2章 27話「風の村」
乗客へ見学中止の説明をしに行ったシシルの代わりに、イノリ達に島を案内することになったのは一人の少女だった。
「は、………はじめ、まして……」
頭の左右に付いている湾曲した羊の角は、白いヘッドドレスからハミ出た飾りにも見えてくる。
フワフワと軽い若草色の髪は顔を隠すように結われ、茶色の瞳も愛らしいが、長いまつ毛でもその瞳を隠したがっているのか、茶色の双眸を恥ずかしそうに伏せてしまっているせいで、セルシィと目線は決して合うことがない。
「あ……あの……、わ、私は、セルシィ……。階段が続く、けど……つ、着いてきて、ね……?」
自信がなさそうに声を発するセルシィにあまりにもオドオドビクビクされるので、怖がらせることをしてしまったのではないかと心配になってくる。
「ね、ねぇ……もしかして……えっと、もしかしてこれを全部登っていくの?」
「うわぁ…‥結構たいへんそうだねぇ」
セルシィに案内された島の入り口で姉妹は立ち止まった。その先には森の木々を伐採して整備された道が……いや、丸太で作られた階段が果てしなく上へと続いている。
どこまで続いているのかわからない階段を見るだけで、体力のないヒノリは、うへぇと今から根をあげたくなってくる。自然と顔が険しくなっていた。
「あ、あの……。途中で羊族と兎族の村があって……、えっと、休憩しながらいこ……うね」
セルシィを先頭に、皆が階段を登り始める。
一段。
また一段。
またまた一段。
さらに一段、さらにもう一段。
黙々と皆が登っていく中、最初に音を上げたのは。
「──────つ、つら……」
十分後、ヒノリは震える膝に手をついて肩で息を吸っては吐いていた。
前を見れば、まだまだまだまだまだまだ続く階段の道が。
絶望しかない。
「ふぁいと、ひのちゃん。止まると余計に辛いよー」
「………ぜぇ……は……。なんでお姉ちゃんは、そんなに、元気、なの……?」
「足腰の鍛え方が違うからかなー」
「イノリ、イノリ、ヒノリがすごい顔になってるから。羨望と絶望と愛憎が混じったみたいなすごい顔になってるからな?」
やめておけと言わんばかりにリアが苦笑いで姉妹の間を取り持つ。
「もー仕方ないなぁ。ひのちゃんが歩けなくなったらお姉ちゃんがおぶってあげる!!」
「お………お姉様……っ」
「……ヒノリ、ヒノリ、イノリがすごい顔になってるから。可愛さ余って憎さ百倍みたいな顔になってるから」
コロリと手のひら返しをして目を輝かせるヒノリに、リアは嘆息を溢しながら姉妹の間を取り持った。
「ほらほら、お喋りもして元気出たでしょう ひのちゃん。もうちょっと頑張ろうよ」
「……確かに活力は出たけど……、がんばる……」
解せないまま顔を上げたヒノリは、セルシィの肩に手のひらサイズの丸い不思議な毛玉がプカプカ宙に浮いているのに気がついた。
「……あの子も、召喚士なのかな?」
「だと思うぞ。けどあたしも、あの浮いてるのは知らないな……羊族の村に着いたら聞いてみると良いんじゃないか?」
「さぁー! 頑張ろーーーっ」
「………おー……」
既にヘロヘロなヒノリは、姉の声に応じながらも弱々しく拳を天に向かって挙げた。
そうしてまた階段を登ること数十分後……。
「─────や、やっと羊族の村についたぁぁぁぁぁぁ〜………」
その場にへたり込むヒノリの頭を、イノリは撫でる。
「よく頑張ったねひのちゃん」
「もう一歩も歩きたくない……なんでお姉ちゃんとリアはそんなにケロッとしてるの?」
「もう少し頑張ろうなヒノリ」
「……泣きたいわ……」
弱音を吐きながらそれでもヒノリは、汗ばんだ額を拭い、腿を叱咤して立ち上がる。
深く息を吸い込めば、澄んだ空気が肺の中に取り込まれていく。爽やかな香りが感じられた。
(空気が…‥美味しい……)
頬を撫でるそよ風はどこまでも優しく心地よく、まるで自分たちを歓迎してくれているかのようだった。
「よ、ようこそ。……羊族の村───風の村へ」
セルシィが両手を広げると、そよ風が村を囲む森の木々達を揺らした。その音はまるで拍手をしているかのように聞こえた。
△▼
羊族の村には、柔らかで心地の良い風が滞留していた。
そんな空気の澄んだ村の中に建てられた一階建ての木造住宅は、森の一部を集落とする際に伐採してしまった木々を使っているらしい。
(……もこもこ、いっぱいいる……)
休憩のためにセルシィの家へ向かう道中、ヒノリは宙に浮かぶ不思議な毛玉を沢山目撃していた。
なんだろうと思いながらも聞けないままセルシィの家に到着してしまった。
「せ……せまいところだけど……ゆっくり、どうぞ……シシルも、も、もう直ぐ到着するって……」
「そっかー。あ、飲み物ありがとう」
「……これ、美味しいな……!!」
「う、うん……。これ……森で取れる果物……」
ツヤツヤとした木製のテーブルに腰をかけて、セルシィの出してくれた果物のジュースを飲んで落ち着いた頃、ヒノリは気が付いた。
(は! それより、今がこの子と話すチャンスなんじゃ!!)
「あ……あの、セルシィさんの肩にいるそのモコモコの……えっと……セルシィさんの召喚獣ですか?」
「ひゃ、ひゃいっ………私の召喚獣……だよ」
「そ……そうなんですね……」
お互い気まずくなって目を逸らしてしまった。
会話が広がらずに沈黙する二人の様子に痺れを切らしたイノリが笑顔で質問する。
「その子達はなんて種類の召喚獣なの? 海には海ウサギがいたみたいだけど」
「え、えっと……」
下を向いてモジモジとしてしまうセルシィ。
彼女のペースを待とうと、イノリは果実のジュースを一口含む。三口含んだところで、答えは背後の扉から返ってきた。
「セルシィー、ボクの代わりにお姉さん達を案内してくれてありがとう。雲ヒツジにも手伝うように指示してくれてありがとー!! ………ってあれ?」
「し……シシル……っ」
うさぎの耳が生えた少年の姿に、涙目になったセルシィが安堵した表情を浮かべながら駆け寄った。ブルブルと震えるセルシィに「うーん、やっぱりこうなったかぁ〜」と、シシルは苦笑いで羊少女の頭を撫でる。
「ごめんお姉さん達、セルシィって結構人見知りなんだ。うんうん、雲ヒツジについて聞かれてたんだ」
シシルに思い切り抱きついているセルシィから話題について聞いたのか、代わりに話し始める。
「この村にいっぱいいるモコモコは、羊族の相棒の雲ヒツジなんだよ!! 風魔法が得意でね、遠距離の通信とかもできるんだよ。それに、風魔法で小さいのに重いものも運んでくれるんだ」
兎少年は、羊少女の分も胸を張ってドヤる。
微笑ましいその姿に、イノリの頬は緩んでしまった。
「海ウサギに雲ヒツジかー。この森には他にも召喚獣とかいるのかな?」
「うん、いるよー。その子達はまた追々紹介するとして……ボクもすごく気になることがあるだ!! そのしん……じゃなかった召喚獣は誰が契約してるの!?」
「ルーくんか?この子は、ヒノリが……」
ルーくんの事を聞かれるとは思っていなかったヒノリは、何を聞かれるのだろうかと緊張して体を強張らせた。見たことない召喚獣だったら、神獣のこととかどうやって隠そうと考えると、背中に冷や汗が浮かんでくる。
「へぇ! 見たところ、ヒューマンだよね! すごいや、ボクはこの島に来た人しか見たことがないけど、初めてヒューマンで召喚士の人を見たよ!」
赤い瞳がルビーみたいに輝き、眩い光を放っていた。
「あ……ありがとうございます……。で、でもシシルくんの歓迎会も凄かったです。どういう風に契約獣と連携を取ってたの!?」
「へへっ、ありがとう。あれはね、絆の深さかな! それにしても……うわぁ……本物の神獣様だぁ!!これが神獣様かぁ、神獣様なんだぁ。かっこいいやー!」
「けほっ!けほ、けほっ」
え? 今、神獣って言った??
え? え!? 今、神獣って言った!?
ヒノリが動揺して咳き込み、そんな妹の背中をさするイノリも困惑してしまったのか妹に抱えられているルーくん同様に目を白黒させてしまう。
ルーくんが神獣だと知らないリアは「神獣?」と呟きながら首を傾げた。
「───ねえ、お姉さんたち……その神獣様は、本当にそのお姉さんの召喚獣なのかな?」
先ほどと変わらない明るい笑顔に声なのに、ヒノリにはそのシシルの笑顔が、声がそれまでと同じ純粋なものには感じられなかった。シシルの真っ赤な双眸には、こちらを探るような警戒するような感情が混じっている気がする。
(ルーくんを見て神獣と分かるくらいだし、神獣について何かを知ってる……? それとも獣人の中で神獣は神聖な存在なのかな……)
話しても信じてもらえるか分からない。
でも───、
「……うん。ルーくんは私の契約獣です」
ヒノリは真っ直ぐにシシルを見つめ返してハッキリとそう告げた。




