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2章 26話「ルペーニ島」

 イノリ達を乗せた船がルペーニ島に到着し、浅瀬に浮かぶ桟橋の横で停止した。

 目の前には遠目で見た時と変わらない、緑豊かな森と、それを囲む白い砂浜が広がっていた。森の中のところどころに集落があるため、外からだと森にぽっかりと穴が複数箇所空いているように見え、そして森の上層部は快晴だというのに不自然にも霧がかかっていた。


「やっと着いたー!! 楽しみだねひのちゃん」


「うん、そうだね……」


「ひのちゃん? おーい?」


「何か別の事が気になってるみたいだな」


 別の事に意識を向けているヒノリは、姉やリアの声はあまり届いていない様子だ。

 気になったイノリが妹の視線の先を追えば、そこにいたのは獣人のシシルの姿。


「ははーん……?」


「何かわかったのか?」


 首を傾げるリアに、イノリは自信ありげに頷いた。


「ゆっくり運べよー!!」

「おーい、こっちも手伝ってくれー」

「おいおい、なんだってこんなに量が多いんだ今日は」

「あるだけ運べ、乗客も待ってるんだ」


 船の船員によって、次々と木箱が島の浜辺に運ばれていく。交易品が降ろされることになり、乗客が降りるのは荷下ろし後だ。


「悪いな坊主、こっちにもサインもらえるか?」


「任せて! …………うん、大丈夫そうだね」


 シシルも船員の誘導や木箱の数の確認、受け渡しの事務処理、海ウサギへの作業指示出しなど、ヒノリが話しかける隙がないほど忙しそうにしていた。


「………なんて声をかけたら…‥私も召喚士(テイマー)なの……とか?いやいや最初は自己紹介から……?」


 大人に囲まれるシシルの業務を邪魔してはいけないと分かってはいるけれど、今後、声を掛けるタイミングがあるかも分からない。タイミングは大人の垣根が割れた時にでもとは思うのだが、シシルと船員の会話が途切れることはなさそうだ。


「会話時間も短い方が良さそうだし……結論から言った方がいいかしら……私にも秘訣を教えて欲しいとか………、あ"……」


 手をこね回してもじもじしている間に、気が付けば相手(シシル)は船から降りてしまっていた。


「はぁ……私のばかぁ……」


 しょぼしょぼと肩を窄めたヒノリは、二度目の溜め息を溢した ──────そんな時、砂浜から喧騒が響き渡る。



「「 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっっ!」」


「「「───っ!?!?」」」


 複数人の男が出した悲鳴を聞いた、船内に残されていた乗客の顔に不安の色が滲む。ヒノリも周囲の反応と同じくイノリへ寄り添うと、姉の服を頼りなさげに握りしめた。


「……これ、何か向こうであったんだよね。何があったんだろう」


 そっと妹の手に自分の手を重ねたイノリは、リアに目配せをする。


「……そうだな……緊急事態みたいだ」


 厳しい面持ちになっていたリアは、縛っていた髪を二束に分けて持って左右に軽く引いた。緩んでいた結び目がギュッとキツくなり、リアの気持ちもギュッと引き締まる。

 手をかけた剣の鞘が、自分の出番を主張するようにカチャンと音を立てた。


「あたしが確認してくるから、二人はそこに居てくれ」


「ううん、私も一緒に行くよ。ひのちゃんはルーくんと一緒にここにいて」


 頷き合ったリアとイノリは、船上にヒノリだかを残して船から飛び降りる。


「……あ……お、お姉ちゃんっ。リアっ」


 姉たちのように直ぐに動くことが出来なかったヒノリは、ポツンと甲板に立ちすくむ。


「……っ……」


『あるじ……どうするンダ?』


 腕に抱えたルーくんが伺うように見上げてくる。だがその視線は、行くべきか行かないべきか、追いかけるか追いかけないかで葛藤しているヒノリを焦らせるだけだった。


「……ぅぁああああああぁぁもうっっっ、もうっっ!!」


 段々と自分自身に苛立ってしまったヒノリは、その場で地団駄を踏む。意思の決まったヒノリは、顔を上げてルーくんをしっかり抱きかかえた。


「ルーくん、私たちも行こう!」


『よしきタ!! あるじ、頑張レ』


 甲板の端へ姉とリアの背中を追いかけて走ったヒノリは、船の手すりに片手をついて──────、


「──────……… 、…………………………………。((の、乗れないッッッッ))」


 姉たちのように格好良く船から飛び降りてみたかったのに、片手でだけでは手すりの上に登れないことに気が付いてしまった。心の中で羞恥を叫びながらも無表情に手すりを見つめたヒノリは、ゆっくりとルーくんを降ろす。


「……よいしょ……。こほん、それじゃあ行こう! ルーくん」


 不格好に手すりの上によじ登ったヒノリは、肩に飛び乗ってきたルーくんと一緒に、船の上から浅瀬へと飛び降りた。ふわりと黒い長髪が舞い踊り、透明な海の水がバシャンッと跳ねる。


「ひょわ……っ。濡れたぁぁあー……ぇえーい、もういいわっ」


 グショリと濡れた服もそのままに、ヒノリは砂浜の方へ駆け出した。


「お姉ちゃん、リア……!! なんでこんなに大量のモンスターが?!」


 砂浜には、船員を小型モンスターから守る姉たちの姿があった。


「ひのちゃん、待ってて言ったのに……!!」


「だって置いていきぼりは嫌だし………それよりどういう状況なの!?」


 主人を守るべく巨体化したルーくんが鋭い爪でモンスターを倒していく傍で、ヒノリはイノリに説明を求める。「うーん……それがさぁ……どうにも公益品の木箱から出てきちゃったみたいで……」砂浜には木片が散乱しているし、イノリの言葉は本当のようだけれど。


「でも………でも……モンスターが木箱に詰められてて大人しくしてるなんて考えられないけど……」


「それは、お姉ちゃんもそう思うよ。今は考えてる場合じゃないけど、ね……!! 毒のあるモンスターだから足元気をつけてひのちゃん!!」


 風魔法で蛇や蜥蜴(とかげ)型のモンスターを切り刻みながらイノリは言う。


「ちょ、え……や。わ、私……遠距離型の戦闘スタイルなんだけど……!!」


 姉の短剣を拝借したヒノリは、たたらを踏みながらモンスターを倒していく。


 ───そうしてようやく、モンスター騒動が落ち着いた頃にはもう少しで昼間の太陽から夕日に変わってくるような時間帯になってしまった。


 モンスターは撃退したが、砂浜の上で座り込む船員の中には毒を受けてしまった者もいる。顔を顰める船員達から痛みに耐える唸り声が上がっていた。


「やっと終わったー」


「小型モンスターだけにすばしっこくって手を焼かされたな……。これからどうするんだか……」


「うん、そうね。船員の人たちの手当もあるだろうし……」


 一人でこの状況を収めるのはさぞ大変だろうとシシルの方へ視線を向ける。するとそこには大人しそうな少女と頷きながら会話をする厳しい顔持ちのシシルがいた。

 羊の巻角や耳、尻尾があるので、シシルと話すあの少女もこの島の獣人なのだとわかる。


 シシルは少女との会話が終わると、次は船の責任者と会話をし始める。何やら懸命に説得をしているような素振りがあった後に、体格の良い責任者の男は何かしらの内容に了承したらしい。倒れていない船員を連れて船へと戻っていく。


 その時ふと、疲れた表情をみせたシシルとヒノリは目が合った。少年は慌ててイノリやヒノリ、リアの元へと駆けつけてくる。こちらに来るなりシシルは三人に頭を下げた。


「う、うわぁぁぁぁ……ごめんね、バタバタしてたからお礼が遅くなっちゃったよ。今回は助太刀をしてくれて本当にありがとう!!すごく助かったよ」


 申し訳なさそうな顔、感謝を伝える時の笑った顔も、兎の耳はへにょりとしなれていた。


「気にしないで!! 力になれてよかったよ」


「嗚呼、イノリの言う通りだ。あたし達も船に戻ろう。今からは島の見学も出来そうにないし……」


(……そうだよね。きっと、中止になっちゃうよね……そんなぁ〜……)


 俯くヒノリの腕に抱かれたルーくんを一瞥したシシルは、空笑いをする。


「あはは……うん、実はそうなんだ。ボクは今から乗客の人たちに島の見学の中止を伝えてくるよ。けど……、君たちさえ良ければ、船には戻らず島の中でボクたちにお礼をさせて欲しいんだ!!………どうかな?」


「もちろん、喜んで……!!」


 シシルの言葉に反射で顔を上げたヒノリは、姉が断る前に頷いてしまっていた。


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