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死者の烙印①

 アレックスは、不服そうに首を傾げ地面を見つめるベイカーに鋭い眼差しを向けた。ベイカーの顔は無表情で、崩れ去る肉塊をじっと見詰めていた。その瞳からは哀れみも悲しみも読み取ることができず、まるで自分が何を見ているのかも分からないかのようだった。守護者の敗北に対する現実の厳しさが、ベイカーの心を追い詰めていたのだろう。

「おいっ……動けよ木偶の坊……、なに寝そべってやがるんだ……。さっさと起き上がって戦えよ……」

「ベイカー、守護者は倒れた。素直に投降しろ……これ以上のあがきはキサマの命に関わるぞ」

 メディエットが冷たく言葉を浴びせる。だが、ベイカーは誰かと喋るようにブツブツと小言を重ねていた。

「……だった、……お前は、最初っから最後まで使えないやつだったな! 結局負けてるじゃねえか! このクズやろうガアァァァァァァッ!」

「キサマァッ! 死者を愚弄するのはいい加減にいしろッ!」

「黙れよ! 機士なんかがいたせいで、俺はひとりぼっちだ! テメェらさえ俺の村に来さえしなければ、俺は……俺はなぁぁぁッ」

「あぁん?」

 戦いにより傷んだ背中を押さえながら、今までの静観から一転、アレックスは何か心に引っかかる言葉を探すかのように、声を挟んだ。

「ベイカー……貴方は失った家族を生き返らせたかったんですよね?」

「家族ぅ?」

 メディエットは眉間に皺を寄せ、信じられないといった表情を浮かべた。アレックスの言葉に対する驚きと疑惑が隠せなかった。

 彼女の納得のいかない様子に対し、アレックスはズボンのポケットから小さく折りたたまれた紙切れを取り出し手渡した。本来、大きな書巻として保存されていたグリードリバーの死亡者リストだったが、彼が渡したのはそれを丁寧に折り畳んだ形跡のある一部分だった。

「そんな、くそぅ……。俺は……。俺はッ……。こんなはずではっ……」

 絶望に打ちひしがれ、挙動不審に頭をかきむしるベイカーの横で、メディエットは折りたたまれた紙切れを広げた。達筆に書き写された名前の羅列が目に飛び込んできたが、その中でも一部分だけ赤枠で囲まれている。

「これは、いったいなんのリストなんだ?」

「それは、グリードリバーの地域に在籍していた人のリストですよ」

 そして、枠の中にある名前をメディエットが目でなぞった時、彼女の表情はさらに驚きで張りついた。

「『ベイカー・ホープキンス』、『クローディア』、『メルティ』、死亡……」

「ベイカーはグリードリバーの出身者だ、不慮の事故で家族を失っている」

「巻き込まれたのか……戦争に」

 同情にも似た声でメディエットは呟いた。

「事故だと……ハァ、……ハァ。ふざけるなよ」

 ベイカーの悔しさと絶望の息遣いが二人の耳に届く。だが、同情の余地などないのだ。この男が起こした身勝手な行いは決して許されることではないのだから。メディエットはベイカーの手を掴む。

「アレックス、ベイカーを連行したい。場所を移そう」

「君は病院に行くんだよ? 後は僕とランディスが引き継ぐから」

 アレックスはメディエットに優しく語りかける。メディエットの傷ついた身体を気遣っての行動だった。メディエットの利き腕の骨には確かな亀裂が入り、肺を支えるあばら骨は砕け、その一部が肺を傷つけている。立っていることさえ不思議な状況だが、メディエットは機士の誇りからなのだろう、最後まで職務を全うしようとしていたのだ。だが、それ以上の職務は死を招く恐れがある。アレックスはそう思いメディエットに語り掛け、彼女の手を優しくベイカーからどけたのだ。

 しかし、その一瞬の隙間が、ベイカーにとって、最後の機会を与える。

 突如、ベイカーは、羽織るコートから紫色のハンドベルを取り出した。それは『ディ・アブロ』と呼ばれる、狂気を秘めた危険なマジェスフィア。ベイカーの最後の切り札だった。

「くそぅ……、俺は帰るんだッ! グリードリバーへッ!!」

 絶望と怒りが交錯する声で叫ぶベイカー。彼の手がマジェスフィアを振り下ろし、アレックスの頭に衝撃を与えた。

「――ッ!」

 突然の衝撃によってアレックスの頭は揺れ動いた。アレックスの手が痛みを押さえようと額に触れる、その一方で、メディエットは一度ホルスターに納めた翼剣を、緊迫した状況の中で再び引き抜いたのだ。

「往生際が悪いぞベイカー」

「往生するのはお前らだ」

 狂気が歌い、殺意が舞う。ベイカーが振る鈴状のマジェスフィア『ディ・アブロ』が鳴り響いた。その中心に取り付けられた紫色の透き通った鉱石が、周囲の金属にぶつかるたび。甲高い音は不気味に響き渡り、空間を満たしていく。それは異界の歌のように、頭の中を直接揺さぶり、人々の恐怖を増幅させていく。

「……アレックス市長、今日一日で何人死んだか覚えておりますかな?」

 ――五十……? アレックスの頭の中で数字が駆け巡ったが、実際はもっと少ないだろう。動けるほどの軽微な損傷の死体ならば三十前後か。

 脅すような口調で答えを待たず、ベイカーは言葉を巧みに紡いでいった。

「『ディ・アブロ』の音色が死者を目覚めさせる。彼らは自らの欲望に従い生肉を求め動き回るぞ。さぁ市長、決断の時だ。荒野で私と『追い鬼』をするか、数十人の死者と舞踏するか」

 残虐なる狂気が空間を支配する中で、メディエットの心に沸騰する怒りが頂点に達した。今ここでベイカーを切り裂いたとして、動き出した死者が止まるかは分からない。だが、メディエットは翼剣を離すことが出来なかった。

 その怒りは、理性を飲み込み、感情が手元を支配する。一閃、刀身が閃光のように振り下ろされる。しかし、その一撃は空しく、突如として現れた蠢く死者の異様な動きによって、斬撃は弾かれてしまった。

「……ッ」

 気がつけば、路地裏へ続く暗く陰鬱な通りから、引き寄せられるように死者たちが現れた。四、五人の無表情な顔、ゆっくりとした足取りが一列に並び、確実に二人の方へと向かってくる。

「ハッハッハッ、小娘。せいぜい、アレックス市長に守ってもらうんだなあッ」

ベイカーが逃げるために街の出口へと急いで走り出した瞬間だった。今まで黙っていたアレックスが口を開いた。

「逃がさないよッ!!」

 彼の声は地を撫でるような低さで、その音色には唯ならぬ冷気が漂っていた。それは単なる寒さではなく、深い悲しみと失望が絡み合い、彼の心の奥底から湧き上がる哀れみの叫びのようだった。その声は、空間さえ支配する重みを持ち、ベイカーの背中へと突き刺さる。

「何を言っているか分からない。市長は、市民を見捨てるって言ってるのか? テメェ一人で街に蠢く数十の死者を倒さないといけねのに、それを放棄するってぇのか?」

「市民も守る。メディエットも守る。……でも残念だ。ベイカー……君の安否を保証できない」

「何わけわからないことを言っていやがる。テメェはッ、現実が見えていないんじゃないのか。いま追い詰められているのはテメェの方なんだよッ!!」

 ベイカーの怒号へ応えるように、アレックスの左手には黒いカードが握られていた。その中でも道化師の絵柄が一際目立ち、彼の失意の眼差しと共に向き合っていた。

 直後、カードは深い青の輝きを放ち、道化師の絵柄が炎に包まれるようにゆっくりと消える。そして、代わりに現れたのは、中央に大きく描かれた車輪。その車輪は天と地を繋ぐ枢軸として描かれ、回りを巡る光の輪が絶え間なく動き、時の流れの変転を象徴しているようだった。その、カードの左右片側の角には、ギリシャ数字の『X』が、この絵柄の重みと意味を一層強調するように刻印されていた。

「『ジョーカー・ザ・ワイルド』、これが僕のマジェスフィアの名だッ!! 二人の道化師は術者の生気を喰らい目を覚ます――」

「『ジョーカー・ザ・ワイルド』だと。マジェスフィアの名前だったのかッ!」

「――駄目なんだ僕一人の力じゃ。どうしても気ままな道化師を従えることはとてもできない。道化師にお願いするなら、厳めしい機士の力を借りないと、まともに動いてくれないんだよ。このマジェスフィアは」

 凍りつくようなベイカーの視線を捉え、アレックスはカードを二本の指でつまみ、絵柄の書かれた面をベイカーの方へ向け、宣言する。

「死者の烙印(スート・オブ・ネクロ) 『X』 ロンド・リザレクション」

「おまえ、何を――。ッ――」

 喋るために開けた口が突如現れた拳によって下顎を砕かれ、閉ざされた。鼻の奥で高まる熱を感じ、ベイカーは衝撃と痛みに両手で口を塞いだ。

「何をやったかだって? ベイカー。 キミの望みを叶えてあげたんだ。死者と踊りたかったんだろ? なら歓迎しよう。ようこそ、死者の踊る街『ファントムウッズ』へ」

 メディエットは目の前で展開される不可解な現象に理解が追いつかなかった。しかし、これは二度目の光景だった。三年前のグリードリバーで見た来事が、走馬灯のように彼女の心の中を駆け巡り、今と重なっていく。

「この現象は、いったい何が起きている? ベイカーの呼び寄せた死者共が勝手に吹っ飛んだぞ。いやっ……。おかしい……。通りにこんなに人がいたか……?」

「人じゃないよ、みんな死んでいるさ。簡単に言えば魂っていうのかな。『スート・オブ・ネクロ』の能力は死者と生者の境界を取り払うから……。彷徨う魂達は、はっきりと具象化するのさ……」

 空気中の微細な水分が集まり、雲を形作るかのように、かつて何も存在しなかった空間に突如として人々が現れ始めた。湧き出る泉のように、風に舞う木の葉のように、そして揺らめく炎のように。彼らの顔つきは険しく、瞳には隠れた恨みがギラついていた。彼らは暴徒のように一人の男を取り囲み、ただ一点を凝視していた。その眼差しは釘付けで、その存在は一瞬にして場の雰囲気を一変させ、緊張感を高めていた。



今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。


もし少しでも内容が面白かった、続きが気になると感じていただけましたら、ブックマークや、画面下部の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に変えていただければと思います。


それらの評価は、私の創作活動への大きな励みとなります。

どんな小さな支援も感謝します、頂いた分だけ作品で返せるように引き続き努力していきます。


これからもよろしくお願いします。


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