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2章31話「月の輝く夜に」

 メルフリューは立ち止まって、兎族の少年の服を引いた。


「……シシル、止まって……」


「どうしたのメルフリュー。あ、わかった!もしかしてみんなに顔を合わせるのが気まずいとk………」


「そんなんじゃないわよ!!」


 シシルの頭に、勢いの良いチョップが投じられる。


「ぐふ!?」


「静かにして……」


「いてて……。どうしたのメルフリュー??」


 唇に人差し指を立てる少女に、シシルは首を傾げた。頭をさすって目にはちょっぴり涙を浮かべつつ、メルフリューの行動に疑問を持つ。そして直ぐに、周囲の異変に気が付いた。


「…………っ?!」


 “ナニカ”に囲まれている。


「コソコソと隠れていないで、出てきなさいよ!」


 グワッと声を張り上げれば、犬歯が口元から見え隠れする。メルフリューの尖った犬歯に、シシルは身体を小さく震わせた。


「………」


 メルフリューが口を閉ざせば夜の静寂に包まれる。音を立てるのは森の木々だけだ。夜風に吹かれてサワサワと葉を鳴らしている。


「……め、メルフリュー……」


「シシ……ル──────??!」


 静けさに耐えきれなくなったのか、メルフリューの側にそっと身を寄せるシシル。震えた手を、少女の細い首に伸ばして──────。


「ぐぅ………が………!?」


 ───油断した!!と、メルフリューは首を絞められながら顔を歪ませる。雲の隙間から月光が顔を出し、シシルの首に巻きついた闇色の蛇の姿を暴く。


 非力な兎族とは思えない程の力が、メルフリューの首に圧をかけてくる。首にかけられた手を解こうにもうまく力が入らない。


 こうなったら殴って蹴ってでも……そう思ったが、目の前にいるのは大切な幼馴染だ。いつもは力加減をしているがそんな余裕は今のメルフリューにはない。加減が出来ない状態で幼馴染に怪我でもさせたら───そんな不安と優しさが抗うための時間を奪う。


「ぐ、う……」


 息がうまくできない。

 手足から力が抜け出す。

 そのうちに膝がカクリと折れ、メルフリューは地面にへたり込んでしまった。


「………んの………っ、」


 意識が、遠のいていく。



           △▼



 また、夢を見ていた。


 蜂蜜色の髪をなびかせる少女が、こちらに笑いかけてくれていた。辺りを見渡すと、ピンク色の美しい花で一面が覆われている。それでも目線を奪うのは、咲き誇る花々ではなくたった一人の少女だった。


 暗闇を照らす月の花のようなその笑みも、耳心地の良いその声も、甘い金色の双眸も、白く華奢な身体も、少女の何もかもが狂おしいほどに愛おしい───。

 この腕の中に閉じ込めてしまいたくて。けれど、壊してしまいそうで怖くて触れられない。

 だから、甘い香りと暖かな日差しの中、裸足で桃色の花畑を駆け回る少女にハラハラとしながらも楽しそうな姿を遠くから見守っていた。


「───!!」


 不意に景色が遠ざかる。

 少女の声も姿も、花畑と共に小さくなって霧がかかる。


 いかないで。

 どうか置いていかないで。

 遠くに行ってしまわないで。


 無我夢中で追いかけようとしたところで、急な痛覚に起こされた。


「───いっっったーーーーーーい!?」


 ルーくんの回転した尻尾で頬を叩かれたヒノリは、何事かと困惑してしまった。キョロキョロと辺りを見渡して、まずは自分が今どこにいるのかを確認する。どうやら夕飯をたらふく食べた後、眠気に負けてしまったらしい。いつの間にかツリーハウスのベッドの上にいた。


「……なんだー……なんにもないじゃない。びっくりしたぁ……」


 安全な場所にいることを確認したヒノリは再び寝転んだ。


『あるじ!! あるじ、おきロ!!』


「ルーくん〜? なにーー? 私はもう今日は疲れましたぁ」


 寝ぼけた状態のヒノリを懸命に叩いてくる神獣に、口元のよだれ跡を拭きながら尋ねる。


(……やだ……。涎……いつのまに垂れてたのかな…)


 湿っていた目元の方も優しく拭ったヒノリの耳には、隣の部屋からはイノリやリアの弾んだ声が届いていた。特に何が起こったようには思えない。起こしてきた意図が分からず、正直このまま寝かせて欲しい。


(ねむいよー……ねむりたいよー……)


『のんきに寝てる場合じゃないゾ!! やな気配がするんダ!!』


「どういうこと?」


 ルーくんの一言で眠気は完全にぶっ飛んでしまった。純銀の神獣の前に正座をしたヒノリは、背筋を正して問いかける。


『前にダンジョンで遭遇したヤツの気配に似てるゾ!!』


「ダンジョンで……って……」


 ゾワゾワと寒気がして腕を見れば鳥肌が立っていた。前にダンジョンで遭遇してしまった変なモンスターのことは、あまり思い出したくない。


(……ひ、ひぃぃぃぃ……。やだやだやだっ)


 首を左右に振り、冷えた体を温めるように腕をさすった。


「そ、それで……、やな気配ってどういうこと? この島の中になにか感じたってことなの?」


 辺りを見渡した後、ヒノリは声を顰めてルーくんに耳打ちする。


『そうなんだゾ!! この島の中で、何か異変が起きたんダ』


「ルーくんが言うなら……そうなんだろうけど……漠然と何かって言われても……特に騒がしくなってる感じはしないし……」


『とにかく起きてるんダ!! この島の神獣がたすけてって言ってるんダ!!』


「この島の神獣が……って……。で、でもそんなこと急に言われても……私、どうしたらいいの?」


 お姉ちゃんに相談しないと……そう思ったヒノリは自然と扉へ目線が流れた。


『あるじが解決するんダ!!』


「でも、お姉ちゃん達にも協力してもらった方が……」


 服を引っ張って急かしてくるルーくんに戸惑ってしまう。


『だめなんダ!! あるじだけじゃないとだめなんだゾ』


「──────、わかった……」


 必死に訴えてくるルーくんの様子に負けて、ヒノリは重々しく頷いた。正直自分一人で行ったところで何ができるか分からないけれど……。


(ルーくんと一緒なら、きっと大丈夫……だよね……)


 ベッド脇に置かれていたリアの剣を取る。勝手に持っていけば怒られるかもしれないけれど、後でちゃんと謝ろう。


『あるじ、早く乗れ』


 剣の鞘を強く握り締めたヒノリは、頷いた。

 ベランダで大きな銀狼の姿になったルーくんの背中に跨がり、しっかりと抱きつく。


「行こう、ルーくん」


 あるじの言葉を合図に、狼は夜空を駆けた。

 月の光に銀の毛が照らされて、真っ暗な闇夜を駆け抜けるその姿は一筋の流星のようだった。


「……なんだ……あれ?」


 流れる銀光を、異なる場所で一人の青年が見つめていた。森の頂上にある島の神殿、その屋上で寝転んでいた青年は、不意な光に目を瞬かせる。起き上がって頭を掻き、眠たそうに欠伸をすれば、狐の4つ尾と耳を不思議そうに揺らした。


「………なんか、嫌な空気だな……」


 重い腰を上げた青年の足元へ、赤毛の九尾が擦り寄った。


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