第二十六話「魔王降臨のようですが、なんか思ってたの違うんですけど」
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地平線の彼方まで砂漠が続いていた。
熱気で地平線までもが歪んで、気を抜けば自分の居場所さえ見失ってしまいそうな砂漠の中。オアシスを中心に築かれた大きな国があった。
「アリサ……!!アリサは何処にいるんだ!!」
「殿下?おひぃさまでしたら、先程まで水の神殿に……」
「そこはもう見た!」
健康的に焼けた小麦色の肌をした王子が広大な王宮内を駆け回っていた。金色の髪にはシルク生地のターバンが巻かれ、首元には翠色の宝石の飾りが輝きを放っている。
「これから、儀式があるというのに……一体どこにいるんだ、全く……。探せ!!国中をくまなく探すんだ!」
「は、はい!」
たった一人の少女を探すためだけに宮殿内は騒めく。
「殿下大変です!おひぃ様のお部屋に置き書きが……!」
「なんて書いてある!?」
「それが……旅に出ますとだけ……」
「——な、なんだとおおおおお!?何を、何を考えてるんだ!」
王子の叫んだ丁度その頃。
宮殿の騒ぎに乗じて、隠し通路から顔を布で覆い隠した小柄な人物が市街へと抜け出していた。
コソコソと人気の少ない路地に隠れ、素早く路地裏の店に入り込む。
(誰にも、見られてないはず……)
「ぷは……!」
追手が居ないことを確認した後に、頭から巻いていた布を外した少女は白い肌の腕で汗ばんだ金髪の髪を払った。
口元にはニンマリと微笑みを浮かべて、紫紺の瞳が悪戯げに輝いている。窮屈な王宮から抜け出してやった、してやったりといった具合だったが、本来の目的を思い出す。いけない、いけない、と首を左右に振った。
ただ王宮に囲われているだけの鳥ではないのだ、今の自分には大切な使命があるのだから。
「——闇はこの国を飲み込みにくる。けれど、光が闇を暴きにやって来る。国のため、私にできることをしなくては……」
胸元で輝くスカイブルーの宝石を握りしめ、唇を引き締める。
「へぇ。それが、この旅なんすか?姫様」
たった一人の少女しかいない無人の店の奥から、小麦色の肌をした赤髪の青年が姿を現した。軽々とカウンターバーを飛び越えた青年の翡翠の瞳は、楽し気に目の前の少女を映す。
青年は薄着で、腰には湾曲した短剣が装備されている。
「そう。王子には悪いけど、私は旅に出なくてはいけない。付いてきてくれる?ミカ」
「はいはい、何処までもついて行くっすよー」
「ありがとう……」
緊張感が高まる中でミカから肯定の返事を貰ってホッとしたのか、曖昧な笑みでお礼を言いながら、少女はソッと翡翠の小さな宝石が付いた自分の首に付いたチョーカーに触れる。
直ぐに顔の表情も強張り、指先で触れた宝石のヒンヤリとした温度に目元を厳しく細めていってしまった。
(早く、国を去らなくちゃ……)
此処に長いをしても良いことはない。騒ぎが国内に広がれば、確実に国の外へ出れなくなってしまう。
書き残してきた手紙は既に見つかっているはず。けれど、警備の強化などの伝令が門兵までに届くのには時間がかかる筈だし、内容が分からない慌ただしさが周囲に伝染し始めている今が好機のはずだ。
「行きましょう、ミカ」
「仰せのままに。おひぃさま」
意志を固くした少女は頭に布を巻いて、従者を一人だけ連れて店を後にしたのだった。
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「お姉ちゃん!!そっちにモンスターが!」
「任せて!《炎魔法》!」」
立派な城門付近の草むらでは、三人の少女と一匹が魔法と剣と弓で群がる動物系モンスターを退治していた。
島で起きた騒動は数日後には収拾がつき、いのり、ひのり、リア、エイン、オフィーリア達は島を離れてルバルダン国へと戻ってきたのだ。今は、【牛型モンスターを討伐せよ】を受注し、討伐クエストの最中。
「これが、最後の一匹だな!!はぁっ!」
リアの剣が弧を描き、光の軌跡を空中に残してモンスターを真正面から半分に切りつけた。
ぽふんっと可愛らしい音がどこかから鳴り、モンスターの核である水晶と立ち上がった白い煙がその場に残った。
「よし!これでクエスト達成だな」
シャッと鋭い音を立てて、リアが剣を鞘に収めた。鎧の隙間に入ってしまった銀色の髪を手で払う。
「はー……!突進してくるから疲れちゃったー、お腹すいたよー」
「リア、おつかれ様。ごめんね前衛を任せちゃって」
後衛にいた いのりとひのりが、リアの元へと駆け寄っていく。
ひのりの足元には小型犬サイズのルー君が小さな足を懸命に動かして主人の足を追いかけていた。
「いや、大丈夫だ。ルー君が小さい方が、ひのりの魔力消費量も少ないだろう?そういう闘い方も練習していかないとな。いつもルー君が本来の姿を顕現できるとは限らないんだから」
最近こそルー君を常時召喚できるようになってきた ひのりだが、まだまだドデカイ狼となった神獣のルー君に、魔法をフル活用させて使役するには魔力が足りていない。
いざという時にルー君の本領を発揮させる為にも、魔力を温存できる小さい神獣との連携は大切だ。今日はそうした訓練も兼ねてクエストを受けていたのだった。
「ひのちゃん、リア、早くエインの家に戻って何か出してもらおう?」
「って、お姉ちゃんは……全く。居候してるんだから、そんなわがまま言わないの!もっと遠慮した方が……」
島から戻った三人はこの国の公爵家—— その跡取り息子のエインからの誘いを受けて、公爵家の屋敷で寝泊まりさせてもらっている。流石は貴族と言いたくなるような美味しい料理を毎日食べられてしまっているせいか、三人ともご飯の時間を楽しみにしているのだ。
ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!
野原に響き渡るお腹の音。空腹だと告げる音。
姉とリアが一斉に、ひのりを見下ろした。
「………」
しばし無言で視線が重なり合った後に、ひのりは気が付いた。もしかして私、誤解されている!?と。
「ち、違うもん!!私じゃないもん!!」
視線に耐えかね、顔を真っ赤にして目を潤ませた ひのりが、自分のお腹に手を当てて必死に叫んだ。
「ひのり、誰しもお腹は鳴るんだ……そう恥ずかしがることは……」
「違うって!!確かにお腹は空いてるけど……」
ぐううううううううううううううううううううううううううう!
再び巨大な音が鳴り響く。
「あれ、なんか向こうのほうから聞こえない?」
「ほらーーーーーーーーーー!!!私じゃないんだから!」
「いたたた……ご、ごめんってひのちゃん」
ひのりは、べしべしと姉を叩く。
叩かれた いのりが逃げるように音の方向へと向かった。
「—— え?」
「お姉ちゃん?何がいたの?」
「モンスターか!?」
後から続いたリアと、ひのりも、いのりの背後から覗き込んで目を見開いた。
三人は、口を揃えて。
「「「こ、こども……!?」」」
三人の視線の先には、肩口まで伸びた紫色の髪に整った目鼻、小さな手足、黒いシックな上着とショートパンツを着込んだ小柄な少年が、うずくまって倒れていたのだ。
「は、早く手当をしてあげなくちゃ!」
腰に付けたバッグの中身を漁る いのり。
それを、リアが止めた。少年の側に片膝をついて、仰向けの状態へと転がす。上から下まで素早く確認すると軽くゆすった。
「いや、特に外傷はない様だが……おい、君。大丈夫か?意識は、あるのか……?」
「ぅ……うぅ……」
リアからの問いかけに僅かながら反応を見せた少年は、ガシリと腕を掴んで今にも死んでしまいそうな表情で見上げてきた。
「……ご、ごは……ん……」
「「「ごはん??」」」
ぐううううううっと少年のお腹から発せられた大きな音が、辺りへと響き渡った。
「—— ひっ……。い、いのりさん、ひのりさん、リアさん……い、いいいいったいソレはなんですか?」
公爵家の屋敷に戻った いのり達を待っていたのは、黒いメイド服を着たオフィーリアが洗濯カゴを落として洗濯物を盛大に辺りへとぶちまける姿だった。
目を覚さない傷だらけの少年を三人は放置することもできず、結局、治療魔法の使い手でもあるオフィーリアがいる公爵家の屋敷まで連れて帰った—— のだが、いつも天使のような少女オフィーリアは、少年の姿を見るなり青ざめ、落とした洗濯物には目もくれず素早く柱の影に隠れてしまったのだ。
「お、オフィーリア?どうしたの?」
「そんなもの!!道に捨ててきてください!!」
「オフィーリア!?」
彼女らしからぬ言動に、さしもの いのりすらどんな言葉を口にすれば良いのか分からなくなってしまった。
「——うぅ、それは、それは……持ってきてはいけないものなんです!!それは………!!」
「う……、うう……」
リアの腕にかかえられた少年が、叫ぶオフィーリアの声に呼応したかのように、身じろぎをする。
それからは一瞬だった。
少年は鼻をスンスンと犬のように動かして、カッと瞼を限界まで広げると紅い瞳を露わにさせて叫んだ。
「—— むむ、これは!!!オフィーリアの匂い、そして声!!」
「ヒッ……!」
ぐりん!と首を回転させた少年の視線の先にいたオフィーリアは、身体を震えさせ、その場に立ちすくむ。
「我が愛しのオフィーリアーーーーー!!こんなところに、おったのか!会いたかったぞ!!」
「きゃあああああああーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
飛びつこうとオフィーリアめがけてジャンプする少年という差し迫った脅威に、オフィーリアは本気で悲鳴を上げた。こんな大きい声は彼女がモンスターに襲われていた時でさえ出していなかった。
—— そして。
「っこんの……ど変態がーーーーーー!!!」
「げふぅ!」
救世主が、二階の廊下から柵を乗り越えて少年へとドロップキックをかまして吹き飛ばした。
飛ばされた少年は、白い柱に激突してめり込んだ。
いのり、ひのり、リアは、何が起こっているのか分からず、三人で一階広間の隅に縮こまった。
「ぐ、ぐふぅ……。キサマ……この姿のワレに加減なく足蹴りをするとは……ぐふ。我が名は、魔王ラベリールであるぞ!!?」
「知るかよ!!こんの、変態魔王!!オフィーリアに付き纏ってるんじゃない!!」
「おお!オフィーリア、息災であったか?我が愛しのオフィーリア!会いたかったぞ!」
「ひぃ……!ち、近寄らないでください!!」
口から吐血し、弱々しく立ち上がる魔王の姿…… いや、遠慮なくオフィーリアの周りを嗅ぎ回り、ブチ切れたエインに再び蹴り飛ばされる魔王の姿に、ひのりといのりは目を合わせ、アレが魔王?と半信半疑の思考を共有してしまう。
ゲームの中の魔王はもっと禍々しく、強そうで、怖そうなイメージだったのだ。
「よきかな、よきかな。恥じらう姿も良いのう」
だがこの少年こそ、ひのり達のいるソノブエル大陸とは異なる、シングリア大陸にある魔族領を治める魔王ラベリール—— 身体は小さく少年のようなキュートな見た目だが、その年齢は300歳を超えているらしい。
特徴: 16歳のオフィーリアへの無遠慮なボディタッチと求婚をする。見た目の変更はできるらしい、である。(後の情報より)
「う、うぅっ……。魔王さん、いい加減にしてください!!」
目尻に涙を溜めたオフィーリアが、困り果てて泣き叫んでしまっている。プルプルと子鹿の様に怯えていた。
「お、お姉ちゃん……どうしよう。変なの連れて帰ってきちゃった……」
ひのりは姉へ身を寄せて胸の内をヒソリと明かす。
無論、いのりもリアも、同じ気持ちである。
だいぶ魔王にドン引きをしているリアが、タイミングよくその想いを口に出す。
「……まさか、あの魔王がこんな奴だったとは……」
いのりとひのりも、リアの発言に深く頷いた。
なんか、思ってた魔王ではなかった。
しばらくの間、屋敷の中では、オフィーリアの叫び声とエインの怒鳴り声、そして魔王ラベリールの変態的な発言が飛び交っていた。
「—— で、魔王。いい加減に本題に入ってくれないか?ないなら帰れ。オフィーリアに寄るんじゃない!」
お腹の空いていた魔王と共に、昼食をとった後。
オフィーリアに張り付いていたふざけた調子の魔王を、猫を摘むみたいに首根っこを掴んで引き剥がしたエインは、冷ややかな目で見下ろして眉を吊り上げた。
初めこそ手足をバタつかせていた魔王も、エインの瞳を見れば意外そうな表情を見せて直ぐにニンマリと唇を緩める、まるで悪役だと指摘されてしまった人物のように悪い顔だった。
「ふん。ワレの真意に気がつくとは、生意気な……。よいであろう!実はだな、ワレは冒険者に依頼をしにきたのである!」
高らかに告げた魔王へ、エインは——、
「そうか。何にもないか。帰るんだな、玄関まで運んでやるよ」
笑っているのに笑っていない顔で、魔王からの依頼を秒速で断った。
エイン・ジーンデ
…嫌いなものは、実は魔王&トマト
…公爵家の跡取り




