や鋼材に加工してから運んだ方が、重量も減り、輸送効率が遥かに高くなります。

 そして何より……ブラジルの最大の悲願は、『自国での重工業化(製鉄所の保有)』です。


 所有権はブラジル国家に帰属する。

ただし、建設費償還までは日本海軍・クルップ・ブラジル政府の三者管理とする。

生産される鋼材の一定割合は、出資者への償還分として日本向けに長期供給される」


 東郷は、グスタフの目を真っ直ぐに見据えた。

「ミスター・クルップ。

 貴社に、このブラジル初となる巨大製鉄所の基本設計と、高炉・平炉のプラント一式を発注したい。

 総予算は、初期フェーズで5,000万ドル。

 ……いかがです? プレス機を売った穴など、お釣りが来るほどの巨大事業ではありませんか?」


 グスタフ・クルップは、息を呑んだ。

 5,000万ドルのプラント輸出。不況で死にかけているドイツの重工業界にとって、これは会社が数年間安泰になるレベルの、メガ・プロジェクトだった。


「……だが、政治的リスクはどうする」グスタフが絞り出すように問う。

「製鉄所を造るにしても、地元のナショナリストによる接収、国有化のリスクという地雷があるではないか」


「ご安心を。地雷は、先月処理しました」

 東郷は、ある報告書を取り出した。

 


 時:1930年(昭和五年)、10月

場所:ブラジル、リオデジャネイロ・陸軍省(第1軍管区司令部)


 蒸し暑い熱帯の夜。

 ブラジル陸軍参謀総長タッソ・フラゴゾ将軍は、執務室の窓から、不穏な空気に包まれた首都リオデジャネイロの街並みを見下ろしていた。


 南部リオ・グランデ・ド・スル州では、ジェトゥリオ・ヴァルガスと同郷のゴイス・モンテイロ将軍が率いる革命軍が蜂起し、首都へ向けて進軍を開始していた。


 さらに軍の内部でも、「テネンテス」と呼ばれる若手将校たちが、腐敗したワシントン・ルイス大統領の寡頭支配に愛想を尽かし、反乱軍に呼応する動きを見せている。


「将軍」

 副官のメナ・バレット将軍が、重苦しい声で進言した。

「兵士たちの士気は最悪です。給料は遅配し、弾薬も足りない。


 ……国民の支持を完全に失った大統領のために、我々の息子たちに軍服を着せて、同じブラジル人の同胞(テネンテスや南部軍)と殺し合いをさせたいと思う者など、この軍の中には一人もおりません」


 フラゴゾ将軍は、深くため息をついた。

 それが、ブラジル陸軍上層部の本音だった。

 勝てないからではない。戦うだけの「大義」も「金」も、今の政府にはないのだ。


「やはり、我々の手でルイス大統領を引きずり下ろし、ヴァルガスに権力を譲るしか……」

 フラゴゾが苦渋の決断を下そうとした、まさにその時副官が入ってきた。顔色が悪い。


「将軍閣下。大統領府特別使節として、日本海軍中佐、松田千秋殿が面会を求めております」


「日本海軍?」

 バレットが眉をひそめた。

「この時間にか」


「はい。大統領府の認証印を携えております」


 フラゴゾは、しばらく黙っていた。

「通せ」


 扉が開いた。

 入ってきた東洋人は、日本海軍の白い第二種軍装を着ていた。

 背筋はまっすぐで、視線は部屋にいる将軍たちを値踏みするように静かに見渡した。


「日本海軍中佐、松田千秋であります」

 松田は、流暢なポルトガル語で言った。

「大統領閣下より、第1軍管区司令部へ緊急の会計書類をお届けに参りました」


「会計書類?」


「はい」

 松田は、革鞄を机に置いた。

 金具が外れる音が、やけに大きく響いた。

 中には、束ねられた米ドル紙幣が整然と詰められていた。


「なっ……! これは!」

 フラゴゾ将軍の目が、大きく見開かれた。


「総額、500万ドル。……ワシントン・ルイス大統領と我が国の間で結ばれた『ミナスジェライス資源開発協定』に伴う、第一回前払金の一部であります」


 松田は、冷徹な声で告げた。


「これはブラジル政府への正規の前払金です。大統領閣下は、その一部を憲法秩序防衛のため、正規軍給与及び手当に充当されました」


「……我々を買うつもりか」

 フラゴゾの声は低かった。


 松田は首を振った。

「いいえ、将軍閣下。買われるのは、私兵です。正規軍には、正当な給与が支払われるだけです」

 彼は、少しだけ声を落とした。


「さらに」

 松田は、もう一枚の目録を提示した。

「サンパウロ港には、我が国の制度債で買い付けられた、スイス製・デンマーク製・アメリカ製の重機関銃および20mm級自動砲および弾薬を満載した輸送船が、すでに向かっております。

 ……これらも全て、正規軍たる貴方方に引き渡す手はずとなっております」


 フラゴゾとバレットは、顔を見合わせた。

 彼らの脳内で、冷酷な軍事計算が瞬時に行われた。


 「給料も弾薬もない」状態なら、反乱軍に同調する方が合理的だった。

 だがドルでの給料支払いが保証され、最新鋭の武器が手に入るとなれば、話は全く逆になる。


 彼ら上層部にとって、若手将校テネンテスの過激な思想や、南部軍の台頭は、本来であれば軍のヒエラルキーを乱す許しがたい反逆行為なのだ。

 戦う金さえあるならば、正規軍の圧倒的武力をもって、目障りな若造どもを叩き潰したい。それが彼らの隠された本音だった。


「松田中佐」

 フラゴゾ将軍は、アタッシュケースのドル札に手を触れながら、声を低くした。

「大統領や君たちは、この金で我々に……『南部軍とテネンテスを殲滅しろ』と仰っているのだな?」


「殲滅とは、物騒な言葉ですね」

 松田は、ニコリともせずに答えた。


「我々日本海軍が望むのは、あくまで『平和的で安定した資源開発環境』です。

 ですから、その環境を力で乱そうとする者たちには、速やかにご退場いただきたい。それだけのことです」


 フラゴゾ将軍は、深く息を吐き出した。

 そして、傍らのバレット将軍に振り返った。


「……メナ。すぐに各師団長を招集しろ」

 フラゴゾの目に、猛禽類のような殺気が戻っていた。

「反乱軍の鎮圧作戦を発動する。

 我が首都軍の誇りにかけて、南部の田舎者どもに、本物の軍隊の戦い方を見せてやろう!」


 1930年10月。

 史実において「1930年革命」として成功するはずだったヴァルガスの蜂起は、首都軍の寝返りという最大の前提条件が崩れたことで、凄惨な内戦へと変貌した。


 だが、その内戦は長くは続かなかった。

 日本海軍の資金で潤い、最新装備を手にした正規軍の前に、資金難の南部軍とテネンテスは各個撃破され、わずか一ヶ月で完全に鎮圧されたのである。


 ジェトゥリオ・ヴァルガスは逮捕され、史実における「新国家エスタド・ノヴォ」の時代は、幻と消えた。

 ワシントン・ルイス政権は、日本海軍の「黄金の弾丸」によって、奇跡的に延命を果たしたのだ。



場所:ドイツ・エッセン、クルップ社本社・会長室


「……なるほど。そういうことだったのか」

 グスタフ・クルップはブラジルからの報告書を読み、深く息を吐き出した。


 目の前に座る東郷一成は、後ろで無表情な橘小百合と対照的に、穏やかに微笑んでいる。

「ミスター・クルップ。ご懸念の『ブラジルの政治的リスク』は、これで解消されました。

 現政権は、我々が用意した資金で反対派を物理的に一掃したのです。もはや、我々の製鉄所建設を邪魔するナショナリストは、ブラジル国内には一人も存在しません」


「一国の革命すら、カネで事前に鎮圧してしまうとはな」

 グスタフは、葉巻に火をつけた。


「……だが、東郷君。私が懸念しているのは政治だけではない。インフラだ。

 いくら製鉄所を作っても、あのアマゾンの奥地のような場所で、何万トンもの巨大な設備を運び、何千人もの労働者をどうやって養うというのだ?

 アメリカ人のファーカーが失敗した『ヴィトリア・ミナス鉄道(EFVM)』の再建など、夢物語ではないのか?」


「ご心配なく」

 東郷は、一枚の写真をテーブルに置いた。

 それはブラジルの赤土の大地で、ツルハシを振るう数千人の東洋人たちの写真だった。


「我々が用意した現場のロジスティクス管理者は、ただの労働者ではありません。

 彼らは『コチア産業組合』をはじめとする、ブラジル日系移民のネットワークです。

 彼らはこの20年間自らの力で密林を切り拓き、農業組合という強固な自立経済圏を築き上げてきた、生存と組織化のエキスパートたちです」


 東郷は、心なしか誇らしげに言った。

「また製鉄プラントの技術面でも、我々にはすでに満州の『昭和製鋼所』において、貴社の技術を先行して導入しつつあります。

 あの時と同じように、貴社は最高の技術とプラントを送ってくれればいい。

 組み立てと運用は、我々の技術者と日系移民たちがやり遂げます」


 グスタフ・クルップは、写真の中の日系人たちの、泥にまみれながらも力強い瞳を見つめた。

 彼らは金に雇われた労働者の目をしていない。自らの新しい祖国に、自らの手で誇りを築き上げようとする「開拓者」の目だった。


 シャハトが、満足げに笑った。資源のないドイツが、安く加工用の原料を確保するための海外拠点はぜひとも欲しい。


「やれ、クルップ。

 アメリカ人が身動きできない間に、我々は『貴方たちの国を豊かにする工場を建てましょう』と提案するのだ。

 ……アメリカは、自らの裏庭から完全に叩き出されることになるぞ」


「分かった」

 グスタフは、深く頷いた。

「これならば、失敗するはずがない。

 クルップの総力を挙げて、ブラジルに世界最高峰の製鉄所プラントを輸出しよう。

 ……アメリカが『裏庭』だと見下していた土地に、我々ドイツと日本の技術の結晶を打ち建ててやる」


いつもお読みいただきありがとうございます。


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クルップがブラジルに来るっぷ!パウ・ブラジル(火のごとく赤い)・クルップ、到着前に既に大地を焼き、赤く染めるとはやるねえ(風評被害w)。
リゲインの歌が聞こえてきそうなぐらいに海軍さんが世界中飛び回ってますね。 国内外で巨大プロジェクトが一斉に走ってるし、これだけ世界中に手を広げると各所で人が足りなくて人事局が悲鳴上げていそうです。 南…
FDRが政権に付くまでに回りがKAIGUNの物になっているかも知れない。
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