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5話「初クエストのようです……が?」

 次の日。

 E級に上がった二人は、お財布を眺めて落ち込んでいる真っ最中だった。貯めていたお金で今までの宿代を支払ったこともあって、二人の財布は寂しいものになってしまっていた。


「……ひのちゃん、これは不味いよね……」


「うん、当分まだここに住む事を考えると……、早くモンスターのクエストをしないと大変かも……」


 額を合わせてベッドに置いた薄い財布を見下ろす。中に入っている硬貨は数枚で、直ぐに困る金額ではないが放っておくとまもなく路頭に迷う事になる金額だった。


「よし!! 昨日の今日だけどモンスターを狩りに行くぞーー。おーーーーー!!!」


「おーーー………!」


『おーーーーー!!』


 銀色の毛並みが揺れる。

 モンスターのクエストには、ルーくんも一緒だ。ルーくんを呼び出すだけで半分ほど消費してしまっていたヒノリの魔力も、半年の期間を経て増量し、4分の1に抑えられるようになった。

 ヒノリの成長によって久しぶりに召喚されたルーくんは、嬉しそうに尻尾を振っている。


「ルーくんも一緒に頑張ってくれるんだ」


『うむ!! 任せておケ』


 ルーくんは自信満々に胸を張る。

 そんなルーくんの頭を撫でてやったヒノリは、勇気をもらった気がした。


「……私に、お姉ちゃん、それにルーくんもいるんだもん。きっと大丈夫だよお姉ちゃん」


「そうだね。それじゃあ行きますか!! いざっっ、モンスター討伐!!」


 装備を整え、ギルドでクエストを受注した二人と一匹は、クエスト地である街の外の草原へと向かった。


 ———草原に出向いた姉妹を、突如出現した《スライム》の群れが「プメプメーイ」と奇妙な鳴き声を上げて取り囲んだ。


 みょいん。ぴょいん。ぴょんぴょんと、飛び跳ねるジェル状の生物(モンスター)《スライム》。

 なんとなく可愛い雰囲気もあるが、初見の姉妹にとっては未知の生物でしかない。カルチャーショックにも似た衝撃があった。

 初めて出会うモンスターに、イノリとヒノリの顔が青ざめる。


「プメ、プーーーイ」


「ヒャアッッッッ」


 《スライム》の飛び上がって体当たりしてくる攻撃に受け身が取れなかったヒノリは、驚いて尻餅をついてしまった。


『あるじ、守ル!! ……ガルルル……』


 ヒノリの指示よりも先に、ルーくんが巨大化して毛を逆立てる。ルーくんが《スライム》達に威嚇してくれたおかげで、両者は互いに睨み合う時間が生まれた。


「よおーーっし!! ここは私が魔法で大活躍しちゃうぞ」


 買ったばかりの短杖(ステッキ)を構えて、イノリは呪文(スペル)を演唱し始める。

 草原に風が走り、イノリの髪を揺らした。


「我が身に流れる形のない魔力よ。巡れ、廻れ……」


 少女の足元に赤く光る魔法陣が出現し、大きくなっていく。魔物(モンスター)との緊張感が高まった瞬間、イノリは告げた。


「【炎魔法(ファイヤー)】———!!」


 くるくると魔法陣が回り、煌めきが、イノリの身体に還り、短杖(ステッキ)の先にある赤い魔宝石へ集まっていった。


 そして、今まさに魔宝石から灼熱の炎が出現………。


 —————— キュポンッ。



 イノリが握りしめた短杖(ステッキ)の先、そこに付属している赤い魔宝石から、炎ではなく白い煙“だけ”が出現した。


「ぁぁぁぁ………、……………………………う?」


「…………………………………………、…………………」



「「………………………、……………………………。」」



「ふぁ……【炎魔法(ファイヤ)】———!!!」


 ———キュポリ。

 再び白い煙が。


「………、………お姉ちゃん……」


「………ひ、ひのちゃん……」


 姉妹は互いに手を取り合い、身を寄せ合った。『あるじ!! キケン!!』ルーくんは頭を下げて魔物(モンスター)へ威嚇し始める。


「プメン、プメ、プメプメイ……」


 凶悪な顔つきになった個々の《スライム》が融合していき、どんどんと一つの巨大な体を作り上げる。《ブラック・スライム》へと進化した魔物(モンスター)は、開口一番にルーくんからの貰っていた威嚇を少女二人に返した。伸び縮みした巨体が、プルンプルンと小さく揺れた。


「キシャーーーーーーーーーーーーッッッッ!!」


「ぎょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ——————!!」


 幽霊に遭遇したかのような絶叫が、草原に響き渡る。


「ま、まままままま魔法!! 魔法出てぇぇぇぇぇっ!!」


 初めての魔物(モンスター)、初めてのクエスト、そして初めての戦闘。狼狽してしまうのも無理はない。冷静を失ったイノリが、短杖(ステッキ)を握ったまま腕を上下に振った。


「【炎魔法(ファイヤ)】ッッッッ!! あ……」


 ヤケクソで演唱した瞬間、うっかりぶん投げられた短杖(ステッキ)が手を離れて宙高く舞う。

 誰しも些細なミスは度々するものだ。短杖(ステッキ)が手からすっぽ抜けたのも“些細な”ミスだった——それがイノリの呪文(スペル)演唱後でなければ。


 ヒノリは、察した。


(あ、これ……は、やばい。)


 真紅の魔宝石が、太陽の光を反射してチカリと輝く。「ルーくん!! 退避!!」『りょうかいしタ』直ぐ様召喚獣の背中に飛び乗った契約者と、目を大きく見張っていたイノリを口で咥えたルーくんは地面を力強く蹴った。


 ——パキリ。

 何かが割れる音が、した。


「プメメン?」


 《ブラック・スライム》が不思議そうに鳴いた瞬間、短杖(ステッキ)は炎を伴った大爆発で流星の如く炸裂し、魔物(モンスター)へと降り注いだ。


「きゃぁぁぁぁあっ」


 地を穿ち穴を開ける音が響き、砂埃が舞う。

 姉妹二人を庇い、巻き付くようにうずくまるルーくんの毛並みにヒノリは顔を埋めた。

 イノリは砂埃を入れないために、目を細めて前を向く。


(……倒せた……?)


 イノリの思考を否定するようにルーくんは言う。


『まだ下がってるんダ。あるじたち!!』


「ルーくん、トドメを!!」


『まかせロ!!』


 ヒノリの声に勢いよく駆け出していく。『がうぁ!!』雄々しく吠えた銀狼が、舞い上がる砂埃の中へ飛び込んだ。

 隠していた脚の長い爪で、《ブラック・スライム》の粘膜状の表層を傷付ける。イノリの魔法で既に瀕死状態だった魔物(モンスター)体は、その一撃によって消滅した。白い煙が立ち上がり、跡には魔石だけが残る。

 地面に転がっているのは、紫の縦筋が入ったストライプ柄の魔石だけ。《ブラック・スライム》の姿はどこにも見当たらない。


「……ってことは……」


「倒せた……?」


 実感は後からやってきたらしい。

 呆けていたイノリとヒノリは、やがて顔を見合わせてお互いに確認しあった後にようやく。

 ようやく抱きしめあいながらその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。小躍りでもしそうな勢いだ。


「やった!! やったよひのちゃん!!」


「うんうん、私たち初めて魔物(モンスター)を倒せちゃったよお姉ちゃん!!」


『わぉぉん!!』


「ルーくんもありがとう。ルーくんのおかげだね」


『へへんっ。最後はオレがトドメを刺したからナ。あんなモンスター、神獣なら簡単に倒せちゃうんダカラナ』


 銀色の尻尾を左右に振り、ルーくんも二人と初めての魔物(モンスター)討伐達成による喜びを共有していた。


 ———そう、とても順調だったのに……。

 風向きが変わった。

 北からやってきた風が、厚く黒い雲を運んでくる。太陽は闇の中——黒い雲の中へ、あっという間に飲み込まれてしまった。


『……ガルルル……』


 ヒノリには威嚇する銀狼の心情が伝わっていた。何か危険なものがくる緊張に、握りしめた手が湿る。


「お姉ちゃん。ルーくんの警戒レベルが凄く高いの……逃げた方が……」『あるじ、危険なの、来ル!』


 ルーくんが険しい顔をして雲を仰いだ。

 その黒く厚い雲を割って、魔物(モンスター)が大きな翼を上下させながら地上へ姿を現す。ゆったりとした動作は、余裕を感じさせる。


「魔物討伐も初めてなのに……あんなのにどうやって……」


 肌がビリビリと粟立つ。

 大きく拡張されたイノリの瞳孔には、黒鉄の鱗に覆われた皮膚を持つ体、闘牛のものに似た角を生やした《ヴァーンオック》が映っていた。図鑑に出てきそうな飛行型の恐竜のようにも見える。

 立ち尽くすイノリの喉奥が乾いていく。


「……ルーくん。……倒せ、そう……?」


 青白い顔のヒノリが、イノリの腕に縋り付く。その手は氷のように冷えていた。声も震えている。愛嬌もあった《スライム》の見た目と異なり、怪物という言葉を想起させる、禍々しさを放つ魔物(モンスター)に怯えているらしかった。


『ウ"〜〜〜………ッ。あるじのレベルじゃ、今は無理ダナ』


 毛を逆立てる銀狼の言葉に、ヒノリは益々縮こまる想いになる。目の前の怪物に、どうやって立ち向かえばいいのかわからない。ルーくんにどんな指示を出していいのかもわからない。「に、にげ……」どうにか口にしかけた撤退の二文字を、魔物(モンスター)は許さなかった。


「————————!!」


 空中に浮遊する魔物(モンスター)が大きく翼を上下させながら胸に響く低い音で鳴けば、強張った二人の少女の頭上から雷が雨のように降り注ぐ。「きゃぁぁぁぁッッ」頭を抱えて悲鳴をあげるイノリとヒノリの側で、ルーくんは雷に撃たれる。


「ルーくん!!」


『……あ、あるじ……逃げるん……ダ……』


 小型犬ほどのサイズになった銀狼は、そう言い残して消滅する。しばらくすれば再び召喚できるようになる——そう分かっていても、ヒノリの胸は深く傷つけられたように傷んだ。

 召喚獣はいくら単体で強くとも主人のレベルに影響されるため、主人のレベルが低ければ、本来の真価を発揮する事はできない。

 だからきっと、今ルーくんが倒れてしまったのは。


「……私が、弱いから……」


「ひのちゃん!! 先に逃げて、ギルドに報告してきて。お姉ちゃんは、なんとか頑張ってみるから」


 そう言ってイノリは、妹に背中を向けて勇ましく前に進み出る。空の上で悠々と旋回する魔物(モンスター)を睨みつけて魔力を高めた。同時に、少女(イノリ)の足元には赤く輝く魔法陣が広がった。


「……えっ……お姉ちゃん……?」


 姉の背中を、ヒノリは見つめた。

 糸が絡まるように思考も足も動かない、おぼつかない。


「……巡れ、廻れ……」


 演唱(スペル)を始めれば、イノリの足に広がる魔法陣と同じ形の陣が、魔物(モンスター)の頭上に展開される。


「ギュルルル……?」


 《ヴァーンオック》は、巨大な魔力を感じて空を見上げた。伴ってきた黒く分厚い雲の中には、赤く輝く魔法陣が。怪訝そうに低く唸った瞬間————、


「さっきの、お返し……だよ!! 【炎魔法・火球(ファイヤー・ボール)】———!!」


 《ヴァーンオック》は、喉をグルリッと鳴らした。

 地上にいる矮小(わいしょう)な獲物よりも優位な空にいるはずなのに、熱く熱く燃える灼熱の火球が流星の如く落ちてくる。旋回して避けるも、いくつかの火球が翼を穿ち、魔物(モンスター)は空中でよろめいた。


「ソレで終わりじゃないよ!! 【炎魔法・火球(ファイヤー・ボール)】」


 ついに右の翼が火球によって焼けた。バランスが取れず、空に居られなくなった《ヴァーンオック》が地上へと堕ちる。「……ギュルルル……」ただの獲物、玩具程度に思っていた相手に、怪我を負わされたせいで地面へ足を着くという飛行型の威厳を傷つけられたからか、怪物は憎い相手を見ているかのような目線を、イノリへと向けていた。


「……お、お姉ちゃん……。わたし、私……」


「ひのちゃん早く行って!!」


「……や、やだっ!!」


 ヒノリが左右に強く首を振る。

 イノリにも妹に優しく言含める余裕はない。

 聞き分けの悪い妹に、多少なりとも苛立ってしまう。


「ヤダじゃないっ。こういう時は役割分担だよ、お姉ちゃんの言うことを聞きなさい!!」


 つい、喧嘩腰の強い口調になってしまった。

 釣られてヒノリも喧嘩腰の口調になっていく。


「な……なんで今そんなこと言うの!? お姉ちゃんは、いつも家事の役割分担とか考えずにサボってるくせに!!」


「はぁ? ひのちゃんこそ、それ今関係ないよね!? お姉ちゃんには魔法があるんだから。時間を稼ぐなら、お姉ちゃんの役割だよ!!」


「……さっきまで、使えなかったじゃない……」


「ひのちゃん? 今ちっちゃくなんて言ったの。もっかい言ってごらん?」


 ヒノリは、目の笑っていない姉の前で黙り込んだ。

 イノリの顔を見れずに横を向く。

 だってお姉ちゃん、怒ってるんだもん。

 幼い子供の思考のようだと認識はしている、それでもこれ以上口喧嘩になってしまうよりは良い——そう考えているヒノリは、その態度が結局イノリを苛立たせる事までは視野に入れていない。


「ひーのーちゃーん?」


(お、怒られる……!!)


 ヒノリが肩を窄めた時。

 それまで姉妹の喧嘩が始まったせいで、置いてきぼりにされていた魔物(モンスター)が、怒りを表明するように重く低く声をうねり上げた。怒りの熱風を感じたイノリもヒノリも、乾いた喉に無理に空気を飲み込む。


「ひのちゃん……!! 危ないっっ」


「っっつ!?」


 イノリが《ヴァーンオック》の魔力の高ぶりを察知して、何か強力の魔法が放たれるかもしれないと妹の体を突き飛ばした。自分に魔物のヘイトを集めるために。


「……いったぁぁぁ……」


 手足を擦りむいたヒノリが姉を見上げた頃には、《ヴァーンオック》は足で地面を力強く踏みつけ黒色の魔法陣を展開させていた。

 地がひび割れひっくり返りながら、雷を纏って姉に一直線に向かっていく。雷と地がひっくり返るバリバリした凄まじい音とフラッシュのような強い稲光が、(イノリ)を今まさに襲いかかるところだった。


「————め……だめッ!! うぐ」


 悲鳴と共に起きあがろうしたが、足がもつれて転んでしまう。このまま姉が地面に突き飛ばされて宙を舞う——そんな恐ろしい想像がヒノリの脳裏に走った。


 いや。

 いやだ。

 そんなのは嫌だ!!


 身体中から血の気が引く。


 誰か、誰か……お姉ちゃんを助けてッッッッ!!


 ヒノリの切な願いは、聞き届けられた。

 神獣のルーくんに、ではなく————、


「【月鏡界(ミラー・シールド)】」


 優しくも厳しい口調で演唱がなされる。

 ヒノリの背後から聞こえてきた呪文(スペル)によって、イノリの前に満月の形をした白銀の薄い結界が出現した。結界は、雷も、地割れによって逆立った土の塊も通さない。それどころか《ヴァーンオック》へと跳ね返っていきさえする。


 痛みを覚悟して身をすくめていたイノリも、なんのダメージもなく敵にダメージが跳ね返っていった事態に目を丸くし、状況を噛み砕けずにいた。「えっ!? えっ!?」右往左往して、そしてヒノリに手を差し出している少女の姿を認めた。


「大丈夫ですか?! ヒノリちゃん」


「は、はい……大丈夫です……」


 ヒノリは目の前の手を掴んで立ち上がる、白銀色の魔法陣を展開させた少女に魅力されてしまったかのように、ボーッと虚気味な表情を浮かべていた。

 甘く優しい花の香りのする、長く美しい灰色の髪をツインテールに結んだ、愛らしい桃色の双眸を持つ華奢な少女。テレビに出てくるアイドルみたいに愛らしくて、綺麗で、絵画から飛び出た天使みたいな——、


「……オフィーリアさん……」


「はいっ。治療士オフィーリア、お友達の危機に駆けつけました、間に合ってよかったです」


 オフィーリアは、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。


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