19話「ダンジョンボスの攻略」
「———— 騎士のあたしが先にいく!!」
最初に動いたのは、リアだった。
後頭部の高い位置で一つに結われた銀色の髪が激しく揺らめき、純白の鎧を着た体はボスモンスターを目指して駿足で駆け抜けていく。鋭く細められた黄緑色の双眸は常に敵に向けられ、桜色の唇は固く結ばれている。その横顔は騎士然とした凛々しいものだった。
「ルーくん、リアの援護をお願い……!!」
『任せロ、あるじっ』
続いてヒノリが召喚獣へと指示を下し、それを受けた銀色の狼が一瞬のうちにリアと並走する。
その様子を見ていたイノリは、自分自身が先ほどまで戦っていた経験を基に、ボスモンスターを攻撃するにあたっての道筋を素早く頭の中で描いた。
「私の魔法を囮に使って……!!」
魔法を使う為に魔力を体外へ放射する。
イノリの足元、そして《セイレンド》の頭上に、深紅の薔薇の如く魔法陣が咲き乱れると、ボスモンスターの意識は其方へと向かった。
「キイイイイイイ……」
———あれ……なんか、今かも。
ヒノリは直感的にそう感じた。
リアに教えてもらった魔法を使うのは今なのだと思った。
自然と体が動き、ヒノリは姉の声が出る前に弓を構えて矢を弓の弦につがえていた。「【付与魔法: 光魔法】……」矢尻に金色の魔法陣が出現すると、矢全体を優しく淡い光の粒が覆い始める。後はこれを引くだけだ。
「ひのちゃん、今だよっ。頭を撃ち抜いて……!!」
姉の声と共に、矢を放った。
弦を張った弓に見送られた矢は、光の軌跡を描きながら風を切って飛んでいく。あっという間にリアもルーくんも追い越し、ぐんぐんと飛翔距離を伸ばしていく。
——— パァァァァンッ。
矢は、《セイレンド》の眼球を射た。矢尻が眼球に突き刺さった瞬間に、花火のような白い閃光が爆ぜる。その矢に付与されていた光属性によって、矢の攻撃威力は格段に跳ね上がっていた。
「ギ……ギィィィィィィィィギャァァァァァァァ!!」
モンスターのつん裂くような甲高い悲鳴が試練の間を埋め尽くす。
イノリへ向かうはずだった《セイレンド》の反撃魔法が停止する。硬直による妨害を受けなかったイノリの魔法は止まらない。少女は魔法を解き放ち、解き放たれた魔法—— 【炎魔法・火球】がボスモンスターへと降り注いだ。
火球の塊がモンスターの身体にぶつかって弾け、そして対象の身に移った真っ赤な炎が大きく燃焼していく。
空に浮かびながら、のたうち回るように身体を捻り動かし暴れるボスモンスターの眼前に、壁と止まり木を蹴って空中に跳躍したリアが躍り出る。
(モンスターの翼が……!! )
空中で身動きが取れないリアに危機が迫っていたのを見たヒノリの喉奥が、ヒュッと鳴った。
声が出ない主人に代わってルーくんが言う。
『危ないんだゾ』
怒り、暴れ狂う《セイレンド》の翼に叩き落とされそうになったリアをルーくんが咥えて攻撃を回避。『……行ってこイ……!!』ルーくんの口から放り出されたリアは、モンスターの頭上に落ちながらも剣で3度空気を切りつけた。
雷の属性を纏った斬撃が3つ飛び、モンスターの身体を傷付ける。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ————!!」
気合を込めた声と共に、リアは片翼を剣で削ぎ落とす。
「ルーくんっっ。【魔力砲】ぅぅぅっっ」
リアの着地時間を稼ぐ為、敵をノックバックさせる決断をしたヒノリが、腰を曲げて腿に手の甲を置き、腹に力を入れながら神獣へと新たな指示を叫んだ。
『グルゥァァァァァァァァァーーーーーーッ!!』
先に着地していたルーくんは、雄々しい咆哮で大きく口を開ける。純白の光線を口の魔法陣から解き放った。
体内で練り上げた高密度の魔力の塊であるその光は、残る片翼を貫いた。
翼が欠け、穴が空き、空中に留まることが出来なくなった《セイレンド》の巨体は試練の間の床へと落下していく。
「うわ……わわ……っ。ま、待て待て待て待て待て待て待てぇぇぇぇーーーーっっっ」
頭上に影がかかったリアが上を向けば、巨体がどんどんと間近に迫ってきていた。リアはペシャンコになってしまう自分を想像し、その場で慌てふためく。今からでは巨体に下敷きなされる運命しか見えなかった。「リアさん……!! 逃げて……!!」ヒノリは悲鳴を上げる。
———— っと……。
床を蹴る小さな音がした。
主人の悲鳴に、銀狼の体は素早く動いていた。
『ぼーっとしてる暇はないゾ!!』
「ふぎゅぅっ!? す、すまないっ」
床を蹴って飛んできた銀狼が、リアを咥えて共にその場から離脱する。モンスターの身体は、ルーくんの銀色の尻尾の先を掠めなから地面に不時着した。
「……よかった……」
リアとルーくんが無事なことに安堵したヒノリの側で、今度はイノリが、ボスモンスターに休む暇を与えないよう、間髪入れずに演唱を行う。
「【炎魔法・火球】!!」
太陽のように燃える炎の球が《セイレンド》に降り落ちていったその時 。キィィィィィィィィンンンンンッッッッという耳障りな高音の超音波が、モンスターの口から放たれた。片っ端から火球が凍りついていき、球体から槍のように尖った氷の氷柱へと変貌する。
「お姉ちゃんの魔法が、奪われた……!? なにそれ、ずるい……っ!!」
「ひのちゃん、危ない!!」
氷の槍は《セイレンド》の思いのままに操られているようにだった。こちらに向かって飛んでくるのが見えた瞬間に、目を瞑ってしまった妹の腕を引き寄せたイノリは咄嗟に防御壁を魔法で張った。
「ごめんね、ひのちゃん。思い切り腕を引っ張っちゃった。痛くない? 大丈夫? 怪我はない?」
「う、うん。大丈夫……なんともないわ、ありがとうお姉ちゃん。それよりなんか肌寒い……ような……」
姉の腕の中でヒノリは、自分の息が白くなっていることに気がついた。ブルブルと小さく震えていた肌を手で擦り、体温を上げようと試みる。
周囲を見渡せば、モンスターを中心にして冷気が広がっていた。細雪が頬に触れてジワリと溶け、冷たい液体に変わる。それが皮膚伝って落ちる前に、皮膚が凍りつく前にヒノリは頬を拭った。
「お姉ちゃん、どうしよう。どうやって倒せばいいの……? 無闇に突っ込んでいったら凍りそうな勢いで、モンスターの周りが吹雪いてるけど……」
「うーん。どうしようねー……お姉ちゃんも考え中……とりあえず突っ込んでみる?」
「お姉ちゃんが凍ったら、どうするの? 助けるのはこっちなんだけど……」
「そこはよろしく、ひのちゃん☆ いてっ」
ヒノリのチョップが炸裂した。
「お姉ちゃんは、もっと真剣に考えて。ふざけてないで」
「ぶー……ひのちゃん、なんか冷たくない? お姉ちゃん泣いちゃいそ〜くすん、くすん」
「冷たくないもん、普通だもん」
涙も出ていないのに涙を拭うふりをする姉から、ヒノリは顔を背ける。今はこんな会話をしている場合じゃあないというのに、全くこの姉は—— などと、そんな風に考えているヒノリ自身も周囲から見れば随分と緊張感がないように映っているとは気が付いていなかった。
二人の様子を見かねたリアは、ルーくんと共に駆け寄ってくる。
「ヒノリ……と、えっと……とにかく二人とも集中するんだ!!」
イノリの名前を知らないリアは口籠ってしまった。
「お姉ちゃんだけじゃなくて私もですか!?」
「モンスターから目を離している時点で、ヒノリも一緒だ。どんな攻撃が来るか予想が付かないんだ、気を抜いたらダメだ」
「……言いたい事はわかりますけど、釈然としないです……」
(……なんか、ひのちゃんがすごい懐いてる!? え、えー! )
人見知りな妹の成長している様子は感慨深いけれど……。
「……くすん。お姉ちゃん、なんだか寂しいなぁ……」
「……なんで……?」
妹は顕現な顔で首を傾げた。
嬉しいけれど、少し寂しい姉心は伝わっていないらしい。イノリはとりあえずその話題を横に置いて、リアへと手を差し出した。
「えーっと、こんな状況だけど……。妹がお世話になった……のかな。姉のイノリだよ!」
「こんな状況の今する話か!? ……あ、いや……、あたしの方こそ。あたしはリアだ」
差し出された手を握り返さないのも気が引けたらしいリアは、自身も名前を名乗りながらイノリを手を取った。
「って……ちがーーーうっ!! あたしも絆されてどーするっ」
うがーーっと喚いたリアの瞳が、《セイレンド》の動きを捉えた。
「二人とも何かくるぞ」
姉妹がボスモンスターを見れば、いつの間にか吹雪の渦が消えていた。翼の回復はないが両肩の傷口は氷で塞がれ、消耗していた魔力は回復しているようだ。
「ギュルルルル……キイイイイイイイイイイイッ」
吹雪の吐息と、吹雪の複数の渦が、イノリ達を襲う。
「私の後ろにいて……!!」
牙を向く寒波に炎魔法で対応したイノリは、妹たちを庇うようにして仁王立つ。吹雪の風は二手に割れ、横から攻めてきた吹雪の渦に合流した。巨大な風の渦2つが、イノリ達の両側からゴゴゴゴゴっと巻き込まれればすり潰されてしまいそうな音を立てて迫り来る。
『あるじ!! こっちはオレがブレスで吹き飛ばしてやるゾ!!』
「うん、分かった。じゃあルーくんお願いっ」
姉の後ろで、ヒノリは横を向く。
前からの攻撃は姉に任せて。
「じゃあ、あたしはこっちの渦をなんとかしてみせる!」
リアは剣を構えながら横を向き、前からの攻撃はイノリへ任せ、ヒノリへは背を預けた。
「ルーくん、吹き飛ばしちゃって……!! 【魔力砲】」
『がうぁ……ッッッッ』
閃光の渦が、巨大な吹雪の渦をかき消した。
「あたしも、行くぞ。……【付与魔法:雷魔法】、スキル《剣舞》発動」
剣にばちばちと電流が走り、スキルを発動させたリアが剣を4度降れば斬撃が渦を切り付ける。
「これで終わりだ。やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 」
最後にリアが雷属性を纏った剣で直接切り付ければ、吹雪の渦は消滅した。
「お姉ちゃん……!! 終わったよ」
「こっちもだ!!」
「ぅ……ぐ……私も……これで……」
背で二人の声を受けたイノリは、奥歯を食いしばる。
(何か《セイレンド》が怯むようなそんな瞬間があれば……いいのにっ)
「——— 【月の光よ、星の輝きよ、どうか私の呼びかけに応えて欲しい】」
(え……ひのちゃんが、演唱してる……!?)
背後から聞こえてくる妹の声。
魔力の流れが変わり、ヒノリ自信が魔法を使おうとしているのを肌で感じる。
「【我は神獣と絆を結びし者。月の奏者を担う者】……」
月が歌ってきた詩よ、星が紡いできた物語よ、絆の詩を、光の唄を奏でましょう、紡ぎましょう。過去と今、今と未来を結びましょう。
「【祈り、願え】」
姉を守りたいと、姉の力になりたいと、ヒノリは力を渇望する。
「——— 【星々の加護】」
青白炎と桃色の炎が乙女の形を取り、乙女の持っていた稲穂の先から垂れた雫が、ヒノリに攻撃力上昇と、防御力上昇、そして攻撃必中の恩恵を授けてくれる。
獅子であれば、ルーくんでの助力ができたかもしれない。けれど、【星々の加護】を使用してしまった今、ルーくんに魔法を発動させる為の余力はヒノリにはない。
(ルーくんでも、誰でもなく、私が、私自身がお姉ちゃんを助けてみせる……!!)
弓を握りしめたヒノリは、矢をつがえ、新たな魔法を演唱した。
「【付与魔法:光魔法】……っ」
光属性が矢を包み込んだ瞬間、ヒノリは矢を放った。
「ギィィィィィィィィギャァァァァァァァ!!」
魔法属性と星乙女の恩恵によって威力が跳ね上がった矢が、ボスモンスターと顔半分を吹き飛ばした。
「お姉ちゃん!! 今だよっっっ」
前方からの猛吹雪は止んだ。
ボスモンスターまでの視界が開け、イノリの直線上に呻いているボスモンスターの姿が見える。
「私は、お姉ちゃんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
イノリがへんてこな台詞を吐きながら床を思い切り踏んづけ、真紅の大きな魔法陣をボスモンスターの足元に咲かせる。
「最大火力でいくよっ。燃えろ!! 炎となりて……【炎魔法】————! 」
真紅の魔法陣がカッと真っ赤に輝き、魔法陣から灯った小さな炎はあっという間に炎柱となって《セイレンド》を飲み込んだ。
「ギュァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーー!!」
ボスモンスターの断末魔が、試練の間を埋め尽くすように反響する。最後の最後まで、《セイレンド》の悲鳴は甲高く、イノリ達は眉根を寄せて耳を塞ぐしかなかった。
————そして。
ポプリと音を立てて、白い煙と共にボスモンスターの姿は消滅したのだった。
「———— 終わった……の?」
呆然としたヒノリの声に、胸を上下させていたイノリの声が続いた。
「……やった……んだ……。やった、やったぁ!! ひのちゃん、ボスモンスターを倒せちゃったよぉ」
イノリは満面の笑みで妹を振り返った。
ついでに言えば、思い切り妹に抱きついた。
「お、お姉ちゃん……苦しいよ……」
「倒せちゃったっっ。ダンジョンのボスモンスターを、私たちで倒せちゃったよ!!」
「ぐぇぇ……お姉ちゃん、締まる、締まってる、脇腹がぁぁ……」
大はしゃぎをしていて人の話を全く聞かない姉によって、ヒノリは絞められていく。
「イノリ……っ。ヒノリまで倒すつもりか……!?」
「わぁぁぁ!? 本当だ。ごめん、ひのちゃん」
姉の腕の中で、ヒノリは燃え尽きってしまった。
まっさらな灰になりかけているヒノリは、疲弊しきった顔で姉に揺さぶられていく。
「だから、ヒノリが崩れちゃうぞ。まっさらな灰になったヒノリが崩れちゃうから、その辺にしてやってくれぇぇ」
ヒノリの新魔法。
①【星々の加護】
・レグルス
青白い炎で現れ、ルーくんのスキル《神獣の恩恵》の強化でルーくんからの別スキルである《魔力回復》の恩恵量を増やし、浄化魔法の発動をする効果を持つ(効果持続には制限あり)
・スピカ
青白い炎と桃色の炎で現れ、攻撃力と防御力を上げて攻撃を必中にしてくれる(効果持続には制限あり)
② 【付与魔法】
武器に魔法属性を足して威力を上げられる




