第三十五話「王城内侵入!」
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———王城最東の水の離宮
広い王城の最東に位置する水の離宮は、水に関する神殿が内包されている。元々、この国の巫女の為に建てられた離宮とその神殿だったのだが、王城内に儀式用の神殿を新たに建設したことによって、現在では寵姫への贈り物としての慣例が定着してしまっている。アリサに水の離宮が与えられたのは、建国時からの意味と現在の意味合いのどちらも含んでのこと。
第一王子のワガママが通ってしまう王宮へ連れてこられ、離宮に押し込められていたアリサは、1日の大半をたった独りで水の神殿で過ごしていたのだった。
そんな神殿内部にある隠し通路の出口から、二人の人物——甘茶色の髪の少女と赤髪の青年がヒョッコリと顔を見せる。
「……よし、周囲に人はいないみたい……、わ……っ」
水で溢れ、蒸し暑い通路とは反対にヒンヤリと冷たい空気を纏う神殿内に、いのりは水色の双眸を輝かせた。「すごい……こんなに水が……」感嘆を溢す少女に、ミカは水源となっている乳白色の像を静かに指差した。
その女像が持っている水瓶——そこには、アリサが胸元に大切そうにしまっていた水竜アンディーンが宿っていると言っていた……宝石と似たような石がハマっていた。
「魔力がこもった魔石……?」
近づいてよく見てみると石の中にも不思議な紋様が彫られている。籠った魔力も高濃度で、魔石の質自体もとんでもなく良い物であるのがわかった。
「はいっす」
ミカは頷いた。
「お嬢によると元々その水瓶には儀式の時以外では神獣を宿す宝玉が入っていたらしいっす。その周りの魔石は後世に作られた神獣の宝玉に似せた偽物で、ただこの部屋の中に水の魔法を生み出すためのものっす」
「それじゃあ、その本物は今アリサが持ってるやつってこと?」
「多分……」
「多分?!」
「俺にも分からないんっす。知ってるのはお嬢か、もしくはお嬢の妹のレヴィリアか……おわっ!?」
コツコツと近寄ってくる誰かの足音を、いのりは耳聡く捕捉してミカの腕を引っ張った。素早く隠れ場所を探して見たけれど何処にもない。
「っ……!月の光は白日の元から私を遠ざけて…… 月の影は私を隠す《光幻月闇》」
急いで魔法を使ったいのりは、ミカとともに部屋の隅に移動した。しゃがみ込むと唇に指を立てて「しーっ」と、ミカに声を潜める合図を出す。
「……気配を消す魔法だから、物音は立たないようにね」
「わかったっす」
いのりの指示にミカも頷いた。
二人揃って部屋に侵入してきた何者かを部屋の隅で息を殺して待ち構えると、自然に心臓がバクバクと大きく脈うつ。
(一体、誰が来たんだろう……)
いのりは、いつでも戦えるように頭の中で呪文を何度も練習しながらゴクリと唾を飲んだ。
(……男の人……)
姿を見せたのは一人の青年だった。
褐色肌、優しい水色の双眸、口角の上がった柔和な顔立ちの青年は濃い金色髪から耳たぶに付けられた水晶のピアスが覗いていた。
「ここに来るのも久しぶりだな……」
ポツリと呟いた青年は、今までいのりたちが立っていた乳白色の女の像の前まで歩いてくる。
「……アリサ、君は一体何処まで行っちゃったですかね……酷いよ。僕に何にも言わないで居なくなっちゃうなんて……」
(アリサと親しい人、なのかな……)
「僕はね。アリサ……君が此処を出て行ってホッとしてるんです。此処は君にとって窮屈で退屈で……」
「っ!!」
水色の双眸同士、目が合った。
優しい容貌の青年が、いのりに向かってニコリと微笑んだ。
いつから気づかれていた————!?
「誰だかわからないけれど、門兵と対立していたあの女の子の仲間なら急いだ方がいいですよ。どうやら捕まってしまったみたいだ。父上だけではなく兄上まで堕ちた今……この城には誰も止められる人はいないんです」
「……」
息を殺すいのりは、声を返していいものか迷ってしまっていた。隣にいるミカも戸惑った表情を浮かべているし、彼が敵なのか味方なのか現状では判別がつかない。
いのり達からの返答を待つつもりだったのか、エリックは沈黙を貫いていた。けれど自身の指にはめた指輪に魔力が集まり始めていることに気がついた青年は、どうやらまたレヴィリアに呼ばれているらしいと酷くげんなりとした顔をして短くため息をこぼした。
「また呼び出しか……。嗚呼、本当なら姿を見せてほしかったけれど……しょうがない。僕はもう此処を去るよ。だからもしもキミ達がアリサを助けてくれると言うなら……お願いだ、どうか兄上の持つ翡翠の宝石を壊してください……」
踵を返して、エリックは水の神殿から退出する。
その背中が見えなくなるまで見送ったいのりは、どはーーっと止めていた息を吐きながら魔法を解いた。
「ど、どどどどうしよう!!リアが捕まっちゃったって!!」
「落ち着くっす!敵側の罠かも……」
「で、でも……悪い人には見えなかったけど……」
「あれは第二王子のエリックっす。お嬢の妹にすごく気に入られてて……。お嬢のこともこっそり助けてくれたこともあるみたいっすけど……、なんというか、とにかく敵っすよ!!」
「は、はい……そうなんだ…?」
すごい剣幕のミカに言いくるめられそうになる。
でもなぜだか、ミカがどんどんと不機嫌になってきたような……?と、そこまで考えてピーンッと来てしまった。
(も、もしかして!!三角関係だったり!?)
口元を覆って、いのりはキャーーーーッと声のない叫びを上げた。
「それで……ここからは二手に分かれて第一王子を探した方が良いっす。でもって此処に再集合っていうのはどうすかね?」
「うん、いいと思う。リアも捕まっちゃったみたいだし、王子の顔を知ってるのはミカだけだからそっちはお願いね。私はリアを探してみる!」
「王城も変身魔法とかは使えないかもしれないっす!気をつけてください」
「うん、ありがとう。その時は戦うしかないよね!」
「あ、あんまり大事にしちゃダメっすよ?」
「へーき、へーき!わかってるって!それじゃあ、気配を消す魔法をかけ直しておくね……」
先ほどと同じ気配を消す魔法をミカと自身へかける。
リアはきっと地下牢にいるだろうと、ミカから地下牢への行き方を教えてもらったいのりは、警護が厳しいであろう王子の元へ行くミカを心配そうに見つめた。
「……ミカも気をつけてね!」
「はいっす!それに俺、くすねるのは得意なんすよ」
ニヤリとミカが悪い顔をして笑った。




