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第二十九話「その少女」

 

 ♪

 ♪


 ♪


 いのりの案内で宿屋「シピック」に着いた ひのり達。

 宿に戻るとそこには少女と少年の姿はなく、寡黙な店主が立てた親指を二階へと向けた。きっと客室に行ってしまったのだろうと いのりは解釈をして階段を上がり、ひとまず自分達の部屋に入ることにした。


 狭い部屋に3つ並んだベッド。その一番手前側のベッドに座る姉の膝の上で疲れ果てて転がる妹の姿があった。


「ふにゃ〜……お姉ちゃん……」


「はいはい、なぁに?ひのちゃん」


 ひのりの額に手を置いている いのりは、優しく水の魔法を駆使して体温を冷やしてあげていた。

 ひのりの顔色も随分と良くなり、ワガママを言える程度には回復したようだ。


「もっとかぜぇ〜……」


「はいはい、特別に水と風の魔法の応用だよ」


「わ………ミストで、ひんやりぃ……」


 ふふっ可愛いなぁと いのりは思わず微笑む。それから、ふと静かなことが気になって、妹と同じように体調を崩していた二つ隣のベッドに寝転がる魔王の様子を伺った。

 魔王は自分で魔法が使えるようだ。先ほどからラベリールの周囲に優しい風が吹いていた。少しぐったりとしているようにも、どこか物思いにふけっているようにも見えるが、だいぶ元気そうだった。


「……ラベリールが文句の一つも言わないなんて思わなかったよ」


「聞こえたぞ、小娘!全く、貴様は……。まぁそうだな、このようなおんぼろ宿、ワレも此処でなければ文句の一つや二つ、言っておったぞ」


「ふーん……?って、言ってたんだ」


(もしかして、この宿が気に入った……とか?)


(お姉ちゃんが一生懸命探してくれたのに、文句言ったら……ルー君にがぶっとさせちゃうんだから……)


 姉妹それぞれの心の声を知る由もない魔王は老体を起こして、肩を回す。ごりごりと音を鳴らしながら得意そうな顔で胸を張った。


「ふぅ……だいぶマシになってきたぞ。そうだ、知っておるか?此処は何百年も昔……いや、もっと昔か……?今でこそ大砂漠が広がるそこは大海原であったのだ!この宿も結構繁盛していたと思ったが……今やこんなことになっておるとは……時の流れというのは、憎らしいものだ」


「……へー……そうなんだ……」


「なんじゃ!!せっかくワレが話してやったというのに!!」


 興味が無さそうな返事にぷんすこ怒ったラベリールはベッドの上で地団駄を踏む。

 足が上がりまた降りたその時、「あ」という呆気に取られた声とともにベッドが大きな音を立てて半分に割れた。

 落雷のような大きな音に驚いたひのりが姉の腹部に勢いよく抱きつく。「おわ!」いのりも目を丸くしてしまった。「はぁ……何をやってるんだ……」リアは顔をしかめて終には呆れ顔でため息をこぼす。


「……待て、待て待て待て待て!!ワレなら、ワレなら魔法で直せるのだ!」


 3人の少女の反応に慌てたラベリールが急いで壊れたベッドから飛び降り、魔法を使用して木製のベッドを修復し始める。宙に浮いた小さな木片もパズルのピースを合わせるように元の居場所へと戻っていく。

 姉の腹からソロソロと顔を上げた ひのりが「わぁ……」と感嘆の声をこぼした。


「……そんな魔法があったんだ……ちゃんと、直ってる……」


「ふふーん!ワレならこの程度、朝飯前である!」


 珍しく尊敬に似た眼差しを向けられ、気が大きくなったのか、自慢げにふんぞり返る魔王。

 いのりとひのりがおおーと拍手を送っていた最中、室内のドアが数度遠慮がちにノックされた。「あ、誰か来たみたい!はーい」能天気に いのりがドアを開けに向かう。


「あ、こら!不用心に開けるな、いのり!」


「ふぎゅ!」


 仰天したリアが既にドアを開けてしまっていた いのりを庇おうと腕を引いて自身が前に踏み出ると、胸の前で帯刀していた剣の鞘を構えた。驚愕に口を開けて、ドアの先を警戒しているリアの態度を見上げた少女(いのり)は戸惑ってしまった。「そんなに危ない感じはしないけど……。どうしたの、リア?」

 ピリリとした緊張感を破ったのは、か細い戸惑った声音だった。


「………え、えっと、大丈夫、でしょうか……?」


「あっと……。あ、ああ。すまない、貴方は……」


「ごめんなさい、そちらの方には先ほどお会いしたのですけど」


 ドアの前に立っていた少女はフードを外す。

 濃い金髪の髪がフードの中から溢れ出し、大きな紫紺の双眸がいのりの姿を捉える。

 自分の姿を視界に納めた宝石を閉じ込めたような紫紺の色に、既視感を得たいのりは直ぐに「あっ」と声をあげた。つい先ほど部屋を譲ってくれた人の印象的な双眸は忘れたりしない。いのりは人の顔を覚えるのは得意な方だ。


「もしかして、部屋を譲ってくれた女の子!!」


 金髪の少女は、いのりの明るい声に自分のことを分かってもらえたのだとホッと安堵した微笑みを浮かべた。張り詰めいて肩の力も緩んだようだ、上がっていた両肩が落ちる。


「えぇ……、そうです。私、エルカと申します。ごめんなさい、急におしかけてしまって……。あの、もし宜しければご一緒に外の空気でもいかがです?これから私たちも外に出かけようかと思っていたところなのです」


「観光ってこと?!行く!行く行く、行きたい!」


 はい、はいはいはいはいはいはい!元気よく手を挙げる。まるで散歩に誘われた子犬のようだった。


「いのり、そうやって簡単について行くから……トラブルに巻き込まれるんだぞ……?」


「リア、もしかしなくてもこの間のこと引きずってる!?」


「そんなに不安そうな目で見ないでくれ!怒らないから!……はぁ……分かった」


 エルカの瞳が右へ左へと揺れる。いのりとリアの話の行き着く先を不安げに見つめていた。

 ため息を溢したリアは、ようやく警戒を解いた笑みでエルカへと向き合う。今までの非礼を込めて丁寧に頭を下げた。


「すまない、部屋を譲ってくれた方に失礼な態度を……」


「い、いえ、初めて会うのですから、当然だと思います。頭を上げてください?」


 エルカは、大らかに微笑んだ。


「おじょー?もう挨拶は終わったすか?自分と歳の近そうな人と関われたからって気張って誘いに行ってからもう結構時間経っているっすよー」


「ミ、ミミミミカ!!余計なことを言わないでぇ!!」


 廊下からの声に、エルカの顔が一瞬にして真っ赤に染まった。



             △▼



 街に出た いのりやひのりは街道に並んだ露店を見て回っていく。人も多く、はぐれるのを懸念したひのりは、姉の腕にしがみつく形で人混みを移動していた。


「あの食べ物はポムマーンって言って、この乾燥した地帯でも育つ食物を生地で細かくミンチにした肉を包んで蒸してるやつっすね!豆とか入ってるやつもあって意外と病みつきになるっす!」


「そうですね……“ポムマーン”は案外美味しかったです」


「お嬢ってば、この街に来てからここからちょっと先に行ったところのポムマーンがお気に入りなんすよ!」


「ミーーカーーァ?」


 案内をしてくれるミカとエルカは二人で喧嘩をしながらどんどんと先へ進んで行く。後方でのんびり歩いて色んな露店に目移りしていた いのり達はどんどんと二人から離されていった。


「美味しそう!!あ!アレも食べたーーい!ひのちゃん行ってみよー」


「お、お姉ちゃん……目移りしてるとエルカさん達が先に言っちゃうよ?あ、ほら、早く!遠くに行っちゃうってば!」


「ほう……これは良い武具だ……」


「ちょっと!!リアも武器を見てないでよ」


「うわっはっはっー!幾らでもいけるぞ!」


「ちょっとそこー!魔王さんは、お金の使いすぎです!!」


 ひのりの目からは、もうミカとエルカの姿は確認できない。

 確かこの先には広場があったはずだ。ミカ達もいのりやひのり達の姿がなければ大きくひらけた場所で待っていてくれ……るだろうか。

 ひのりがうーーんと首を傾げていると、側に居たいのりが複数の兵士に声をかけられる。


「ちょっと、君。止まってもらっていいか?」

「……え……?!」


 瞬間、ひのりとリアの眼光が鋭く変貌した。ひのりは姉の腕をギュッと握り直し、リアはいのりと彼女に声をかけた兵士の間に庇うようにして割って入った。


「———— すまない、何かご用意だろうか?」

「————なんですか?姉になんの用ですか?」


「二人とも!?」


「あ、いや。すまない。我々は王国の兵士だ。今、高貴なお方を探していてね……背格好が似ていたものだから。どうやら人違いのようだ、すまないな、もう行っていい」


 ひのりとリアの視線に少女と幼児体型の魔王を囲んだ兵士達は怯んでしまう。誤魔化すように咳払いをして、顔を隠していたフードを外したいのりを確認してから互いの顔を見合わせる。頷き合い、兵士の中の代表者がさらにもう一度咳払いをすると四人を解放してそそくさと行ってしまった。


「は、はい……。なんだったんだろう……」


「複数人で囲んで……感じ悪い……」


「何か兵士が多いと思っていたが……何かに巻き込まれていそうな予感するな。早くエルカ達と合流しよう」


「うん、そうだねリア!行こう、ひのちゃん」


 四人は、人を避けるようにして広場へと急いだ。

 複数の路地の合流地点である、建物の壁に囲まれた広場にも屋台が並んでいた。


「……あ、いたいた……エルー……」


 その中の屋台の一つの側にエルカとミカの姿を見つけたいのりが元気に手を挙げて声を掛け————、だが、エルカ本人は振り向く事なく青ざめた顔で目を見開いた。目の前の50代程の大柄な兵士の男もエルカと同様に目を見開いたけれど、少女とは反対に歓喜に満ちて声は震えていた。


「おお……!おひぃさま!!見つけましたよ」


「……っ!!?大将軍……デアリード」


 エルカは、固まって動かない。

 いのりも、ひのりも、リアも、状況が飲み込めず、互いに目を合わせてどうしたらいいのか迷ってしまった。

 その間にも筋肉質の男はエルカへと近づいて行く。


「嗚呼、どうしてこのような市政にいらっしゃるのですか。いえ、きっと賊にあのように置き手紙をするよう強要されたのでしょう。ここから先はご安心ください、必ず我々が安全安心に“殿下”のもとまで……」


 手首を掴まれたエルカは取り乱し、“名前”を叫んだ。


「い……嫌!!ミカ、ミカァ!!」


「……ほーいっ……」


 のらりくらりとした緩い返事の後、疾風の如く跳躍し壁を蹴ったミカの姿は空中で太陽と重なり、一点の銀光が天空に煌めいた。「ちょっと……失礼!!」銀光は研ぎ澄まされた剣筋となって、男とエルカの間に鋭い一線を引いた。


「すみません、お嬢。お嬢の食べたかった特製ポムマーン、買えなかったっす……」

「ミカ……」


 今にも泣き出しそうなエルカが、自分のことを庇うように目の前に立つミカの背にそっと寄り添っては外套を握りしめた。


「くっ……キサマ!!何者だ!!」


「うわーこいう奴ってめんどくさいんだよなぁ。主人の命令に120%で応えようとかしちゃいそうな奴っすね」


 激昂寸前の男を前にしたミカは心底面倒くさそうに顔をしかめ、挑発するようにヘッと笑ってみせた。

 馬鹿にされた将軍は眉がぴくりと動くも、一息ついて挑発に乗らず静かにすごむ。腰の鞘に手を伸ばして剣を引き抜くと剣の先をミカに向けて構えた。唸るような低い声が赤髪の青年へと発せられる。


「……キサマ、さてはおひぃさまを攫った賊か。そこを退け」


「賊?違うね」


 剣を構えた巨体が走ってミカへと突っ込んで行く。


「そこを退かぬなら、何者でも構わない!うおおおおおおおお……!!」


「俺は————、」


 その姿を冷静に見据えたミカは最低限の動きで振り下ろされた剣を避けると、将軍の横腹を蹴り飛ばした。「かはっ!?」口を開けた男の体は真横の露店のテントをめちゃくちゃにして着地した。

 ガランガラン!!

 吹き飛ばされた男がテントを破壊した音が広場に響き渡る中、ミカはニヘッと無邪気に笑ってずっと背後にいた少女へと告げる。そっと、自身(ミカ)の喉元を触りながら。


「———— 首輪の付いたお嬢だけの騎士(ナイト)っすよ」


「っ〜〜〜……!!よ、よくそんな恥ずかしい台詞を平気な顔ではけるものねミカ……」


「いひひ、王子でも救世主でも勇者でも英雄でもいいっすよ?」


「……ペットで充分よ……絶対に私の手を噛まない、ね」


 耳を赤くした少女は濃い金髪を振り乱しながらそっぽを向いた。

 最後に横目で睨み上げてくる少女のその態度に、ミカは「やれやれ仕方ないっすね」と肩をすくめた。「お、皆んな来てくれたみたいっすよ」駆け寄ってくるいのり達を指差した。


「ふ、二人とも大丈夫!!?ごめんね助けてあげられなくて」


「無事ですか?お二人とも……」


 オロオロわたわた。

 騒動の中、直ぐに動けなかったいのり達は、相変わらずミカとエルカの前で動揺してしまっていた。


「平気っす〜」


「いいえ。そんな……謝られることなんて。それよりも今は早くこの場から離れ……」


「くっ……おひぃ様!!そちらで何をしているのですか!?なぜ!!兵士たちよ何をしてるんだ!賊を囲め!おひぃ様をお助けするんだ!!」


「っ……!!」


 急いで場を離れようとしたエルカの背に、怒号が投げられれば、一瞬でエルカの身体が強張ってしまう。


「な、何!?知り合いなの?」


「に……逃げましょう!追われているんです!!」


「えぇ!?わ、わかった追手をまけまばいいんだね!」


 エルカにしがみつかれた いのりは、状況を飲み込めないまま慌ただしく頷いた。えーっと、えーっと、兵士の人たちがいっぱいてエルカが追われてて、まかなくちゃいけなくて……。思考が困惑したまま、いのりは片手を天へと掲げた。そして、魔法を発動させる。


「吹き荒れろ《風魔法(フーディア)》——!!」


 足元に広がった魔法陣がクルクルと回り、いのりの手元と空中にも複数展開される。魔法陣から発動した魔法の突風が兵士達を軽々と吹き飛ばす。

 パッと開いた退路を先行したミカがエルカの手を引いて叫んだ。


「こっちっす!!早く!!」


 ミカの声に導かれるように、いのり、ひのり、リア、魔王も同じ方向へ走り出した。

「何をしてる!今すぐ追うんだ!!」「いつの時代も兵士はうるさいものじゃな……」

 振り返った魔王が、片手を追ってくる兵士達へ向けると炎の魔法を放つ。炎柱が兵士の目の前に燃え上がり、行手を阻んだ。


「……はっ、はっ……」


 ひのりは姉に手を握られながら狭い路地を息を切らしながら走り続ける、振り返りがちの顔で視界の端に魔王の放った魔法を捉えていた。炎柱に道を阻まれた兵士の右往左往している姿はどんどん小さくなっていった。


(追われてる?でも、あの人たちエルカさんのこと助けたいって……それに……)

 

 前を走っているエルカから、ひのりはとある気配を感じ取っていた。けれど、その気配はとても小さくて。


「っ……は……ここまで来たら一先ず大丈夫そうっすね……」


 いのりとひのり達が逃げ込んだのは、円柱状に建設された時計塔の上。時計塔の壁のない開けた広間へ全員で転がりこ込み、勢いよく扉を閉める。


「……みんな、大丈夫……?」


「だ、大丈夫だ」


「……はぁ、はぁ、取り敢えず追手はまけたっすね」


 床に手と膝をついた体力に余裕のない ひのりが肩で息をしてエルカに尋ねる。


「ぜ……はぁ……はぁ……っ。あ、あの人たち……一体なんなの?」


「そ、それは……」


 言い淀んだエルカの代わりに腕を組んでいたラベリールが口を挟んだ。


「ふむ……先ほどから気配が妹の方と混ざって分かりにくかったが……。やはりキサマは神獣持ちの巫女だな」


「っ……!」


 肩を揺らしたエルカへ、皆の視線が集まる。


「否定をせんという事は、巫女であったのだな……。大方、大砂漠の向こうにある国の巫女だろう?あそこは何百年も水竜の神獣を祀っているからの」


「その通りです……」


 俯くエルカは、自身のスカイブールの宝石を隠した胸に手を当てた。フードを外し、濃い金髪と白い肌、宝石を閉じ込めたような紫紺の双眸を露わにした少女は、背筋を伸ばすと真っ直ぐにいのりやひのり達を見つめて本当の名前を名乗った。


「偽っていてごめんなさい……私の真名は……アリサ・クロス。まだ国民に知られていない次代の巫女。お願いします、冒険者の皆様、どうか国を覆う闇を、囚われている水竜の神獣を……どうか助けてください」



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