2章 23話「西の国へ」
——— 話は1ヶ月前に遡り、中央国ブローザルトでのこと。
その日——ダンジョンから無事に帰還した日。
食堂でご飯を食べていたイノリたちは、後からやってきたエインとオフィーリアにも、リアが新しくパーティ入りしたことを報告した。
「リアさんに信頼できる人ができて良かったです!! 今日はお祝いも兼ねて、ですね」
「そうだな!! パーティ結成おめでとう三人とも。リアはこれからも、あんな山小屋でいいなら居候してくれて構わないし、俺たちは大歓迎だし、その辺は気を遣わないでくれ」
「うぅ……ぐす、ぐすっ。ありがとう、エイン、オフィーリア」
恩がある二人への報告に、緊張していたリアは、エインとオフィーリアのあたたかい言葉で身体がほぐれてしまったようだ。涙腺も決壊していた。
「リアちゃんは、涙もろいですよね……パーティが分かれたくらいで、オフィーもお兄ちゃんも腹を立てたり、お別れしたりなんか絶対しませんよ? 」
妖精、いや天使、はたまた女神のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべたオフィーリアがリアの髪をゆったりと撫でる。何度も後頭部を上下するその手に懐柔されてしまいそうになったリアは、堪らずその場から飛び退いたした。
「オフィ……オフィーリア、急に子守りをしないでくれッッッッ。うっかり眠気に負けてしまいそうになっちゃったぞ」
「子守りっっ!? オフィーはただ頭を撫でていただけですよ」
「あーなんだかわかるな。オフィーは時々、催眠術師かと思うくらいの手腕を発揮するんだよな……いてっ」
ポカリッ。
むーっと唇を尖らせたオフィーリアが抗議するような目線をエインに向けながら頭を小突いた。可愛らしくムゥッとした顔をする妹に、兄は笑いながら謝る。
「ははっごめんって」
「むぅぅぅ……っ。怒ってるんですよ」
仲の良い兄妹のじゃれ合い現場を側から眺めていたイノリとヒノリには言葉を挟む場所はなかった。
もちろんリアも同じ気持ちだったに違いないが……。
「……あふぅっ……!?」
間を持たせる為、居心地が悪そうに食べたドリアで舌を火傷したらしいリアは、スプーンを落として勢いよく席を立った。
リアが大きく揺らした長椅子から落っこちそうになったオフィーリアをエインは慌てて支える。
「あわ、あわわっ……」
嫌な予感しかしなかった。
「「 あ 」」
バランスが取れなかったリアは、そのまま後ろにひっくり返り、ガタガタァァァァ!! と派手な音が食堂に響き渡る。
「「「「 ………………………………………………… 」」」」
「ぅ……いたたた……、そ、そんな生暖かい目で見るのはやめてくれぇぇぇぇぇぇっ」
リアは半泣きになった。
△▼
「———さて。それじゃあリアも落ち着いたところで、俺たちから君たちへパーティ結成祝いを持ってきた」
「「プレゼント!? /プレゼントですかっ」」
イノリとヒノリの目は同時に輝く。
まさかそんな用意してくれるなんて思っていなかった。
「……ん? でも、私はヤギ鳥にパーティ結成のお話はしてなかったと思うんですけど……」
「ぎっっっっくぅぅぅぅぅぅぅ」
ヒノリの疑問に、エインの肩が大袈裟に揺れた。
「ふふ、ごめんなさい。お兄ちゃんは元々お二人に渡そうと思ってた物をパーティ結成のお祝いにしようとしてるだけなんです」
「オフィーっ。しーっ、しーっだろ。お祝いで貰った方が嬉しいだろ」
「それで、何をくれるの?」
(お姉ちゃん……もう少し謙虚にもらおうよ……)
「ふふーん、見て驚いてくれ。なんとなんと、ルペーニ島への乗船チケットだ。一枚で三人乗れるんだ」
ジャジャーンッと得意げに出されたのは、一枚の横長のチケット。
エインが言っていた通り、ルペーニ島という場所へのチケットらしいのだが、姉妹にはただの紙切れにしか見えなかった。「ルペーニ島……!?」唯一リアだけが、そのワードに反応していた。
「……あれ? なんか……反応悪い……? 喜ぶかと思ったんだけどなぁ……」
予想外に盛り下がった姉妹達の様子に、エインは頭を掻いて苦笑した。
「えっと……ごめん。私たち、あんまり地理とか得意じゃなくて……ルペーニ島のことあんまり知らないんだよね〜……あはは」
「そう……なのか……。……それなら仕方ないよな……わるい」
イノリはエインからチケットを受け取る。
チケットには乗船日時と、乗船場所が記載されていた。
「そんなに有名な島なんだ」
「嗚呼、まぁ……。簡単に言うと召喚士の獣人が住む歴史ある島だ。で、一番近いルバルダン国ってところからだけ観光船とか貿易船が出ているんだ。
観光客が乗れる船のチケットは、便数も流通枚数も少ないから……自分で言うのもアレだけど、結構レアものなんだよ」
「召喚士って、ひのちゃんと同じ……」
「そう。元々、召喚士って獣人が就いていることの方が圧倒的に数が多いんだ。偶にヒューマンにもヒノリさんみたいにいるらしけど。だから、参考になることもあると思うよ」
「あ……ありがとうございます、エインさん……貴重なチケットを態々取ってくださったんですか?」
驚いて純粋無垢な目を丸くするヒノリに、エインは気まずそうに目を逸らした。
「あー……悪い。実は、ルバルダン国に住んでいる俺の親戚から送られてきたんだ。偶には顔を見せろって……。チケットに関しては乗船日の日程が合わなくてさ……捨てるのも勿体ないし……」
「な、なるほど……!! で、でも、ありがとうございます」
「いや、こっちこそ悪いな。プレゼントなんて格好つけて実のところ入手源も親戚なんてさ」
「ううん、貴重なチケット譲る相手に選んでもらって嬉しいよ。今日はいっぱい食べていってー。もう食べてると思うけど」
「もうっ、お姉ちゃんが奢るわけじゃないでしょっ」
「ちっちっちっー。言葉の綾だよ、ひのちゃん」
あっけらんかーんと笑うイノリに、ヒノリは嘆息を吐いた。
「こっほん。えーと……私たちじゃなくて女将さん達のおかげなんですけど、いっぱいあるので食べたいってくださいね」
「ありがとうございます、ご馳走になります。っね、お兄ちゃん」
「あんまり期待されても……。俺もそんなにいっぱい食べられないけどな……?」
「そうだな。エインは案外少食だ」
苦笑を浮かべるエインに、彼より先に食べていたリアはペースを落とすことなく食を続けながら同意するように頷いた。
「……リア、君は意外と食べられるよな……」
「あたしは騎士だからな!! 例え満腹でも気合いで詰め込んでみせるっ」
握り拳を作り「むんっ!!」と気合いを入れるリアに、一同は皆思った。
(((( 気合いで入っちゃうんだ……。というか騎士なのに気合いでなんだ…… ))))
「……ぷは……」
周囲の空気察して、最初に吹き出したのはイノリだった。イノリの頭には「気合い」と書かれたハチマキを額巻いたリアが、リスのように頬袋をパンパンにしているイメージが浮かんでしまっていた。
「ふ、ふふっ……」
姉の声に釣られて思わずヒノリも肩を揺らす。ヒノリの頭の中には、目に炎を宿して「うぉぉぉぉぉぉっ」という威勢のいい叫びを上げながら、目の前の料理と対峙しているリアの姿が浮かんでいた。
「あははははっ!!」
「ふふふ、ふふふっ」
揃って笑い声を上げる姉妹に、エインもオフィーリアもそしてリアも不思議そうな(いや、戸惑うような)顔をして、姉妹を見つめる。
「ごめんごめんっ。なんかリアが可愛かったし、皆んな同じこと思ってる感じが面白くてさ」
「か、かわ……!? あ、あたしの、どのへんがだ……っ」
「それもありますけど、お姉ちゃんと笑い合ってるのが変に面白くなっちゃって」
「お二人は、やっぱりとっても仲良しなんですね……!!」
「オフィー……これはただツボが浅いのが遺伝してるだけだと思う……」
「もう、あたしを揶揄うなら最後まで揶揄ってくれ……!!」
賑やかな食堂を、厨房から女将は肩をすくめながら、亭主は穏やかな笑みを浮かべながら見守っていた。その目は我が子、いや孫たちを見つめるような目線だった。
「——— はぁぁぁぁぁ………美味し……かった……」
「もう、食べられない……うぷ」
「ふ、ふふふ……これは……オフィーも動けないですね」
「お………俺も……限界だ………」
死屍累々。
テーブルに額を突っ伏して、死にそうな顔をしている4人を他所に、宣言通り気合いでショートケーキ最後の一欠片を口に運ぶリア。他の四人にはない生気を唯一その目に宿していた。
「ふぅ……、なんとか食べられたな……皆、大丈夫か?」
「あの量を食べ切るなんて、あんたら無理しなくても良かったのに。消化にいいお茶を持ってきてやったからこれでも飲みな」
カラカラ笑う女将が、薄緑色の茶を人数分テーブルへ置いた。爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
「……あ、なんかこれなら飲めそうかも……」
「私も……」
重たい体に優しい味がした。
「……ああ、そうだ……」
お茶を飲みながら食休みしていると、エインが何か思い出したように渋い顔をしながら言った。
「……ルバルダン国へ行ったら、俺の親戚に会うことになると思うんだ。嫌じゃなければ会ってもらえないか? ちょーーーっと、いやかなり、無理強いしてでも会って貰わないと困るっていうか……会うことになると思うっていうか」
「エインの親戚に? 私は平気だよ。チケット貰ったお礼はするべきだもん」
「はい、私もです。お姉ちゃんが会うって決めたなら問題ないです」
「あたしもイノリとヒノリに着いていくだけだからな。問題はないぞ」
三人の返事にエインはあからさまに安堵しているようだった。ほーーっと息を吐いて胸を撫で下ろしていた。
「オフィー達も別の用事でルバルダン国へ行くんです。きっと向こうでも会えますね」
「本当!? 嬉しいなぁ」
「オフィーもですよイノリちゃん!!」
手を繋ぎ合って和気藹々と会話をする姉とオフィーリアを横目に「羨ましいな……」なんて考えてしまっていたヒノリは邪念を追い払いながら、しっかりしなくちゃとエインに尋ねる。
「それで、どこで親戚の方にお会いした方がいいですか? エインさん達と合流してから……とかですか?」
「いや、この入国書があれば役人が自然に案内してくれるよ」
一枚の便箋をヒノリは渡される。
(……よ、用意がいいな……)
「……あの、エインさんは、どうしてここまでしてくれるんですか……? この封筒だって、用意するのに時間がかかりそうですし……」
思わず聞いてしまった。
信頼できる人だとは認識しているけれど、口から溢れてしまった。
(……しまった。もう少し聞き方があったわよね……)
口を抑えても、もう遅い。
おずおずとエインを見やると、頬をぽりぽり掻いて困ったような笑顔を浮かべていた。
「入国書はチケットに同封されてたものだから気にしないでくれ」
エインは言葉を続ける。
「……それで理由だったよな。その……俺はルバルダン出身でさ。この街に信頼できる知り合いがあんまり居ないんだ……。今回チケットを譲る相手は、確実に信頼のおける奴じゃないといけなくてさ。なにせ入国の招待状付きになるわけだし……」
「でも、チケットはそのまま捨てるってことも……」
「え? だってヒノリさんは召喚士だろ? だったら君たち以外に条件に合った人はいないよ」
「それは……まぁ……」
目をぱちぱちとさせるエインに、これ以上の腹の底はないと判断したヒノリはお茶に目線を移した。
(……やっぱり、失礼なこと聞いちゃったかな……)
ぎゅっとティーカップを両手で包み込んで、冷えた指先を温かい飲み物の温度で中和させていく。固くなった気持ちをほぐしていく。
「……悪い、急に距離を詰めすぎたよな……」
「そうですね、お姉ちゃんとダンジョンで随分仲良くなったみたいで驚いてます」
「ヒノリさん、目が怖いぞっ!? いいいい言っておくけど何にも変なことはしてないからな?」
「……変なこと……? ……お姉ちゃんに悪戯なんてしてたら、オフィーリアさんに報告してます」
「っ……それだけはご勘弁をぉぉぉぉっっ!! ……って、本当に何にもなかったからな…!? …………はぁ……、君たちやっぱり姉妹なんだな……姉妹揃って俺の弱点を正確に掴みすぎじゃないか……?」
どうやら姉も似たようなことを言ったらしい。
お茶を飲み干したヒノリは、体の力をふ……っと緩める。
「ごめんなさい失礼なことばっかり……。あの、チケットと入国用の便箋、ありがとうございました」
頭を下げるヒノリに、意表を突かれたようなエインが数秒置いて口を開いた。
「……気にしないでくれ。良ければ俺の故郷の国を楽しんでもらえると嬉しいよ」
そう言って、年上の余裕からなのか柔らかな笑顔を浮かべたエインは、ヒノリ達を送り出してくれた。




