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2章 24話「出航までに」

 西に向かう馬車に揺られて4週間後、イノリ達はついにルバルダン国に辿り着いた。

 あと三日もすれば出航日なので、ギリギリの到着になってしまったけれど。


 門兵に案内されるまま王都に足を踏み入れれば、ブローザルト国とはまた違う雰囲気が視界に広がる。赤煉瓦などの建築物が多く、どっしりとした御伽の国のような雰囲気のブローザルト国。対してルバルダン国は国民の住居から王城に至るまで、白壁や緑色の屋根の建築物で統一された、清涼感ある爽やかさが感じられる雰囲気だった。


 王都は海に面しているのだと聞いたが、流れてくる風にどことなく潮の香りが乗っている気がする。


 白い綿雲が浮かぶ青い空には、白い鳥がミィミィ鳴きながら悠々と飛翔していた。


 そして———、

  門を超えた先で、豪華な馬車を背にイノリ達を待っていたのは。


「お待ちしておりました。イノリ様、ヒノリ様、リア様……。エイン坊ちゃんより丁重にもてなすよう仰せつかっております」


 青と白のメイド服に身を包んだ女性が、三人に頭を下げた。そのタイミング—— メイドの挨拶を待っていたかのように、その女性の背後に停まっている馬車から一人の小柄な少年が降りてくる。


 エインと同じ黒髪に、どこか似た容姿の少年。一目でエインの血縁だと分かるその少年は、イノリ達の前まで来ると、人懐っこい笑顔で口を開いた。


「はじめましてっ!! 僕はクオン・ジーンデです。エイン兄上から皆さんを屋敷で、もてなすよう頼まれています。どうぞ、我が家へおいでください」


「……君が、船のチケット取ってくれたって子……?」


「え……? ああ……それは僕ではなくて、僕らの叔母です。一先ずお疲れでしょうから、どうぞ馬車へ。みなさんがくつろげるよう屋敷の準備をしておけと、使用人に命じていますから」


 愛嬌のある笑顔と態度に押し切られるようにして、イノリ達は馬車へと乗り込み、しばらく揺られることになった。


「……なんか、段々と豪華なお家が増えていく気がするんだけど……気のせいじゃないよね」


「お姉ちゃん、気のせいじゃないみたい」


「……どう見ても貴族の屋敷だし、貴族の馬車だし、貴族の子息の格好だろう……あたしはさっきから胃が痛くなって来た」


「あはは……っ。冒険者なんてやってる変わり者の兄上が紹介してきた客人なんです。どうか、身分は気にしないでください。兄上にもそう言われてますから」


 苦笑するクオン。


「あ、我が家はもうすぐですよ」


 ——— 着いた先は、見事に豪邸だった。

 屋敷がもう一つ入りそうな広大な庭に、その奥にある白い壁で緑の屋根の本邸は、6つの建物を合体させているようだ。周囲の屋敷よりも一際大きいのが分かる。


 本邸の玄関前で停まった馬車からクオンが降りれば、待ち構えていた大勢の使用人が腰を折って頭を下げた。


「「「「 おかえりなさいませ、クオン様 」」」」」


 その動きは訓練しているのか、誰一人遅れる事なく、綺麗に揃っている。

 その圧巻の光景に、イノリやヒノリ、リアは、ぽけーっと呆けてしまった。


「ミオリ、お客人の案内と世話は任せる」


「よろしいので……? 坊ちゃんの側を離れる事になりますが」


「別の使用人を僕に付けろ」


「承知しました。お待たせしました、お客様。さぁ、こちらへどうぞ……」


「は、はいっ」


 クオンの姿はイノリ達と別方向へと消えていく。

 ミオリと呼ばれていた女性は、一階の客間へ彼女達を案内する。そこはソファーと机の置かれた寝室の一部屋だけだったが、それだけで今まだ泊まっていた宿二部屋分の広さがあった。


 天蓋付きのベッドが三つ、もはや部屋にしか見えないクローゼットが一つ、猫足のテーブルとソファー、品の良い調度品に、窓には紺色のカーテンと、白く薄いレースカーテンが付けられていた。


「………すっっっごい……」


 ごくりと唾を飲むイノリとヒノリ。

 二人の顔には、エインやオフィーリアは一体何者なのだと書かれていた。


 それを察したのか、ミオリがイノリ達に断りを入れた後に教えてくれる。


「エイン坊ちゃんは、ルバルダン国の四公爵のうちの一つ、ジーンデ公爵家のご長男であられます。つまり、次期公爵でいらっしゃいます」


 三人の間に、衝撃が走る。


「「「 っっっこうっっっっっっ!?!? 」」」


 この世界の知識に疎いイノリとヒノリも、流石に公爵の地位が高いものだと想像がつく。

 まさかそんな、エインやオフィーリアが、ここに来るまでに貴族だとは予想していたが、まさか公爵家の子女だったとは。


「その様子ですと、やはりエイン坊ちゃんはお立場を明かさずに冒険者をされているのですね……。驚かせてしまった事……坊ちゃんに代わり、謝罪いたします」


 きれーーーーいに頭を降ろすミオリに、たじろいでしまった三人は慌てて口を揃える。


「いやいや、ミオリさんが謝ることじゃないよ!! 」


「そ、そうですっ。エインさんも理由があって言い出せなかっただけで……」


「むしろあたしの方こそ、気がつかなくて悪かった!! 時々、護衛と自称する冒険者は来ていたが……そうか、あの人たちは本物の護衛騎士達だったんだな」


「……恐れ入ります……お客様」


 ふっ……と口元を緩めたミオリの目元が優しく細まった。表には決して出されていなかったが、彼女の中にあった、イノリ達に対する警戒心も一段階下がったことで、表情と声が僅かに柔らかく変貌したようだ。

 ふわふわとした白金色の短髪を揺らして、ミオリはまた腰を折る。


「それでは、紅茶をご用意して参ります。何かありましたらお呼びください」


 音も立てずに扉を閉めてミオリは退室し、客間にはイノリ、ヒノリ、リアだけが取り残された。


「………ふぅ……なんだかちょっと、びっくりして息が詰まっちゃった……」


「ヒノリもか……。あたしもだ……」


 ヒノリとリアは、ソファーにぐったりと腰掛ける。その側でイノリは冒険者の装いから私服に着替え、短い髪を耳の下で二つに結う。


「ひのちゃんもリアも、のんびりするなら着替えた方がいいよ!!」


「お姉ちゃん、元気だなぁ〜……」


「ふふふー、お姉ちゃんはなんなら屋敷の探検まで出来ちゃうくらいには元気!! やらないけど」


「もうっ!! びっくりすること言わないでよお姉ちゃんっっ」


「ごめんごめん、お姉ちゃんが今どのくらい元気なのか伝えたかったんだよー」


「冗談言わなくてもお姉ちゃんが元気なのは十分すぎるくらい伝わってくるから、とりあえずソファー座って落ち着いて欲しい……」


「さては、お姉ちゃんに膝枕してして欲しいだけだなぁーひのちゃん」


「しーらないっ」


 声を弾ませたヒノリが、ソファーに腰掛けた姉の腿に頭を乗せる。妹の明け透けな知らんぷりが可愛らしくて、イノリは「ふふっ」と笑みをこぼした。


「そうだ。まだ乗船日まで三日もあるし、観光とかしたいよね!! あとはエインの親戚に挨拶行かないと行けないし……」


「公爵家の親戚だろう? となると、恐らく貴族に違いない。そんな急に貴族と面会できるわけがないからな、先ずはミオリさんにその親戚とやらに面会日を設けて貰う方がいいな」


「そっかー。じゃあ戻ってきたら聞いてみよっか」


 丁度その時、コンコン扉を叩く音がした。ミオリがカートに茶器などを乗せて戻ってきたのだ。


「——— ご挨拶……で、ございますか……」


「そう、エインが乗船チケットをくれた親戚には必ず挨拶しておいてくれって言ってて……この紅茶、美味しいっ」


「承知しました。面会ができるよう手続きを整えておきます。ただ……この三日以内に……というのは、非常に難しいと思われます。皆様がルペーニ島から戻りになられた後になってしまうかと……」


「そっかぁ……それならしょうがないね。ルペーニ島から帰ったら挨拶しに行こうかな!」


「かしこまりました。では明日、皆様のドレスを仕立てる必要がありますね。丁度お嬢様の分を仕立てる予定でしたので、明日一日、お時間をくださいますか?」


「…………………………………ほわ? ドレス?」


 何故に????

 イノリとヒノリが不思議そうに首を傾げ、リアは何か勘付いたのか顔が青くなっていく。


「……エイン坊ちゃんから、お聞きではないのですね……。坊ちゃんの言う()()とは————、」


 言葉を一度区切ったミオリは、再度口を開く。


「この国の、王妃様でございます」


 恭しく告げられたその内容に、イノリとヒノリは目を丸くし、予感が当たってしまったリアは目を閉じた。


「「 ………え………っ 」」


「……やっぱり王族か……」


 まさかの王族、それは挨拶する必要もあるというものだ。

 頭では分かっていても、イノリもヒノリも事実に心が着いていけない。

 今日、遠くに見えた一際高くて大きなあの城に、数日後には行かないと行けないなんて信じられなかった。


(え……むり、むりむりむりむり……なんでそんな急に偉い人に会う事になっちゃった!? )


(ど、どーしよう。お姉ちゃんも私もマナーとか分かんないよぅ)


「……ご安心を。王妃様はお厳しい方ではありません。坊ちゃんの方から、それとなくお目溢しいただけるようにお伝えしておきます」


「「ミオリさん……っ」」


 マジ女神かっっ。

 両手を絡めた姉妹は双眸を輝かせながら、目の前の出来るメイドを崇めた。

 その視線に困惑の色を見せたミオリは、目を伏せながら首を小さく横に振る。


「いえ……お二人に感謝されることは何もありません。嗚呼……それから、ルペーニ島から戻られた暁には、最低限の面会マナーは頭に叩き込んで差し上げますのでお覚悟を」


「……ひえっ……」


 リアの口から、悲鳴が溢れた。

 ミオリは気配りが完璧な仕事が出来るメイドなだけではなく、飴と鞭の使い分けが上手いメイドでもあったらしい。


「じゃ、じゃあ、今のうちにいっぱい遊んでおくぞーー!! おーー!!」


「お、おー!!」


 梅干しを食べた時のように酸っぱい顔をしたイノリが、拳を挙げる。釣られてヒノリも拳を掲げてみせた。


「ミオリさん、明後日は観光したいんだけど、いい場所教えて欲しいなー」


「お任せください。最適なルートをご提案いたします」


「やったー。ありがとうございますっ」


 ——— そんなこんなで、ドレスを仕立てたり、観光をしたり、冒険に行ったり、忙しない日々を送った三人は、ようやく乗船の日を迎えたのだった。



ようやっと次から2章冒頭のルペーニ島です。


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