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TOGO 軍神の息子は、アナポリス帰りから軍縮した貧乏日本海軍の記録で稼ぐようです  作者: キユ
第三章

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鋼の揺り籠、不夜城の海

 時:1930年(昭和五年)、夏

場所:カリフォルニア州サンフランシスコ、フェアモント・ホテル


 エミリーが退出した後、東郷一成は、向かいに座る男の反応を待っていた。

 「造船の神様」平賀譲・海軍造船中将。

 彼はテーブルに広げられた、東京から届いたばかりの『8500トン級巡洋艦・20隻建造計画』の仕様書を睨みつけ、ギリギリと歯を鳴らしていた。


「だが問題は、ここからだ」

 平賀は、アーク目の痛みをこらえるように言った。


「東郷君。君が魔術師だということは認めよう。だが、物理の法則は魔術では曲がらん。

 今の日本の主力造船所は、高雄型の4隻(高雄、愛宕、摩耶、鳥海)で完全にパンク状態だ。溶接の導入で手早く船台を空けたとしても、その後の艤装――タービンの芯出し、配管、電装、砲塔の据え付け――に膨大な熟練工の手が取られる。

 ……1936年までに巡洋艦を20隻? 職人が何万人いても足りんぞ!」


 日本の軍艦建造は「工芸品」だった。

 現物合わせで鉄板を叩き、職人の勘でタービンの軸を合わせる。精巧だが、絶望的に時間がかかる。


「ええ。ですから、作り方を変えましょう」

 東郷は、一枚のリストを平賀の前に置いた。


「平賀閣下。貴方は今、このアメリカの造船所で、彼らの『仕事』をご覧になっているはずだ」

 平賀は口を閉ざした。

 確かに、アメリカの造船手法は日本と違った。彼らは船をブロックごとに別々の工場で作り、船台で一気に溶接して組み上げる(ブロック工法の萌芽)。


 そして何より、工程管理と、作業の分業化が徹底されていた。

「私が欲しいのは、アメリカの『船』だけではありません。彼らの『造り方』と『人間』です」


 東郷は、リストを指で叩いた。

「現在、大恐慌でアメリカの産業界からは、無数の熟練工が放り出されています。

 船殻のブロック建造の現場監督。

 タービンや減速歯車の据え付け・芯出しを行う専門技師。

 配管や電装の工程管理を行う実務屋。

 ……彼らを、ドルに加えドルと同額の非課税の制度債という高給で、日本へ『輸入』します。これらは先日のロンドン条約で、公式に認められたものです」


 平賀は目を見開いた。

「馬鹿な! 軍艦の心臓部を外国人に作らせる気か! 軍機保護法違反だぞ!

 スパイに『日本の巡洋艦の弱点』を隅から隅まで教えるようなものだ!」


「だから、『秘密の階層化』を行うのです」

 東郷は、白紙を大きく二つに線を引いて分けた。


船体ドンガラと、機関エンジン

 これは『ただの大型高速フェリー』です、とアメリカ人技師に説明します。

 彼らには船殻のブロック溶接と、タービンの据え付けだけを、アメリカ式の徹底した合理主義とスピードでやらせる。彼らには大砲の図面など一切見せません」


 東郷は、ニヤリと笑った。

「そして、船体が海に浮かび、エンジンが回るようになったら……彼らの仕事は終わりです。

 そこから先は、日本人の職人だけの『聖域』になります」


「……聖域、だと?」

「ええ。覚えておいでですか? 我々がアメリカから買った、あの巨大な代物たちを」

 平賀の脳裏に、先日自ら検品した『超大型浮きドック(ABSD)』と、『マトソン改・工作艦』の威容が閃いた。


「……ッ!! まさか!」


「そのまさかです」

 東郷は、深く頷いた。


「アメリカ人技師の手で組み上がった『高速フェリー(ドンガラ)』を、巨大な浮きドックの中に入れます。

 そして、ドックの周囲を高い壁と天蓋で完全に覆い隠す。

 その密室のドックの中に、工作艦を横付けし……日本人だけで、ボフォースが開発中の長12.7cm高角砲や、射撃指揮装置、そして15.5cm主砲(※有事には20.3cm砲に換装可能)を、ポン付けしていくのです」


 平賀は、震えながら両手を握りしめた。

 船体建造と機関据え付けという、最も「人手と時間がかかるが、軍事機密としては致命傷にならない部分」を、アメリカの熟練工とマネジメントに丸投げする。

 そして兵装やFCSという「絶対に知られてはならないブラックボックス」は、浮きドックという『密室』の中で、少数の日本人エリート職人だけで一気に組み込む。


「これなら……」

 平賀は、頭の中の算盤を猛烈な速度で弾いた。

「船台の占有期間は半分以下になる。

 機関の芯出しで日本人の職人が徹夜する必要もなくなる。

 ……いける。これなら、1936年末までに20隻、並行建造で揃えられるぞ!」


「ええ。そして何より、アメリカ人技師たちは『自分たちが日本の軍艦を作らされている』という罪悪感を持たずに済みます。彼らはただ『速い船』を作っているだけですから」

 東郷は、コーヒーを飲み干した。

「……平賀閣下。貴方には、この『日米合同・超法規的造船プロジェクト』の総監督をお願いしたい。

 アメリカ人の合理性と、日本人の機密保持をコントロールできるのは、今の日本海軍では貴方しかいません」


 平賀譲は、大きく息を吐き出した。

 造船の神様にとって、これほど魅力的で、これほど狂気に満ちた「実験」はない。



 時:1930年(昭和五年)、秋

場所:東京・霞が関、海軍省・艦政本部


 ロンドン海軍軍縮条約の「13年ルール」によって、日本海軍は合法的に「17万トン」もの莫大な巡洋艦建造枠を手に入れた。

 だが、その歓喜は艦政本部の技術者たちにとって、すぐに胃の痛くなるような「現実」へと変わっていた。


「……計算が合いません、局長」

 艦政本部の造船大佐が、分厚い工程表を前に悲鳴を上げた。

「8,500トン級の大型軽巡を20隻。それを条約期間内(1936年末まで)に揃える? 物理的に不可能です!」


 彼は、黒板に現在の造船所のキャパシティを書き出した。

「現在我が国の主力艦建造能力を持つのは、呉、横須賀の官営工廠と、民間の三菱(長崎)、川崎(神戸)のみ。彼らの船台をフル稼働させても、年間に起工できるのはせいぜい4隻から5隻。

 ……しかも戦艦・空母の改装や代艦の建造もあります!」


 軍務局長の堀悌吉は、冷めたコーヒーを啜りながら、静かにその報告を聞いていた。

「船台が足りないなら、増やせばいいだろう」


「増やせません!」大佐は半泣きだ。

「大型艦を造るには、巨大なクレーン、特殊鋼を曲げる巨大なベンディングローラー、そして何より『大型艦の図面を読める熟練工』が必要です。これは一朝一夕には育ちません!」


 そこに、ノックの音と共にアメリカ帰りの平賀譲が入室してきた。

 

「……お困りのようだね、大佐」

 平賀は、一枚のリストをテーブルに置いた。


「ならば、彼らに『手伝って』もらえ」

 リストには、民間造船所の名前が並んでいた。


『浦賀船渠(神奈川)』

『播磨造船所(兵庫)』

『藤永田造船所(大阪)』

『玉野造船所(三井・岡山)』


「……民間の中堅造船所ですか」

 大佐は眉をひそめた。

「確かに彼らは駆逐艦や、5,500トン級の軽巡(阿武隈)を造った実績はあります。ですが、今回の巡洋艦は次元が違います。装甲の厚さ、電気溶接の多用、複雑なボイラー配置……。いきなり彼らに丸投げすれば、必ず事故が起きます」


「丸投げはせん」

 平賀は、リストの上にペンの尻を置いた。


「『段階的育成』を導入する。

 第一陣(昭和6〜7年起工)の4隻は、これまで通り呉や長崎などの主力ラインで造る。

 だが、その際にこれら民間造船所の技術者を『見学』させ、同時に船体の一部ブロックや、居住区の艤装、配管などを『下請け』として発注する。

 ……彼らに、我々の『新しい基準』を体で覚えさせるのだ」


「……なるほど。部品単位での外注化ですか」

 堀が興味深そうに頷いた。


「そして第二陣(昭和8年以降)から、本命の『第二船台群』として彼らを本格稼働させる」

 平賀は、リストの社名を指差した。

「軽巡の実績がある『浦賀』と、中国向け巡洋艦(寧海)を手がける『播磨』を、巡洋艦の主生産ラインに引き上げる。

 『藤永田』、『玉野』には補機類、ブロックを作らせ、順次主生産ラインに格上げする」


 平賀の瞳に、冷徹な光が宿った。

「そして労働力だが……『三交代・24時間稼働』を導入する」

「24時間!? 民間の工員にそんな無茶をさせれば、ストライキが起きますよ!」


「起きん」

 平賀は、きっぱりと言い切った。

「なぜなら、我々は彼らを『使い潰す』のではなく、『白く染める(ホワイト化する)』からだ」



 時:1932年(昭和七年)

場所:神奈川県・浦賀船渠(造船所)


 深夜。浦賀の海沿いは、昼間のような眩い光に包まれていた。

 アメリカ・GE社製の巨大なナイター用投光器が、拡張されたばかりの第2船台を煌々と照らし出している。

 夜勤(第三シフト)を終えた工員の山田は、ヘルメットを脱ぎながら、同僚と笑顔で言葉を交わしていた。


「……おい、今日の夜食、見たか? 海軍さん特製の『ビーフカツレツ』だぜ!」

「ああ! しかも、今月は夜間手当が倍だ。おかげで田舎のお袋に、仕送りが増やせたよ」


 山田たちは、造船所の敷地内に新設されたばかりの「海軍直営・工員専用食堂」へと向かっていた。

 日本海軍の『国家漂白化計画』は、ここ浦賀でも機能していた。

 不況で仕事にあぶれていた工員たちを、海軍は「破格の好待遇」で囲い込んだのだ。


 ・深夜労働には、通常賃金の1.5倍の特別手当を支給。

 ・敷地内に最新の医療設備を備えた診療所を完備。

 ・単身者には冷暖房完備の寮を、家族持ちには格安の社宅を提供。


 アメリカの労働争議の惨状を知る東郷は、「カネと飯と安全」を担保しなければ、極限の24時間稼働など成り立たないことを熟知していた。これは『生産』という戦争の弾薬だ。


「……お疲れ様です、山田さん」

 食堂の入り口で、海軍の監督官が、工員たちに温かいコーヒーを配っている。


 かつての「偉ぶる海軍将校」の姿はない。彼らもまた、アメリカから帰国した技術者たちに「現場と一体にならねば、良い船は造れない」と叩き込まれていた。


「監督官! この『ブロック工法』ってやつ、最初は戸惑いましたが、慣れると早いですね!」


 山田が、コーヒーを受け取りながら言った。

「ええ。藤永田造船所で作った船首ブロックが、明日の朝には船で届きます。皆さんのシフトで、それを船体に溶接してもらいますよ」


「任せてくだせえ! 寸分の狂いもなく、くっつけてみせますよ!」

 彼らが今造りだそうとしているのは、8500トン級巡洋艦の第二陣『龍田たつた』であった。


 官営工廠で造られた一番艦の図面とノウハウが、民間造船所に完全に共有され、複数の工場で作られたブロックが、パズルのように一つの巨大な船体へと組み上がっていく。

 それは、日本の造船業が「職人の手作り」から「近代的なシステム工業」へと脱皮した瞬間だった。



 時:1933年(昭和八年)、春

場所:神戸・川崎重工艦船工場


 神戸の街は、空前の好景気と異国情緒に沸いていた。

 造船所の周辺には長崎に引き続き「リトル・アメリカ」と呼ばれる区画ができ、不況のアメリカから渡ってきた技術者やその家族たちが、ドルとNCPC債で支払われる高給で豊かな生活を送っている。


 彼らの職場である船台では、異常な光景が展開されていた。


「Come on! Move that block!(来い! そのブロックを動かせ!)」


 アメリカ人の現場監督がメガホンで怒鳴り、日本の工員たちがキビキビと動く。

 従来の「下から順に組み上げる」方式ではなく、地上で組み立てた巨大な船体ブロックを、アメリカ製の大型クレーンで次々と吊り上げ、溶接していく。


 機関室では、GEから引き抜かれたタービン技師たちが、慣れた手つきで推進軸の芯出しを驚異的なスピードで終わらせていく。


「……ミスター・ヒラガ。この『高速フェリー』、本当に船体がスマートですね。これなら35ノットは軽いですよ」

 アメリカ人技師長が、視察に来た平賀に笑いかける。


「ええ。日本の海は波が荒いですから、頑丈で速くないと困るのですよ」

 平賀は、内心の冷や汗を隠して無表情に応えた。


 数ヶ月後。

 あっという間に船体と機関が完成した『高速フェリー』は、進水式もそこそこに、神戸港外に停泊する巨大な要塞――『第103号超大型浮きドック(ABSD)』の内部へと曳航されていった。


 ドックの扉が閉まり、巨大な天蓋が被せられる。

 ここから先は、外国人技師は立ち入り禁止だ。

 「企業秘密の艤装工事を行うため」という名目で、日本人だけの完全な密室が完成する。


 ドックの中では、待機していた巨大クレーンが、すでに完成していた「15.5cm砲」や「ボフォース長12.7cm高角砲」を、次々と空箱ドンガラの甲板に降ろしていく。

 ハゼマイヤーのFCSとエリクソンの配線が、交流(AC)電源網にサクサクと接続されていく。


「……まるで、模型だな」

 艤装員に任命された若き将校が、その異常な建造スピードに呆然と呟いた。


「アメリカの腕力で骨を組み、欧州の技術で臓器を入れ、日本の密室で武装する。

 ……これが、東郷閣下の言う『新しい造船』か」


 日本の造船所は24時間眠ることなく、鋼鉄の巨獣たちを海へと産み落とし続けていた。

 それは「持たざる国」が、金と技術とシステムによって「持てる国」をも凌駕する、産業革命の極致であった。

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