決戦②
城門の壮麗な壁が近づき、その堂々とした鉄の門がすぐ目の前まで来る中、メディエットはついにホルスターから自らの特別な武器を取り出した。
1枚の鳥の羽根のように折りたたまれた剣、その幅広の長剣は、空気を裂くような勢いで引き抜かれると、接点から微かな火花を散らして、一つの雄大な翼へと変わる。
「一本だけしか持っていないのか?」
「いまのキサマを倒すのは、この、片翼だけで充分だ」
片手にだけに剣を持つメディエットに、ベイカーは疑念の眼差しを向けた。ベイカーの認識では、メディエットは明らかにトールよりも劣る存在。それなのに、なぜメディエットは完全な状態で戦いに挑まないのか。そういえば、監獄にぶち込んだとき、彼女は剣をもっていなかった。おそらく戦闘中に紛失したか、破壊されたか。どちらでもよい。剣が一本、加えてケガ人だ。不完全な相手、躊躇する理由はない。ここで、『クロンダイク』を起動して、確実に仕留めればよいのだ。トールの魂じみたものが消えてから、あの子供市長にバカにされてから、いろいろと起動方法を模索して突き止めたのだ。この『クロンダイク』といわれるマジェスフィアには安全装置のようなものが取り付けられていることを。今度はしくじらない。
ベイカーの意のままに動くトールは、ジリジリとメディエットとの距離を詰める。静かな緊張感がメディエットを包み込む。その手に翼剣をぴたりと握り、目にはしっかりとした闘志が宿っていた。対峙する二人の間で空気は凍りつき、そこに立つ者たちの意志がぶつかり合う。一触即発の瞬間、全てが詰まった刹那。トールの指が、両手に持つ『クロンダイク』の起動装置に触れる。
昼間の戦闘の際、その動きはさまざまな音に消されていた。しかし、今は違う。沈黙の中で、『クロンダイク』の鉄色の頭部から機械的な駆動音が、はっきりと聞こえてくる。それはまるで、トールの闘志が音となって周囲に広がっているかのようだった。
「灰塵に帰せッ!! 小娘ッ!!」
「ソレを待っていた。半魔法防壁、だが、この投石は弾けまいッ」
放物線を描くことなく、メディエットの剛腕から放たれた岩石はベイカーを目掛けて突き進んだ。だがその一瞬、トールがその進路を阻むように巨大な鉄槌を振り下ろす。岩石は『クロンダイク』の鉄頭に直撃し、飛び散る火花と共に、粉々に砕け散った。
「小癪な真似を……。なにッ!?」
ベイカーの意識は、『ディ・アブロ』の魔力により、トールの視界と一体化していた。この特異な能力によって、トールの動きや視界を完璧にコントロールしていたのだ。そして、ベイカーの意識の中で、メディエットの一挙一動を的確に追いかけていた。
しかし、岩石が『クロンダイク』の頑強な鉄頭に衝突し砕け散る瞬間、ある異変にベイカーは気付く。メディエットの姿が、トールの視界から突如として消えてしまったのだ。一瞬の出来事に、おののき、ベイカーは反射的に両目を開ける。
「本命はこっちだ!」
その声の主、メディエットはまるで影のようにトールの背後から姿を現わした。メディエットはもはやトールの死角におり、腕を伸ばせばその背中を剣で突き刺せるほどの距離に迫っている。完全にベイカーの隙を付いた一撃。夜の闇を裂くような、冷徹な剣閃が煌めく。しかし…。痛みを覚えたのはメディエットの方だった。
その感覚はメディエットの腹部を突き刺す刃のように鋭く、それは彼女の意識まで波及し、目前に虚ろな閃光を投げかけた。
「カフッ――」
鉄槌の柄頭が、メディエットの腹部を突き刺していた。これは、トールの巨体がメディエットの突進に対応し、鉄槌の頭部を地面に打ち下ろした結果だった。その重厚な頭部が地を突くと、柄はシーソーの如く振り上げられ、突如としてメディエットに襲い掛かったのだ。柄の先端は丸く、特別な特徴は持たないが、突進の勢いと組み合わさると、恐ろしい破壊力を放つ。このシンプルな形状でありながら、肉を裂くことは難しくても、骨を砕くことは容易いのだ。
「あぶねぇなあ。助かったぜ。抜け殻と言っても、もとは機士の肉体か、トールが反応してくれたおかげで命拾いだ」
ベイカーにとっての幸運、それはメディエットの剣が自身に届かなかったことだった。彼女がもう一度投石の道を選んでいたなら、その岩石がベイカーの頭蓋骨を容易に打ち砕いていたであろう。トールという巨体の脅威を軽んじ、ベイカーへ向かう覚悟があったなら、待ち受ける結末は全く異なっていたかもしれない。彼女が全快で万全だったならば、その翼剣でトールの胴体を無慈悲に引き裂くことも可能だった。
だが、今のメディエットにはその勇気を現実にすることが困難だったのだ。深手を負っていた彼女には、動くことさえも新たな痛みが走り、巨体の背後へと忍び寄るのが精一杯だった。それゆえ、メディエットはベイカーという災厄の元凶よりも、目下の脅威であるトールの無力化を選んだのだ。だが、彼女の戦略の選択が逆に仇となり、メディエットを窮地に落としえる結果となった。
「冥途の土産に教えてやるぜ。この『ディ・アブロ』には、二つの特異な能力がある。一つ目は、目を閉じることで死者とシンクロする能力だ。その死者の感覚、見ている光景すらも俺のものになる。まるで、その死者が俺自身であるかのように動かすことが可能だ。二つ目の能力は、瞳を開いているときに発揮される。精密な動作の指示は効かないが、死者は俺の思惑通りに動いてくれるぜ。そして、そうなっている状態の死者の力量ってやつは、どうやら、生前の運動能力に依存するみたいだ。この意味が分かるか?」
虫の息と化したメディエットに対し、ベイカーは霊安室で行った探求の成果を得意げに語り始める。その言葉には隠された意味が織り交ぜられ、彼の口元には不気味な笑みが浮かぶ。その指先は、メディエットを指し示し、メディエットの運命を暗示するかのように揺れ動いた。
「つまり、さっきの一撃は偶然ではないということだ。長年肉体に刻まれた記憶がトールを動かしているのさ。どうあがいたって、格下である、お前が、勝てる見込はないんだよッ!!」
そして、ベイカーはより一層語気を強め言い放つ。
「トールッ!! 雷撃だ。その目障りな小娘の肉体もろとも『クロンダイク』で吹き飛ばしてしまえッ!!」
「悪魔……。めぇっ……」
力なく声を出すメディエットの前方で、『クロンダイク』の鉄頭が地面を叩く。迷いは無い。
ガチンという地面を穿つ金属音が周囲に響き渡り、灰色の煉瓦が熱で赤く変色した。そして、地下から吹き上がる暖かい風が白煙を引き起こす。その瞬間、雷が雨のように降り注いだ。左右に振られながらも、雷は確実にメディエットの方へと突き進んでいく。
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