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2章 29話「島の見学」

 イノリ達を先導するメルフリューが、耳を揺らしながら解説してくれる。


「この島は5つのエリアに分かれているの。

 一番海に近い水の村が兎族の居住エリアよ。

 そしてさっきの風の村が羊族のエリア。

 今向かっているのが中央の共通エリア、その上に猫族の居住エリア、一番高いところが神殿と神官でもある狐族の居住エリアがあるわ。

 観光客に見せられるのは、水と風の村、そして共通エリアだけよ」


「神殿はなんとなくわかるとして……猫族のエリアも?」


「……あなたねぇ……、どこも誰とも知らない人間を自分達の居住空間に入れられるわけがないじゃない……。ホント、兎族と羊族の気がしれないわ」


 イノリの質問に、メルフリューは身震いをしながら答える。尻尾の毛が逆立ち、本当に嫌悪しているのが伝わってくる。


「あははーっ!ここにいるけどねー兎族の一人がー」


「わ、私も……羊族のひ、ひとりだよぅ……」


 朗らかに笑うシシルと、半べそをかくセルシィ。各々の反応に、メルフリューはバツが悪そうに尻尾を揺らした。


「……わ、悪かったわ……言いすぎたかも。……嗚呼……見えてきたわよ。この先が中央の共通エリアよ」


 指し示す方向には羊族の村と同様に、ぽっかりと開けた空間があった。さらに進むと、ログハウスや、樹に絡ませるようにして建てられたツリーハウスが見えてくる。屋台などの露店も並んでいて、獣人の姿も多く、活気溢れるエリアだった。


 皆、召喚獣を連れていて、海ウサギや雲ヒツジだけでなく、仁王立ちする猫までいる。


 その姿に、ヒノリは目を丸くしてしまった。


「すごい……人。この大勢の人たち、みんな召喚士(テイマー)なんですか……?」


「うん!この島の人間はボクたちを含め、みんな召喚士(テイマー)だよ。まぁ、契約できる召喚獣や数は人それぞれだけどね」


「狐族は、少ない……ように見えるな……」


「そうね、狐族は神官を務めるから大抵は島の一番上の神殿に引きこもってるわ。ここにいるのは神官の中でも下っ端か、他種族との会合があった人か……とかね」


「へぇー、猫族の人はなんだか忍者みたいな傭兵みたいな格好をしている人が多いんだね」


「はぁ?ニンジャって何よそれ……。良く分からないけど、あたしたち猫族は、この島の警備を任されているから……」


 共通エリアの中央にそびえる大樹に建設されたツリーハウスを目指して、大樹をぐるりと囲むなだらかな坂を登っていく。


「このツリーハウスは、長老たちが会議をしたり、客人をもてなす為に使用したりするの。今回は、貴方達が寝泊まりするのに使うわ」


 優しい木の香りが包み込む部屋の中に、窓を開ければ心地の良い風が入ってくる。外を見れば共通エリアが一望できた。


「わーー眺めがいいー!ここホントに私たちだけで使っていいの?」


「えぇ、いいわ。救助した船員たちは、下にある外の人向けの宿舎で介抱しているから気になるなら行けばいいわ」


「えっ、あの人たちはこの村で介抱するんですか……?」


 こちらの驚きように怪訝そうな顔をしたメルフリューは、僅かに小首を傾げた後、理不尽にもシシルを睨みつけた。「まだ話してなかったのか」と言いたそうな表情に、シシルは頬を掻いて視線を逸らす。


「たはは……、いやぁ〜ボクってば忘れてたぁ」


「全く……。シシルとセルシィは、もう少しちゃんとしなさいよ」


 腕を組んだ猫少女は、怪我人を運び込んだ小屋の方へと視線を向ける。


「ホントはあたし、反対なのよ。いくら島の中で怪我をしたとはいえ、魔物(モンスター)が入った箱を運んで来たのは外の人間だっていうのに……」


「で、でも……猛毒だったから……。この島で処置をしないと……あの人たち、死んじゃうくらい、だったって……」


 セルシィの言葉にメルフリューは眉間に皺を寄せる。


「分かってるわ……だからちゃんと受け入れてるじゃない。でも今は大事な儀式の時期なの。嫌な予感が、するのよ……」


 そこまで言って猫少女は「あ」っと口を手で塞いだ。イノリ達がいる目の前で弱音を吐いてしまったからだろう。ツンとすまし顔に戻る。


「あなた達も、無闇に歩き回らないようにしなさいよ!」


「えーっと、もしかして心配されてるのかな?私たち」


「そうだと思うぞ」


「うん、私たちのことを心配してくれてるのかも」


「し、心配なんてするわけないでしょう!!?」


 イノリ、リア、ヒノリに心中を看破されてしまった猫娘は顔を真っ赤にして怒鳴った。


 初対面でその態度を見れば誤解されてしまうだろうが、イノリ達は違う。シシル達との会話を経て、メルフリューはとても分かりやすいことを知っていた。


 怒っているのも、照れているんだろうなーと微笑ましく流す事ができた。


「す……すごい……メルフリューを手玉にとって……」


「セルシィ……言い方、言い方」


 瞳を輝かせてイノリ達に感心するのセルシィを、シシルは苦笑しながら口元に人差し指を立てた。その合図にハッとした羊少女は口元を両手で押さえる。


 その視線の先で、


「っ〜〜〜〜〜!!」


 顔を真っ赤にしたメルフリューが、肩をわなわなと振るわせていた。


「……っ、も、もう!!もーーーーーなんなのよ!みんな揃って、あったかい太陽みたいな微笑みを浮かべてこないでよ!」


「あ……メルフリュー!?」


 シシルの静止も聞かずにツリーハウスを飛び出した猫娘は、坂を下らずに木から飛び降りて、あっという間にその姿を消してしまった。


「……怒らせちゃった……?」


「大丈夫だよ!メルフリューも本気で怒ってないから。メルフリューが本気で怒ったら目なんてこーんなに鋭くなって、そりゃあもうおっかないんだ」


 心配するヒノリに、シシルは無邪気な笑みを見せる。次いで、目元を手で細く伸ばして鋭さを表現する。元より柔和な顔立ちのシシルがやっても、怖い顔にはならず、ただの変顔になってしまっているけれど。

 怖くもない、寧ろ面白い顔に空気は和む。


「えへへ、ボクがメルフリューのことを探しておくから、君たちは共通エリアの散策でもしてていいからね!露店で美味しい果物とか、色々売ってるんだ」


「……あ、わた、私も……用事が……ある、ので……。ゆっくり、楽しんでください」


 そう言われたイノリ達はシシルやセルシィ達と分かれて島の散歩に出かける事にした。



           △▼



「お!ヒューマンのお嬢さん方、こっちを見てみないかね!新鮮な魚だよ!」


「こっちは果物さね!うまいよー」


「いやいや!島の織物で作られた洋服でしょう!」


 露店の主人が興味深そうにキョロキョロと首を回しているイノリ達にひっきりなしに声をかけてくる。声に釣られて店の主人と談笑し始めるイノリに、リアとヒノリは付き従う。


「この果物、イチゴみたいな味して美味しいー!見た目はりんごっぽいのに!」


「美味しいだろう、採れたてだよ。猫族自慢の果物さ!」


「へぇー!ひのちゃんもリアも食べてみて!試食させてもらえるって」


「……試食したら買わないといけなくなるんだが……ってもう遅いか……なら頂こう」


 苦い顔をしたリアが、爪楊枝を一つ取って果物のカケラを頬張る。それを横で見ていたヒノリは、緊張気味に尋ねた。


「………ど、どう?美味しい?」


「……美味しい……」


「……じゃ、じゃあ……私も食べてみる……」


 素直なリアの感想に、未知の果物への警戒心が薄れたヒノリ。爪楊枝を手に取って、パクリと果物を食べてみる。よく冷えた果実をシャクリと噛めば、甘酸っぱいイチゴの味が口いっぱいに広がった。


(いちごのシャーベットみたい!おいしいっっっ)


「ひのちゃんも気に入ったみたいだし、これ三つ買ってく?」


「ふははっ、そうだな。すまない、これを三つ」


「あいよ!一つはオマケだ。まいどあり!」


 果物が四つ入った籠を受け取ったイノリは、次なる店を目指した。村の織物で作られた服を試着したり、伝統的な飾り物を見たり、食べ歩きをしたり──────、三人は賑わう露店エリアを満喫する。


 さらには共通エリアのお土産屋さんなども寄ったり、ご飯屋さんで食事をしたり、露店以外の店も堪能した三人は最後に負傷した船員たちが看病されている宿舎へと赴いた。


 自分達も参加した戦闘の負傷者なのだ、見舞いをせずにはいられなかった。


 宿舎の中は静かだが、白い服装の獣人達が忙しそうに駆け回っている。イノリ達のことなど目に入ってないようだ。船員の容態は重いのかもしれないと、三人は目を合わせた。


 そんな三人に声をかけたのは、一人の少女。


「あ……みなさん……来られたんだ、ね」


 入り口で戸惑う三人を出迎えたのは、羊族の少女セルシィだった。


「あ、セルシィ。船員の人たちの様子は……その、重い……のかな?」


 濁しながら尋ねるイノリに、セルシィは苦い顔をして小首を傾げた。部外者ではあるイノリたちに、伝えて良いものなのかと逡巡したらしい。


「……う、うー……と……」


 伝える決断をしたけれど元より人見知りのセルシィは、目線を逸らし唇をモニュモニュと甘噛みして答える。


「う、うー………一応、解毒用のポーションを飲んで貰ったから……毒は抜けてるけど、えっとでも、強力な毒だったみたいで……毒による嘔吐や微熱は、回復薬(ポーション)じゃ、治らないから……」


「毒じゃなくて嘔吐や微熱か……、治療士(ヒーラー)は……流石に島にはいないか……」


「そ、そう……なんだよ。傷でも状態異常でもないから治療士(ヒーラー)しか…‥治せないから。看病は、大変なんだよ……」


 背後で慌ただしく働いている白服の獣人たちを気にしているのか、セルシィは目を泳がせながら何度も頷く。居心地が悪そうに胸の前で合わせた両手を固く握りしめていた。


「い、いま……王国に……派遣してくれないか、交渉、してる……ところ……で……」


「そうか……、確か王国は大陸随一の治療士大国だったな」


「う、うん……!そうなの大陸中の治療士を集めて治療士団を作ってて」


(お姉ちゃん、なんの話してるのかな…)


(なんだろうねぇ。お姉ちゃんも分かんないよ、ひのちゃん)


 会話に入れないイノリとヒノリは、無意識に目を合わせる。お互いにリアとセルシィの会話はちんぷんかんぷんだ。オフィーリアが身近にいるので治療士(ヒーラー)の存在は知っていた。けれど、回復薬(ポーション)で治らない症状があることや、治療士の絶対数がそもそも少ないことなど異世界からやって来た姉妹は知る由もない。


 イノリたちが蚊帳の外で待ちぼうけていると、奥から羊族の女性が一人ドスドスと歩いてくる。


「セルシィ……!ちょっと来ておくれ……って、なんだい。外からのお客さんの相手をしてたのかい。それならもつここはいいから、休憩しておいで」


「お、おばさん。……ごめんなさい……で、でも……」


 困惑する少女に、女は肩をすくめた。


「……セルシィ……あんたの気持ちは分かるけど、他のところの手伝いをしてきな。正直、手伝いは一人でも多く欲しいけどね、あんたには向いてないよ」


 一人でも多くの人員が欲しいはずかなのに、それでも要らないと言われてしまった少女(セルシィ)は、優しく諭すような女の物言いにしょんぼりと俯いた。それを頷いたと捉えたのか、女はさっさと会話を切り上げてしまった。


「じゃあ、お客人を頼んだよ!」


 再びドスドスと床を鳴らして奥へ引っ込んでいく羊族の女。後に残ったのは暗く重い静けさだった。セルシィが黙り、リア、ヒノリ、イノリとそれに続いて皆黙り込んでしまった。


「……」


「…………」


「「「………………」」」


(う……この重い空気どうしよう……)


 困ってしまった妹の代わりに動いたのは姉だった。羊少女に近寄って手を取ると、静まり返った雰囲気を壊すようくらい底抜けに明るい笑顔を浮かべた。


「案内をお願いしたいな!一緒に行こうよ、セルシィ」


「え、あ……その……。みんな、忙しい……のに……私だけ……」


 足元を見つめるセルシィ。その顔には、自分だけこの場を離れてイノリたちの案内をするなんて、他の人に申し訳ないと書いてある。


(うーん……でも、このままここにいても、それこそ私たちって邪魔になっちゃうしなぁ。セルシィもあんな風に言われた手前、此処には残りづらいだろうし……)


 少し考えたイノリは一つの行動をすると決めた。

 ニンッと口角を上げ、ムギュっと小さな手を優しく包む。


「さーレッツゴー!」


「っ!?……あ、あの……っ」


「……あー……お姉ちゃんってば……。もう、強引なんだから」


 急に腕を引かれたセルシィが大きく瞳を見開いた。当然だ。なにせ自分の気持ちはガン無視されて、強制的に外に連れ出されようとしているのだから。セルシィの中では伝えきれていない気持ちがグルグルと回転していた。けれど、混乱の星と仲良くダンスしてしまっている。


「……お姉ちゃんがごめんなさいセルシィさん。ちょっと付き合ってもらうしかないです……」


「えぇっ!?」


「あぁ、そうだな。もうこっちが折れるしかない」


「そ……そんな……っ」


 手を引かれるままに、セルシィはイノリ達と共に島の中を回る羽目になったのだった。


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