決戦①
二度とその手を握れぬと知って、だが、よろめく足は確実に市街の外を目指していた。一縷の希望だけが、深傷を負ったベイカーの足を動かしていた。裂けた傷口は猛熱を生み、朦朧とした意識の中でベイカーは考えた。後数百歩でこの街の外に出られるだろう。後数千歩で鉄道のある駅に辿り着けるだろうか。死者が致命を避けた傷だが、炎症を起こす傷口に、脳を焼く高熱に、いずれは自身の命を奪うだろう。だがそれほどまでにこの男にとって家族という存在は掛け替えのないものだったのだ。
城下町の名残から、ベイカーの進行方向には城門が現れる。大きな鉄の門だ。綺麗に積み上げられた石の塔がアーチを描く鉄門を挟み聳え立っている。昔は敵襲を察知するために使われた城門塔だが、今はその役目を終え、見張りに付く者はいない。鉄門は六時の鐘の音と共に閉じる。だが、ベイカーにとって、鋼鉄の門など障壁になりえなかった。真の障壁は、今は地中の底に眠る小娘だけだ。
ベイカーは思う。今頃地中深くの独房から夜空の星を見ているころか。確かメルティも綺麗な金色の髪をしていた。躊躇いなどとうにないものと思っていたのに、やはり思い出してしまう。早く会いたい、もう一度この手で抱きしめてやりたい。
「おいベイカー、もう日が沈む。大陸横断鉄道の駅に着いたって、列車に乗れるのは翌日だ。今日はこの街で過ごそうじゃないか?」
それは突如として、ベイカーの耳に響いた。少女の声だ。
驚きにベイカーは声の方へ振り返る。少女!! そこには確かに魔鉱機士の少女が立っていた。あの独房からどうやって、いやっ、なぜ機士はいつも俺の邪魔ばかりするのか。ベイカーの顔が怒りで赤く塗りつぶされていく。
「どうしたベイカー、顔が赤くなっているぞ? 熱でもあるんじゃないのか?」
メディエットの挑発するような口調でベイカーに歩み寄り、傷口を抑えるにベイカーの腕を抑えた。
「悪い事は言わない、このままだと死んでしまうぞ。病院へ戻ったらどうだ? 何をそんなに焦ることがある?」
「病院だって? 自分にいってるんですか機士さん。あんただって体中包帯まみれじゃないか」
「いうねぇ……」
「それに、考えてもみてください。この街に残るのが安全とは限らないですよ、何度襲われたか分からない、これ以上この街に残っていたら今度こそ死んじまいます。だから故郷に帰るんです、機士さんそこを退いて、お願いです! 俺を故郷に帰してください!」
ベイカーの切望、噎び泣くように。突如、家屋の屋根から落ちてきた巨体が、通りの灰色の煉瓦道を粉々にし、砂埃を舞い上げる。
――やはり来たのか、『トール・デュオクルス』
ベイカーはその巨体、大男を見た瞬間、胸の痛みを押し殺しながら顔色を失い、メディエットの方へ急激に駆け寄った。それは、メディエットが手にするマジェスフィアを信頼するというより、この混乱を利用して街から逃れようという打算からだった。
巨大な存在が二人を見下ろし、一切の迷いを見せずに鋼色の鉄槌は高く掲げられた。しかし、メディエットは腰からホルスターを外し、翼剣を引き抜こうとはしなかった。その代わり、今しがた自分のすぐ横を通り過ぎたベイカーの服、襟首を左手でしっかりと掴んだ。
「これはどういう偶然だろう、ベイカー。まるで我々が初めて出会った日のようじゃないか?」
「ひぇぇっ!」
メディエットの予想外の行動に対し、ベイカーは驚愕の声を上げる。だが、メディエットはベイカーの反応に一切躊躇することなく、掴んだ襟首を引き絞ると、鉄槌を振り上げるトールの足元に容赦なく放り投げた。
一度、二度と地面に身体を叩きつけられ、巨体の足元で苦痛の表情を浮かべるベイカー。まさに挽肉にされようという時、振り下ろされた鉄槌が頭上でピタリと止まった。
「トール。術者は殺せないよなぁ、そりゃあ。まさか、ベイカー。お前が術者だったとはな」
その声を聴いて、大男の足元でベイカーは不気味な笑い声をあげた。その笑い声は悪魔の囁きのように恐ろしく、まるで闇夜に響き渡る狂気のようだった。
そして、立ち上がる男の表情には、さきほどま苦痛にのたうち回る男の表情は消えていた。
「クックックッ。ご名答! だが、なぜわかった小娘」
「病院へ行って可笑しいと思ったんだ。そこら中、蠢く死者だらけだ。1体、2体と倒してようやく看護師を捕まえて、なんとかお前のことを聞けたよ」
メディエットは、その瞳から鋭い刃物のような異様な眼光が放ちながら、言葉を選びながら続ける。
「命を削る重傷のお前が死者が動きまわる前に、退院していた。まるでそうなることがわかっていたみたいじゃないか。そして、辞表を提出したタイミングも重なれば怪しさは倍増する。まるで今日この日に街を抜け出す決意をしていたみたいだ。だが、それだけだ。他に確証を掴んだわけではない」
ベイカーはメディエットの言葉を受け、諦めるようにゆっくりと目を閉じた。そして、いままで沈黙を守っていたトールが口を開き始める。トールの口元は質素な布切れに隠されていたが、もう死者であるという事実を隠す気はないらしい。トールの顔面の皮膚が死んだように青ざめ、その冷たさは、特に目の周辺で強調されていた。
「おい、小娘、やってくれたなッ!!」
声を轟かせる巨体をみて、メディエットは驚きの表情をつくる。
「なるほどな。そうやってトールを操っていたのか。それが『ディ・アブロ』の力ってやつか――」
メディエットが言葉を続けようとした瞬間、ベイカーがその声を断ち切った。
「――俺が、術者じゃなかった時のことは考えなかったのかッ!!」
「さあね。術者じゃなかったなら、即座に回収したさ。それにベイカー、自分が安全な場所に逃げるまで、トールに攻撃させようとはしなかっただろ? その巨体は明らかに躊躇していた。そのまま飛び降りた勢いで『クロンダイク』を振り下ろせば我々を始末できたというのにな」
無慈悲なメディエットの言葉を聞いて、大熊のような男にもたれかかりながら、ベイカーは陰鬱な笑みを浮かべる。
「クックックッ、ハッハッハッ。俺は、どうやら、機士という生き物が心底嫌いらしい。金色の髪に娘の面影を見たが、それもお終いだ。小娘。キサマをここで殺す。必ずだッ!!」
「できると思っているのか? もう種は明かされた」
「ヒヒッ。手品の種が分かったからなんだっていうんだ。俺は『ジョーカー』この街の生ける伝説だ。トール一人倒せないキサマに何ができるっていうんだ。今度こそ、その顔面を挽肉にしてやる」
その言葉を合図に、静かに立っていたトールの巨体が動き出した。まるで操り糸で引かれるように、彼はゆっくりとベイカーの前へと進む。衰弱しているベイカーを庇うかのように、両手で戦鎚をしっかりと構え、一振りして威嚇した。
「おっと、挽肉になるのはごめんだね」
そう呟きながらも、メディエットはしっかりとトールの動きを両眼に捉えていた。そして、一瞬の沈黙の後、メディエットは鉄槌を構えるトールを背にして、全力で走り出す。
「がっかりだなぁ。今し方の威勢はどうしたぁ?」
「追って来い! でくの坊! 私を確実に殺すんだろッ!!」
言葉の応酬、挑発の応酬。双方の言葉は鋭く交錯するが、物理的な距離だけは広がっていく。
メディエットがトールに背中を向けて逃走する理由は、細かく計算されていた。彼らがいる通りの周囲には、民家が連なっている。通り自体には人の気配は無いが、トールの『クロンダイク』が放つ災禍が民家に及ぶことを懸念したのだ。もしもその災禍が家屋に届けば、昼間の惨劇が再び繰り返されてしまう。それゆえに、メディエットは戦闘の舞台を、民家が少ない城門の付近と決め走っていた。
そして、予想通りの展開。トールがその後を急ぎ足で追ってきたのを確認。さらにその後ろでは、ベイカーがやや遅れながらもトールを追って歩いている姿が見えた。ベイカーの目的はこの街から抜け出すこと。二人の思惑は奇妙に一致していた。
メディエットは、この流れが自分にとって最適だと感じ、思わず微笑んだ。
「我らを外まで案内してくれくれているのかな」
「まさかな」
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