蒼天の輝き
――まだ終わっていない。終わりじゃない。あの死者を放っておいたら、他の誰かに危害が及ぶかもしれない。
リリーは、そう心の中で呟きながら、自分を奮い立たせた。
トールの放った猛攻は、蠢く死者に確かにダメージを与えていた。マジェスフィアにより強化された死者に止めを刺すには今しかない。
蠢く死者を追い詰めようとする意志とは裏腹に、自身が逆に追い詰められている恐怖に心の奥底で震えながら、リリーは四角窓へと一歩一歩、確かに近づいていった。窓枠から突き出たガラス片の中で、一際鋭く輝く一片がリリーの眼に映り込む。リリーは恐怖と緊張を押しのけ、その一片を掴むと、力強く引き抜いた。
次に、視線を庭園に向けたリリー。直後、這うように地面にへばりついて蠢く死者の姿が視界に飛び込んだ。折れ曲がった腕をぎこちなく動かし、公邸を目指して迫っている。無数のガラスが乱杭のように突き刺さり、靱帯の切れた足を地面に突き刺して転ぶ様子は陸で跳ねる魚のようだった。凄惨という言葉が似合う光景だが、新鮮な血肉を求める執念からか、死者は導火線を進む火のようにジリジリと確実に距離を縮めていた。
リリーは思わず「酷い」と呟いてしまった。迫り来る不吉から視線をそらしたかったが、それは同時に死を意味する。だから、リリーは死者にガラス片を突き立てる覚悟を固めようとしていた。だが、覚悟はきまらず、錯乱と重圧、そして何よりも思うように身体が動かない焦燥感が彼女を苛んだ。
青ざめた表情で、リリーは窓から数歩、靴を擦るように後ずさりした。そのとき、血の気のない白い腕が鞭のようにしなり、窓のヘリを掴んだ。死者の目の前に立つリリーの心臓は、恐怖と緊張で高鳴りを増していった。
「いやッ……。いや、来ないで……。お願い、お願いだから……」
蛇のように身体をくねらせ、四角窓を登り始める死者。窓に残るガラス片で死白色の身体を切り裂くが、その傷に気を留める様子は一切ない。死者が身体を半分窓に乗り上げた瞬間、それは起こった。
一閃。蒼天の輝きが死者の胴体に反射し、一度だけ美しいアーチを描いて静かに消えた。次の瞬間、死者は操り糸が切れた傀儡のように動きを止め、上半身が客間の床に転げ落ちる。そしてもう半身はズルリと庭園に崩れ落ちた。
目の前で真っ二つになる死体に寒気を覚えつつも、リリーは混乱する思考の中で起きたことを理解しようとした。しかし、リリーが「助かった」という答えを導き出すよりも早く、死者を真っ二つにした張本人が四角窓に顔を現し、ケロッとした表情でリリーに声をかけたのだ。
「大丈夫? リリー!」
「だっ……。旦那さまっ……」
「『ディ・アブロ』に操られた死者がこんな所にまで来てるとは思わなかったよ」
「だっ……だんりゃしゃま……わらぁしっ……」
「……!!」
――ドタン
リリーはアレックスの顔を見つけ安心したのだろう、頭のてっぺんから湯気をだしそうなくらい顔を赤くし、ヘロヘロになる言葉と共に床に倒れてしまった。
**
そこは、猫のぬいぐるみが並ぶ小さな部屋だった。
色の無いステンドグラスの窓、木製のベッド、そして丸いテーブルに椅子一式。特徴のない内装の室内で、毛布にくるまりうなされるリリーの側で、アレックスは心配そうに彼女の様子を窺った。
「旦那様……。ここは……?」
「キミの部屋だよ。」
ベッドに横たわるリリーを見詰め、アレックスは少し恥ずかしそうに答える。
「トールさん……。犯人じゃなかったですよ」
「うん」
「私。せっかくリストを見つけたのに、トールさんを……。引き留めることが出来なくって……。ごめんなさい……。トールさんがいれば犯人が誰かすぐわかったのに。こんなんじゃ……。意味ないのに……」
「そんなことはないよ。キミが探し出してくれたリストのおかげでだれが犯人か、だいたいの目星がついたから」
「えっ……!?」
アレックスの言葉にリリーが驚く。しかし、アレックスはリリーの額に手を置き彼女のぬくもりを感じ取ると、それ以上の言葉を追加しなかった。極度の緊張に加えて疲労が重なり、リリーが高熱を出していることがわかったからだ。だからアレックスは、これ以上の説明はリリーにとって酷だろうと感じたのだ。
「キミは早く身体を治しなよ。僕が夜明けを取り戻してくるから」
アレックスの声は淡泊だったが、その震える拳に握られた二枚のカードは、固い鉱石で作られていなければ握りつぶされていたことだろう。その手の中に宿る力強い意志が、リリーの心にも伝わっていた。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
もし少しでも内容が面白かった、続きが気になると感じていただけましたら、ブックマークや、画面下部の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に変えていただければと思います。
それらの評価は、私の創作活動への大きな励みとなります。
どんな小さな支援も感謝します、頂いた分だけ作品で返せるように引き続き努力していきます。
これからもよろしくお願いします。




