20話「ダンジョンから地上へ」
正確には19話②の話。
「———— で……? ようやく歓喜の気分は落ち着いたのかしらお姉ちゃん」
イノリ、ヒノリ、リアの三人と、ルーくんの一匹は、まだ試練の間の中だ。
姉の腕からようやく逃れることができたヒノリは、目を細め、腰に手を当てて、正座をしている姉の目の前で仁王立ちしていた。むむむむ……と、頬を膨らませている。
「え……えーっと……ひのちゃんおこってる、よね……」
「………」
姉からの問いかけに、ヒノリの眉根が寄った。
怒っている人にそうであるかを聞くなんて、神経を逆撫でするだけなのにお姉ちゃんてば全く仕方がないな……。
ヒノリは神経が逆撫で荒れるどころか、シスコンフィルターのせいで怒りが一段落下がってしまったけれど、それでもまだ怒りは収まっていなかったのかツンとした顔を保つ。
「怒ってますけど?」
「ひぇ……っ。ど、どしようリア……ひのちゃんってば完全に怒ってるよ」
「話を聞いていると、あたし的にはイノリが先に謝った方が良さそうだぞ。ダンジョンに行かないって言ったのに破ってこんなところまで来ちゃったんだろ……?
っていうかイノリの方が姉なんだし、これってあたしに聞く話か……?」
青い顔色で涙ぐむイノリは身体をガクブルガクブルと震わせ、近くに居たリアへと助けを求めた。が、リアは助けを求めてられても困った笑みを浮かべることしかできないらしい。
「うぅ〜……勝手にダンジョンに来ちゃったことについてはごめんってばー。嘘吐いちゃったことも好奇心を抑えられなかったことも謝るから許してよー。あ、でも、それを言うならお姉ちゃんだって怒る事あるよ!!」
「へぇー。でもまだ私のターンなんですけど」
妹の雑であしらう言い様に、イノリはムッとなって立ち上がった。
「ひのちゃんこそ、私は夕方くらいまでに帰るつもりだったのにどうして追ってきちゃうのかなぁ。……お姉ちゃんがどれだけ心配になっだと思ってるの! 話を聞くと、危険な目に遭っていたみたいだし、道に迷って中層部階に行ってたみたいだし……」
「なにそれ……」
ヒノリは一度言葉を飲み込んだ。「それはお姉ちゃんもだよね? 一人でダンジョンに行って、なんでか一人でボスモンスターと戦っていたし……危ないことしてたのはどっち!?」と、込み上げた感情任せに発してしまいそうだったのを、グッと堪える。
怒っているのは、嘘をついた事でも置いていかれたことでも、窒息しそうなくらい抱きしめられた事でも、肩を掴んでグラグラ揺らされたことでもなんでもない。
(まぁ……ちりつもでも怒ってはいるけどねっっっ)
そういえば、ダンジョンで姉を見つけたら言ってやろうと思っていた事があったのだった……と、ヒノリは不意に思い出す。
「……私だって、」
けれどヒノリの口から溢れたのは、想定してた台詞とは違うものだった。
「私だって……、お姉ちゃんが一人でダンジョン行ったって分かって……、すごく、すごく心配した……。置いていかれたのも……寂しくて、悲しく、なった……」
その声は、小さな子供のように不貞腐れていた。
「嗚呼、なぁーんだ……」
イノリは、ほんわりと笑った。
先ほどまで落ち込んでいた元気のない声でも、怒った声でもなく、底抜けに明るい声だ。
妹に対して思わずムッとして怒った口調で言い返してしまったが、不貞腐れている様子を見て、これ以上は怒れなかった。そろそろ仲直りする時間だ。意地になりやすい妹のためにも姉である自分がまずは謝ってあげようとイノリは決めた。
「お互いに、心配し合いっこしてたんだね」
妹の頭へ手を伸ばしたイノリは優しく微笑んだ。
「怒ったりしてごめんね、ひのちゃん。ひのちゃんも、お姉ちゃんのことを心配してくれて、それで怖いのに頑張ってきてくれたんだもんね。……置いていってごめんね、ひのちゃん。心配させてごめんね……ありがとう、ひのちゃん」
お互いのわだかまりを解すように、優しく、丁寧に、イノリの手がヒノリの頭を撫でていく。
「む、む、む……別に……。……もういーよ」
姉に撫でられただけなのに、自分の中の緊張の糸が緩んでいくのが分かる。
折角なのでもっと怒っておけばよかった……と、いう思いが頭を過ったけれど、もういいやとヒノリは姉の手に甘えることにした。
(……なぁーんか、ほだされた気がするわ……)
エインとも合流し、イノリ達は上層部階を目指して歩いていたのだが、姉の横に並んで歩くヒノリは、納得のいっていない顔をしていた。
「ひのちゃん、まだなんか怒ってない? もう謝ったじゃん。機嫌直してよ〜」
「機嫌は直ってるもん。直ってるけど……お姉ちゃん、なんかズルい……」
ヒノリは、むー……っと、頬を膨らませる。
「お姉ちゃんが? なんで?」
はてはて、なんのことやら、と言いたげな目線がヒノリに向けられた。
「……分かってないのも含めて、なんかズルい……」
「なんかって、なに!? え、えー……そんな得体の知れないもののことで、ズルいとか言われてもなぁ……。えー……うーん……最終的に、ひのちゃんは、お姉ちゃんが好きってこと?」
「………………………………………………………………………… そ………」
ヒノリは姉の破天荒な発言に絶句した。
けれど何となく、その発言が当たらずとも遠からずな気がして、肯定も否定もできなかった。ぶわわ……っと、頬が赤み帯びたのに気がついて、唇を噛み締める。
「……………、」
「待ってぇぇぇっ。ひのちゃん!? ひのちゃん!? お願いだから、なんか言ってよぉぉぉぉっっ」
「——— っ〜〜……、し、知らない……!!」
ルーくんを抱えて、先に上層部階に繋がる階段を駆け上れば、背後から「えぇー……ひのちゃーん……待ってよー」と、姉の泣き言が聞こえてくる。
『あるじ、イノリが凹んでるゾ……』
「いいの!! 偶にはお姉ちゃんも、私の背中を追いかけてみれば、いいのっ」
姉よりも先に上層部階へ足を踏み入れれば、リアが心配そうに待っていてくれた。
「大丈夫か……? なんだかイノリの半べそかいたような声が聞こえてくるが……」
「大丈夫です。喧嘩じゃないですから」
「そ、そうか……? そうなのか? あたしには、兄妹が居ないからな……姉妹同士の喧嘩とかも、よく分からないんだが……」
「問題なしっ、です!!」
ででーーーーーん☆っと、ヒノリは自信満々に言い切った。
「………、そうなんだな……!!」
ホロリと目から鱗が落ちる感覚になったリアは、ヒノリの言葉を信じることに決めた。
「あれ……そういえばエインさんは……」
「オフィーリアが心配だそうだ、先に帰ったよ。上層部階に着いたら安心だし、あたしは二人と帰りたかったんだ」
「そう、ですか……」
何故だか緊張気味にそわそわしているリアの様子が気になる。サプライズでプレゼントを買ってくれていた姉が、いつ渡そうかとドギマギしながら機会を見計らっている時と同じ雰囲気だ。
こういう時は、なにげなーーく話題を振ってあげるのが妹というもの。
「……リアさん……、私たちと帰りたかった理由でもあるんですか……?」
「んへぇ!? い、いや……ほらっ、エイン達が先に帰った事を伝えなくちゃいけなかったしな!」
「……あー……えっと、そうですよね〜」
お互いにヘラリと笑い合う。
全然なにげなーーーく、いけなかった。
(お姉ちゃーーん、助けてぇぇぇっ)
『あるじも一回イノリに謝った方がいいと思うゾ』
「え? なんで?」
自分の考えがルーくんに筒抜けなのを忘れて目を丸くしたヒノリの耳に、タイミング良く姉の声が届いた。救世主! と、嬉々として振り向いてみれば、姉がこちらに向かって飛び込んで来るところだった。
輝かせた双眸から一瞬にして光が消えて、顔が青ざめる。
「ちょ、お姉ちゃ……ぐぇ……」
「ひのちゃーーん!! 置いてくなんて酷いよーーっ。お姉ちゃん寂しくなっちゃったよーーっ!!」
「お姉ちゃん……苦しい……」
「ごめん、ごめんっ。って……あれ、エインはもう帰っちゃったの!? あー……分かった、待ってね。んーーーーと……さてはオフィーリアに怒られるのが怖くてさっさと帰ったんだね」
「……ううん、オフィーリアさんが心配なんだって……」
「ふーーん………」
「っ!!」
偶然にも、イノリとリアの目が合ってしまった。
ドギマギと肩を揺らしたリアの態度に首を傾げたイノリは「うーん? うーーん?」と唸りながら唇を尖らせて言った。
「なーーんか怪しいなぁ……リアってばなんか隠してない?」
「ヘァあ!? い、いや、何も隠してないぞ〜」
隠していないと言いながら、明らかに何かを誤魔化そうとするように少女の目が泳いでいた。ますます怪しさが増していく。口をモゴモゴさせて恥じらっている様子に姉妹はお互いに見つめ合って思考の推察だけで会話する。
(なんだかリアさんから私たちに言いたいことがあるみたいだよね。どうしようかお姉ちゃん)
(うーん、言いにくいことなのかな。お姉ちゃんてばちょっと直接聞き過ぎちゃったかな?)
「……よしっ!! それじゃあ街にさっさと帰って、それから3人でご飯でも食べない?」
イノリは、とびきり明るく笑った。
街の場面については次の話で。




