第二十三話「今日の天気は雨!のちも雨?いや晴れ!」
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話は遡り、騒動が発覚した頃へ。
「ひのちゃん!?」
長くて黒い髪が目の前で舞う。左右に分けられたハーフお団子を飾る純白のシュシュが眩しく、揺れた月のチャームが小さく音を立てていた。異世界に来る前にあげたことのある、いのりのお下がりの服によく似た薄紫色のジャンパースカートを着た妹の背がどんどん遠ざかっていく。
——おねえちゃんっ。ひのりねぇ。ひのりねぇ、パパとママより、おねぇちゃんがいっちばんだいしき!えへへー、ないしょやよー?
そう言っていつも姉にくっ付いては離れなかった妹が。
——お姉ちゃん、待ってよ!!私も一緒に行く!
家族旅行中だってなんだって、父母と別行動を自由にとるいのり。そんないのりの後ろを、迷子になったりしないように、お互いが離れないようにと追いかけてくるような妹が。
いのりを置いて、妹はルーくんと一緒に森の中へと駆け出して行ってしまった。
「……初めてこんな風に、ひのちゃんの背中を見ちゃったかも……」
小さくなっていく妹の黒髪と背を眺め、いのりがポツリと少しだけ寂しそうに呟いた。
「そんなこと言ってる場合か!早くひのりを追いかけるぞ!」
「あ、う、うん。行こう!リア」
いのりはリアに腕を引かれて木の階段を急足で降りていく。セルシィが、あたふたと二人の後を追った。
ひのりとルー君が、森の中へと入っていった後。いのりやリア達は集落の騒動に阻まれ、ひのりとルー君と同様に森に侵入するのは困難になっていた。
「……くっ!すまない!!」
リアは剣の刃を収納している鞘で、暴走している獣人をみぞおちし、気絶させていき、
「《水魔法・水球》!」
一方の魔法しか使えない いのりは、住居から発生した火災を水球で消化をして回り、
「あわ、あわわわわ……。ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ……」
最後にセルシィはペコペコと謝りながら、雲ヒツジと一緒に仲間を吹き飛ばして気絶させていった。
「ええーい!《水魔法・水球》!!」
こんなことしている場合じゃないのに。というのがいのりの本音だったが、目の前に広がっている、混乱した状況を放っておけるわけもない。魔力が枯渇しない魔導士、いのりは、あちこちで怒る火災を水魔法で消化していた。
「ひのちゃん、大丈夫だよね?」
なかなか森に進めず、早く妹に追い付かなくちゃと焦燥に駆られてしまう。ルー君の強さは、いつも目の当たりにしているからか信頼の厚い神獣と一緒にいてくれたらと妹を心の底から心配するいのりへ、陸地に召喚されてしまった大きな体の海ウサギが水を求めて飛びかかった。
「うわぁ!?」
巨体がのしかかろうとしてきたことに驚き、思い切り特大の水魔法をぶつけてしまう。
「ごめんね!あ、でも幸せそうだからいっか……」
干からびた魚が水を得たように、海ウサギも心地良さそうだったが、水球は直ぐに無くなってしまった。残念そうにしている海ウサギは、ギラリと光らせた眼を再びいのりへと向けてきた。
「ひえ!怖い!何その眼、ハンター!?と……、とってこーーーい!!」
魔法で作り上げた水球を遠くへとぶん投げる。釣られた海ウサギがピョーンと跳ねて犬のように水のボールを追いかけていく。「ふぅ……」と安堵の息を吐いたいのりはギョッと見開いた。
「い"!?リアああああああああ!!」
「な、なんだ!?こいつら!わぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
決してわざとではない。不運か不幸か、水球を投げた方向にはリアが。そちらから物凄い悲鳴が聞こえてきた。
「騎士といえど、あたしにだって流石に怒ることはあるんだぞ?もう少し周りを見てだな……」
「うん、マジで、ホント、……ごべんなしゃい……」
ボロボロになって息を荒くし逃げてきたリアが、口元をヒクリと痙攣させながら、いのりに詰め寄ったのだった。
そんな時だ。森の方から光が——ルーくんのブレス——輝いたのは。
「ひのちゃんとルーくん?」
「ひのりと、ルーくん、か?」
何かあったのかと、二人して森を見つめていた。
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——そして、今。
森の異常を感じながらも森に近寄れなかったいのりは、リアに守られて、流れ作業のように村の火災に水魔法をぶつけて回っていた。
ようやく火を鎮圧し終えると額の汗を腕で拭った。
「ふぅ。魔力は枯れないと言っても……、これだけ魔法を連発していると流石に使う時に疲れちゃった……」
「大丈夫か?頑張ったね」
騒ぎが落ち着いてきたこともあり、暴走をする契約獣の数も獣族の数も目に見えて減っていた。
村内の混乱はようやく沈下しつつあった。
リアは自分たちに近寄る最後の一匹を剣の鞘で叩き落とす。それから疲れている いのりに労いの言葉をかける。微笑みながら腰のベルトに鞘を装着し直すその姿は、まるで本物の騎士のようで、一枚の絵画のようで青い空の下、銀色の髪が陽光に照らされて輝いて。
「……リアお姉ちゃん、イケメン……!」
「な、何を言ってるんだ!いのり!急に、お世辞を言っても何もあげられないからな!」
いのりの目の前のリアが、腕で空中をぐるぐるかき混ぜて頬を赤くし照れている。男の子のようにイケメンなリアは褒められると急激に女の子になっていく。
「あははっ照れたー!リアってばかわいいー」
「くっ……」
楽しそうに笑って褒めるいのりに、リアは困っているらしい。弱々とした口調でせめてもの音量で言い返してくる。
「せめてカッコいいか、可愛いかを統一してからかってくれ……。というか、からかわれて……るんだよな?全く……」
「リアは、かっこよくて可愛いって話だよ♪」
「い、いのり!ちょっと前に怒られた相手によくそれだけからかえるな……」
「からかってないよ!?本当のこと、ホントのこと!」
「——そう言っておけばなんとかなるとか思ってないか?」
呆れる眼差しを向けるリア。「でも実際どうにかなっちゃってるよね」と、お尻をこちらに向けてコッソリ照れていたリアへ、いのりはそんな感想を考えていた。
「お、おふ、お二人とも!!」
「セルシィ!怪我はない!?」
「は、はい……ない、よ……」
二人の元へ、フワフワぷかぷかの雲ヒツジを連れたセルシィが駆け寄ってくる。
「えっと……その。村の方はお二人のご協力のおかげで、なんとか、なんとかなって……ええと、それで……。あり、あり……」
「お姉ちゃん、リア!大丈夫!?」
何かを(多分お礼)言いかけたセルシィの言葉は黒髪の少女、ひのりによって遮られた。
森の中からルーくんと共に駆け出してくる妹を、彼女のこを1番に心配していた いのりもリアも急いで迎えた。
「ひのちゃん、何かあったの!?大丈夫!?怪我とかしてない?」
「ひのり!さっき!森が!!ピカって!!森が!」
「……お、落ち着いて二人とも……。お姉ちゃんもリアも近いよ……。怪我はしてないから、ねっ?ルーくんもいたし」
「そか。ルーくんが、守ってくれたんだね。ありがとうルーくん。よしよしっ」
「わふん!」
あ。今、私、ホッとした。そう、感じた自分に いのりは気がついてしまう。ルーくんを思いっきり撫でて笑いつつ、心の中では安堵と寂しい気持ちが混ざっていた。
独り立ちしていく妹が帰って来てくれて(もちろん安全に帰って来てくれたことにもホッとしているけど)ホッとしてしまった。
「ひのちゃーーん……、お姉ちゃんと一緒にいてね〜……」
「ちょ……おねぇ……。ちょ、離して……、ってなんで泣いてるの!?え、えぇー……?」
小さくて可愛い妹を抱きしめて擦り寄る。ほっぺを赤くして腕の中で暴れる ひのりも、姉の潤んだ瞳にびっくりしているようで困ってしまったようだ。
「大きくなった"ねーーー」
「もう、仕方ないなぁお姉ちゃん……。ごめんなさい、勝手に離れて」
呆れた笑みを浮かべて、それからちょっと申し訳なさそうに肩を窄める ひのり。
「ほら!いのり、ひのりも困ってるぞ?」
「あぐ……!そんなぁー、リアお姉ちゃん!!」
「誰がお姉ちゃんだ!!」
首根っこをリアに掴まれる いのり。腕を妹の方へと向けて上下にバタつかせる姿は、幼稚園児が親から離れたくない的なソレである。
「……ホント、お姉ちゃんは子供なんだから……」
言い合う姉たちの姿を眺めて、困ったように呆れたように、それでも嬉しそうに、ひのりは誰にも聞こえないように呟いた。
ある日の昼下がり。
「お兄ちゃん?どこにいるんですかー?せっかく帰ってきたんですから。お、おやつ食べませんかー?」
花冠を頭に付けたツインテールの少女は、家の周りをキョロキョロと見渡した。
「——あ。お兄ちゃ……」
少女は、風がそよぐ木陰の中でぐっすりと眠りにつくエインを見つけた。
「……クエストお疲れ様です。お兄ちゃん」
しゃがみこんで青年の頬を突くと、微笑みを浮かべた。




