3話「初クエストに寝坊したようです!」
異世界に来てから二日目。
可愛らしい小鳥たちが、自由に青い大空を飛び回る。姉妹の眠っている部屋の窓辺に羽を休めに来た一羽の小鳥の影は、室内にかかった薄いカーテンから、あたたかい日の光と一緒に室内へ影を伸ばす。
「う、ううーん……」
眉間に皺寄せたヒノリが、もぞもぞと布団の中で動く。布団から少しだけ外に出された手は、目覚まし時計を探して枕を叩いた。
(あれ、目覚まし時計、ない。どこにいったんだろう……)
小鳥は役目を終えたと言わんばかりに、自分の羽をくちばしで突いて、再び大空へと飛び去って行く。
「……ふわぁ……」
のびーーーっと、手のひらを合わせて天上へと向け、ヒノリはまだ眠たい目を擦る。そして見慣れない部屋を見渡した。
「あ……そっか。お姉ちゃんと召喚されて……。冒険者登録をして……。昨日、紹介してもらった宿に泊まったんだっけ……。道理で目覚まし時計がなかったはずだ……」
姉妹が泊まった宿は清潔感のある雰囲気だ。
木製のベッドだったが、厚いマットレスのおかげで背中を痛めることはなかった。羽毛布団は軽く、枕もふかふか。小さなテーブルと椅子、クローゼット、お風呂にトイレ。そして、身支度を整える鏡も化粧台もある。
異世界の宿でも普通のホテルの一室くらいには過ごしやすかった。おかげで、しっかりと熟睡できた。どうやら昼近くまで眠ってしまったようだ。
「……お姉ちゃんは……寝てる、よね……」
横を向けば熟睡し切っている姉の姿があった。朝に弱い姉を起こすのはもう少ししてからでいいだろう。起こしても、きっと起きないだろうから。
それよりも先ずは試したいことがヒノリにはあった。耳たぶの耳飾りに触れ、能力値画面を出現させる。
【ヒノリ・シラヅキ】LV1
クラス:G級冒険者
職業:召喚士、(神獣の巫女)
スキル:《一心同体》
召喚獣:ルーくん
(ルーくんの呼び出し方が、分からない……召喚、召喚……)
「……【召喚】!! ……なーんちゃって……」
『あるじーーー!! ようやく呼んでくれたナ!! 待ってたんダ』
「わぁっっ!! びっくりした……ルーくん……」
銀の魔法陣と共に、小型犬サイズのルーくんが姿を現した。お座りをしている状態で召喚されたルーくんは、ヒノリの顔を見上げて嬉しそうに尻尾を振っている。
「えっと……私、ルーくんの呼び出し方が分からなくて……」
『さっきみたく、【召喚】の魔法を使えばいいんダ!!』
「へ、へぇ〜……って、魔法!? 今、私って魔法を使ってたの!?」
『うむ!! あるじは今、言葉に魔力を乗せて演唱したんだゾ』
まぐれとはいえ、自分は魔法を使用できたようだ。
その事実にヒノリの心は踊る。ほんの少し、頬が蒸気し、口角がニマニマと上がった。
「……あ!! そうだわ。お姉ちゃんを起こさなくちゃ」
感動の余韻に浸っていたヒノリは、当初の予定を思い出す。
ヒノリが姉を揺さぶって、起こそうと声をかけた。「お姉ちゃん、お姉ちゃん、起きて!!」「う、うぅん………」飛んでくる手を器用に避けたヒノリは強気の行動に出る、掛け布団を掴んで姉の体からひっぺはがすという暴挙に。
「……もう……、いい加減起きてってばーーー!!」
「さ、寒い〜……」
掛け布団の奪い合いが始まり、最終的にイノリが起きたのは正午を回ってからとなった。
「ね、ね、ね、寝過ごしたーーーー!!」
「………つ、つか……れた……」
姉が大声で騒ぐ一方で、起こすのに一苦労した妹は、どっと疲れた表情を見せていた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待っててひのちゃん。先にご飯を食べて待ってて〜」
「うん、わかった……」
イノリは急いで身支度を整え、軽食を済ませた後に、妹と共にギルドへ向かった。
**
ギルドに着いた二人は、G級冒険者用の掲示板に張り出されたクエストを確認していく。
受付嬢の言っていた通り、二人の今のランクの依頼内容といえば、描いていた冒険とはかけ離れたものばかりだった。(迷い猫の捜索、新聞配達の代行、広場の清掃の手伝い、荷物郵送の手伝い、買い物の代行等……)
「どれにしよっか……」
「うーーん、そうだなぁ〜。気になるのは猫探しとか……魔石に魔力を充電してくださいとか」
「魔石……? それって私もできるのかな。あ……じゃあ、これはどうかな。家のお料理を……」
一枚の依頼用紙に触ろうとしたヒノリの手に、白魚のような手が重なった。
「あ……ごめんなさい」
「い、いえっ。オフィーこそ……いえ、こちらこそごめんなさい」
ヒノリが咄嗟に謝り、手を引っ込める。と、向こうも、同じ気持ちだったようだ。一人の少女は胸の前に手を置いて、ツインテールに結んだ灰色の頭を軽く下げてくれた。
頭には花冠を付けていて、少女が頭を下げるとフワリと良い匂いが香った。ヒノリの目には本物の花には見えないが、違うのだろうか。
「あ、あの、失礼ですが……。そちらのクエストは、もう受注するつもりですか?」
遠慮がちに聞いてくるその意図は、譲ってくれということなのだろう。ヒノリ達は今何にするか話し合っていたところだ。別に候補がひとつ無くなったくらいどうってこなかった。
「はい、大丈夫です。まだ決めてませんでしたし……。どうぞ」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます……優しい人で安心しました……よかったぁ……」
少女は、ホッとしたように桃色の瞳を輝かせ、祈るように手を胸の前で絡めた。お礼を済ませると、紙を剥がして窓口に持っていこうと………、していた少女は足を止めた。
「あ、あああの!! ごめんなさい、実は少しだけお話が聞こえてしまって。魔石のクエストのことですが、魔導士や魔法剣士、精霊術師、召喚士、治癒士、とかを目指す方であれば、魔法は必須になるのでっ。そういう方なら……大丈夫だと思います」
姉妹を赤い顔で振り返り、「オフィーも何かお二人にお返しできたらと思って……余計なことだったならごめんなさい!!」と、腕をワタワタさせながら魔石のクエストについて情報をくれた。
「……そ、それでは……!!」
言うだけ言った少女は、恥ずかしさに耐えきれなくなったらしく、たたたーっと受付に駆けて行ってしまった。お礼を言う隙もない。ただただ、ツインテールに結われた灰色の長い髪が揺れ動くのを眺めて——、
「………アイドルみたい……」
イノリがポツリと呟いた。同感、とヒノリが頷く。
「うん……。すごい小顔だった……。あ、じゃなくて、召喚士も使えるみたいだし、私も大丈夫みたい」
報酬も他のクエストに比べて高めに設定されているし、できれば受けてみたい。
「でも、私は魔力って感じたことも使ったこともないよ?」
姉の言葉に、ヒノリは悩んだ。
今朝は偶然にも魔法が使えたようだったけれど、扱いきれているわけではないし、魔力についても姉同様によくわからない。
「「……… 」」
——どうするんだろう、これ。
二人は黙り込んで一つの答えに辿り着く。
——わからないなら、受付のお姉さんに聞けばいいじゃない!!
早速、姉妹は魔石の魔力補充の紙を持って受付向かった。
「魔石クエストですか? はい、お二人とも参加できますよ。魔法を使う為の魔力を自覚するにも良いクエストだと思います……それに」
クエスト用紙を窓口に持っていくと、あっさり回答が出た。姉妹の耳を手招きした受付嬢がコソコソと声をひそめる。
「……大きな声じゃ言えませんが。実はこれ、等級を上げるのに凄く効率的なクエストなんです……」
「ええーーー!!!! なにそれ!!」
「しぃー!! 公にはしてないんです」
大きな声をあげてしまったイノリの口を、窓口のお姉さんが必死の形相で止めた。口元に人差し指を立てている。
慌ててイノリは自分の口元を抑えた。
「とはいえ、知らない人はそこまで少なくありませんけどね☆」
「あはは……っ」
お茶目なお姉さんに、さしものイノリも苦笑いを浮かべてしまった。どうやら魔石のクエストについては知る人ぞ知る情報のようだ。
「もし受注されるなら、ギルドの販売部の方へご案内しますよ」
「ひのちゃん、受注してみる?」
「うん、お姉ちゃんがいいなら」
初のクエストは、魔石に魔力を込めるバイトに決定した。
「———こちらは市民への魔道具などを製作、適正な価格にて販売している部署になります。初めましてイノリさん、ヒノリさん。私はこの部署の部長を勤めています、オルスロックと申します」
オルスロックと名乗った眼鏡をかけた中年の男性は、柔和な笑みを浮かべて姉妹を歓迎してくれた。
「お二人には魔道具を動かす為に必要な魔石に、魔力を込めて頂く作業をしてもらいます。ではこちらにどうぞ」
促されるまま、用意されていたテーブルに着く。
テーブルの上には、大量の魔石——紫色のストライプ柄の透明な水晶に似ている石が用意されていた。
「お二人は魔石に魔力を込めたことは?」
「それが、私もひのちゃんもなくって……」
「いいえ、大丈夫ですよ。ご存知かもしれませんが初歩から説明しますね。魔物を倒すと手に入る魔石は、魔道具の動力として使用されるのですが、魔力を込めなくては動力源としては使えません。そこでお二人には魔力を込めてもらうわけですが……こいつが厄介な事に割れやすいのですよ。魔力を込め過ぎた場合……」
恐らく、魔力を魔石に込めているのだろう。オルスロックが摘み上げた魔石の一つが徐々に紫色に染まっていき————、
魔石が紫色から赤色に染まった瞬間、パリィィィィンンッッと音を立てて割れた。
「このように割れてしまいます。紫色から赤色に変わるギリギリの瞬間で魔力の供給を止める必要があるのです」
「………え、むず……職人技??」
「お、お姉ちゃん……!!」
「ははっ、皆さん最初はそう言いますよ。こちらにあるのは練習用の魔石です。先ずは魔力を込められるようになりましょう。なるべく紫色のものから手に取るといいですよ」
部長は「何かあれば近くの職員に声をかけてくださいね」と、優しく言い残して二人の側を離れた。
「……うーん……魔力を込める……かぁ……」
「難しいかも」
———魔力を込める感覚に苦戦していた姉妹だったが、魔石を破壊しながら徐々にコツを掴んでいった。
日が暮れる頃には、イノリは魔力の流れをしっかりと感じ取れるようになっていた。
「嗚呼!! また割れた〜。魔力量を丁度で止めるのって難しい〜……」
「まだ……魔力の流れを感じ取るの……苦手……」
ヒノリは魔力を込めることが出来るけれど、魔力の流れを掴めるようになったとは言いがたい。大量に魔石を破壊する姉の傍、難しい顔でため息をこぼした。
「それにしても……お姉ちゃんってば、ちょっとやり過ぎなんじゃあ……。部長さんも魔力を使いすぎると眩暈が起こるって言ってたけど……なんともないの?」
イノリより量をこなしていないヒノリですら、目眩が襲い始めて来ているから練習を中断しようと思っていたのに対して、イノリはまだまだ元気そうだった。
「んー……うん。そうだね、なんともないや。まだまだいけそうだよ」
明るく答えたイノリに、二人の様子を見に来た部長から雷が落ちた。
「まだまだいけそうだよ、じゃないですよ。いけません!! お二人とも休んでください!!」
二人が……正確にはほとんどイノリが大量に練習用の魔石を消費しているとは想像していなかった部長は衝撃を受けた。昼から夕暮れまで休憩しながらでいいと言ったのに、ぶっ通しで練習しているとは夢にも思わなかったようだ。
ずり落ちかけた眼鏡をかけ直しながら、申し訳なさそうに項垂れる。
「……もっと私が様子を見に来ていれば……。はぁ……、近くにいた職員にも後で注意しておきますので……」
「いえいえ!! ほとんどお喋りしながらやってましたし……」
「いいえ!! 魔力を消費するということを侮ってはいけません!! 魔力が欠乏すると、体に様々な異常が起きます。目眩だけではなく、吐き気、さらには意識を失うこともあるんですよっ!!」
「「……す、すみませんでした……」」
今度は姉妹がしょぼくれる番だった。
そんな姉妹を見た部長が、熱くなってしまったと再度謝る。
「すみません、お二人の人命にも関わる事でしたので厳しくなってしまいました。申し訳ない……」
「そんな……謝らないでくださいっ。心配してくださってありがとうございます!!」
「……お礼がもらえるとは思いませんでした。……貴方たちは随分と素直な良い子のようだ……」
ほんの一瞬、オルスロックがどこか遠くを見つめた気がした。彼は胃がある辺りを何故か抑えていた。
(……わー……きっとなにか問題児がいるんだろうなぁ……。まぁ、うちのひのちゃんは素直でいい子なのは間違いないけどね!!)
(流石お姉ちゃん……!! 褒められてる!!)
心の中でお互いにお互いのことを褒め合った姉妹は、目線を交わすと指先で小突きあった。
「はぁ……それにしても、あれだけあった魔石をこれだけ消化するなんて……。本当に体調には変化はありませんか?」
五十個はあったであろう箱に山盛りになった魔石が、今や十個もない状態になっていた。7割がたはイノリにより消費なのだが、ピンピンしているのはイノリの方だった。
「私は大丈夫ですけど、妹は目眩が出てきてるみたいです」
「……あ、はい……もう、ちょっと……乗り物酔いした時みたいな感じがしてて……」
「ひのちゃん!? 顔がすっごく真っ青になってるんだけど!!」
「魔力が欠乏しかけています!! はやく、この魔力回復薬を飲んでください!!」
吐き気を堪えて口を手で抑えるヒノリに、オルスロックは緑色の液体の入った小瓶、「魔力回復薬」なるものを粟を食ったように手渡した。
「————ぷっっっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜、い、生き返ったぁぁぁぁ……」
渡されたポーションを素直に呷ったヒノリは、徐々に気持ち悪さが治っていく感覚に歓喜した。自分の魔力量がどこまでで限界を迎えるのかを今後は把握したうえで魔力を消費しなくてはいけないのだと、ヒノリは自分に教訓として刻んだ。
「……ご、ご心配をおかけしました……」
「いえいえ!! 回復されたようで何よりです。いいですか体調が悪くないからといって考えなく魔力を消費してはいけませんよ」
「……はい……気をつけます……」
釘を刺されてしまった。
肩を窄めて大人の言葉を真摯に受け止めるヒノリの姿に、オルスロックはこれ以上厳しい事は何も言えなかったのか肩の力を解いた。困り顔で笑顔を浮かべながら、彼は終幕を告げるために手を叩いた。
「さぁ、今日のクエストはここでお終いにしましょう。特別にクエスト達成を報告しておきますから、お二人とも安心して帰って、そしてゆっくり休んでください」
(私はまだ……大丈夫なんだけどなぁ〜……。もうちょっとやりたい。ひのちゃんには悪いけど、先帰ってもらって、それで……)
「お姉ちゃん……??」
「な……なぁに? ひのちゃん」
妹であるヒノリには、ピーーンっと来てしまった。姉のイノリが、魔石に魔力を込める作業の続きがしたくて堪らず、部長さんから釘を刺されたばかりだというのに、うずうずしていることを。
「……話、聞いてたよね? 部長さんが今、大丈夫だと思っても魔力を消費し過ぎたらダメって……言ってたよね?」
目を細めて、疑念の眼差しを姉に向ける。
案の定イノリは、わっっっかりやすく目を泳がせた。「え、え〜……?? もーー、ひのちゃんってば何だか目が怖いなぁ〜大丈夫だよ、ちゃんと聞いてってば」「絶対まだ続けたいって思ってるでしょ、お姉ちゃん」ヒノリの追撃に、イノリは「いや、だってさぁ……」と不安そうな声で言う。
「結局、大丈夫って思ってても、魔力の残りが少なくなってるのに気がつかない事が問題なんだよね? なら私はちゃんと知覚出来てるから続けても問題ないんじゃ、ないかなぁ〜って……」
「……そうかもしれないけど、そういう事じゃないと思う……」
「あれ!? ひのちゃんってば、何でそんな残念そうな目をしてるの!?」
不思議そうな顔をするイノリに、ヒノリは困った姉だと息を大きく吐いて脱力してしまう。
これは助けが必要だぞと思ったヒノリは、オルスロックに目配せをした。彼はヒノリの目線に頷くと、メガネのフレームを指先で上げた。レンズに光が反射し、キラリーーンっと輝く。
「イノリさんの成長速度には驚きました。ですが先ほどで魔力の知覚もその込め方も分からなかったんです。無理をしていなくても、これ以上はこの部署を取り仕切る者として許す事はできません」
「はら、部長さんもそう言ってるし……帰るよお姉ちゃん」
「そ、そんなぁぁぁぁ〜〜……。あと、一個、あと一個でいいからぁぁぁ〜〜」
妹に引きずられて帰宅する事になった。
しばらくの間ゴネていたが、宿の女将が出してくれた苺パフェですっかり機嫌を直していた姉に、ヒノリは内心でグッタリと疲弊した自分を労いながら思った。
(……全く、お姉ちゃんってば……手がかるんだから……)
そして口に運んだ苺と生クリームの、口内で弾けんばかりの酸味と甘さ、苺を包み込む柔らかくふんわりとしたクリームの濃厚で優しい味わいに、ヒノリも口元に笑みを浮かべる。「んーーーーッ♪」姉と同じように嬉々とした声を上げた。




