7話「魔道士と召喚士の冒険者になってきたようです」
———ひと月後。
郊外の草原で、姉妹は《スライム》と奮闘していた。
「ルーくん!! お姉ちゃんの背後から奇襲しようとしている魔物を中心に排除して!」
『おぅ、任せロ!! 』
弓でスライムの急所を正確に撃ち抜けるようになったヒノリが、銀狼に指示を飛ばす。
姉の護衛を神獣に任せたヒノリだが、そんな余裕はない。むしろヒノリこそ《スライム》の攻撃を警戒するべきだ。
ちょこまかと動きまわる《スライム》の動きを正確に捉えるのは至難の技だ。ヒノリもここ最近で射の腕がメキメキ上達したが、停止している敵の急所を打ち抜けるようになっただけで、動く的を正確に捉えることには未だ苦労が多い。
けれど姉が魔法を発動させる間の数秒だけ無防備になることも確かだ。姉馬鹿であると多少なりとも自覚しているヒノリは、その短時間ですら良しとしない。
「ルーくん!! 任せたわ」
『ガウッ!!』
雄々しく吠えた銀狼が走り出す。
そして、その鋭い牙でイノリの背後から攻撃を仕掛けようとしていた一体の《スライム》を噛み砕く。
主人の指示に従うルーくんの側で、イノリが太陽の如く真っ赤に染まった魔法陣を完成させれば、魔物達の足元にも彼女の下にもあるソレと同じ魔方陣が浮かび上がり———、
『あるじ、イノリの背後に逃げル!!』
「えっ!? わぁあっ」
衝突する勢いで飛んできたルーくんに咥えられたヒノリは、目を丸くしながらも中断されていた動作を再開させて弓を引き、一体の《スライム》を倒す。
「お疲れ、ひのちゃん。後はお姉ちゃんに任せて!!」
妹が安全地帯に入ったのを確認したイノリが、告げる。
「【炎魔法】!!」
呪文を奏でれば、魔法陣から業火の柱が立ち昇った。
広範囲にいる大量の魔物は赤い赤い炎に飲み込まれていく。「キュゥゥ……」か細い唸った《スライム》たちを消化してく炎の様は、まるで煉獄のようだ。
一体、また一体と、炎が《スライム》を燃やし尽くして滅失して、やがて全ての魔物が魔石に姿を変えた。
「——ふう、こんなものかな。クエスト達成だーーー!!」
『あるじー、オレは物足りナイ〜』
拳を天に向けて掲げた姉の横で、魔物が落とした魔石を拾い集めていると、そんなヒノリに、ルーくんは銀色の耳をペショリと折って残念そうに言った。
ヒノリは返答をする前に拾った魔石を腰のベルトに下げたポーチへ放り込む。
うーーん、確かに神獣を護衛やサポートのように立ち回ってもらったし、お姉ちゃんがあっという間に魔法で倒しちゃったから運動量としては足りなかったのかも——、なんてルーくんの主人として心の中で反省したヒノリは、銀狼の柔らかい毛並みを優しく撫でてやりながら語りかける。
「ごめんねルーくん。また次のクエストではいっぱい力を借りるから」
『本当カ!? あるじ』
銀狼の尾が右へ左へ大きく振れる。
「うん、本当。その時はいっぱい力を貸してくれる?」
イノリが見守る中、妹のヒノリは首を傾げた。
『おう!! 任せとけッ。あるじがたまげるくらい活躍してやるんダカラナ!!』
銀狼が小犬ほどのサイズになってヒノリの頭に乗って胸を張った。
「あははっ、ルーくん可愛い」
「え、えーー!! お姉ちゃんずるいぃい、私も見たいよぉ〜」
ルーくんの愛らしい姿——小柄な体で胸を張って銀の尾を振る姿をどうにか視界に収めようとして、頭を上げてみたり腰を逸らしてみたり、頭を下げて見たり、くるくると回ってみたりと努力を重ねた。結果、銀の毛並みの一本すら拝むことは全く全然できずに撃沈する。
「ぅ〜……見たかったぁ……」
しおしお諦めるヒノリの頭から、ルーくんが華麗に軽々と飛び降りる。必死に試行錯誤していた主人の頭上は居心地が良いとはお世辞にも言えないだろう。イノリは苦笑し、ヒノリは見たかった姿ではないがようやく自分の前に現れたルーくんを抱き抱えようと手を伸ばした。
「……ルーくん?」
伸ばした手を銀狼に触れる前に止めた。
召喚獣の機微の変化に気がついたからだ。
違和感を拭いきれず、少女は止めた手を下ろした。
『あるじ、あるじっ。約束通り、次はオレが活躍する番なんだゾ!!』
居心地が悪かったのかもしれないが、ルーくんが地に降りたのはそれだけが理由ではない。
ルーくんは敵の気配を察知したのだ。
「……活躍って……ひゃあ!?」
ズンッと、足元が揺れた。
ズドォォン。ズズーーーンッと、地面が揺れる。
姿を見せたのは、二体の魔物。
「ギュヌヌーーーン!!」
森の木も越えるくらいの強面大型の魔物が現れる。
ガラの悪そうな顔で、リスに似た体を持つ魔物《ヒンス》は、姉妹を見下ろすと小さく舌を打った。
彼らは両手で大切そうに抱きかかえていた、大きくて明らかに硬そうなどんぐりを姉妹に目掛けて振り下ろす。二体の《ヒンス》は話を合わせて来たと思うほど、動作が揃っている。
「「え……ちょ、わぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあっっ!?」」
銀の召喚獣は後方へ跳躍した。悲鳴を上げて巨大化したルーくんに抱きつくヒノリと、口に咥えたイノリを後ろへ連れて。
今まで姉妹達がいた場所には、ズズーんっと大きな音を立てて硬そうなどんぐりが地面を砕いていた。地面とぶつかって砕いたのにも関わらず、どんぐりにヒビが入った様子はない。一体どれだけ硬いのだろうか。体の中の腸がフワリと浮く気分になる。
姉妹の気持ちは同じだった。
((何あれ!!? ))
口を金魚のようにパクパク開閉する。
先輩冒険者からすれば大型魔物の《ヒンス》だが、姉妹からすれば強面で巨大で凶暴なリスでしかない。
「リス!? ううん、魔物なんだよね。ひのちゃん!!」
「むぃ!! ルーくん、約束通り活躍させてあげる!!」
『任せロ!! あるじはオレが守ル』
姉が妹呼んで、妹が姉の思いを察して。
召喚獣は主人の気持ちを伝心する。
目を合わせたイノリとヒノリは同時に頷いた。
「「一人一匹ね/よね!!」」
『ぐるる……』
姉妹は同じ顔をする。
不敵に好戦的に目の前にいる二体の敵を見据え、主人たちに似たのか召喚獣も威嚇をしながら笑った。
「ほら!! 一体は私に着いて!!」
イノリは横に駆け出す。
「ギュヌヌーーーン」
動いた獲物に引かれるように二体の《ヒンス》が体の向きを変えるが……。一本の矢が片方の《ヒンス》へ当たる。
「ギュヌ?」
「貴方の相手は私とルーくんだよ」
「ギュヌ……」
「——ぎゅぬぬぬぬん!!」
どごおおおんっ、どんぐりが振り下ろされる。
攻撃を見切って軽々と避け切る少女の、短く甘い茶色の髪が揺れた。今まで魔力を魔石に送ったり、魔法を使ったりしていたからか、イノリはしっかりと自分の中の魔力を感じられるようになった。
どごおおんっと、《ヒンス》が振り下ろした木の実のせいで地面が砕ける。
「もーー!! どんぐり反則、当たったら絶対危ないよ!!」
「ぎゅぬぬーん!!」
避けるばかりで攻撃ができてない。
逃げるばかりのイノリを《ヒンス》は完全に舐めている。
ギラギラと光る赤い瞳が、イノリを笑っている。嘲笑っている。
「………うわ……」
その顔がカッチーーーン……、と頭にきた。
先ほど《スライム》を全滅させる為に使用した分の魔力は、既に回復しきっている。不思議だ。魔法を使っても、使っても、イノリの魔力は底が見える気がしない。乾かぬよう、常に泉の水をいっぱいに溢れさせるようとしているみたいだ。
(余裕な顔して……。今は攻撃を避けているけど、私はいつでもすごい魔法を打てるんだから!!)
「また攻撃って……もう!! ……っは、でも動きは……遅い!!」
どんぐりをジャンプしながら前転することで避ける。
《ヒンス》は攻撃終わりで、次の攻撃までには時間がかかる。地面に食い込んだどんぐりを引き抜いてもう一度振り上げるまでの無防備な間に、イノリは相対する魔物へ手のひらを向けた。
今ここだと直感する。
「いっくよーーッ」
「ぎゅぬぬん!!?」
大型モンスターには大型を。
《ヒンス》の頭上に大きな魔法陣が二重になって展開される。《ヒンス》を倒すのに魔法陣を重なる必要はないのだが、魔法陣を重ねたとて余りある魔力の(余りはないが魔力の泉が枯れる前に湧き出る魔力の)おかげで、つい加減をまちがえてしまった。
別に魔物に弱者扱いをされて、ちょっとだけムカっときたからとか、そんな理由じゃない。ほんとに。
凛とした声音で、イノリは魔法を奏でた。
「【炎魔法・火球】———!!」
隕石の如く大きな火球が、降り注いだ。
巨体が転じて鈍足の《ヒンス》になす術はない。
炎の隕石に潰され燃やされ、白い煙と共に消滅。魔物の魔石が地面に転がった。
「よし!!」
ぐっと拳を腰の高さで作るイノリのその顔は、嬉しそうに頬を赤らめて口角が弧を描いた。
「さてと、ひのちゃんは……」
イノリと同じく、ヒノリもまた大型魔物の《ヒンス》と対峙していた。彼女の召喚獣のルーくんと一緒に。
《ヒンス》のどんぐりを振り下ろす攻撃を華麗に避ける召喚獣に、少し離れたところでヒノリは指示を出す。
「ルーくん、攻撃を避けて咆哮の体勢を整えて!! それから……一撃でやっちゃって!!」
『がぅあ!!』
ルーくんは魔物の周囲を駆け回って、動きの遅い《ヒンス》の思考を惑わせる。全く当たらない攻撃に、《ヒンス》は目を細める。木の実を振り上げた頃にはルーくんは同じ場所にはおらず、重い体を動かし向きを変えて武器を振り下ろしてもその攻撃はルーくんに掠りもしない。
「ギュヌヌ……」
悔しそうな《ヒンス》は、どんぐりの持ち方を変えた。
その瞬間、木の実は潰してかち割るための道具ではなく、獲物を薙ぎ払うための道具に生まれ変わる。
「ルーくん、気をつけて!! 」
『あるじ!! 避けるんだゾ!!』
「———— え?」
一歩。
たった一歩だ。
ルーくんから伝播した焦り、危惧、恐れがヒノリの体を彼岸の線から此岸へと導いた。
一歩後ろに下がったヒノリの鼻の頭をどんぐりが掠める。
「……かひゅ……っ」
ヒノリの喉奥が締め上げられる。
足から力が抜けていく。
(あ、だめ。)
だめだ、今ここで座り込んだら。
いいや座り込んでもいい、それでもこのまま声を失ったらだめだ。
(声はまだ出る。ううん、出してみせる)
ヒノリは、絞った喉から無理やりに声を上げた。
「つ……!! ルーくんっ、【魔力砲】———!!」
魔力がヒノリからごっそりと召喚獣へ流れていく、ルーくんが魔力の泉から根こそぎ奪っていく。ヒノリは今度こそ地面に座り込んだ。気持ち悪い。血の気が引いていく感覚があり、視界の中で銀色のきらめきが舞った気がした。
『あるじに応えるル。オレはすごい神獣なんダ』
ルーくんは《ヒンス》に噛みついて、再度の範囲攻撃を停止させる。
「ギュヌヌ、ギュヌヌーン」
噛み付くルーくんを振り払った《ヒンス》が、もう一度武器を持ち替えた。
敵が木の実を頭上に掲げた時、ルーくんは口を開ける。
既に魔力の共有と発動許可は得ている。後は召喚獣自身の意思のみ。
————ルーくんは、放った。体内で練り上げた高密度の魔力を。
『がぅあぁ——!!』
解放された純白の光線は、咆哮とともに真っ直ぐ《ヒンス》の胴を撃ち抜いた。《ヒンス》の胴にできた穴から、向こう側の景色が顔をみせる。丁度振り下ろされていた木の実が、ルーくんの隣に落下する。「ギュ、ギュヌーーン」次いで断末魔を上げた《ヒンス》が白い煙に包まれながら倒れていく。
地面と魔物がぶつかる直前に、穴の空いた体は消滅。イノリと同様に、ヒノリとルーくんも《ヒンス》を打ち倒した。
『ふーーーーーんっ。ふふん、あるじーあるじー!! 倒しタ、ちゃんと活躍できたゾーー』
「わっ。あはは、くすぐったいよぅルーくん」
魔力回復薬を苦い顔で飲み込んだヒノリの元に、風に銀の毛をなびかせたルーくんが尻尾振ってかけてくる。とびっきりの笑顔で飛び込んできたルーくんの柔らかい毛並みがヒノリの肌をくすぐった。じゃれついてくる召喚獣の体を大仰に撫で回すことで興奮気味のルーくんを落ち着かせていく。
『あるじ、あるじ、ちゃんとみてたカ?』
「うん、見てたよ。すごいねルーくん、すっごく格好良かったよ」
『ふふーーん、そうだろーそうだろー、オレは神獣ダカラナー』
「うん、うん。すごかった、流石ルーくんね」
体、首、頭を順に撫でられると「褒めてください!!」と言わんばかりのルーくんも落ち着いたらしい。
小型犬サイズに体を縮小させて、四つん這いの格好で体を捻るように震わせた。
(あ、犬が体を洗った後とかによくやるアレだ。ふう、ルーくんが濡れてたら水飛沫が飛んでくるところだった。危ない)
危ないと思いながら、ヒノリの口元は小さく微笑んでいた。
なんなら2割くらいは残念に思っていた。
「ひのちゃーーん、おーーーい」
「お姉ちゃ……わっ、もうお姉ちゃんも……?」
今日はよく抱きつかれる日だなと思う。
「へへへ〜……、……あれぇっっ撫でてくれないの!?」
「撫でないよッッッッッッッッ!?」
結局、いつもは姉に甘えて撫でられる側のヒノリが、いつもは撫でる側のイノリの頭を撫でることになった。
「——さて、《スライム》以外の魔物倒したのは予想外だったけど、これでクエスト達成だね」
姉妹はそれぞれが倒した《ヒンス》の魔石をポーチに仕舞う。といっても、イノリはヒノリよりも先に魔物を倒していたがうっかり仕舞い忘れていた魔石なのだが。
「うん、やっと戦うのも慣れてきたかも」
「じゃあ次のクエストは少し遠出しちゃう?」
ギルドに向かう道のりを歩いている最中でイノリがヒノリにそんな提案をする。イノリ達は、街の外に出て初めに辿り着く草原でしかクエストを受けていない。この場所を選んでいるのは、一番弱い魔物が出現するからだ。
「それはまだ早いよ。お姉ちゃんはすぐにそうやって調子に乗って遠くに行こうとするんだから」
「この辺の魔物はそんなに強くないみたいだしダンジョンに行かなければ大丈夫だってー」
「絶対、やだ」
イノリとヒノリ、それにルーくんのレベルはまだLv5。
ダンジョンの上層であれば行っても良いとギルドの職員からは言われている。けれど、ついこの間ダンジョンのボス相当の魔物《ヴァーンオック》に遭遇してしまったヒノリにとって、ダンジョンは怖い場所であり危険な場所に他ならない。
どんなに姉が「大丈夫」と口にしたところで能天気な言葉にしか聞こえない。だからヒノリは、絶対に首を縦に振ったりしないと決めた。
「……ひのちゃんは相変わらず慎重っていうか臆病だな〜……」
妹が頑なに嫌がることを、イノリも無理強いをするつもりはない。
もう少し飛び込んでチャレンジしてみたらいいのにと、心の中ではヒノリの姉として心配するし残念に思うけれど。
ヒノリが姉のことをわかるように、イノリも妹のことを無自覚にもよく知っている。今のヒノリに話をこれ以上しても頷いてくれたり、自分の意思を折ってくれたりはしないだろうなという予感があった。
こういう時はイノリが折れるしかない。
(しょうがないなぁ〜、はぁ……今回はお姉ちゃんが譲ってあげよう)
「……わかった、まだしばらくはこの辺のクエストを受けようか」
「……うん」
ヒノリも知っていた。
ちゃんと知っていたのに。
ヒノリはイノリが意見を曲げてくれたと信じてしまっていた。
「つ……」
——翌日の朝、ヒノリは姉が使用しているベッドの上にある置き手紙を握りつぶしていた。
知っていた、わかってた、そんなわけない。
だって、だってお姉ちゃんは。
———お姉ちゃんは、割と勝手で自由人なんだから。
「おーーーーねーーーちゃーーーーーん〜〜〜……」
怒りで声が震えた。
握りつぶされてくしゃくしゃになった紙には、日本語でこう書かれていた———— 、
ーひのちゃんへー
ダンジョンに行ってきます。
こういうのは、ものは試しだよ。
あ、でも安心してね?
夕方くらいまでに帰るつもりだよ。
ーお姉ちゃんよりー
ヒノリは苛立ちを糧に黒い髪を珍しく一つに結い上げ、装備に腕を通す。服の中に入った髪を乱暴に払うと、厳しい面持ちで部屋を飛び出した。
(ふぅぅぅぅん、そういうことするんだ。知ってた、わかってた、ああもうお姉ちゃんはなんで一人で行っちゃうかな。なんで私のこと置いて行っちゃうの!? )
心中が荒れに荒れたヒノリの足取りは乱暴だ。地面を蹴り上げて足の裏を叩きつけるようにして歩けば、少女の黒い髪が激しく揺れる。
街の人たちから何事かと目の片隅で一瞥されていた、けれど今の彼女はそんな視線は気にならなかった。
「行ったるわよ、ダンジョン」
そしてお姉ちゃんに一言いってやるのだ!!




