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決戦③

城壁を背に倒れ伏せたメディエットは、血反吐を吐き出しながらも必死に立ち上がろうとしていた。「何の為に……」「もう終わるんだ」絶望と闘いつつ、両足で地を踏みしめようとした。骨の折れた右腕の痛みにさえ、目もくれない。冷静に、死という現実を受け止めていた。しかし、このまま終わりたくはない、全ては自分の失態だったからだ。だからこそ、この身を捨ててでも最後の悪あがきをしたかった。

 気がつけばあの時と同じだった。三年前のグリードリバー遠征の日、同じように窮地に陥ったことがあった。だが、その時は『ジョーカー』に助けられた。だから、心の奥底で『ジョーカー』の存在をひそかに待ち望んでいたのかもしれない。


「メディエェェェット!」

「ジョー……カー……」


 ぼやける視界に小柄なシルエットが写り込む。メディエットの知る『ジョーカー』とは似ても似付かないシルエット、だが三年前と重なる状況が彼女にそう認識させたようだった。そして、すぐにメディエットは言葉を改める。

「アレックス! なぜ……」

 無謀とも思える行動だった。自分から雷撃の渦中へ突き進むとは。しかしその様子にも揺らぐことなく、アレックスはメディエットがかつて振るっていた翼剣の片割れを両手で堅く握り、迫り来る雷を切り裂くように振り上げた。

 アレックスの目には決意の光が宿っていた。この剣で雷を受け止めようとする姿勢、その無謀と勇気の狭間で動く少年の様子に、メディエットは思わず叫ぶ。

「無茶だ!」

「無茶かなんてやってみなきゃわからないだろ。この剣は何なんだよ。何でも切れる特別な剣だって言ってたじゃないか。なら、こんな落雷くらい切れなきゃおかしいじゃないかッ!!」

 迫り来る雷の光がアレックスの目を閃かせた。アレックスの両手に握られた翼剣が青い光を放ち始め、空気にほのかなひびきを立てる。雷を切り裂く。そのためだけに。

 アレックスの腕に宿る力、翼剣が発する閃光、それは天と地を裂く力があると確信していた。

 次の瞬間、空から突き落とされる雷轟と、アレックスの構える翼剣が激突する。両者の力のぶつかり合いに、空気は震え、地面は揺れ動く。剣の先端から放たれる閃光が雷轟と交錯し、一瞬のうちに空間を青白い光で満たした。

 そんな中で、アレックスの腕は雷の重圧で押しつぶされそうになりながらも、決して挫けることなく受け止めると、翼剣を力強く振り下ろしたのだ。

 やがて、視界の隅に黒い影と茶色いコートを着たベイカーが現れたとき、アレックスは『クロンダイク』の雷に打ち勝ったのだと理解した。

「断ち切ったのか……。雷を……。そんな……。離れ業」

「……ハハッ、本当に……。切れちゃっちゃよ……」

 身体を貫く衝撃に、アレックスは一瞬、錯乱する感覚に捉われた。自身の目の前で起きた出来事の壮絶さに、理解が追いつかなかったのだ。それを静かに見守っていたメディエットは、両膝を地につけ、目を丸くする。喜びはあった。アレックスが無事で、偉業を成し遂げたことへの喜び。だが同時に、安堵と疲労が彼女の心に押し寄せる。生き延びた。いまはそれだけで十分だった。

 心が一瞬虚ろになったメディエットに対し、アレックスはゆっくりと振り返る。彼女の震える瞳にやさしく目を合わせ、そっと頬に掌を置く。その触れ合いは言葉以上のものを伝えていた。

「血を吐いて大丈夫かい? 言っておくけど。キミをこうやって助けるの。二度目だからね」

「どういうことだ、アレックス?」

「何が?」

「お前が言った言葉だろ。私はお前に助けられたことなんてない。それに私は強い。人を助けることはあっても、助けられたことなんて……」

 そこまでいって、メディエットは目を見開いた。そんなバカな。ありえない。

「グリードリバーでみた『ジョーカー』、お前だったのか!!。いやっ、ありえない。私が見た『ジョーカー』は……そうだ! どっちらかというとトールの方が当てはまる。だってそうだろ、お前は機士じゃないんだから、あの場所に居ること事態、可笑しいんだ。それに体格だって全然違う……じゃ……ないか……」

 ここまで打ちのめされている中で、驚くほど口が回るメディエット。アレックスは彼女の姿に一瞬の関心を抱きながら、ほんのりと溜息をついた。そして、彼女の頬に触れていた掌の中で親指だけをゆっくりと動かし、口紅のように微細に付着した鮮血を、優雅な仕草でそっと拭き取った。

「いいよ、見せてあげる。僕の怒りも有頂天だ」

 アレックスはズボンのポケットからトランプのカードを1枚取り出した。それは白く輝く道化師のカードで、神秘的な光沢を放っている。再度取り出す子供の玩具に、遠くの方から不気味な笑い声が響き渡る。だが、アレックスがその声を気にする様子はない。何か神聖な儀式を執り行うかのように真剣な眼差しで、親指に付着したメディエットの鮮血をカードに滑らかに走らせた。

「ハッハッハッ、この街に来た時は市長が成人も迎えないガキだと驚いたがよお! やはり中身もガキじゃねぇか、まるで危機感が無い。今更トランプ遊びかぁ、気にくわねぇ」

「ベイカー、キミをタロットの絵柄で表したなら、きっと『フール』がよく似合う。今教えてあげるよ、危機感を持つべきはどちらかを」

「何おっ!!」

 アレックスが持つカードが燃え盛る炎のように紅く変わり始めた。鮮血で彩られた純白のカード。その中でも、道化師の部分だけがメディエットの深紅の血に埋もれていた。直後、血は紙面を燃やすように走り、淡い輝きを放ち始める。そして、ジュワジュワと音を立てながら絵柄を変貌させていく。

 全てがほんの一瞬の出来事だった。

「絵柄が変わった……」

「僕のマジェスフィアは一人じゃ使えないんだよ。道化師は二枚じゃないと、切り札にならないからね」

 おどけるようなアレックスの言葉と共に、二人はカードの絵柄に視線を移した。

 道化師の絵柄は、火炎に巻かれるようにゆっくりと消え、代わりに鮮やかな紅のハートが現れた。ハートの中心部には金色の髪を持つ少女の微細な絵が浮き上がり、二つの角にはローマ数字の「Ⅱ」が雅やかに印字されていた。

「それは、マジェスフィアだったのかッ」

 アレックスの前方で、ベイカーが驚愕の声を漏らす。

「ベイカー見せてあげるよ。本物の『ジョーカー』がどんな力を持っているのかを。僕の街を壊した報いは受けてもらうよ」

「本物の『ジョーカー』だとッ!?」

「スート・オブ・ライフ 『Ⅱ』 ファンタズム・ジェミニ」

 市長アレックスの宣言。淡い光に塗り替えられた道化師のように、突如としてアレックスの身体を地面から吹き上がる炎が包み込む。そして、竜巻のように猛り狂った大火は夜空に向かって飛び立ち、一瞬にして消え去った。紅き炎の熱すら感じる間もない出来事だったが、メディエットの目に映る光景は相当に異なっていた。

「どうなって……いるんだ……。体格が変わったのか……。アレックス……」

 驚愕と混乱が入り交じり、メディエットは言葉を詰まらせた。最初の疑問は、自身の姿がカードに映り込んでいた事だった。それを超えて、アレックスの身長が自分と同程度に伸びていたことに対する驚きが彼女を支配した。アレックスは子供用の紳士服を着ていたはずなのに、服も伸びた身体にぴったりと合っていた。まるで手品師が舞台で見せる一瞬の奇跡のように、服のサイズも彼の成長に合わせて変わったのだ。

「今の僕はメディエットと同じ身体能力を持っている。ベイカーこの意味がキミにわかるかい?」

 アレックスのその言葉と共に周囲は静まりかえった。メディエットは苦悩し。ベイカーは呆れ果てた表情を浮かべる。

「なんだ、本物というから焦ったが、ものまねだと。ちんけな能力じゃないか。本物の『ジョーカー』の能力がその程度とはがっかりだ」

 言葉の毒を吐きつつ、呆れの色をさらに濃くするベイカーは、口元に歪な笑みを浮かばせる。その笑顔は次第に狂気じみて展開し、周囲を満たすような高笑いを吹き上げた。

「フハッハハッ! 何が『ジョーカー』だ。市長わかってるのか? 何度も、何度も、何度も、俺らに挑んで来た小娘は、今そのザマなんだぜぇ」

 ベイカーのからかうような言葉に、アレックスの目は細くなった。その中には明確な不快感が宿り、特に傲慢に響く「俺ら」という一言が、アレックスの心に深い刺激を与えた。その怒りにも似た感情を抑え、冷静に、しかし目には隠し切れない闘志を帯びながら、アレックスはメディエットに問いかける。

「ねぇ、メディエット。大丈夫?」

「あぁ、なんとか。凄く痛いが、意識は保っているよ」

「活路を切り開くよ。だから、さぁ、メディエット。僕が合図したらやってもらいことがあるんだ」

 そいって、トールに立ち向かおうと一歩踏み出すアレックスをメディエットが呼び止める。

「まて、アレックス。ベイカーが言っていたことは事実だ。お前の『マジェスフィア』の能力は確かに凄い。だが、私を真似ただけじゃ勝てないんだ」

 自虐に染まる言葉がメディエットの顔に深い影を落とし、その瞳からは、悔しさの涙をためていた。

「私は未熟だ。三年前のあの日から。見習うべき背中を失って、機士になっても亡霊に囚われていた。それでも私はガムシャラに頑張ったんだ。でも、どれだけ努力しても、結局トールのように強くはなれなかったんだ。奴の死体にだって、勝てなかったじゃないかッ――」

 彼女の声が震えると、ついに涙が溢れ、片手で地面を激しく叩いた。

「活路っていうならさぁ、おまえ……。その力を使って、支部長のランディスを呼んできてくれたらいいのに」

 そんなメディエットの打ちひしがれる様子に一瞥をくれ、アレックスは少し言葉を失いつつも、深く考えた後、ポリポリと頭をかいた。

「こんなことを言うと、不気味がられるから言わないんだけどさ。この能力はもう一つ受け継ぐものがあるんだよ」

「なんだって?」

「身体能力と記憶。それがこの『マジェスフィア』の力さ。僕は一度、グリードリバーで、トールになったからわかるんだ。彼は戦闘に癖がある。それにトールの持つ『クロンダイク』は連続して雷を落とせないんだ。そんなことをすれば、鉄頭に蓄積された膨大な熱量のせいでマジェスフィアが壊れちゃうからね。だからトールを倒すなら今しかない」

 メディエットはアレックスの言葉を聞いて、深く息を吸い込んだ。アレックスの言っていることが全て事実ならば、もしや、トールを倒すチャンスが本当にあるのではないか。メディエットの心の中で、ほんのりとした希望の灯が灯り始めた。

 そんなメディエットの姿をみて、アレックスは彼女の耳にそっと片手を置き、静かに耳打ちをした。何か重要な言葉を伝え終わると、片手にしっかりと翼剣を構えると、痛みで地に伏せたメディエットに向けて、ゆっくりと手を振った。

「時間なくなっちゃうからそろそろ行くけどいいね。きっと向こうも僕たちが攻め込まないことを好都合と思っているはずだから」



今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。


もし少しでも内容が面白かった、続きが気になると感じていただけましたら、ブックマークや、画面下部の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に変えていただければと思います。


それらの評価は、私の創作活動への大きな励みとなります。

どんな小さな支援も感謝します、頂いた分だけ作品で返せるように引き続き努力していきます。


これからもよろしくお願いします。


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