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第一話「姉妹が異世界召喚されたらしいです」


 ♪

 ♪


 ♪



 ——誰かに、呼ばれた気がした。


 八月の半ばのちょうど夕飯を食べ終わった後。

 黒髪をシュシュで簡単に束ねた一人の少女は、夕飯に使用した皿たちを泡の付いたスポンジで汚れを落とし、きっちりとお皿の泡を水で流すと、軽く水を切ってから水受けトレイの付いた皿を乾かす為の水切り場へと置いていく。


「あ、あついぃぃ」


 リビングの方から少女の姉の唸り声が聞こえて来くる。

 また言ってるよとそちらの様子を伺ってみると、そこには団扇(うちわ)で自身を扇ぎながら、夏の夜の暑さに負けてソファーでだらけている姉の いのりの姿があった。


 その姿を確認してしまった ひのりは、仕方ないなぁとため息をこぼして姉に声をかけた。


「お姉ちゃーん、アイス食べるー?」


「食べるー!持ってきてー!」


「……もー、アイスくらい自分で取りに来てよ」


 ひのりは、文句を吐露(とろ)しながらなんだかんだ冷凍庫から二人分のバニラアイスとスプーンを手にリビングへと向かった。


「ん、アイス」


「ありがとー!ひのちゃん」


 四肢を投げ出してグデーっとした姉の座り方に、もっとちゃんと座ったらいいのにと思いつつ、ひのりはアイスを姉の前に突き出した。そして、自身もソファーに足を乗せて体育座りをして液晶画面を眺めた。


 ガヤつくテレビは、どうやら動物番組がやっているようだ。


 互いに無言でアイスを少しずつ頬張る。

 姉妹間の無音を埋めるようにテレビの音が流れていった。

 今は番組が応募した犬達—— ゲストが全国の飼い主が送った自慢の愛犬達から選び抜いた一推しを紹介しているところ。


 芸能人の推しの犬を見て、ふおおおおおっとスプーンを口に咥えたまま ひのりが目を輝かし、口の中で溶けた甘いバニラのアイスをごくりと飲むと姉の服を興奮気味に引っ張った。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん!!あれ、あれ見て」


「ちょ、アイス溢れるっ。なぁに?」


 バニラアイスを食べて至福の時間を過ごしていた いのりは、妹に急に服を引かれ、わたわたと目の前のテーブルにカップアイスを置く。


「あれ!ねぇ、あの犬すっごい可愛いよ」


「わ、ホントだ……。すごいもふもふ」


 妹が指を指しているテレビ画面を見たいのりは、ひのりと同様に瞳を輝かせた。放送中のテレビ番組では、選ばれた犬の一発芸が披露されているところだった。


 二人が番組に夢中になっている間に、テーブルの上に置かれていたアイスはテロリと溶け始めるが、その間もテレビの内容は進んでいく。


 いいなぁ、私も犬が飼いたい。

 そう—— ひのりが考えていた時だった。


「………何?」


「……どうかした?ひのちゃん」


 ひのりは普段と変わらない家の中を見渡す。


「あ……、ううん。……なんでも、ない……。テレビ、かな……?」


 ひのり自身も怪訝(けげん)そうな顔つきで、後頭部に沿って黒髪を手で梳かした。誤魔化すように笑ったが、どうにも引っかかってしまう。


 わおおおん!と犬の……いや、狼の遠吠えが聞こえた気がしたのだ。まるで ひのりを呼んでいるかのような。


「大丈夫?風邪でもひいた?」


「ううん、熱は……ないみたい……。あ、さっきの終わっちゃった!」


 テレビの番組は既に終盤。

 あーあ、残念。

 もう、最後の最後で全然集中して観られなかったじゃないと、ひのりはカーテンが開けっ放しになった窓から真っ黒な外を何気なく見つめた。


 そして、よく分からない何かに引き寄せられる感覚を得たひのりは立ち上がり、何かに導かれるように窓際へと歩いた。

 ふと夜空を見ればキラリと星が流れている。


 そうだ、せっかくなら何か祈ってみようか。そう思ったひのりは、夜空に輝く星に向けて両手を合わせ……。


 ———いつか、犬が飼えますように!


 夜空に祈りを、未来に願いを込めた。それは14歳の少女の憧れた可愛らしい夢。

 それは幸か不幸か、直ぐに叶えられることとなる。


「えっ!?な、なにこれ!!?」


 祈りを星に捧げたその直後、星が集まったような輝きが ひのりの足元に出現した。


「ひのちゃん!?」


 困惑する数秒の間にも異変はさらに異変と化していってしまう。星を集めたような輝きは、白んだ光の柱となって ひのりを包み込み、足元からくる風に少女の黒い髪が舞う。


「お、おね。お姉ちゃん!わ!」


 わけがわからない状況に、ひのりは取り乱しながら姉に向けて手を伸ばしたが、光の柱に指を弾かれてしまった。


 ———あ、ダメ。待って!!


 いのりは、妹の強張る顔に自然と身体が動いていた。


「ひのりいいい!!」


 必死になって いのりが伸ばした手は弾かれることなく ひのりの指先に触れる。


 姉に強く引き寄せられた ひのりは、不安げな顔つきであたたかい姉の胸に顔を埋める。何が起こっているのか分からず、不安と恐怖がある中、ほんの少しの安心を求めて姉妹はお互いに寄り添った。


 二人を一段と強まった光が包み込み………。


「初めまして、白羽いのりさん、ひのりさん。わたくしは異世界の女神。女神です。まずは謝らせてください……」


 瞬きをした次の瞬間には、一人の女神が胸元で手を組んで微笑み、姉妹のことを待ち構えていたのだった。



            △▼



 姉妹の目の前には、女神がいた。

 うねる銀髪は足元まで長く伸びて、閉じられた瞳にあるまつ毛は長く、体つきは細く色白。少女たちの耳元に届く甘い声。細腕に付けられた腕輪は緩く、腕が動かされるたびに装飾の鈴がしゃなりと音を立てる。儚さと上品さを兼ね備えている女神だった。


 ——イセカイ?メガミ?なにそれ。


 二人の少女は、神々しい光をこれでもかというほど放つ女神を目の前にして、暫く呆然と口をぽかーんと開けた。


「実は貴方たちのことを誤って呼び寄せてしまったようなのです。いえ、特にお姉さんのいのりは、正真正銘巻き込み事故といいますか……」


「は!?いやいやぁ。あはは!え!!?夢か何か?」


(お姉ちゃん……困ってる……。あ————、)


 自然と目が動いた先の女神の足元には、自分たち姉妹を呼び寄せた要因——銀色の毛並みを持ち、小型犬くらいの大きさで、目がくりくりとしている可愛らしい狼が、ひのりよことをジィッと見つめていた。


「っ………!!!(か、かわいいい!!)」


 一人と一匹は目があった。

 その瞬間、ひのりのハートにはビビッと電撃が走り、もう女神と姉のやりとりは耳に入らない。


「ひのりさんは何かご質問、ありますか?」


「あの、この子、私にも飼えますか?」


「ん?え、あ、ええと……。ひのりさん、初めてのわたくしへの言葉が、それでいいのですか?」  



 余裕ある笑みを浮かべていた女神も、ひのりの発言は予想外だったのか、僅かに口の端をひきつらせた。


「そう、ですね。あのえっと、飼えないことはありませんが……。でもそれは元の世界というわけでは……。あの、聞いていますか?」


 女神からのたどたどしい返答を聞きながら、恐る恐る狼の毛並みに触れたひのりは、瞳を輝かせる。


「すごい、ふわっふわだわ」


「わぅー」


 ひのりは、犬—実際には犬ではなく狼だが—のふわふわの毛に戯れ付く。小さな小型犬サイズの狼は、気持ちよさそうな顔をして寛いでいた。


「……ひのちゃん、ちょっと適応力高すぎない?」


 未だ困惑しているのか、いのりはもふもふと戯れている妹にも動揺していた。


「んん、だって、こんなモフモフ!触っておかないと損だよ!?お姉ちゃん!」


「あの、おふたりとも…」


「うっわ!ホントだ!これはもうもっふもふだぁ。……うん、たしかにもうこのモフモフがあれば状況とかどうでもいいかも……」


「あの……。わたくしの話を……」


「わふ!」


「「か、可愛いー!!」」


 姉妹はお互いの手を握りあって「きゃー!」と盛り上がった。テンションの上がりように、狼もどゃぁっと自慢げな顔をする。パタパタと尻尾が揺れた。


「それでですね……?あなた方を……」


 女神の話など次の次だ。度々会話を遮られた女神は、黙り込んで肩を小さく振るわせた。


「っ〜〜〜!宜しくて!!?お二人とも!!?」


「「あ。はい。ごめんなさい……」」


 くわっ!と女神からの雷が落ちる。女神の怒声の迫力に、姉妹は思わず正座して縮こまった。


「……こほん。失礼しました。先ほども話した通り、お二人は神獣であるこの子に、天界への道へと導かれてしまったのです。本来であれば、この天界がある世界、あなた方からすれば異世界の住人が召喚されるはずだったのですが……」


 女神は神妙な面持ちになって話を再開し始めた。姉妹を、自分のパートナーに、ひのりを選んでしまった神獣である狼の毛を優しく撫でていく。


「しかし、この子が選んでしまったのは……。ひのりさん、あなたでした。そして、ひのりさんはこの子に応えてしまった……。普通であれば相互の同意でしか通じない召喚のゲートが開いたのは、その証拠ですわね」


 祈ってしまった。願ってしまった。ひのりは、神獣の呼びかけに確かにあの時応えてしまったのだった。


「はい、女神様。ひのりが召喚されて、私が自分から巻き込まれに行ったのはわかるけど、私たちを帰してくれたりはしないの?」


 いのりが元気よく手をあげて女神に尋ねる。

 その質問に、女神は「うぅぅぅっ」と申し訳なさそうに唸ると、肩をすぼめた。


「……ごめんなさい。それはできないのです。この子の呼びかけに応じてしまった以上、この子とひのりさんの契約は結ばれました」


「あの……、お姉ちゃんだけでも帰れないんですか?」


 首を傾げながら ひのりも姉に続いて質問する。


「えぇ、不可能です。少なくとも今は。……異世界同士の召喚は今回のような例外を除いて、相互の世界に多少なりとも影響をもたらす恐れもあるのです。再度召喚行うにしても、条件の一致と時空の魔力が満たされる必要があります」


「……因みにお姉ちゃんだけ帰るとしたら、いつ帰れるんですか?」


「十年後……いえ、ご、五年後……くらい、ですわね……」


「え?」


「五年後ですわ!えぇ!」


 にこにこ。女神はにこやかに微笑む。


「ん?」


「五年後ですわ」


 にこにこ。女神は微笑んでいる。


 ひのりは耳を疑って、何度も聞き直すが、女神の笑みを浮かべた表情も答えも変わらない。姉が五年後にしか帰れないということは、妹であるひのりも帰れる希望を持ったとて、五年後まで帰れないということだ。


「う、嘘でしょう……」


 ひのりの顔が青ざめる。とんでもない事に姉を巻き込んでしまったのだと理解したのだ。


「こーら!そんな悲観的な顔をしている子には、こうだぁ!!」


 いのりは、慰めるように妹の黒髪を撫で回した。


「わ!ちょ!?お、お姉ちゃん!?」


 驚くひのりに、いのりは明るく笑いかける。


「もー!なに、なにー!ひのちゃんってばお姉ちゃんが横にいるのに暗いよー?泣いても笑っても帰れない事には変わりないんだから!悩んでも仕方ないって!」


「お、お姉ちゃん……」


「異世界だよ!?どうせ帰れないんだし、楽しまなきゃ!こういう時は、行動あるのみ、あるのみー♪」


 いのりは既にこれから来る五年間に対してなんの不安もない。石橋は叩かなくても行けば何とかなるものだと思っている。

 全く。どちらの方が、適応力が高いのか分からない。


「……でも、異世界で五年間過ごすとして。女神様、私たちは異世界の常識も知識もないんですけど。どうやって暮らしていくんですか?」


 ふぅ……と、ため息をついたひのり。

 姉の行き当たりばったりな性格には、今まで困ってしまっていたが、今回ばかりは救われた。なら、ひのりは姉の代わりに石橋を叩いて渡ろう。


「そうですね。せめてものお詫びとして、お二人には初期資金と、アイテム、スキル、魔力を授けましょう。それがあれば地上へ降りても困る事はありません」


 《ピロリン♪》


 姉妹の耳に機械音が届く。通知に触れると、目の前にウィンドウが開いた。



【白羽いのり】LV1

 職業:魔導士

 スキル:魔力の泉




【白羽ひのり】LV1

 職業:テイマー

 スキル:一心同体、召喚

 契約獣:神獣




「それがあなた方のステイタス画面です。

 ひのりさんは既に神獣と契約済みですので、今のレベルでは他の契約獣の枠は……コストオーバーで召喚は不可能です。

 本当ならレベル1から職が決まっているの珍しい事なんですよ。内緒でお願いします」


 姉妹が自分たちのステイタスを眺めている間に、女神が人差し指を口元に立てて、茶化してみせる。


「わたくしからは以上になります。

 せっかく職業がついているので、冒険者になるのが良いと思いますわ。冒険者ギルドに近い場所を選んで地上に降ろして差し上げますから」


「ぼ、冒険者!?そんなこと急に言われても……!!」


 天界に来た時のように、星の輝きを集めた光の陣が二人を包む。


 ひのりは女神に更なる助言を得ようと、口早に言葉を並べたが、既に遅い。二人の体は、足元から吹く風で浮き上がっていた。


「大丈夫です。ギルドに行けば、窓口の方が色々教えてくれますよ」


 女神は、消えていく姉妹をにこやかな笑顔と、柔らかい仕草で手を振りながら見送った。


「お二人にどうか幸多からんことを。——天に願いを、女神に祈りを……」


「冒険者だって!!すっごい楽しみ!!頑張ろうね!ひのちゃん」


「もぉーーーーーーーー!!」


 楽観的な姉と頭を抱える妹二人は、こうして地上に降ろされたのだった。


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