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2話「異世界で冒険者になるようです」

 

 姉妹が降ろされた場所は、近代風な外観の街——レンガ造の建物が並び、整備された道には馬車が走り、道の脇にはランプ型の街灯があるような街——だった。

 人気がない場所に風の力でふわりと降り立った少女たちの中でも、姉のいのりは小路の先に見える風景に心を躍らせた。


「わ、あ!! ひのちゃん、見て見て!! ヨーロッパみたい!!」


「はぁ……お姉ちゃん、今はそれどころじゃないと思う……んだけど……。というか私、海外行ったことないし……」


 活気のある往来と景色に いのりが目を輝かせ、キョロキョロと落ち着きなく辺りを見渡していた。反対に、ひのりは、姉のコメントに疲れた顔をしては、姉の服が部屋着から変わっていることに気がつく。


「あれ。お姉ちゃんその服……」


「そういえば、私もひのちゃんも服が変わってるね」


「うん……いつのまに……」


 冒険者の初期装備のような見慣れない服を二人は着ていた。二人からすると、初期装備にしては豪華に感じてしまうけれど、これも女神からのお詫びとほんの気持ちの現れである。


「部屋着で街を歩く羽目にならなくてよかったけど……」


 いのりは、太陽のチャームの装飾が付いた大きな紺色のとんがり帽子。白いレースをあしらった紺色のワンピースに、裾からは下に履いた白いパニエが見え隠れしている。装備には木製の杖。その姿は魔女っ子みたいだ。

 おまけに、いのりの甘茶色の短い髪は片方編み込みがされていた。靴は白のロングブーツ、紐で緩みを調節することができるようだった。


「……な、なんだかちょっと恥ずかしい………。ひのちゃんはかわいいけど……」


 17歳のいのりが恥ずかしくなって自分の身なりをグルグル見渡し、スカートの裾を引っ張った。


「だ、大丈夫!! お姉ちゃんもよく似合ってるよ!」


 いのりを励ますひのりは、片方の肩が見えた白いフリルのついたチュニックに、紺色のスカート。下に履いた黒いパニエがチラリ。胸元には簡素な胸当てが。月のチャームがついた腰に巻かれているベルトには、短剣が。

 ひのりの黒く長い髪はハアーフアップにされ、髪飾り——月の形をしたもの——は、路地に差し込む昼間の光を反射していた。靴は襟の付いたショートブーツ、少しだけヒールがあった。


「「…………」」


 一度往来の人達を観察した二人は、顔を見合わせる。どの人達も似たような服装だ。このまま路地を出ても目立つことはないだろうとホッと胸を撫で下ろす。


「じゃあ、ギルドに行ってみよっかひのちゃん」


「うん、そうだねお姉ちゃん」


 ——冒険者ギルドに行く事をお勧めします。

 ——ギルドの窓口でなんでも答えてもらいますよ?


 姉妹の脳裏に、女神の声が繰り返された。


「ギルドの近くに送ってくれたみたいだったけど、ギルドって、どこにあるんだろうね」


 とりあえず、路地から表通りに出る二人。ひのりが、街の人に聞くべきかどうか悩んでいると、キョロキョロと右見て左見てをしていた いのりが「あ!!」と声をあげた。


「ひのちゃん、ここじゃない?」


「え?」


 いのりはすぐ側の建物大きな建物——その建物の壁が路地を作っていた訳だけだが——を指さした。それは、周囲と比べても一段と大きなレンガ作りの立派な建物だった。


 三階建てで、てっぺんには魔法陣に剣が交差したマークを刺繍した真紅の旗が風に揺れる。建物と入り口は随分と毛色が異なり、ギルドの門前は、特に門はなく、木製のカウンタードアが付いているだけ。

 アーチを描いた入り口のちょうど真ん中に、申し分程度で付けられた木製のドア。そのドアは、押すだけで簡単に中に入れてしまうし、上下の長さがないためにギルド内は丸見えだ。きっと冒険者ギルドに来た依頼者が入りやすいようにという配慮なのだろう。


 灰色の野良猫も慣れた足取りで、しゃなりしゃなりと胸を張ったまま入って行った。


 ——冒険者ギルドに近い場所を選んで地上に降ろして差し上げますからますから

 ますからあ……

 すからあ……

 からあああ………


 姉妹の脳裏にやまびこの如く女神の台詞が反響していく。手を広げて、背後から輝くエフェクトで演出し、足元にまで伸びたゆるふわウェーブの髪が、微弱の風に揺れているとこまでイメージできてしまった。


「「いや、ちっかくない!!?」」


 姉妹は立派なギルドの建物を見上げながら、姉妹は声を揃えて叫んだ。女神へ届いたのかは定かではないが。


「……とりあえず、入ろっか」


「そうだねお姉ちゃん……」


 ギルドの中へと足を踏み入れ窓口へと向かった姉妹を、明るい声の職員が朗らかな笑顔付きで迎えてくれた。


「ようこそーー、冒険者ギルドへ!! 本日はどのようなご用件でしょう?」


 一番初めに出会った職員が怖そうな人でなくて、いのりも、ひのりもホッと胸を撫で下ろした。


「あの……、冒険者の登録を……」


「冒険者の登録をお願いします!!」


 おどおどとしている妹のひのりの代わりに、姉のいのりがハキハキと返事をする。若干、窓口のお姉さんの方へ前のめりになっていた。

 窓口のお姉さんは、普段様々な人が登録しに来るのか、少女二人が登録すると言っても不思議に思っている様子はない。笑顔のまま、明瞭な声で案内を進めていく。


「冒険者の無料登録ですね、承りました。では、身分証の耳飾りをこちらの水晶の台座に嵌め込んで、水晶にお一人ずつ触れてください。お二人の能力値(ステイタス)の確認と、身分情報を上書きしますので」


 窓口のお姉さんは、水晶を窓口の台の上に取り出した。

 台座には窪みがあり、耳飾りと同じ花の形をしていた。


「それでは、準備ができましたので、どちらからでもお願いします! 水晶に触れる時にはお名前もお願いしますね」


 ジャーン、ジャジャーン☆

 受付のお姉さんは水晶を中心に両手を広げた動作は、そんな効果音が流れそうだった。


「じゃあ、お姉ちゃんが先に登録しちゃおうかな!! ……白槻いの……ううん、イノリ・シラヅキ……」


 水晶が虹色に輝いた。

 水晶内の水が沸騰し、ボコボコと音を立てている。心が躍るイノリは、数秒も待てない様子で落ち着きなくソワソワしていた。


「はい……イノリさんですね。……ふむふむ、特に問題ないですね。では、次はお連れの方、お願いします」


「わはー!! 登録できちゃった!!」


 ギルド職員は水が落ち着くと、イノリに「台座から耳飾りをとっていいですよ」と言う。そして、イノリが台座から耳飾りを取るのを確認した後、ひのりに目を向けた。


「……白槻ひのり……じゃなかった。ヒノリ・シラヅキ……」


 姉と同じ手順を踏んだヒノリも、白色に水が沸騰していく。

 無事に冒険者登録が終わるかと思われたが……、


「お二人とも既に職業持ちなんですか!? 珍しいですね。大体は冒険者として成長していく内に決まっていくものですよ……!! それに、ひのりさんの方はヒューマンではレアな職業です!!! あ、あたし、ヒューマンで初めて見ました」


 興奮したギルド窓口のお姉さんは、声を大にする。

 イノリ達の後ろには待合室も兼ねる食堂のテーブルなどがある。そこは他の冒険者で賑わっていた。

 ヒノリは他の冒険者達に聞こえていない事を願ったが、窓口内で事務作業をしている他の職員も含めて、ギルド内の注目が彼女に集まってしまう。視線を一身に受けてしまい、ヒノリはさっさとギルドを去りたい気持ちでいっぱいだ。せめてもの盾にと姉に縋り付く。


「ところでヒノリさん、召喚獣は既にいるようですが……お名前は付けていないのですか?」


 窓口のお姉さんは、水晶に映る能力値(ステイタス)画面を周囲から隠すように見せてくれる。「ほら、ここ。召喚獣のところが、“召喚獣:×*×”となっていますよね」

 天界で見たものと似たようなウィンドウだったけれど、『神獣の巫女』という職業はどこにも記載されていなかった。


「え、名前……?」


「はい、名前です! 名前を付けてあげないと縛りがありませんから。そうですね……野良モンスターと同じです。逸れた時に連れ去られてしまうことだってあり得ます!」


 ふむ……名前か。

 ヒノリは失念していたと、今は側にいない銀狼の姿を思い描いた。そういえば、天界から地上に降りて一度もあの狼の姿を見ていない。名前をつけていなかったのが原因だったのだろうか。


(どんな名前がいいだろうかな……)


 ヒノリは目を閉じてうーんと考え込む。銀色のふわふわな毛並みに、黒目がちの瞳。できれば可愛くて呼びやすくて、短く、馴染む名前がいい。「うーん、うーん……」様々な候補を挙げながら、自然と一つの名前を口に出した。


「………、じゃあ……。ルーくん。ルーくんで」


 ヒノリの声に反応したのか、能力値(ステイタス)画面に変化が起きた。「召喚獣:×*×」のところに、「ルーくん」の字が表れる。


「……い、いい名前ですね!! それでは、これで冒険者の登録は完了です。次は冒険者についてご説明しますね」


「……ねえ、ちょっとスルーしないで?」


「まずお二人は冒険者最低等級のG級から始めてもらいます。G級というのは……」


 ポカーンとした呆けた受付のお姉さんは、我にかえると何事もなかったように、説明を再開した。


「んんんんんーーーー!!」


「よし、よし、いい子、いいこ」


 何処となく恥ずかしくなってしまったヒノリは、頬をむくらませて窓口の机をバンバン叩くと、横からイノリに頭をポンポン撫でられ、姉が慰めようとしてくれているのが伝わってくる。


「そ、それでG級というのは、モンスターの討伐はできません。街のお助け何でも屋のような依頼を行ってもらいます。モンスター討伐は二つ上のE級からとなります。これは、冒険者方の生死に関係している事なので異論は受け付けておりません」


 テンプレートの説明が全て終わったのか、職員は「何か質問はありますか?」と言いたげな顔で姉妹を見た。思わずイノリ達は顔を見合わせてしまう。


「あ、じゃあ。クエストの受け方とか?」


「クエストは、あちらのクエストボードに掲示しているものから選んでください。紙をこちらに持ってきてもらえれば受注され、終了後の報酬もこちらでお支払いします。また、受注内容と受注した冒険者情報などはこちらで全ギルドに共有しますので、達成後は各地のギルドで報酬を得られますの」


 質問したイノリは、なるほど各地でも受注できるなら便利だなと、まだ討伐クエストができないにも関わらず遠い未来に思考をもっていく。


「……あの、きっとE級に上がるまではこの街にいる事になりますよね?それって、宿代とか生活費はクエストだけしてて大丈夫なんですか?」


 行き当たりばったりの姉のイノリと、堅実な妹のヒノリであった。


「お二人はこの街のご出身ではなかったんですね!! えーと、その場合ですと、宿はこちらがご紹介します。安心安全なところを紹介しますよ!! E級に上がるまで室料は見送りしてもらえるよう頼んでみましょう」


「え!?」


 上手い話に驚愕したヒノリは、びっくりしすぎて、いや、これは流石に上手い話すぎないだろうか? 大丈夫なのかな? と、正規ギルドの正規職員を疑ってしまう。そんな少女に、受付のお姉さんは人差し指をビシリと少女の眼前に突き出した。


「たーだーし!!! 必ずE級に上がることが条件です。妥当にクエストを受けていれば一年とちょっとくらいでE級になれますから、一年半の間に等級が上がらないようでしたら、今までの料金を全額、耳を揃えてお支払いしていただきますよ!! それか、ギルドの三食のご飯付き、住み込みバイトですね!! こちらはあまりお勧めしません。等級はクエストに比べて断然上がっていきませんから。E級になるのには五年かかります」


「な、なるほど……」


 家賃の出世払い、ギルドでのバイト。どちらも良いところはあるが……。ひのりはムムムッと唸る。


「ちなみに、出世払いの宿はいくらくらい?」


 横で聞いていた姉のイノリが、二人の会話に割り込む。姉として妹をサポートしようと思ったのだ。ヒノリの不安を代わりに代弁する。イノリとしては、絶対E級になれば良いんでしょう? で、出世払い一択だった。


「一年半で五十万ラグです。E級でモンスターを千体くらい倒すと払えますよ。E級になれば払える額ですから安心してください。 あとは、報酬が高いものを選ぶとあっという間です。それに、E級になってから月に少しずつでも払っていけますから安心ですし……。特に決まった額が指定されているわけではありません」


「せ、千体……」


 一般的な冒険者のモンスター討伐数を知らないが、数のイメージからして途方もないのではないかと、ヒノリは卒倒しかけた。


「ふーーん。なら、出世払いでいいんじゃないかな?そんなに心配することないよ、ひのちゃん!」


 明るく言いながら妹に近寄り、コッソリと耳打ちする。


「……それに、ほら、女神様から貰ったお金もあるし……」


「あ!」


 そういえば女神からお金も貰っていたのだとヒノリは思い出す。振り返ると至れり尽くせりではないだろうか。イノリは妹に親指立てて、それで行こう!! と頷く。


「じゃ、じゃあ……出世払いで!!」


 ずっと待機している職員のニコニコとした笑顔を怖く感じてしまったヒノリだが、姉のイノリとの相談のうえ結局出世払いに決定した。


「かしこまりました! では宿に連絡を入れておきますね!! この地図を持って宿に行ってください。本日はご登録ありがとうございました、お疲れ様でしたー!」


 地図を受け取った新たな冒険者二人の背に手を小ぶりに振りながら、受付嬢は和やかに送り出す。その手に握られた資料には、クエストの受注を認める朱印が押されていた。


 これから彼女は、その資料をギルド内にある情報保存管理室(データベース)に保管しなくてはいけない。

 目的地に向けて歩き出す前、彼女が最後に目を落とした朱印の押された資料、そこには新たな冒険者となった二人の初のクエストが記されている——それは、【冒険者等級特別クエスト:E級を目指そう】というものだった。


 二人の少女の姿を思い浮かべた受付嬢は、「……頑張ってくださいね」どこか温かな気持ちで、と小さく呟いた。


「———あ、ここだ……!! ここだよ、ひのちゃん」


 ギルドから少し離れた場所にあるお目当ての宿——アイボリー色の壁に木目の看板が掛かる、見た目が可愛らしい建物——と、地図を交互に見たイノリは後ろにくっ付いて来たヒノリを振り返った。


「おおーー……流石お姉ちゃん。地図に強い!!」


 地図を見ても道に迷う方向音痴のヒノリは、見知らぬ土地にも関わらず地図を見ながら迷わず宿に辿り着いた姉を拍手で讃える。姉を見つめる彼女の水色の双眸は、キラキラと輝いていた。


「ひのちゃんが、絶望的なまでに方向音痴なだけだよ〜」


「え!? そ、そんなに酷くないもんっ!!」


「え〜そうかなぁ〜? この間も目的地と真逆の報告に向かってなかった?」


「それ、は……、間違えちゃっただけ!!」


「さぁー、レッツゴー!!」


「おねぇーーーちゃーーーんっっっ!! きいぃぃてよぉぉぉ!!」


「はいはーい。聞いてる、聞いてる」


 妹を引きずって、イノリは宿の扉を開けた。


「まだ開店前だ……おや……。ちびっ子達、もしかしてあんたらがギルドからヤギ鳥便の連絡が来た新人の冒険者かい?」


 腰にエンプロンを巻いたふくよかな婦人が姉妹の入店に気がつき、食堂のテーブルを拭いていたその手を止めた。


「えーと、確かイノリとヒノリだったかい? あんた達のことで間違いないね?」


「はい、私がイノリで後ろにいるのが妹のヒノリです。これから妹共々よろしくお願いします」


「ヒノリです。よ、よろしくお願いします」


 深々とお辞儀をする姉妹に、婦人はうんうんと頷いた。どうやら婦人は行儀の良い二人を少しは気に入ったようだ。ワンピースのポケットから、一本の鍵を取り出してイノリに渡す。


「あんた達の部屋は最上階の4階だよ。ほら、これが鍵だ。宿泊料は免除するけど、食堂での食事は別料金だからね! それから今日の夕飯はここで食べな。初日くらいはご馳走してやるよ!!」


「え!! いいんですかー!! ありがとうございます」


 イノリは明るくお礼を伝えて階段を登っていく。ヒノリは、ぺこりと女将に会釈をしてから姉の後を追った。


「なんだかいい人そうで良かったね」


「うん、そうだね。でもちょっと疲れた……」


 知らない土地、知らない人に気を張っていたのかヒノリは部屋に着いた途端にベッドへ横たわった。


「あはは、ひのちゃんってば体力がないなぁ〜。ちょっと旅行気分で楽しくない? 」


「……それは……少し……」


「明日の朝はギルドに行ってクエスト?を見てみよっか。今日はゆっくり休もっか」


 姉の提案通り、異世界での1日目は宿でのんびりと過ごして終了した。

 のんびりと過ごして、やはり疲れが出てきたせいか……。


「———ね、ね、ね、………寝過ごしたぁぁぁぁっっ!!」


 寝癖だらけの頭を手櫛で整えるイノリの驚愕気味の声が部屋に響いたのは、翌日の正午のことだった。

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