第三十六話「いのりとリアと……」
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いのりは、人にぶつからないよう王城の長い廊下を隠れながら走っていく。パタパタと駆ける音に時折振り返る使用人はいたが、何もない廊下の壁を見れば首を傾げて通り過ぎていく。
(あ、あぶっなーーい。バレちゃうかと思った……)
花瓶の置かれた棚の影に隠れていた いのりはそろーーっと顔を出した。どうやら少し不思議に思われただけのようだ、廊下の先にはもう人はいない。
いのりは安堵に胸を撫で下ろした。
(えっと……確か……。この廊下の先を真っ直ぐに行ったら扉から階段を降りて……)
ミカに教わった通りに王城の中を走り回ったいのりは、今此処に方向音痴(自覚あり)のひのりが居たら大変だったろうなと小さく笑った。
(はっ!!また誰か来た……!!)
口を塞いで、壁と同化する。
複数の足跡は、どんどんいのりの方へ近づいてくる。
「……地下牢に連れて行った者達は、口を割ったのか?」
「いえ、それが……どうやら一人はドラーグ族の大使だったようで……。大使殿は身分証も確かの為、地下牢ではなく客室の方へ通しております」
「なら他の侵入者と一緒に居たという方は?」
「そちらは地下牢へ……といっても何故だか大使からは連れてくるよう要請が……なんでも関係はないが暇だから連れてこいとのことで……」
「……そんな理屈が通るか!!……面倒な時期に訪問してくれたものだな。ひとまず、俺が大使殿と話をしよう。兵には引き続き王都への侵入者を捜索するように命じろ」
「は、はい!かしこまりました」
いのりは知る由もないが、すれ違ったのは複数の文官を引き連れたロードだった。けれど、彼の首から微かに見えた翡翠の宝石は……。
(あれって、もしかしてアリサの妖精石と対になっているやつ!?じゃあこの人が……第一王子!!)
目的のものが首にあるということは、まだミカは王城内を散策しているのだろう。自分の任務はリアを助けること、今ここで焦る必要はない。
(宝石の方はミカに任せるって決めたんだし、この人の行く場所は押さえたし、大丈夫……まずは戦力を……)
ロードの首飾りに手を伸ばしたくなった衝動を、必死に堪えていたそんな時、ロードの足がピタリと止まった。
廊下の真ん中を歩いていたのに、態々端へと歩き、いのりの目の前で立ち止まる。
(え……?)
「……ふむ……」
検分するような目つきで壁を見つめて、そして——————、
スラリと湾曲した剣を取り出したロードは躊躇いもなく、いのりが隠れている壁に向かって剣を薙ぎ払った。
(ヒッ!!)
ザシュッ——、
その小さな音を立てたのは、剣によって傷つけられた壁だった。
「———————— なんだ、気のせいか……」
ただ壁に傷を付けただけの剣先を眺めていたロードは、そのうち剣を鞘に納めた。「行くぞ」そう言ってそのまま踵を返し、一部の文官を引き連れて恐らく客間へと向かったのだろう。
(———————— あ…………危なかったぁぁぁぁぁぁぁぁ…………)
いのりは、壁の下側で心臓と声が溢れないように口を押さえて縮こまっていた。バクバクと心臓の鼓動は速くてうるさい。
(うぅ……もうお姉ちゃんは泣きたくなったよぉひのちゃん)
半べそをかきながら、いのりはへっぴり腰で地下牢へと辿り着く。「わ……意外と暗い……」牢屋の中で、いのりは指先に炎を灯す。
「いのり!?」
「リア!!よかった、直ぐに見つけられた!」
リアの驚愕したような声を聞いて、いのりはリアが入れられた牢屋の前に駆け寄った。見れば、手枷をつけられているわけでもなく、何処にも怪我はしていないようだ。
「助けにきたよ!!」
「怪我はないみたいだな。無事だったのか、よかった……ミカは?」
「今は分かれて行動してるとこ!私はリアで、ミカは翡翠の宝石を第一王子から奪還する任務!それよりちょっと待ってて……今、壊してあげるから……」
風魔法で牢屋の鍵を壊し、リアを助け出す。
「……すまない、結局あたしは……」
「ううん、そんな謝らないでよ!寧ろ門で魔法が解けちゃって……あの時に私とミカを逃がすために戦ってくれた人に文句なんて言えないし、ないよ!」
にこりと微笑んで、牢屋側に置かれていた銀色の細剣をリアへ渡した いのりは「そうだ!」と声を上げた。
「さっき廊下で……えぇと、なんちゃらー族?みたいな大使が来てるって……」
「……すまない、いのり。あたしもその説明で解りたくはなかった……大使と言ったらドラーグ族のことじゃないか?」
「そうそう!そんな感じの名前だった気がする!!」
「……いのり達を逃した後……よく分からないが助太刀してくれたんだ……『なんだか面白そうな人だから』って言っていたけど、よく分からない子だったな……」
該当の人物を思い出して話してくれるリアの顔は、何故だか難しそうな表情をしていた。一体どんな子だというのだろう。
「廊下を通った人たちが、大使は客間に案内したって言ってた。そこに今、アリサの対となるネックレスを持ってる人も……」
いのりの声を遮るように、兵士の狼狽気味の声が反響した。
「貴様……!!そこで何をしている!!って!お、お、おおおおまえはなんで牢屋から出ているんだ!」
「………あーーー………見つかっちゃった……」
「気をつけろ、魔封じの道具もあるからな。あと、狭い範囲で戦える魔法にするんだぞ!」
「りょーかい!」
数人の兵士が階段から降りてきて、地下牢内に扇のように広がった陣営をとっていく。このままだと直ぐに狭い地下牢の中で取り囲まれてしまう。
リアに元気なく返事をしたものの、さてどんな魔法を使おうかと逡巡した末に、いのりは閃いた。
「散弾!!《水魔法・弾丸》——!!」
「「ぐぁぁっ!!」」
いのりの指先から放たれた複数の水弾が、兵士達の腹へと命中していき、次々に兵士の膝が崩れ落ちる。
「安心して、みねうち……ならぬ、みぞおち、ううん水鉄砲落ちだから!!すごい痛いだけだよ」
「なんだか語呂が悪くないか?」
「それよりも、早く上に!階段を塞がれたら大変だよ……ってぎゃぁぁぁあ!!何ごと!?」
階段の上からゴロゴロと兵士達が転がってきた光景に、いのりは悲鳴を発した。
どうやら兵士達は気絶しているようだ。
「だ……誰!?敵!?」
目の前の兵士を全滅させた いのりは、新たに階段を降りてきた人物を警戒して目を細めた。
「いや、違う!いのり、その人は……」
「————安心、して……いい……。一緒に来た兵士は、全部……倒したから……」
黒いツノが雪のように透き通った水色の髪の間から生えているのが見える。眠たそうな赤と碧眼のオッドアイの双眸は、いのりたちを真っ直ぐに捉えていた。気だるそうに、ともすれば今にも眠ってしまいそうな口調の少女は、いのりと同じ年くらいだろうか。
「いのり、その人なんだ。その、あたしを何故か助けてくれたっていう大使は……」
「え……」
「ん……そのとーり……」
「えぇっ大使!?大使って偉い人だよね!?私と同じくくらいの歳に見えるよ!?」
驚愕したいのりの発言に、ツノの生えた少女はその眠たそうな無表情に近い顔に苛立ちの感情を露わにして、ムッと口をへの字に曲げた。
そして。
「………そう……わたし……たいしー……」
「ぇぇぇぇえ!?」
引き締まった表情は何処へやら。次の瞬間には、ぐでーーんっと壁に寄りかかってしまった。
「……めんどくさい……はーこーんーでー……」
「……そんな、やーらーれーたーみたいな語呂で言わなくても……。それより第一王子が貴方のところへ向かったはすじゃ……」
「勝手に部屋、出てきた……暇だったから……」
「じゃあ、今、私達が出会った兵士と、貴方が転がしてきた兵士は……?」
「……牢屋に行くって言ったら……、歩いてたら、いつの間にか、増えてた……。どうしてもって言ったら、先に入ってくれた……」
「それは此処に来るのを止められてたんじゃない!?」
「知らない。もう喋った……運んで……」
「はぁ……仕方ないな。いのり……あたしが、運ぶから任せてくれ!」
いのりは、リアが難しい顔をしていた理由が今、なんとなく分かった気がした。
「おい!!賊に大使様が人質に取られているぞ!!」
「今すぐお助けしろ!!」
地下牢へと続く扉から現れた、リアに抱きかかえられた大使の少女の姿に王城内は騒然した。
鎧を着た兵士達が武器を片手にいのり達を囲い込む。
が、「おー……」っと呑気そうな歓声を上げている大使の姿に、兵士達も戸惑い気味だった。
「……本当に、囚われているのか?」
「賊に加担したとなれば……両国の関係は……」
不穏な空気が兵士達の中で流れ始めた頃。
「……た、たすけーてぇー……」
さめざめと泣く大使の意外にも上手い演技っぷりに、兵士達はコロリと騙されたらしい。「大使殿をお守りしなければ両国の関係にヒビが入るぞ!!かかれー!!」「は、はい!」息を吹き返したかのように、いのり達へと向かってくる。
「ええぇーーーー!?敵なの!?味方なの!?あなたは何がしたいの!?」
兵士をリアに近づけさせまいと、範囲攻撃の魔法を扱ういのりは、兵士を焚き付けた張本人へ困惑しながら尋ねた。
「あなた、じゃ……ない。わたしは、シィーリエ・フォリア・アスタルテ……。浮遊島ガルデアス国に……もういいや……」
「ちょっと!!自己紹介を途中で諦めないでよ!!?《風魔法》ッ」
「ぐわぁぁぁぁ!」
薄い輪状に広がった魔法の風は、それに触れた兵士達をことごとくを吹き飛ばしていく。
「怯むな!!敵は魔導士だ!魔封じを持ってこい!!」
「は、はい!」
目の端で、リーダー格の兵士に重厚な枷が手渡されるのを見てしまった。
(魔封じって、リアも気をつけろって言ってたやつ……!やば!)
魔法発動後は、ほんの少しの時間だけ隙が生まれてしまう。もしそこを突かれてしまえば、兵士に囲まれている今、いのりには魔封じの枷を避け切れる自信はない。
「……いのりにそんな物、付けさせたりしない。あたしが許さない《雷魔法》!!」
呪文と共に、バリバリと銀色の細剣へ蒼白い電流が走った………のをいのりが認識した束の間、呪文を詠ったリアは電流が走った剣を床に突き刺す勢いで振り落とした。
パリパリ……と電流が床を伝い、水面の波紋のように広がっていき、兵士達の足元へと流れていく。
「「「う、あ……?ぎゃあまぁぁあぁぁぁああ!!」」」
足元にチラついた蒼白い波を怪訝そうに見つめた兵士達の体に、突如として電流が駆け巡る。そして……魔封じを持っていたリーダー格の兵士以外は皆、崩れ落ちてしまった。
「さて……残るはお前一人なわけだが……あたしに魔封じを付けても無駄だぞ……」
「ヒッ!ヒィぃぃ!!」
肩にかかった銀髪を払い除けたリアは、尻餅をついてしまっているリーダー格の兵士の喉元に剣先を突きつけた。
なんだか可哀想なくらい怯えてしまっているが、ここは仕方がない。情報を吐いてもらうとしよう。
いのりも、なるべく怖くなるようにニッコリと笑ってみせた。(実際には無邪気な笑顔だったけれど、兵士の男にとってはそれすらも怖く見えてしまっていた)
「ヒッ!た、たのむ!!殺さないでくれ!!」
「それじゃあ、第一王子様の部屋は何処にあるのか教えて」
「っ……!!い、いいいいいえるわけないだろう!!ひぃぃぃ、王子の場所は言えない!!それ以外ならなんでも答えますぅぅぅぅ」
男の額から涙の代わりに大量の脂汗が流れていた。
「なら……神殿の場所は何処だ?」
「リア?いいの?王子の部屋の場所とかじゃなくて……」
「嗚呼……。そっちはミカに任せる……あたしたちは本拠地を叩かないとダメだ……」
「本拠地……?」
「なんだ、あんたら神殿に用があるのか?し、神殿なら……王城の中心部に……げは!!」
リアは、神殿への行き方を吐いた兵士の首筋を剣の柄で殴りつけて気絶させる。いのりに「リア……エグい……」と若干引かれてしまったリアは、逃してしまったら情報が流れてしまう危険もある、と言ってなんとか自分への評価が下がってしまうことを防いだ。
「……こほん!で?……シィーリエさん、だったか?あたしたちは神殿へ向かうがどうするんだ?」
「んぇ?シィーリエ……で、いい……。わたし、も、一緒、行く……!」
ぼーーーっとしていたらしいシィーリエは、リアからそう尋ねられると慌てて真剣な表情を作って言った。
「……もう抱っこもおんぶも、あたしはしないからな……?」
「がーーーん……別に、いい……」
「あはは……ヘソ曲げちゃった……って私もシィーリエのことを抱っこはちょっと…‥無理かなぁ」
シィーリエから手を伸ばされたいのりは苦笑いを浮かべた。
同じような体格の少女を抱っこするには、いのりは非力すぎる。
いのりからも断られてようやっと諦めがついたのか、渋々といった様子で口を開いた。
「………わかった。別に、いい……勝手に、着いていく……」
そこまでして着いてきたい理由があるのだろうか。
気になって聞いてみると、シィーリエは首を横に振ってしまった。
「わたし、には、わたしの……理由があるから……」
「そっか……それならしょうがないね!」
「いいの……?敵かも、しれないのに……」
(……敵かもしれない人に抱っこを頼むのはどうなんだろう……まぁ、いっか!)
珍しく細かい事を気にしたいのりだったが、最終的には思考をぶん投げてしまった。
代わりに、むん!と、いのりは両腕に力瘤を作ってみせる。
「うーーん、まぁその時はその時だよ!その時は負けないよ!」
その態度に、シィーリエは道中は味方に足る人物だと判断したらしい。いのりの言葉に素直に頷いて、はにかむ。
「……うん、わかった……よろしく、する」
「うん!こちらこそ、短い間だけどよろしくね!!」
だから いのりも、とびきりの笑顔を返してみせた。
シィーリエ・フォリア・アスタルテ(17)
…白い肌、黒いツノ、水色の髪、赤と碧色の瞳、頬には数枚の鱗が。
…浮遊島ガルデアス国に住むドラーグ族の長の娘。
…性格は、面倒くさがり(実は甘えん坊だったりする)




