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第二十五話「神獣巫女 メルフリュー」

 ♪

 ♪


 ♪



 メルフリューが、巫女……?

 ひのりは、本当だろうかと少女に目をやった。

 相応しくないと思ったわけではない。他の人よりも巫女になりたがっていたメルフリューが、あまりにも喜んでいないから。


「め……メルフリュー……?」


 セルシィが、俯いて黙り込み、左腕を自分で抱くように押さえている少女へと遠慮がちに手を伸ばした。

 メルフリューは、その手を拒むように身体を逸らす。


「……黙ってれば分からねーと思った?神官舐めんな」


 刺々しい口調でユウナギが腕を組んで首を傾ける。猫少女の顔が見えないからだろう。


「お前が延期って判断したから今日は延ばしただけだ。お前がやるって言えば、こっちはいつでも儀式をやってやるよ——嗚呼、そうかお前、あんだけ豪語しておいて覚悟できてなかった口か?笑わせやがる」


「ユウナギ!!やめて!!」


「っ……!?」


 珍しく叱責するようなセルシィの怒号とともに、ユウナギの顔には雲ヒツジがぶつかった。もっふーーん、と音が鳴る。


 もふ、もっふーーん。

 もこもこっ。


「………」


「…………」


「………………」


「……………………」




「「「……………………」」」



「————————— ぶふぅっ!く、くく……く……」



 シュールさに、部屋を沈黙が満たした。

 笑ってはいけないその沈黙の中、エインだけが堪えきれずに噴き出してしまったが。


「っ………も、もういい!! あんたたちの気持ちとかを考えてたのが馬鹿だったわ!ユウナギ!!儀式は明日やんなさいよ!? っ〜〜〜〜!!あたしは、あたしは、覚悟できてるし、ばーーーか!!」


「あ!め、メルフリュー!!ま、まってぇ……」


 走り去る少女と追いかける少女、そのどちらの背もずっと追いかけて眺めるユウナギは、髪をくしゃりと握りつぶした。


「阿保。変なところ気にしてんじゃねーよ……」


 二人の姿が見えなくなるまで、ずーーっと見つめていたユウナギは、不機嫌そうにドカリと座り込んだ。


 皆の生暖かい視線がユウナギを包む。


「……? な、なんだよ?」


「あーあ、本当ユウナギもメルフリューも面倒な獣族だよね!」


「おいこら、シシル。喧嘩売ってるのか?」


「ぜんぜーん♪」


 シシルはユウナギの威嚇にも動じず、可愛らしく机に頬杖を付いてはキャピルッと微笑んだ。


「……っち、話を戻すぞ。まぁ、ご覧のとーり?!巫女の件はどうにかなりそうだし、これでうちのとこの神獣がどうこうって事はなくなったが……」


 ひのりの方をチラリと一瞥するユウナギ。

 一見キツイ目尻の青年からの視線に、ささっと姉の背後に隠れる。


「何か、あるんですか?」


 モジモジと姉の背後から顔を出して、尋ねる。

 神獣のことについては、ひのりも他人事ではいられない。


「お前知らないのか?うちだけじゃないんだよ、神獣がいるのは」


「じゃ、じゃあ!他のところにも巫女はいるってこと?」


「嗚呼、うちみたいに公表してるとこは東国くらいだけどな、お前もどっかの巫女なんだろ」


「え、えっと……」


 東の国から来たリアがいるから、東とは言えない。

 けれど他の知らない種族を答えるわけにもいかない、いのりと ひのりの全身から汗が流れる。


「まぁ、どこの巫女でもいいけどよ。別に悪い奴じゃなければ」


 ほーーーっと、姉妹は胸を撫で下ろした。


「お前ら冒険者なんだろ?色んなとこも行くよな?そういうことだから、お前らも他の地域で神獣を祀るところに行ったなら、気をつけろって伝えておいてくれ」


 ひのりは、縦に何度も首を振って了承した。



             △▼


 その翌日。

 白と小豆色の着物と袴に、花の付いたベールを被る巫女装束に身を包んだメルフリューの儀式が執り行われた。

 緩いウェーブのかかった猫少女の水色の髪に白いリボンが交差して巻き付いている。口元には紅が塗られており、艶があった。


 まるで、結婚式のような姿だ。


 神獣の巫女とその関係者という事で儀式に参列させてもらえた ひのり達は、村人に混じって前を横切るメルフリュー達の行列を目で追っていた。


 行列に並ぶのはメルフリュー、ユウナギ、シシル、セルシィの4人。一人一人が各々の巫女装束を見に纏って、雛人形の行進にも見える。


「……綺麗……」


 ひのり横でオフィーリアが、恍惚とした表情を浮かべて小さくそう呟いた。ひのりも同感である。


「うん、とっても……」


「ひのりさんも、ああいう衣装を着たんですか?」


「え!?あ、あーえーーっと……私は、着なかったわ……」


「そうだったんですね!なんだか少し残念ですね」


「うん、少し……残念……」


 行列が山の中に入り、最後尾の獣人の背が完全に見えなくなってしまうまで、ひのりは視線をそちらへ向けていた。本当ならあんな風にルーくんと契約を交わすこの世界の住人がいたのだろうか。


 神獣が居なくなっていて驚いてないといいけど、なんて。


「——!!!」


 行列を見送ってから程なくして、わぁぁぁぁぁぁ!!っと大衆から大歓声が上がった。耳を塞いでも痛くなるほど歓喜に満ち溢れ、肌はビリビリと震えた。その場はお祭り騒ぎだ。

 観衆が指を指し示す山の奥からは、神獣の顕現を示すように、空に向けて炎の柱が燃え上がっていた。

 大きな炎の柱はやがて鳥の形を取り始める。大きく翼を広げて、胸板を逸らす。大きな嘴から清廉な鳴き声と共に炎を吐いた。


 鳴き声と共鳴するように、風が吹いては木々を揺らし、雲も散っていく。ギラギラと太陽が熱を増して、その熱を、その日差しを吸収した神獣がさらに輝きを増していった。


「神獣様だ!!」

「なんて神々しい!!」

「これでこの島も守られるだろう」

「ああ!やっと巫女が選ばれてよかったわ。まだ復興はできたないけどお祝いしましょう!」

「そうだな!メルフリューさんが巫女に選ばれたお祝いをしないとだぜ」


 神々しい神獣を讃え、新たな巫女を祝福するような声が、あちらこちらで上がり始める。


 炎の翼に身体。まるで不死鳥の如し神獣が、上空で赤々と燃え盛っていた。


「……ひゃ、すごい熱気……。だいぶ離れてるのに熱気がここまで……!でも、あったかい……」


 熱さに思わず手で顔を扇ごうとした いのりは、身体が汗をかいていない事に気がつく。


「うん、優しい炎のあたたかさ……」


「まるで守られているみたいだな……」


 身を焦がすような炎ではなく、この熱さは空から散って舞い降りる火の粉は人々を守護するものなのだと身をもって感じられる。

 いのりも、ひのりも、リアも、不思議な神獣の力に目を丸くしてしまう。ルー君とはまた違った安心感と神々しさ(正確にはルー君は可愛いのだ)があった。


「綺麗ですね……!お兄ちゃん」


「うん、まさかこんな神獣がいるなんてな」


 三人の隣で、オフィーリアとエインは仲良く微笑みあっていた。


 新たな神獣の顕現に、新たな巫女の誕生に、皆も世界も祝福をしているようだった。



              △▼



 その夜は、復興がまだまだ進んでいない村だったがどんちゃん騒ぎだった。広場に簡易の会場をいくつか設営し、一番中央にはキャンプファイヤーのように木材を組み合わせて炉を造り、一番造りこまれた建物—— 屋根があり、白いクロスのひかれたテーブルがあり、建物全体が飾り付けられた場所には、肩に紅い鳥を乗せたメルフリューが雲ヒツジの毛製のソファーに居心地が悪そうに肩を窄めて座っていた。


「ようやく、挨拶する人たちの行列がなくなった……。うわぁ……大変そう……お姉ちゃん、私たちもお祝いに行こう?」


 ひとつの簡易テーブルに、果物や料理が並んでいる。ジュースを手にテーブルを囲んでいた ひのり達は、遠くの会場から人が引いたのを確認する。


「あ、本当だ!じゃあ私たちも挨拶しにいこう!」


「お姉ちゃん、料理をお皿に乗せて何してるの?」


「え?メルフリューやシシル達が何にも食べられてないかなーって、何か直ぐに食べられるものがあったら嬉しいじゃない?」


「エイン達も行くか?」


「……いや、俺たちはここで待ってるよ」


「はい、オフィー達はここでお祝いしてます」


「そっか、じゃあ私たちで行ってくるね!行こう、ひのちゃん」


 いのりがひのりとリアの手を取って、駆け出した。


 その先では、巫女候補達が、主役であるメルフリューの背後に立って控えていた。メルフリューは一息ついてぐったりとソファに寄りかかっており、だらしないとユウナギ注意されたのか後ろを振り返って狐の耳と尻尾を持った青年に何やら怒って、セルシィに宥められていた。


「あ!ほ、ほら!みんな!まだお祝いしに来てくれてるから!やめようよー」


「ふん!あ……ひのりじゃない。その姉も騎士も」


「——メルフリュー、おめでとう?」


 キツイ少女の目に、怯みながらも目があった ひのりから声をかけていく。


「おめでとう!メルフリュー、お料理を取ってきたからみんなで食べてね?」


「祝福させてくれ、メルフリュー」


「——ありがとう……三人とも……。はぁ、これで最後?こんなに祝われるなんて……予想外だわ……」


「おい、巫女になったんだ。もっとしゃんとしろよ」


「五月蝿いわよユウナギ」


 また猫と狐の喧嘩が始まる。


「あ、あぅ……。ごめんなさい……みなさん……。メルフリューも、その、えっと……。巫女の責務を重く思ってるみたいで……」


「あー……。なんかの代表になった時って結構緊張しちゃうよね。お祝いされるほど窮屈になっちゃった感じしちゃうし……。期待されすぎちゃうと逆に重いなーって思ったり……」


「おお……!なんか、いのりが珍しいな!そんな真面目なこと言うなんて」


「もう!!私だって、色々あったよう!」


 なんか、姉達がわちゃわちゃしてるなぁーと思っていた ひのりに召喚していないルー君が心をノックしてくる。外に出して欲しいと言うように念を送ってくる。


 もしかして挨拶とかしたいのかなと、ひのりはルー君を召喚してやる。


「わふ!」


 プルプルと子犬程度の体を震わせて召喚に応じたルー君が、姿を現す。ルー君の姿に驚いたように翼をはためかせた不死鳥は、うやうやしく頭を垂れた。


「それがアンタの神獣……。ねぇ、ひのり」


 椅子に座ったメルフリューは、ひのりを見上げて口を開く。こちらを見つめるその双眸は、とてもまっすぐで、これから真面目な話をしようとしているのがわかった。後ろに控えるユウナギも、咎める様子はなく、きっと二人の合意の話なのだろうと、ひのりに予想させた。


「——アタシはひのり達と一緒に冒険には行けない。この島を守る役目が、この島の巫女と神獣にはあるから」


「え?う、うん……」


 戸惑う。ルー君を抱く為に交差された腕の隙間が狭まっていく。


「でも、あの男には気をつけなさいよ。きっといつかこの世界で眠っている神獣が全て起きる日が来るから。って……その顔、やっぱり知らなそうね」


 メルフリューが呆れた顔で、ずいっと ひのりの鼻先に指を突きつけた。びっくりして、片足が一歩後ろへと下がり、腰がのけぞった。


「——いい!? 一人の選ばれし女神の代理人の元に神獣と巫女が全て揃った時、女神への、天界への扉が開いちゃうのよ!」


「天界への、扉……?」


 腕を組んで「何にも知らないんだから」と憤慨するメルフリューの代わりにユウナギが口を挟む。


「嗚呼、女神たちのおわす天界への扉だ。そこで沢山いる神の中でも特別な女神を喰らえば何でも願いが叶う……と云われている」


「あたしたち巫女は、神獣を導くと共に、その女神を守らなくちゃ行けないの」


 女神……。女神か。

 ひのりは初めて聞く話に狼狽しながら、この世界に来た時に初めて会った女神を思い浮かべた。


「……その、女神の代理人って……?」


「それはわからないわ……けど、巫女がこうして二人も生まれているんだから、きっと世界のどこかにはいるはずよ」


「まぁ、巫女達が揃うっていう条件はよく分かんねーだけど……。とにかく他の地域に神獣がいるなら、あの男には絶対渡しちゃいけない。でも、既に神獣の巫女のお前は、他の神獣の巫女になったらいけねーっことだ」


 きっと、最初からユウナギはこれを言いたかったのだろう。けれど、他の人に聞かせたくない話だったのかもしれない。メルフリューが「巫女と神官だけが知っている話よ」と指を立てて口元に当てた。


「——うん、わかった……」


 胸元の布地を掻き寄せて、ひのりは二人に深く頷いた。



            △▼



「ひのちゃん?元気ないけどどうしたの?」


「ううん、なんでもないよお姉ちゃん」

 

 そのうちに、夜も更けて祭りは終盤へと向かっていく。

 先程の話を聞いて元気のない ひのりは、姉からの問いかけに首を左右に振って答える。


「そう?疲れたならちゃんと休んでねひのちゃん!」


「うん、ありがとうお姉ちゃん」


 もしも、ひのりが召喚されたことが間違いでないのであれば。

 女神は異世界から ルー君と契約をさせるためだけに、自分を召喚したのだろうか。

 真の目的は、己を守らせる為?


「……うーーん……ねぇ、ルー君。ルー君は、何か知らないの?」


「わふ?」


 相棒に女神の真意を尋ねても、ただ首をひねって不思議そうにするばかりだった。


因みに、島に来たルバルダン国の王宮の治療師団は、島の騒動を聞いたオフィーリアが王妃に頼み込んで動かされました。

帰ったらオフィーリアは、王妃が選んだ可愛い服を沢山着させられます。

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