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TOGO 軍神の息子は、アナポリス帰りから軍縮した貧乏日本海軍の記録で稼ぐようです  作者: キユ
第三章

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総統閣下は運河工事にお怒りのようです

 時:1930年(昭和五年)、9月15日

場所:ドイツ・ミュンヘン、ブラウネス・ハウス(ナチス党本部)総統執務室


 国会ライヒスターク選挙の翌日。

 ミュンヘンのナチス本部、総統執務室。

 本来ならば、歴史的な大勝利に酔いしれ、シャンパンの栓がポンポンと抜かれているはずの夜だった。

 だが部屋の空気は、地下壕のように淀みきっていた。


 アドルフ・ヒトラーは、腕を組みながら椅子にふんぞり返り、地図を睨みつけていた。

 彼を取り囲むのは、ゲッベルス、ゲーリング、レームといった党の最高幹部たちと、選挙情勢の報告に駆けつけた党員たちである。


 ヒトラーは、苛立ちを隠すように言った。

「……ゲッベルス、ゲーリング、シュトラッサー、レームは残れ。他の者は退室しろ」


 重苦しい足音とともに、下級党員たちが逃げるように部屋を出ていく。

 ヒトラーは小刻みに震える手で眼鏡を外し、机の上に叩きつけられた開票結果の紙を睨みつけていた。

 彼の前には、宣伝指導者ヨーゼフ・ゲッベルス、突撃隊(SA)幕僚長エルンスト・レーム、そしてフランケン大管区指導者ユリウス・シュトライヒャーが、まるで死刑宣告を待つ囚人のように直立不動で並んでいる。


「……52議席」

 ヒトラーの低い声が、静まり返った部屋に響いた。


「事前の世論調査では、我々は100議席を軽く超え、第2党に躍進するはずだった。

 ……それが、なぜ52議席なのだ? 確かに前回(12議席)よりは増えたが……我々が目指していた『革命的勝利』には遠く及ばんではないか!」


 ヒトラーの声が次第に熱を帯び、最後は絶叫に変わった。

「ゲッベルス! 貴様の宣伝が足りなかったのか!

 レーム! 突撃隊の街頭行進で、大衆の心を掴めなかったのか!

 誰か、このふざけた数字の理由を説明しろ!!」


 ゲッベルスが、冷や汗を拭いながら一歩前に出た。

「そ、総統。我々の宣伝は完璧でした。国際金融資本の強欲と、ワイマール政府の無能を叩き、国民の絶望を掬い上げる……完璧なシナリオだったのです。

 ……ですが、有権者の『絶望』そのものが、消えてしまったのです」


「絶望が消えただと? 馬鹿な! ドイツには300万人の失業者がいるはずだ!」


「その失業者のうち、最も我々を支持してくれていた南ドイツ(バイエルン・フランケン地方)の数十万人が……突如として『熱烈なワイマール政府支持』、いや『熱烈な親日派』に寝返ってしまったのです」


 ヒトラーは目を丸くした。

「……親日派? 日本だと? 何の話をしている!」

 フランケン大管区指導者のシュトライヒャーが、泣きそうな顔で口を開いた。彼の地盤であるニュルンベルクは、今回の選挙で最も票を落とした地域だった。


「そ、総統。……『運河』です」


「運河?」

「はい。ライン・マイン・ドナウ運河の建設工事です。

 日本海軍とかいう組織が、突然前金だけで4,000万ドルもの莫大な外貨を即金で投じ、突貫工事を始めました。

 ニュルンベルクからレーゲンスブルクまでの区間で、15万人以上の労働者が新規に雇われました。間接的な雇用も含めれば、この地域の失業者はほぼ全滅……いえ、全員が仕事に就いてしまったのです」


 シュトライヒャーは、一枚のビラを机に置いた。

 ナチスのビラではない。運河工事の「求人広告」だった。


『日給:ライヒスマルクではなく、NCPC債(ドル兌換保証)にて支給!』

『福利厚生:昼食には、栄養満点の肉入りシチュー(カイグン・シチュー)を無料配給!』


「……我が党の熱心な党員たちすら、『ユダヤの陰謀を叫ぶのもいいが、その前に 俺はツルハシを振ってドルを稼ぐ!』と言って、茶色いシャツを脱ぎ捨てて作業着に着替え、現場へ行ってしまうものが……」


「さらに……」レームが苦々しく付け加えた。

「エッセンのクルップ工場も、日本海軍から『特殊鋼と掘削機械を言い値で買う』という超大型発注を受け、24時間フル稼働です。

 ルール工業地帯の労働者たちも給料袋がパンパンになり、共産党のストライキも、我々の暴動の呼びかけも、完全に無視されています」


 ヒトラーの顔が、怒りで赤から紫へと変わっていく。

 ぷるぷると震える彼の手が、鉛筆をへし折った。


「……ちくしょうめぇぇぇぇぇッ!!」


 総統の絶叫が、ミュンヘンの空気を切り裂いた。

「なんだそれは! なぜ海軍が穴を掘る!

 日本海軍だろう!? なぜバイエルンのど真ん中の、海もない泥だらけの土地で土方仕事をしているのだ!!

 おかしいだろうが!! 船を造れ! 海で遊んでいろ!!」


 ヒトラーは、世界地図をバンバンと叩いた。

「我が党の最大の武器は『明日のパンがない』というプロレタリアートの怒りだぞ!

 それを、極東から来た見ず知らずの海軍が、札束とシチューで物理的に黙らせただと!?

 そんなふざけた話があるか! 政治への冒涜だぞ!」


「そ、総統、落ち着いて……」


「落ち着いていられるか!

 我々はアメリカの恐慌を神の贈り物だと喜んでいたのだぞ! これでワイマール体制は崩壊し、私が、このアドルフ・ヒトラーがドイツを救う救世主になるはずだったのだ!

 それを……それを……!」


 ヒトラーはぜえぜえと肩で息をしながら、椅子にドカッと座り込んだ。

「……ゲッベルス。日本の資金源はどこだ。我々で叩けないのか。ユダヤの手先だと宣伝しろ」


「不可能です、総統」

 ゲッベルスは絶望的な顔で首を振った。


「日本の資金源は『アメリカのウォール街から合法的に吸い上げたドル』です。

 さらに、彼らの代理人としてドイツで資金を管理しているのは、ライヒスバンクのシャハト総裁です。今シャハトを叩けば、今度こそドイツ経済は本当に死にます」


「シャハトめ……あの古狐が、日本と結託したというのか」

 ヒトラーは頭を抱えた。

 金がない。票がない。そして、怒り狂うべき大衆の飢えが、日本の資金力によって満たされてしまった。


「……総統。いかがなさいますか」

 ゲーリングが恐る恐る尋ねる。


「……待つしかない」

 ヒトラーは、虚ろな目で宙を見つめた。


「日本の金が尽きるのを待つ。運河が完成すれば、奴らも帰るだろう。

 それまで……我々は、耐え忍ぶしかないのだ。

 ……クソッ。東郷一成。あの男の顔は一生忘れないぞ……」


 こうして、史実において1930年の選挙で107議席を獲得し、一躍第2党へと躍進するはずだったナチスのスケジュールは、日本海軍の「異常な公共事業」によって破壊されてしまったのである。

 


 時:同日

場所:ベルリン、ライヒスバンク(ドイツ帝国銀行)総裁室


「……見事なものだ」

 ヒャルマル・シャハト総裁は、選挙結果の報告書を肴にシャンパンを飲みながら、冷たく笑った。


極右ナチスも極左(共産党)も、出鼻をくじかれ勢いを削がれた。

 『パンと仕事』……。政治家が百万の言葉を並べるより、日本海軍が運んできたドルとシチューの鍋の方が、よほど国家を安定させるというわけか」


 シャハトにとって、ヒトラーやテールマン(共産党党首)の躍進が止まったことは、ドイツの延命を意味し、大いに歓迎すべきことだった。

 だが、彼の優秀な銀行家としての頭脳は、国内の安定を手放しで喜んでばかりはいられなかった。


「……問題は、外だ」

 シャハトの眉間が険しくなる。

 彼の手元には、不穏な部下からの報告書があった。


『……クレディット・アンシュタルト(CA)銀行への融資を巡り、フランス政府(ブリアン外相)の動きが極めて不自然。

 日本海軍がCA銀行傘下のチェコ・オーストリア企業群(シュタイア、ヴィートコヴィツェ等)の生産枠を9年間独占契約した事実に対し、フランス側が「担保価値の喪失」を理由に、強硬な債権回収、あるいは政治的介入の準備を進めている兆候』


「……フランスめ。焦っているな」

 シャハトは、葉巻の煙を吐き出した。


 フランスは、年利6%、5,000万ドルの融資でオーストリアの首根っこを握り、独墺関税同盟を阻止したつもりでいた。

 だが、そのオーストリアの中核産業を、日本海軍が「カネと契約」でかっさらってしまった。フランスが握っているのは、もはや中身のない「空の財布(CA銀行)」だけだ。


「フランスがCA銀行を潰しにかかれば、中欧経済は連鎖崩壊する。我がドイツも無傷では済まん」


 その時、執務室のドアがノックされ、秘書が告げた。

「総裁。パリの日本大使館から、三川軍一大佐がお見えです。ノーマン総裁の『紹介状』をお持ちで」


「通せ」


 現れた三川軍一は、海軍士官らしい無骨さを残しながらも、欧州の外交に揉まれた鋭い眼光を持っていた。彼は猛将だが、今はフランスという伏魔殿で、東郷の敷いた布石を守るために東奔西走していた。


「シャハト総裁。お時間いただき感謝します」

 三川は一礼し、単刀直入に切り出した。

「フランスの動きが、目に余ります。彼らは我が国の正当な商取引を、政治的な陰謀論と結びつけ、CA銀行の監査に不当介入しようとしている」


「分かっている。奴らは『日本がドイツの再軍備を裏で助けている』という妄想に取り憑かれているのだ」


 三川は、一枚の封筒を差し出した。

「まず、イングランド銀行のノーマン総裁から、貴殿への親書です」


 シャハトは封を切り、目を通した。

 そこに書かれていたのは、イギリスとドイツの中央銀行総裁同士が合意した、前代未聞の「招待状」の提案だった。


「……なるほど。そういうことか」

 シャハトは、ニヤリと笑った。

「ノーマンも私も、フランスが金融の暴力でヨーロッパを引っ掻き回すのは御免だ。

 そして、そのフランスの暴走を止められるのは……フランスに『5,000万ドルの元金』を貸し付けている最大の債権者、すなわち日本の東郷一成しかいない」


 シャハトは三川に向き直った。

「三川大佐。東郷少将は現在、ワシントンにおられるな?」


「はい。ですが、アメリカ側の監視が厳しく、容易には出国できない状況です。先日は『インフルエンザ』と称して極秘裏に渡欧(女装してのツェッペリン搭乗)されましたが、同じ手は二度も……」


「だからこそ、だ」

 シャハトは、重々しく言った。

「コソコソと女装などして来る必要はない。

 我々ドイツ政府と、イギリス政府の『公式な連名』で、東郷少将をヨーロッパへ招待するのだ。

 名目は……そうだな、『マイン・ドナウ運河建設工事における、日独英・技術・金融協力の視察』だ」


 三川は、目を見開いた。

「……公式な招待状、ですか。それなら、アメリカ政府も無下に東郷少将の出国を止めることはできません。外交問題になりますから」


「そうだ。堂々と、軍服を着て、表玄関からヨーロッパへ来てもらおう。

 アメリカの犬どもには、せいぜい豪華客船の特等室の前で指をくわえて警備をさせておけばいい」


「……私の元部下、樋端を使いましょう」

 三川は、地を這うような声で言った。



 時:同日 夜

場所:ワシントンD.C. 日本大使館・海軍武官室


 暗号電文を受け取った樋端久利雄大尉は、いつもの半開きの口をさらに大きく開けて、その文面を三度読み返していた。


『至急報。

 独シャハト総裁ヨリ、東郷少将宛ニ公式招待状アリ。

 仏ノ欧州金融攪乱工作ニ対抗スルタメ、独英トノ協力ヲ求ム。

 尚、三川大佐ヨリ厳命アリ。「次ハ絶対ニ軍服デ行ケ」トノコト』


「……少将」

 樋端は、ソファでコーヒーを飲んでいる東郷一成に、震える手で電文を渡した。

「……バレてましたよ。ヨーロッパの銀行家たちに」


「おや」

 東郷は電文を一読し、少しも悪びれずに微笑んだ。

「シャハト総裁もノーマン総裁も、意外とユーモアの通じないお堅い方々だな」


 隣で控えていた橘小百合が、氷のような声で突っ込んだ。

「閣下。次は私が男装をする必要はないのですね」


「小百合君、君のその冷徹な『東郷一成』の演技は、本物の私より威厳があると評判だったのだがね」

「お戯れを」


 東郷は立ち上がり、壁のヨーロッパ地図を見つめた。

「……フランスが、ついに中欧の時限爆弾(CA銀行)のスイッチを弄り始めたか。

 ブリアンは自分が買った『覇権』が、実は不良債権の塊であることに薄々気づき始めたのだろう。だから焦って、オーストリアから強引にカネ(あるいは政治的服従)を回収しようとしている」


「どうされますか?」

 樋端が、真剣な顔で尋ねる。

「CA銀行が破綻すれば、我々が前払いした3,000万ドルの生産ラインも、法的な整理に巻き込まれる恐れがあります」


「もちろん、行こう。ヨーロッパへ」

 東郷は、軍服の襟を正した。


「フランスに教えてやらねばならん。

 資本主義のテーブルで、一番やってはいけないことは『ババ(不良債権)を他人に押し付けようとして、テーブルごとひっくり返す』ことだと。

 ……今回は、皆で堂々と表玄関から行くぞ」


いつもお読みいただきありがとうございます。


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総統閣下も某コンピュータ付ブルドーザーなお方の魂インストールして運河工事にいけばいいのに(そりゃ別作者様の作品だ)。 パンとミルクをカイグンが用意し、サーカスを周りが用意する。完璧な分業体制である。
ナチスの支持は伸び悩んでいるけど、どれだけドイツの景気が回復してもフランスがやらかしたら意味がないんだよなぁ。賠償金という火種も健在だし。
>運河が完成すれば、 総統閣下、残念ですが日本が金を出し続けたら完成まで数十年後なんですよ。ヨーロッパは平和になりますけど。
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