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TOGO 軍神の息子は、アナポリス帰りから軍縮した貧乏日本海軍の記録で稼ぐようです  作者: キユ
第三章

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ペルビアン・トウゴウ・サンドイッチ

1930年のアメリカに戻ります。

 時:1930年(昭和五年)

場所:ワシントンD.C. 内国歳入庁(IRS)本部・特別監査室


 議事堂から数ブロック離れたIRS本部。その一室には、大恐慌で激減した税収を血眼になって補填しようとする、合衆国最強の猟犬たちが集まっていた。誰もが疲れていた。だが疲労は、執念を鈍らせるどころか、むしろ乾いた狂気に変えていた。


 特別捜査班の主任エージェント、ルイスは、黒板にウォール街の企業がNCPC債で叩き出した巨額の利益を書き殴った。


「見ろ! スタンダード・オイルも、JPモルガンも、この『制度債』とやらを使って数百万ドルの利益を出している! 利益が出ているなら課税するのが我々IRSの仕事だ。


 いいか。税法第61条にはこうある。『いかなる源泉から生じたものであれ、すべての所得は総所得に含まれる』。現金だろうが、金塊だろうが、牛だろうが、NCPC債だろうが関係ない! 経済的価値の増加には、等しく課税する!」


 彼の熱弁に、集まった若手査察官たちは力強く頷いた。


「その通りです、主任! 物々交換バーターであっても、取得した物品の『公正市場価格(Fair Market Value)』をドル換算して課税すればいいだけの話です!」


「そうだ」ルイスは腕を組んだ。


「奴らがNCPC債を100万単位で手に入れたなら、それを現在のウォール街の闇相場、たとえば『1単位=3ドル』で換算し、300万ドルの所得として法人税をふんだくる。……よし、法務部長に稟議を通すぞ」


 だが、部屋の奥で静かに書類を読んでいた法務部長が、冷や水を浴びせるように口を開いた。

「……ルイス。君はその『1単位=3ドル』という公正市場価格を、どうやって証明するつもりだね?」


「どうって……ウォール街のブローカーたちが、現にその値段でシカゴやニューヨークで上場取引しているじゃないですか」


「日本海軍の認可もなく、非公式にな」


 法務部長は、眼鏡越しにルイスを睨んだ。


「いいかね。NCPC債は、日本海軍の認めた公式な金融商品ではない。外国の法定通貨でもない。日本政府は一貫して『ただの軍任務の記録であり、為替レートは存在しない』と言い張っている。

 ……もし我々IRSが、ここで徴税のために『NCPC債は1単位3ドルの価値がある』と公式な通達ルーリングを出したら、どうなると思う?」


ルイスは一瞬、答えに詰まった。


「……どうなるって、税金が取れます」


「馬鹿者」

 法務部長は、低く唸った。


「我々合衆国政府が、日本の海軍が勝手に刷った紙切れに対し、『これには3ドルの価値があります』と“政府保証”を与えてしまうことになるのだぞ!」


「なっ……!?」


「想像してみろ。IRSが公式に3ドルと認定した瞬間、ウォール街の連中は狂喜乱舞するだろう。『ほら見ろ! アメリカ政府がNCPC債の価値をついに公式に認めたぞ! これは米国債と同等の安全資産だ!』とね。

 我々は税を取るつもりで、日本の怪物に戸籍を与えることになる」


ルイスの顔から、血の気が引いた。


「さ、さらに問題がある」

 法務部長は、忌々しげに額の汗を拭った。

「もし我々が『NCPC債は価値ある資産だ』と認定した場合。

納税者が『分かりました。では、税金もこのNCPC債の現物で納付します』と言ってきたら、どうする?」


「受け取るわけがない! 税金はドルで払うのが義務だ!」


「だが、論理が破綻するぞ? 『これは3ドルの価値がある立派な資産だから課税する』と言っておきながら、『でも税金として受け取る時は価値がないからダメだ』とは言えん。

 もし我々がNCPC債での納税を拒否すれば、彼らは法廷でこう主張するだろう。『IRS自身が価値を否定したのだから、我々のNCPC債による所得はゼロである。よって非課税だ』と」


 課税しようとして「価値を算定」すれば、アメリカ政府が日本の軍票の価値を保証(為替公認)することになり、ドルの敗北を決定づける。

 かといって「価値が不確定だ」と突き放せば、所得額が確定できず、1セントも税金が取れない。


「……ならば、だ!」


ルイスは、血走った目で黒板を叩きつけた。


「市場の投機価格(3ドル)を基準にすると、アメリカ政府がNCPC債を『外国通貨』として保証してしまうことになる。それは分かった。

 ならば、日本海軍が最初に発行した時の『原価』……つまり1単位=0.5ドル! これをIRSの『公式な評価基準』として認定すればいい!」


 ルイスは、勝利を確信したように法務部長を見た。


「0.5ドルで取得したものを、市場で3ドルで売って利益を出している。この2.5ドルの差額を『キャピタルゲイン(譲渡益)』としてきっちり課税してやるんだ! これなら理屈は通るだろう!」


「……それだ」

「市場価格を認めず、価値だけは固定する。政府保証にもならない」

「初めて勝ち筋が見えたぞ」


 だが法務部長の顔色は、先ほどよりもさらに深い絶望の土気色に染まっていた。


「……ルイス。君は、自分が今、何という恐ろしい『パンドラの箱』を開けようとしているのか、分かっていない」


「……何です? どこか間違っていますか?」


「君がその『1単位=0.5ドル』というIRSの公式見解ルーリングを出した瞬間……。ウォール街の連中は、日本に向かって感謝の祈りを捧げ、君を神の使いとして讃えるだろうよ。彼らに、永遠に税金を払わなくて済む最強の免罪符を与えてしまうことになるのだからな」



場所:ニューヨーク、ウォール街55番地、サリヴァン法律事務所


 ワシントンで「課税不能」として恐れられた理屈は、数時間後にはウォール街で「金脈」として研究されていた。


 窓の外では、失業者たちの列が長く伸びていた。大恐慌は街路を冷やし、人間を安くし、金だけを神経質にしていた。

 だが、分厚いオーク材のドアで隔てられたこの広大なオフィスには、冷徹な法と数字の快楽だけが存在していた。


 JPモルガンの首席法律顧問、ハーヴィー・サリヴァンは、クリスタルグラスの氷を揺らしながら、若きエリート弁護士のジェンキンスが黒板に書き出したスキーム図を満足げに眺めていた。


「……見事だ、ジェンキンス君。君の頭脳は、ハーバード・ロー・スクールの歴史に残る悪党ぶりだよ」


「お褒めにあずかり光栄です、サリヴァン先生」


 ジェンキンスはチョークの粉を払いながら、黒板の図式を指し示した。


「IRS(内国歳入庁)が、NCPC債の公式評価額を『日本海軍が主張する原価(1単位=0.5ドル)』に固定するかもしれない、という前提で構築した、我々の顧客、多国籍企業のための完全なる『防税壁』です。


 名付けて、『ペルビアン・トウゴウ・サンドイッチ』です」


「解説したまえ」


「はい。まず、我々の顧客であるスタンダード・オイル社を例にとります」


 ジェンキンスは、黒板に【米国本社】【ペルー子会社(タララ油田)】【日本海軍】の三つの箱を描いた。


「現在、米国本社は莫大な利益を上げており、通常ならば高い法人税を払わねばなりません。

 そこで第一段階。米国本社は、自社が持つ『最新の石油精製プラント設備(価値1,000万ドル)』を、ペルーの自社子会社経由に売却します」


「普通に売れば、本社に1,000万ドルの売上(課税対象)が立つな」


「ええ。ですから、決済は『NCPC債』で行います。ペルーの子会社から、市場価格に基づき(1単位=3ドル)333万単位のNCPC債を本社に支払わせるのです」


 ジェンキンスは、ニヤリと笑った。


「さて、IRSの公式見解では、NCPC債の価値は『1単位=0.5ドル』です。

 つまり、米国本社の帳簿上は『1,000万ドルの設備を、たった166.5万ドル(333万単位×0.5ドル)で売却した』ことになります」


「見事な『大赤字(833.5万ドルの特別損失)』だ。これで米国本社が払うべき法人税は、綺麗に消滅する」


 サリヴァンは拍手をした。現代で言うところの「移転価格操作」による、意図的な利益の圧縮である。


「しかしジェンキンス君。ペルーの子会社はどうやってそのNCPC債を調達する? 彼らには金がないはずだぞ」


「そこで第二段階です。東郷提督の出番ですよ」

 ジェンキンスは、【日本海軍】と【ペルー子会社】の間に太い矢印を引いた。


「ペルー子会社は、タララ油田から採掘した原油を、石油精製プラントで精製して日本海軍に全量輸出します。日本海軍は、その代金を『NCPC債』で支払ってくれます。

 ペルー国内には、この取引を規制する法律も、複雑な税法もありません。彼らは無傷でNCPC債を蓄積できます」


「なるほど。ペルーで稼いだNCPC債を米国本社に送金し、米国では『原価(0.5ドル)』で評価させて赤字を作る。……完璧だ。

 だが、米国本社に溜まったその『帳簿上はゴミだが、市場では高値(3ドル)で売れるNCPC債』を、どうやって現金ドルに変える?

 市場で3ドルで売れば、結局2.5ドルの『売却益』が出て、IRSに課税されるぞ?」


 サリヴァンが最大の核心を突く。


 21世紀の暗号資産(仮想通貨)保有者が直面する、「含み益を利確(売却)した瞬間に、税金で半分持っていかれる」という地獄である。


「売らなければいいのです、先生」

 ジェンキンスは、黒板に【ウォール街の銀行】の箱を書き足した。


「米国本社は、NCPC債を売りません。

 銀行の融資窓口に行き、このNCPC債を担保として差し入れるのです。

 銀行は、市場の実勢価格(3ドル)で担保価値を評価してくれます。333万単位のNCPC債なら、1,000万ドルの価値がある超優良担保です。


 銀行は喜んで、800万ドル(担保掛目80%)の『現金キャッシュ』を、米国本社に貸し付けてくれます。借金は返済義務を伴う。だから所得ではない。

 それを覆した瞬間、全米の通常融資まで課税対象になりかねませんから、IRSは手出しできません」


「買って、借りて、死ぬ」

 サリヴァンが呟いた。


「何です?」


「いや。未来の金持ちが気に入りそうなやり方だと思ってね。もし、返済期限が来たらどうする?」


「借り換える(ロールオーバー)か、あるいは『担保権の実行(代物弁済)』をさせます。

 もしNCPC債の市場価格が暴落して担保割れになれば、借金を踏み倒して、NCPC債を銀行に差し出してしまえばいい。


 帳簿上は0.5ドルの資産で、何故か800万ドルの借金が消えた、という謎の会計処理が発生しますが、今のIRSにこの複雑怪奇なクロスボーダー取引を解明できる捜査官は存在しません。彼らは大恐慌の国内での特損を追うだけで精一杯ですからね」


 サリヴァンはグラスの氷を鳴らしながら、腹の底から湧き上がる哄笑を抑えきれなかった。

「ハハハハハ! 素晴らしい! 芸術的だ!

 東郷提督が円との兌換を拒否し、公式レートを作らなかった理由がこれか!


 公式レートが存在しないからこそ、IRSは『日本が主張する原価(0.5ドル)』と『市場が勝手につけた時価(3ドル)』の間で引き裂かれ続ける。

 我々はその次元の歪み(アービトラージ)の中で、非課税で現金を吸い上げることができるのだ!」


 サリヴァンは立ち上がり、窓の外のワシントンD.C.の方角――日本大使館がある方角に向かってグラスを掲げた。

「東郷一成。貴方は天才的な軍人かもしれないが、それ以上に、我々ウォール街にとっての最高の『タックス・プランナー』だ。戦艦ではなく、課税権に砲撃を加えている」


いつもお読みいただきありがとうございます。


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>ペルビアン・トウゴウ・サンドイッチ  元ネタはDouble Irish with a Dutch Sandwich(ダブルアイリッシュ・ウィズ・ア・ダッチサンドイッチ)ですねw  しかし、193…
おっかねー!と言ったら数秒後に自分が何を言ったかに気付いた 図らずも作中の若き官僚たちの気分を追体験できた あと自分のしょーもなさにちょっと凹んだ
税を取る側からしたらこの怪物(NCPC債)を定義してくれないことには何も出来ないし税を回避する側からしたら定義しないからこそ儲かるし税回避できるという・・・・ アメリカの金融業界もだが英仏とか他国でも…
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