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2章 28話「神獣祀りし島」

 うさぎの耳を左右に揺らしながら、シシルは少女とその神獣を交互にまじまじと見つめる。


「───え、本当に? 本当の、本当の、本当に? ヒューマンの君が神獣さまを……召喚獣に?」


「そうだよ。私がルーくんのあるじですけど」


 あんぐりと口を開けた兎族の少年は、信じられない様子だった。


「……きみが、この神獣様の契約者……」


「そうよ。私が、ルー君の契約者だもん」


 兎少年の「これは本格的にマズイやつだや」という呟きは、ヒノリには届かない。何度も確認をされたせいで警戒心が高くなり、ルーくんをしっかりと抱きしめる。


「うーーん……ねえ、なにか問題でもあるの?」


「ひえぇぇぇッッッッ!」


 イノリが手を挙げて少年に尋ねると、反射的に悲鳴を上げてしまったシシルの肩が飛び上がった。キョドキョドと視線をさまよわせて明らかに怪しい。


「う、ううっ。なーんにもないよ、ないない!」


 シシルが必死に首を振った。手をバタバタさせてやっぱり明らかにどう見ても怪しい行動だった。


「……あーやーしーいーなー……ひのちゃんとルーくんに何かするつもりなら……」


 妹を抱き寄せるイノリの凄んだ表情に怖気付いたのか、シシルは耳をへたらせて懸命に首を左右に振った。


「ち、ちがうちがうちがうっ!! ヒューマンの召喚士(テイマー)は珍しくて……しかもその召喚獣が神獣様なんてびっくりしちゃったんだ!!」


「……いや、怪しいだろう。……船にいる時から、こっちを気にしていたし。なにかあるのか?」


 姉妹を庇うように立ち上がるリアにも睨まれたシシルは、完全に怯えてしまったようで、セルシィと身を寄せ合ってガクブルと体を震わせる。


「う、ううぅ……。……じ、実は島で急いで情報を回したら、神獣さまを保護しようって話になったんだ。……なったんだけどね!? で、でも契約しているってなったら、そんなわけにはいかないし……。けど、ヒューマンと神獣が契約してるなんて知ったら、絶対きっとメルフリューが怖いんだ」


「「「メルフリュー?」」」


 シシルの口から出てきた単語に、イノリたち三人が首を傾げる。人の名前だろうか。

 その時シシルの背後に隠れていたセルシィがサッと顔を青ざめて震え始める。


「そう、メルフリュー!! 猫族の少女で、()()()の中で一番カリカリしてるんだ」


「し、シシル……ま、待って……」


 セルシィが兎少年の口を止めたそうに青白い顔を横に振るも、シシルの口は止まらない。


「メルフリューにバレたら、ボク絶対睨まれて怒られるよ……。すっっっっごい短気な性格で……」


「───へぇー? 本当に怒られたくないなら、悪口はそのぐらいにしておきなさいシシル」


 リンッと鈴が転がる音がして、猫耳の少女が現れる。

 白い耳が不機嫌そうに動き、碧眼の瞳は怒ったようにギラギラと光っていた。白い尻尾を揺らすその少女は、シシルが怖がっていた存在(メルフリュー)だ。


「ぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ! め、メルフリュー……ええと、島の警護はもう休憩になったの? 今日も、いい感じの目つき!」


「元々今日は一日オフよ、オフ!………で、これが話にあったヒューマン?」


 ジロリと猫目のメルフリュー睨まれて、ヒノリは姉の背後に隠れるようにして体を縮こませた。この手のガンガン来るタイプは苦手なのだ。猫は好きなのだけど。


 シシルがヒノリの前に庇うようにして躍り出ると、茶目っ気のある笑顔でメルフリューの視線をガードしてくれた。


「……ええと、実はもう、神獣様は、彼女と契約なさってるみたいなんだ。だからもう神獣様を回収する必要はないんだよ!!」


「嘘でしょう!? ヒューマンが、神獣と契約したっていうの!?」


「う、嘘じゃないですけど……、ルーくんは私の契約獣だから!」


 先ほどから信じられないという目線はなんなのだろう。

 イノリはタイミングを見計らってシシル達へと尋ねてみる。


「ねえ、だから。ひのちゃんが神獣と契約していると何か問題があるの?」


 質問を聞いたメルフリューは、シシルを睨みつけながら首を傾げた。


「……あんた、この島のことなんにも話してないわけ?」


「あははーうん、なんにもったぁぁぁあ!!」


 可愛らしく頷いたシシルの頭に、勢いよくメルフリューの拳が降った。がつんっと痛ましげな音が鳴る。


「はぁ………まぁ、神獣を召喚獣にしてるっていうなら、話してあげてもいいわ。ていうか、よく聞きなさい」


 くびれのある細い腰に手を乗せたメルフリューは僅かに胸を逸らして自慢げに、一つ息を吸って口を開いた。


「───この島は神獣を祀り、そして神獣様の巫女を立てることで、世界の平穏を守っているのよ」


「…‥巫女……?」


 聞き返したヒノリに、メルフリューは頷いて説明する。

 巫女——それは女神が授けた神獣を正しく導く存在で、選定の儀によって選出されるもの。その選定は何年かに一度、神獣を顕現させる祭の時期に各種族の代表の中から一名のみが選ばれる栄誉あるもの……らしい。


「んで、今が巫女を決めるための儀式の期間ってわけ。島にとっては重要な儀式だから、今は外部からのヒューマン達の入島はなるべく控えているの。それから、そこのシシルとセルシィもあたしも代表の一人、あともう一人は神官の狐族からユウナギっていうイケすかない奴がいるわ」


 足と腕を組んだメルフリューが、ふんっと顔を逸らした。ユウナギという人とは仲が良くなさそうだ。

 シシルの言っていた「ボクら」とは、シシル、セルシィ、メルフリュー、ユウナギを指していたらしい。「四人の中でメルフリューが一番おこりんぼでー……」と口走った兎少年は瞬時に猫少女にキツく睨まれて、しょぼりと黙り込んだ。


「じゃあ、ひのちゃんは、アナタたちが言うところの神獣の巫女ってことなのかな? ……も、もしかして……この、ルーくんが、島に祀られていた神獣なの?!」


 元気よく質問をするイノリに、親しみを持ってくれたのか、セルシィが、指を胸の前で恥ずかしそうに編みながら、おずりおずりと答えてくれる。


「そ、その子は……島の神獣様、では……ない、よ。で、でも、神獣の契約者なら……巫女って解釈は……多分、あってます」


「多分じゃなくて、あたしたちからしたらそうでしょ! こっちには、巫女になりたくてもなれない種族だってあるのに……」


「ご、ごめんね……メルフリュー」


「なんであんたが謝るのよ!」


 ふてくされたような表情をするメルフリューに、イノリは合点がいくと、胸の前で手を合わせ、太陽のように明るい笑顔で残酷にも暴いてしまった。


「あははっ、そっかー。お姉ちゃんわかっちゃった! 自分がなりたい、だけじゃなくて他の種族の友達がなれないのが嫌なんだねメルフリューは」


「「え?」」


 普段から彼女のピリピリイライラとした態度に怖気付いていたシシルとセルシィは、揃って猫族の娘を見やる。その顔は呆けていた。二人の元から丸くて大きい目が、さらにまん丸になっている。


「………な、な、ななななななんでそんなことヒューマンに言われなきゃいけないのよ!!」


 ヒューマン達と同族を交互に指差して、メルフリューは顔だけじゃなく、耳まで赤くなって狼狽し、噛みまくりだ。イノリもヒノリも「猫や」という心の声はしまっておいた。


「あはははっ!! なーんだ、そうだったんだ! 嫌いになられちゃったのかと思った!」


「は!?」


「う、うん……えっと……よかった。いつも通りの優しいメルフリューで。儀式の期間になったら急に……冷たくなっちゃったから……」


「はあぁぁぁああ!? な、なんであたしが……あんた達を嫌いにならなきゃいけないの……。まぁ、ユウナギは別だけど」


 そっぽを向く猫少女に、シシルとセルシィは互いに目を合わせてあたたかい笑みを浮かべた。


「話に入って悪い……なぁ、巫女はもう選定されたのか?」


 獣族たちの友情が再結束したようだと、リアが手を挙げて会話に介入する。メルフリューの長くて白い尻尾がユラユラと揺れた。


「それは……まだよ。でも、神獣様の属性が火だから、風や水の召喚獣を扱うことに長けた兎族や羊族が神獣様に選ばれる確率は、残念だけど低いらしいわ」


 ヒノリはそれを聞いて思わず、膝で眠る銀色の狼を見やる。ルーくんは一体何属性なのだろうと。


「───で、あたし達の事情はもうほとんど話したわ。そっちのことも聞かせて。あなたは、その神獣様と契約して、何がしたいの?」


「え? えっと、仲良くこの世界を冒険して巡ってみる……とか、かな……」


 急に真剣な顔をしたメルフリューから尋ねられて、ヒノリは戸惑いながらも、なんとなく、この世界に来た時から漠然として持っていた目標を口にしてみた。


「……あんた、そんなことの為に神獣様と契約したわけ?……ありえない……」


 なぜかドン引きされるヒノリ。そんなに、変なことは言っていないはずだが神獣への考え方が違うのだから仕方がない。


「め、メルフリュー……。でも……悪い、人たちじゃ、ないんだよ……っ。村の風も……雲ヒツジ達も警戒してない……むしろ歓迎してて……。だいじょうぶ……」


「うん! ボクもこの人たちは良い人だし、平気だと思うよメルフリュー! 何しろわざわざトラブルに突っ込んできたような人たちだし」


 どうやら神獣の力を邪なことに使用しないか心配されていたらしい。いや、でも、そんなことってなんだ。そんなことって……なんて眉間に皺寄せたヒノリへ、イノリが乱雑に頭を撫でまわしながら、自慢げに言う。


「うちのひのちゃんは良い子だよ!」


「ああ、ヒノリはいい子だぞ」


『そうだぞ!! あるじは良い子なんだゾ!!』


「ふ、二人とも……恥ずかしいからやめて……ルーくんも」


 姉とリア、さらにルーくんにまで褒められたヒノリは、頬を赤くして顔を手で仰いだ。そんな姿に、メルフリューも警戒も少しなからず解けてくのだった。


 嘆息をこぼした猫少女は、腰に手を置くと口をもごつかせながら言う。


「………そう、神獣様が信じているなら……一旦は信用してあげる。この島の見学も一旦は認めてあげるけど、怪しい動きを見せたらその時は覚えておきなさいよね」


 メルフリューは踵を返すと家の外に向かって歩き始める。誰もがその行動を見守っていると、扉を開けたところでヒノリたちを振り返った。


「何してるのよ、あたしがこの島を案内してあげるわ。早くついてきなさい」



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