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TOGO 軍神の息子は、アナポリス帰りから軍縮した貧乏日本海軍の記録で稼ぐようです  作者: キユ
第二章

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大乱闘

 時:1930年(昭和五年)、3月

場所:ワシントンD.C. ナショナル・プレス・クラブ


 煙草の煙が充満するクラブの一角で、ニューヨーク・ヘラルド・トリビューンの記者ベン・カーターは、ハースト系新聞の号外をテーブルに叩きつけた。


 現実を知らないハースト系新聞は、無責任な愛国心を煽り立てていた。

 号外の見出しが踊る。


『数字は嘘をつかない! 米海軍は日本を圧倒している!』

『日本の要求を認めるな! それは敗北だ!』


 記事の中身は、単純な「トン数」と「大砲の門数」の比較だけだ。

 戦艦15隻対10隻。アメリカの圧勝。

 工業力10対1。アメリカの圧勝。


 そこには「その戦艦を動かすための重油を買い負け、今は日本の炊き出しの暖房に使われている」ことや、

「工業力が現金欲しさに日本の注文をこなすためにフル稼働しており、ツケで米軍の注文を受ける余裕がない」ことなどは、一行も書かれていない。


「……笑わせるな」

 ベンは、隣に座る海軍情報局(ONI)のやさぐれている友人に医療用ウィスキーを奢りながら吐き捨てた。


 ベンはメモ帳に殴り書きした。

 記事のタイトル案だ。


『スクープ:合衆国海軍は“ダイエット”に成功した。自分の足を食べて』


「……書けないよな、こんな記事」

 ベンはため息をついた。


 国民は「強いアメリカ」という幻想に縋り付いている。真実を突きつければ、パニックになるか、ベンが「非国民」として吊るし上げられるかだ。


 友人の大尉が、虚ろな目でグラスを揺らした。

「……ベン。もっと怖い話をしてやろうか」


「なんだ?」

「日本が『給炭艦』を5隻買っていっただろ? 500万ドルで」

「ああ。鉄くず同然の船にな」

「あいつら、あの船を何に使ってると思う?」

「鉱石運搬だろ?」


「そうだ。だが、それだけじゃない。

 日本はあの船の巨大なデリック(クレーン)を使って、南米の港湾整備までやる気らしい。

 つまり……俺たちが捨てた古道具を使って、日本は自分の『兵站基地』を地球の裏側に建設しようとしてるんだ」


 ベンは絶句した。

 アメリカは「維持費が惜しい」と言って捨てた道具で、包囲網を作られている。


「……完璧なブラックジョークだ」

 ベンは乾いた笑い声を上げた。


「ハーストの新聞は『数字は嘘をつかない』って言ってるが、その通りだ。

 ただし、見るべき数字が違ったな。

 見るべきは『戦艦の数』じゃない。『稼働可能な補給船のトン数』と『国家財政の赤字額』だ」


 二人は、日本海軍が経営する給食所からくすねてきた「コンビーフ缶」を肴に、苦い酒を飲み干した。


 窓の外では何も知らない市民たちが、新聞を片手に「日本に目にもの見せてやれ!」と気勢を上げている。

 その声援が、実際には「空っぽの燃料タンク」に向けられているとも知らずに。



 時:1930年(昭和五年)、3月

場所:ワシントンD.C. 合衆国議会議事堂・上下両院合同経済委員会


 その日の委員会室は、喚問された証人たちの脂汗と、議員たちの殺気で満ちていた。

 傍聴席のマスコミ席は満員だ。


 証言台には、財務長官アンドリュー・メロンと、海軍作戦部長チャールズ・ヒューズ大将が、互いに目を合わせることなく座っている。

 委員長であるウィリアム・ボラー上院議員が、木槌を叩いた。


 その音は、弾劾裁判の始まりを告げるようだった。

「……始めよう。

 現在、我が国は未曾有の財政危機にある。国債の利払いは綱渡り、公務員の給料は遅配が続いている。

 そんな中、財務省と海軍省の間で持ち上がった『資産売却計画』について、国民に説明する義務がある」


 ボラーは、手元の資料を睨みつけた。


「財務長官。確認する。

 当初、日本側から提示された買取総額はいくらだったか?」


「……約7,000万ドル、です」

 メロンがハンカチで額を拭いながら答える。


「実際に、国庫に入った金額は?」

「……給炭艦5隻分、500万ドルのみです」


 議場がざわめく。

「6,500万ドルも減ったのか!?」

「利払いに足りないじゃないか!」


 ボラーは冷ややかに続けた。

「つまり、君たちは目の前に積まれた6,500万ドルの現金を、みすみすドブに捨てたというわけだ。

 ……この非常時に?」


 ボラーは、次に商務省のデータを映写機でスクリーンに映し出した。

 そこには、ニューポート・ニューズ造船所とベスレヘム・スチール、ニューヨーク造船所の受注額がグラフになっていた。


「だが、金が消えたわけではない。移動しただけだ。

 日本海軍は、政府との交渉が決裂したその足で、民間造船所と民間企業に向かった。

 そして発注した金額は……総額8,000万ドル!」


 議員たちがどよめいた。

 政府が断った金額よりも、さらに増えている。


「財務長官。

 民間企業は日本の金で潤い、雇用が回復している。だが政府の歳入はゼロだ。

 ……君は日本のお金を『政府の金庫』に入れるチャンスを、自ら『民間の懐』へ誘導したのかね? 慈善事業家かな?」


「違います! 私が止めたのではありません!」

 メロンが叫んだ。

「私が合意寸前までまとめた話を、海軍がひっくり返したのです!」


 矛先が、ヒューズ提督に向いた。

 ヒューズは制服の襟を正し、軍人としての威厳を保とうとしていた。


「……議員。私は国家の安全保障を守ったのです。

 工作艦『メドゥーサ』や浮きドック、予備の給油艦は、艦隊の運用に不可欠な資産です。

 目先の金のために、国の守りを売るわけにはいきません」


「立派な心がけだ」

 ボラーは皮肉たっぷりに言った。


「では聞くが、提督。

 その『守り抜いた』予備役艦艇たち……現在、フィラデルフィアとサンディエゴに係留されているガラクタの山だが。

 ……あれの維持費は、年間いくらかかっている?」


ヒューズが押し黙る。


「答えられないか? では私が答えよう。

 年間、約500万ドルだ」


 議場から失笑が漏れた。議員の一人がこう言う。

「私の選挙区では、教師の給料が止まっている。

提督、あなたの言う“維持費500万ドル”で、何校の学校が救えた?」


ざわめきが止まらない。木槌が鳴る。


「……整理しよう。

 君たちは7,000万ドルの収入を拒否した。

 その結果、500万ドルの支出(維持費)を継続することになった。

 そして日本は、その浮いた金で『新品のドックと工作艦』を手に入れた」


 ボラーは、ヒューズを指差した。

「提督。君は『メドゥーサ(中古)』と『YFD-2(中古)』を守ったつもりだろうが……

 その代償に、日本に『世界最高の工作艦』4隻と『世界最大の浮きドック』5基をプレゼントしたのだ。

 ……君は、日本海軍の補給部長か何かか?」


 ヒューズの顔が、怒りと屈辱で紫色になった。


 ここで、委員会スタッフが新たな試算表を配った。

 『将来における是正コスト試算』。


「これがトドメだ。

 日本が手に入れたこの強大な兵站能力に対抗するために、我々が将来整備しなければならない予算の試算だ」


 ・前進基地用ドックの建造

 ・工作艦の増勢

 ・高速給油艦の新規建造


「……見積もり、最低でも3億ドルから4億ドル」

 ボラーの声が、低く響いた。


「7,000万ドルを拒否した結果、将来の国民に3億ドルの税金を背負わせた。

 ……これが、君たちの言う『安全保障』と『財政規律』の正体か?」


 もはや、誰も反論しなかった。

 メロンは天井を見上げ、ヒューズは床を睨んでいた。

 責任転嫁をする気力さえ、数字の暴力の前に失われていた。


 ボラー委員長は、死んだような静寂の中で冷徹に議事を進めた。


「……結論は明白だ」

 ボラーは木槌を振り上げた。


「現政権には、国家財政を管理する能力も、安全保障を構想する能力もない。

 だが、過ぎたことを嘆いても金は戻らない。

 ……本委員会は財務省に対し、残る資産のさらなる売却と、海軍予算の厳格な査定を勧告する」


 ヒューズは、崩れ落ちるように椅子に背を預けた。

 これ以上の予算削減。それは海軍の死を意味する。


「採決する」

 反対する者はいなかった。与党も野党も、「これ以上、日本の財布に頼らずにどうやって国を回すんだ」という絶望を共有していたからだ。


「可決。

 ……では、次の議題に移る。『郵便局の予算配分について』」


 ヒューズとメロンは、まるでゴミのように議場から退席を命じられた。

 国家の安全保障問題が、郵便切手の値段よりも軽く扱われた瞬間だった。


 

  時:1930年(昭和五年)、3月

 場所:ワシントンD.C. 合衆国議会議事堂・大理石の廊下


 委員会の扉が閉ざされた瞬間、そこはリングと化した。

 フラッシュを焚く新聞記者たちの前で、アンドリュー・メロン財務長官と、海軍作戦部長チャールズ・ヒューズ大将が、互いに食ってかかったのだ。


「……提督! 君の頑迷さが、国庫に6,500万ドルの穴を開けたのだぞ! どう責任を取るつもりだ!」


 メロンが先制攻撃スマッシュを放つ。

 だが、ヒューズも負けてはいない。彼は持っていたブリーフケースを盾に、怒号でカウンターを放った。


「黙れ、この守銭奴!

 貴様が勝手に『メドゥーサ』を売却リストに入れたのが発端だろうが!

 工作艦は艦隊の心臓だぞ! それをスクラップ価格で敵に売り渡そうとした罪は、万死に値する!」


「その心臓が止まらないでいるのは、私が給料を払ってやっているからだぞ!」


「貴様が払っているんじゃない! 日本が恵んでくれたカネを、貴様が横流ししているだけだ!」


 記者たちが一斉にメモを取る。

 『財務長官、海軍を無能呼ばわり』

 『海軍トップ、財務省を“日本の集金係”と罵倒』

 『売国奴メロン、国を切り売り!』

 『海軍の英雄ヒューズ、財務省の横暴に抗議!』


 議会警察が慌てて割って入らなければ、殴り合いになっていたかもしれない。

 二人は互いに「覚えておれ!」と捨て台詞を吐き、別々の方向へと去っていった。


 翌朝のワシントン・ポストとニューヨーク・タイムズは、それぞれの省庁からリークされた「極秘文書」で埋め尽くされた。


 財務省の攻撃:(ファイナンシャル・クラッシュ)

 『海軍の放漫財政を告発する』


 記事には、海軍がいかに予備役艦艇の維持費(年間500万ドル)を垂れ流し、合理化を拒んでいるかが詳細に記されていた。

 「彼らは戦争ごっこに夢中で、国民が飢えている現実が見えていない」という匿名の財務官僚のコメント付きだ。


 海軍の反撃:(安保バズーカ)

 『財務省、国家安全保障を切り売りか』


 こちらには、メロンが作成した「資産流動化リスト(ドラフト版)」が掲載されていた。そこには、あろうことか『レキシントン型空母やニューメキシコ型戦艦の発電能力の民間売却検討』という、とんでもないメモ書きまで含まれていた。


 「彼らは金のためなら、自由の女神さえ質に入れるだろう」という海軍高官のコメント付きだ。


 国民は呆れ果てた。

 パンがないのに、政府の中枢で大人たちが泥仕合をしている。


 そしてついに、行政的な「殺し合い」が始まった。

 財務省は海軍への報復として、事務的なハラスメントを開始した。


 『通達:海軍省庁舎における光熱費・消耗品費の予算執行を一時凍結する』


 海軍省の暖房が止まった。コーヒー豆の配給も止まった。タイプライターのインクリボンさえ支給されなくなった。

 「無駄遣いをした罰だ」とメロンは冷笑した。


 対する海軍も、実力行使に出た。


 『通達:海軍輸送部隊による、財務省関連物資(押収した密造酒など)の輸送協力を拒否する』


 「我々は忙しい。予備役艦の錆落とし(維持)で手一杯だ」とヒューズは言い放った。

 結果、財務省がマフィアから奪った酒の輸送が滞り、換金(歳入確保)が遅れることになった。

 まさに「大乱闘」だ。

いつもお読みいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
「海軍としては財務省の提案に反対である」 「財務省としては海軍の提案に反対である」ってなりそう
いざ掴め!ナンバーッ!ゥワァァァッン!! 「ありがた迷惑押し付ける!これ生きがい世話焼きマクワウリ! アンドリュー・メロンノーワン!嫌よ嫌よも好きのうち!」 (フレー!) 「のらりくらりと老提督…
戦車を売った陸軍と船を売らなかった海軍、政治家などはこの差をどう考えるのだろうか。米陸海軍の今後の予算配分などに響きそうですね。
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