決戦④
「遺言は伝え終わったのか。市長ッ!!」
いよいよ、攻め込んでくると知ってベイカーはアレックスを挑発するような言葉を投げかける。
「遺言?道化師はそんなもの残さないよ。なぜなら、その『死』すらも舞台の一幕にすぎないからだ」
アレックスは飛ぶように大地を蹴った。子供を模した殻を破り、力に溢れる両腕を左右に振り、翼剣のグリップを右手で握りしめると、羽が生えたような軽やかさで進んだ。一瞬の迷いが死につながるこの戦いで、僅かな沈滞が勝利と敗北の境界となる。かつて共に戦った友であろうと、市民の安全を脅かす者は許されない。筋肉が引き締まり、身体の中を巡る血脈がアレックスに他を圧倒する勇気と決意を纏わせていた。
「バカなっ、メディエットを模しただけのキサマが、なぜそれほどまで――」
「――わからないか。メディエットは手負いだったんだ」
迫りくる凶刃にベイカーは危機感を覚え、人差し指を振るって、支持を促した、自分の身を守るために、アレックスを倒すために。
今のトールに必殺となり得る雷の力はない。ただ柄のついた鉄塊を握りしめ、相手の動きに合わせて振るうのみ。朽ちた肉体から発せられる死の冷気が周囲に漂い、否応ない殺気を放つ。彼の戦いはもはや感情ではなく、純粋な闘志と本能で動かされていた。機能を停止した頭で、朽ちた心臓に宿る本能で、トールは勝利の秒数を口ずさむ。
「そんな時間を数えたって無駄さ、トール。キミが次に雷撃を放つことはない」
――ガチン!
金属の衝突が鳴り響き、周囲の大気まで震わせる。
アレックスは目の前に迫る『クロンダイク』の鉄頭に翼剣のナックルガードをぶつけ、打ち上げる。その動きは一瞬のうちに行われた。そして、アレックスは腹を地に押し付けるほど低い姿勢で、機敏にトールの足下へと潜り込む。
だが、トールの本能はその動作を見越していたように、突き出した足を即座に半歩ずらし、重心を内側に移した。数多の戦いで研ぎ澄まされた感覚がそうさせたのだ。やがて、自然に動かされるその体は、ナックルガードで打ち上げられた鉄塊の勢いを巧みに逆手に取り、アレックスの盛り上がる襟首へ柄頭を滑り込ませたのだ。
「わわっ――わっ――!?」
そして、トールは振り上げる力を利用し、アレックスを着ている服ごと持ち上げた。
急に浮き上がる胴体、肌を伝う金属の冷気。地面から足が離れる感覚に驚き、アレックスは思わず右手の力を緩めてしまった。翼剣はこぼれ落ちるように地面へ落下し、カラカラと転がる音を鳴らす。
駆逐する対象から力を削ぎ取っても、トールの躍進は止まらなかった。彼の足元に転がる翼剣の刀身へ、踏みつけるように足を下ろすと、ぶら下がるアレックスの胸ぐらを片手で掴んで灰色の地面に叩きつけた。アレックスはその衝撃で鈍い声を漏らし、メディエットは青年となったアレックスの予想以上の早い帰還に驚き、一瞬戸惑いの色をみせた。
「アレックス!」
「大丈夫だよ……。メディエット」
「ハッハッハッ、やはりトールの方が一枚上手だったか。コイツは強いぜ。おれの勝ちだッ。ちょうど秒数を数えるトールの口も止まった、『クロンダイク』のクールダウンは終わったみたいだ。二人仲良くあの世に送ってやるぜ」
ベイカーは自分の勝利を確信していた。負傷した機士に、地面にへばりついて動けない市長の姿がベイカーの眼前に広がっていた。今まで以上に口元を緩め、大袈裟な高笑いが空間を満たした。
そんな中でもアレックスは冷静だった。冷静にトールが未だ踏みつけて離さない翼剣を指さした。アレックスとトールは長い付き合いだ、かれの戦闘の運びはすべて熟知した、それゆえに、こうなることもすべて予測済みだった。そして、アレックスはメディエットに言葉で合図を送る。
「ねっ、僕の言った通りになったでしょ」
メディエットは理解していた。地面に伏せたアレックスのその言葉を聞いて、アレックスが耳打ちで自身に伝えた算段通りになっていることを。だからこそ、メディエットは『クロンダイク』のトリガーに指をかけるトールが、その鉄槌で地面を打つよりも素早く、『ダブル・ダウン』のグリップに力を込めた。蒼刃の輝きは届かず、しかし、翼剣の片割れは呼応するように、トールの足元で同じ青色に変わったのだ。
「ハッハッハッ、奇跡が二度起きるかとはないぞっ――!!」
ベイカーの高笑いが途中で途切れ、歪な衝撃音と共に、トールは地面に片膝を突いた。
「トールの本能がそうさせるのかな。彼は慎重だから。僕の落とした翼剣を回収されまいと、ずっと踏んでいたでしょ? それが仇になったね」
メディエットの『ダブル・ダウン』には二つの特別な能力が備わっている。一つは、あらゆるものを切り裂く圧倒的な破壊力。そしてもう一つは、旧刑務所で見せた、片翼からもう片翼へ力を伝える「遠隔操作能力」である。この時、メディエットが起動した『ダブル・ダウン』は、地面に横たわっていたもう片方の剣に力を送り込んだ。トールは気づかずその刀身を踏んでいたが、それが彼の運命の瞬間となる。完全に予期せぬ一撃、急に青白く発光する刀身がトールの足首を精確に捉え、一瞬にして吹き飛ばしたのだ。
「ばかなッ――」
目の前で広がる悪夢のような光景に、ベイカーはおののいた。だが、ベイカーの操るトールはまだ攻撃を諦めていないようだった。『クロンダイク』のトリガーに指をかけるトールは、バランスを崩し地面に倒れ込みながらも確かに鉄槌で地面を叩こうとしている。その光景を目の当たりにし、メディエットが叫ぶ。
「アレックス、まだだっ、トールはまだあきらめていないッ!! ハンマーが地面を突いたらおしまいだ!!」
そのメディエットの悲鳴にもにた叫びを聞いて、アレックスは一足飛びでトールの巨体へせまり、時を切り裂くような速さでハンマーの重い柄を掴み、受け止めた。だが、トールは巨体だ。その大きさは比べようがなく、青年の身体とメディエットの身体能力を受け継いだアレックスにとっても、その重さは言葉に尽くせないほどだった。アレックスの身体は、徐々に地面に押し込まれ、筋肉が凝縮し、骨がうめきをあげる。それはまさに地面とのせめぎ合いだ。
「メディェェェェェット!!」
悲鳴にも似た声で、アレックスがメディエットの名前を叫ぶ。その声は重厚な波のようにメディエットの心に突き刺さった。
「アレェェェェックス!!」
一瞬のためらいもなくメディエットは立ち上がり、傷の痛みを忍びつつも、足早に駆け出した。彼女の目の前には、不動の巨大なトールが侵攻を続けている。アレックスが必死でその鉄槌を受け止め、地面へと押し付けられつつある姿が目に入った。顔には苦痛の表情が滲んでおり、このままではトールに屈する危機が明確に感じられた。
「メディエット! もう、もたない」
再びアレックスが低く、迫る声で叫ぶ。その言葉は、どれほどの距離があっても、メディエットには鮮明に届いていた。
メディエットは、この戦いの初めからずっと握りしめていた翼剣構え、地を蹴り、空を裂くようにジャンプする。
巨体のトールは、ふとした瞬間、彼女の動きに気づいたようだった。しかし、すでに手遅れだった。アレックスが全力で槌を拘束している間隙に、メディエットはトールの胴体に水晶壁の刀身を突き入れたのだ。
その直後、トールは熊のような巨大な咆哮を上げる。その声はその巨体から溢れ出るエネルギーの全てを解放するかのように、夕暮れの街路に力強く響き渡った。
「あんたとはこんな形じゃなく、もっとちゃんとした形で戦ってみたかった。ありがとう……先輩、だから……。ゆっくりと休んでくれ……」
「メディエット……」
「アレックス!! 裂くぞ! トールを悪魔の呪縛から解放する!」
「あぁ、頼んだよ」
その言葉の直後、メディエットは翼剣のグリップに力を込め、刀身が闇夜に溶け込むように青い光を纏った。すると一筋の閃光が飛び交い、無音で巨体を二つに引き裂いた。言葉を失った男の遺体に対し、憐れみを込めて冷たい風が吹き抜ける。地面に重く落ちる肉塊の前で、『クロンダイク』もまた、主の側に静かに横たわっていた。
勝負はついた。アレクとメディエットの勝利により決着したのだ。
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