15話「妹だって大変なんです!」
——— 中層部階、中級ルートにある安全地帯。
上層部階から標準ルートに降りてしまったイノリとエインとは分厚い壁一枚を挟んだ隣のルートに彼女達は居た。
「……なんだか、騒がしいですね……?」
地面が揺れ、テーブルや椅子からカタカタと音が鳴っている。
不安そうな顔で、安全地帯の出入り口を見つめたヒノリ。その緊張を感じ取ったのか、それまでうたた寝をしていたルーくんが少女の膝の上で目を覚ました。
ガタガカタガタッ!!
ヒノリがルーくんに目線を向けた途端に、椅子が倒れる大きな音が立つ。起きてから直ぐに大きな音を聞いて驚いたのか、ルーくんは僅かに飛び上がっていた。
「っ……!!」
「リアさん、どうかしたんですか?」
振り向けば、リアは真っ青な顔で椅子から立ち上がっている。彼女の視線は、ヒノリの手首——あの不思議な魔物に掴まれた右手首へと落ちている。
ヒノリの視線も、リアから自然と右手首に向かい。
「—————………!!」
絶句したヒノリの二の句は、不安で、恐怖で震えてしまった。
「なに……これ……」
闇の蛇が巻き付いた手首に急に出現したのは、黒い鎖の形をした赤黒い炎の腕輪。チクチクと痛み始めてしまった。ジリジリとした熱さも感じてくる。
『ふんぬーーッ。んぐーーーッ』
ルーくんが噛み千切ろうと、顔を真っ赤にして踏ん張るけれど、炎は雲のように掴めない。
空気を喰らうように炎に噛み付いていくと、少しばかり炎の勢いは弱まっていく。
『ぜぇ……はぁ……中々手強い奴だナ。神獣のオレでも完全には消せないゾ』
疲れを見せる神獣に、ヒノリは「ありがとう」と労うつもりで毛皮を撫でた。
『あ、あるじぃぃ……』
不安な気持ちを押し込めて慰めてくれる主人に、ルーくんは申し訳なさそうに項垂れてしまった。その瞳には、うりゅうりゅと涙が溜まっていく。
「ルーくん、ありがとう。ルーくんのおかげで気分は良くなったよ。……だから……」
だから……と言葉を続けながら顔を上げて、リアを見た。その自分を責めるような青ざめた表情に、ヒノリは笑いかける。
「リアさんも、そんな顔しないでください」
優しく微笑みかけられたリアは、顔を背けている。申し訳なさそうに眉を下げた表情で二の腕を摩っていた。
「……すまない、あたしがもっと早く助けられていれば……」
「そんな事ないです、私たちはとってもリアさんに助けられてます。リアさんがいなかったら私とルーくんだけじゃ、ダンジョンで迷ってました」
リアの手を取って感謝を述べるヒノリの側で、ルーくんは主人へ半目を向けた。『あるじが、迷ってたんだけどナ……』さしものルーくんですら、絶望的で壊滅的なまでに方向を見失ってしまう主人とは同じにされたくないらしい。気が付かれないようぼそりと呟く。
「ひ……ヒノリィィィ〜……う、ううっひぐっ」
「リアさん!? 子犬みたいな涙目にならないでくださいっっ」
「ううぅ〜……っ。ぐすっ、ふぐっ、すまない、ヒノリの方が不安なのにな……」
震えているヒノリの手をしっかり握りしめるリアの頬は、涙でびしゃびしゃ、ぐしょぐしょだ。
「だ……大丈夫だ!! きっと、あたしが助けてみせるからな」
「もしかして、心当たりが……!!」
「………いや、……すまない。それは、ない……」
「………そう、ですか。。」
しゅみーーんっ。希望の兆しが見え浮いた気分が、一瞬にして萎んでしまった。
露骨に落ち込んでしまったヒノリに、リアは大慌てで忙しくない両手をバタつかせながら元気付けようとしてくれる。
「いやっ。あのっ、大丈夫だ!! きっとあの変な魔物を倒せば解決するはずだ!! ……そ、そんなに落ち込まないでくれ……」
二人の話を聞いていたルーくんも、リアの意見に同意するように頷いた。
『そうダゾ!! あるじは今、汚染されている状況に似てるんダ。だから、アイツを倒せば 、あるじの手首の炎は消えるんだゾ』
「本当に? 元気付けようとしてるわけじゃなくて?」
『オレはすごい神獣だゾ。間違いナイ』
ルーくんが胸を張って尻尾を振っていた。その愛らしい姿には、少しばかり癒されるけれど、得体の知れない魔物に右手首を掴まれた感覚を思い出そうとすると、ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾォォォォォ————!! と、嫌悪と悪寒に襲われた。
急に冷え出した体が小さく震え始めて止まらなくなっていく。
「や、やだ……」
『あるじ? どうしたんダッ』
「やだやだやだやだやだやだ、やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ、い……いやぁぁぁっっっ」
拒否反応に感情が大きく引っ張られたヒノリは、自身の右手首を何度も何度も擦る。皮膚が赤くなるまで何度も擦る。
何にも居ないのは分かっているけれど、思い出したくないのに、掴まれた時に見えた図が脳裏から消えてくれない。擦っても擦っても、手首の不快感が拭えない。
揺らめく赤黒い炎の鎖が、ヒノリの精神を締め付けていく。
「やだやだ、やだぁ……っ」
『あるじ……』
ルーくんが苦しげに身を縮こませ、リアは悲鳴を上げた。
「ひ、ヒノリ……やめてくれ。もう、やめてくれ……!!」
細腕がヒノリへと真っ直ぐ伸び、銀色の髪が揺らめいた。次いでヒノリが感じたのは、穏やかで優しい臭い。鎧は少し硬くて冷たく、それでも陽だまりのような温かさがあった。抱きしめられてようやく、ヒノリの意識は戻り始める。
「……っ……っ……り、あ……」
ブルブルと震える手でヒノリはリアを抱きしめ返した。縋りたくなってしまっても、お姉ちゃんと呼びそうな口だけはギュッと堪える。
「すまない、ヒノリ。怖い思いをさせて。不安な気持ちにさせて。……大丈夫だ、絶対に原因を潰してみせる」
ヒノリを落ちかせる為か、幼子を諭すような口調で語りかけてくる。赤子を寝つかせるように優しく背をさすって貰えたおかげか、ヒノリは少しずつゆっくり深く息ができるようになってきた。
(……あ、でも……少し気持ちが落ち着いてきたかも……それに……)
この人なら信頼できる——、そう思った。
「………ありがとうございますリアさん。ごめんなさい取り乱したりして。もう平気です。多分……」
リアは、自信なさげなヒノリを励ますように微笑んで言う。
「無理はしなくていいんだ。ヒノリはここでルーくんと待っていてくれ。あたしは深層部階に降りて、あの魔物の行方を追ってみる」
「……リアさんが、一人で……?」
「嗚呼、あたし一人でいい」
リアは頷くけれど、ヒノリの方は選択できない。
一緒に行くと言うだけの勇気は出ず、彼女一人で行かせることも肯定出来なかった。
縦にも横にも広く、魔物が蔓延る巨大なダンジョンの中を一人で探索させるなんて。何が起こるかわからないのに、一人で行かせられるわけがない。
それに……自分は安全圏で怯えているのに、他人を危険な場所に放り込むなんて、卑怯な事はしたくない、そんな事をするような人間にもなりたくなかった。
(……あれ……待って……。一人で……? ダンジョンに?)
はたと、ヒノリは自分がルーくんと共にダンジョンへ来た本来の目的を思い出す。「———っっっっっ!!」ギョッと目を開いては、自分にも思い出した内容にも俄然としてしまって言葉を選ぶ暇もなく、叫んだ。
「お姉ぇぇぇちゃんっっっっっっ!!」
「お、おねーちゃん? 」
「お姉ちゃんがっ!! 私のお姉ちゃんがダンジョンにいるのっ!!」
そうだ。当初は、自分に何も言わずダンジョンへ行った姉を探しにきたのだった。リアへの心配はともかく、自分だけの事を気にしている場合じゃない。
「……行かなくちゃ……」
自然と言葉が零れ落ちた。
言葉と共に気持ちが動いて、足を踏み出す勇気が湧いてきた。同時に、ヒノリのやる気も再び燃え盛ってくる。
ヒノリの心理状態が向上するにつれ、側のルーくんも耳を立て尻尾を振り回して、気合い充分になっていったようだ。『オレも、あるじとイノリを探すンダゾ!!』と、うきうきしている。
「リアさん、私も一緒に行きます!! だからお願いです。お姉ちゃんを探すのと、この右手首の件、どうか手伝ってもらえませんか?」
「ヒノリ、無理をしたらダメだ。あたしに任せてくれ」
「ううん、行かなくちゃいけないんです。……今は私が、お姉ちゃんを見つけてあげなくちゃなの」
尚も心配そうにヒノリを見つめるリアも、終いには折れてくれたらしい。仕方がないなぁと言いたそうな顔で頷いてくれた。
「……わかった。けど、あたしの側からは遠く離れないでくれ」
「ありがとうございます、リアさん」
「ダンジョンは危険なんだからな!! それに、あたしも未だ回っていないところがあるくらい広いんだからな? 本当にあたしから離れたらダメだ」
「追いかけたり、着いていくのは得意です! それじゃあ、行きましょう!」
姉の背中を追いかけるのも、姉に着いていくのも、妹のヒノリには日常的なもので、ヒノリからしてみれば得意分野だ。
「……なんだか心配なんだが……。……じゃあ先ずは上層部階を探してみようか」
リアは密かに胃の辺りを抑えた。
「はいっ。それじゃあ行きま……」
歩き出したヒノリ。
その後に着いていこうとしたルーくんは、ハッと何かに気が付き、声を荒げた。
『あるじ!! 此処から出る前にその腕をなんとかしないとダゾ!!』
「え……っ?」
あと一歩で安全地帯から外に足先をやるところだったヒノリは、ルーくんの静止にドキリと心臓を跳ね上げた。
「あ…‥危なかったギリギリ……。それで、腕ってこの右手首のこと? も……もしかして置いて行けとか言うじゃあ……」
ゾッとしていると、半目になってルーくんが見上げてくる。
『そんな怖い事言うわけないだロ。ソレはあるじを見つける為の目印ダ。そのままで出たら敵に居所がバレバレなんだゾ』
「……それって、逆に好都合なんじゃない? 敵から来てくれるなら探す手間もないもの」
ケロリと言い放った瞬間、ルーくんの足蹴りが繰り出される。
『ちょあーーーーーーーーーーーッッッッ!!』
「がはっ……な、なんで……だってこれ、付けた魔物を倒さないと消えないんでしょう?」
肉球の跡がついた頬を抑えて涙ながらに反論すれば、神獣はぷりぷり怒ったように尻尾を降った。
『そんな危ないこと、あるじにさせられるわけないダロ!! あるじはこれから新しい魔法を覚えて、その呪いを利用するんダヨ!!』
「……それじゃあ、新しい魔法って?」
『ふふーんっ。すごいんダゾ!! きっとあるじにも使いこせるようにナル。月と星の絆の魔法—— 【星々の加護】を』
「星々の……加護……」
胸元で拳を握りしめ、戸惑っているリアを見た。
「ごめんなさいリアさん。ここを出るのは、少し待って欲しいです」
「あ、ああ……それは構わないが……。ならば序でにあたしの付与魔法も覚えていくといい。きっと、役に立つだろう」
「いいん、ですか?」
「もちろんだ!! ヒノリなら、正しい事に使ってくれるだろう」
「もちろんです!!」
それは自信を持って言える。
『決まりダナ!! あるじ、オレはビシバシ行くんだゾ』
「うん、望むところよ……!!」
ヒノリは、むんっと意気込んでみせた。
【現在地】
イノリ:ダンジョンの試練の間(ボスモンスターと戦闘中)
→ファイト。
ヒノリとルーくんとリア:中層部階の中級ルートにあるヒールポイント。
→戦力ではなくドジっ子的なところで不安しかない
エイン:中層部階の標準ルート(モンスターと戦闘中)
→モンスターの数は足りてるかなっていう
オフィーリア:お留守番
→後でオマケ話行きかもしれない




