13話「お姉ちゃんは大変です②」
迫り来る炎の眩い光に視界がチカチカする。
「……ぅ……あ……」
少女の震える唇から微かに声が落ちる。
(動けない————!!)
「だああああああぁぁぁあああああああっっっっっ」
「っっっっっっ!?」
目を瞑る時間もなく猛火に呑まれる寸前。イノリの体がふわりと浮いた。急に自分の体が抱きかかえられものだから、声が出せないものの、目を丸くした少女は喉の奥で息を詰まらせた。
鯉のように口を何度も開閉させて少年の腕の中で大人しくなってしまったイノリには目もくれず、エインは自身が造り出した氷の壁の亀裂に目を細めた。
「即興の氷壁は脆いな。あ。悪い、俺は治療魔法は使えないんだ。俺の後ろで休んでいてくれ」
お姫様抱っこをされていたイノリは、傷回復薬を手渡される。そして置物のようにダンジョンの石壁の側に配置されてしまった。
丁度その時、エインの氷壁が業火に突破される。
これでは回復薬を飲むどころではない。
動けない体で駆けつけようとしたイノリは自身の目を疑った。
(え……。なんで、魔法の防御壁とかじゃ、ないのに……)
渦を巻く炎は、エインを焼き尽くす前に力が分散し消滅していた。まるで周りに彼を守る目に見えない障壁があって、力を殺しているようだった。
不透明な守護のシールドによって殺された力は、エインの持つ剣へと集まっていく。
「悪い、俺には魔法攻撃は効きにくいんだ。天使の守護があるもんで、ねっ」
片手剣を、振り下ろした————。
「————————つっ!!?」
剣が振り下ろされると、呪縛から解放された飛行型魔物の魔力に、エイン自身の魔力を乗せた爆弾のような波動が百鬼夜行の群集の中で炸裂する。
少女は、爆風で乱れた髪を手で抑えながら目を細めて前を見る。
(……やっぱりこの人、強いんだ……)
頼もしい少年の背中に、イノリは小瓶を握りしめた。
(私も、もっと強くならなくちゃ……!!)
グビリと薬を飲み干すと、立ち所に足首からの出血が止まり痛みも引いていく。「あ、あー。うん、声も出るようになってる」これなら再度戦えそうだ。
「まだ休んでいていいんだぞ?」
「んーーー。どうせなら、お姉ちゃんの武勇伝をひのちゃんに話したいじゃん?」
顎をしゃくって小首を肩側に傾けながら、ニヒリ、と笑ってみせる。
「嗚呼、なるほど。それは俺もわかるな。それじゃあ、よろしく頼む。まだまだいっぱい魔物がいるからな。オークの上位種とか普通は中層部階の標準ルートじゃ出て来ないんだけど……どうなってんだか……」
どうやらわかってもらえたらしい。
そう——、ヒノリを見つけた暁にはお姉ちゃんらしく格好つけたい!!のである。そして尊敬の眼差しで見つめてもらいたい。「お姉ちゃん、やっぱりカッコいい!」と言われたい、思われたい。
やっぱり妹を持つもの同士、エインとは通じ合えるものがあるのかもしれない。
再度前を見れば、エインがだいぶ雑魚を減らしたとはいえ、まだ千をも超えるのではないかという程のおびただしい数の魔物が列をなしている。
向かってくるは膨大な数の敵。
予想されるのは戦って戦って、戦って、戦う戦闘の嵐。
一度負ければ、踏み躙られるは己の遺体。
「———うん……うんうん!! なんか、なんか、こういうのって道場破りみたいで逆にワクワクしてきたかも!」
爛々と澄んだ水色の双眸を輝かせ、意気揚々と敵を迎え撃たんと前を見据えた。不敵な笑みを浮かべながら、手を水平に挙げる。
天井一面に展開された幾つもの魔法陣から流星のごとく降り落ちるは、巨大な火球。
目の前の魔物が低くうめき声を上げて、標的をイノリへ定めた。瞬間、幾つもの敵視に身体が刺されているような感覚に襲われたが、少女は小さな体で負けじと睨み返してみせる。
「さぁ……かかってこーい、有象無象————!!」
**
肩口ほどに伸びた甘茶色の髪が、魔力の微風に揺れる。
少年が前衛にて魔物の進行を妨げる間に、イノリは次々に魔法陣を展開し、魔の軍団の勢力を削っていく。
「【風魔法・鎌風】!!」
複数の薄い風の刃が、目に見えない速さで飛んでいき敵の身体を狛刻みに切り裂く。
断末魔を上げて消滅していく魔物達。
けれど一部の魔物—— 筋肉質の巨体を持つ《ジャイアント・オーク》《ジャイアント・ゴブリン》の皮膚には、風の刃も貫通しなかったようだ。
「……グォォォオ!!」
「(……皮膚がかたい……!?)」
憤慨している様子の《ジャイアント・オーク》は、棍棒をイノリの頭上へ振り下ろした。
魔法を使ったばかりのイノリは、魔力的に問題がなくても魔法の展開が間に合わない。
「っとと……」
大きく瞳を開き、一、二歩後ろに下がる。少女の行動の直後、その二歩分の隙間にエインは足を入れて無理やり少女と魔物の間に割り込んだ。片手に持った剣が滑らかに弧を描く。
————ギャンッ!!
僅か数秒の間に、イノリに代わって敵視を受けたエインが棍棒を片手剣で軽々と受け止めた。
よく見れば少年の剣には薄い膜が張っている、剣を強化しているのだとイノリには直ぐに分かった。
(……魔法の、類……なのかな……よく分からないけど)
エインは身体を強化するだけのスキル【身体強化】を自分の身体だけではなく、剣までをも強化させているのだ。
———ピシ、ピシピシ、パキパキ。
強化された剣を折る勢いで体当たりをした棍棒に、ヒビが入る。その棍棒に入ったヒビから、亀裂が走って割れていく、壊れていく。
剣身に強化をしていなければ、獲物に受け止める事はできたとしても、振り下ろされた棍棒にヒビを入れて粉々に砕くまでの硬さはなかっただろう。
後にイノリがスキルでの強化方法を尋ねれば、魔法属性を剣や身体に付与することで一定の魔法性質や強化を得ることができる【付与魔法】の応用だとエインは語ることだろう。
「グキュギュ……」
泡を含めたような音が《ジャイアント・オーク》達の口元から溢れた。それを見た《ジャイアント・ゴブリン》が、すかさず三又の矛を片手にエインへと牙をむいた。
今度は私の番だと、イノリは両手を眼前で揃える。
「させない……!! 」
「ギャギャ……!?」
【風魔法】で作り出した竜巻が《ジャイアント・オーク》の巨体を吹き飛ばす。風の渦に乗った巨体は、背後の魔物達を押し潰しながら転倒する。
「エイン、大丈夫!?」
「ああ俺は無傷」
「だよねー」
知ってたー。
あははと笑みを浮かべるイノリ達に、休む暇を闇は与えようとはしない。
目当てのものは見つからず、冒険者に邪魔を受けて焦燥の色を滲ませた闇は、二人の前に更なる敵を送ることにした。
「……グルル……」
闇の導きに従って、ボス級の魔物が現れる。それ自身も、立て続く駒の醜態に黙っていられない。
「……?」
エインの片眉が上がり、眉根が歪む。
ソレは、魔物でありながら、《ヴァーンオック》でありながら、彼が見た事のないダンジョンの魔物でもあった。
本来なら空中戦から地上戦に持ち込まなくてはいけないはずの《ヴァーンオック》。そのはずなのに、今やその足で地を踏み締め、体からは無数の闇蛇が生えていた。
エインが低い天井のせいで飛べないのはわかるが、見たことがない新種に出会ったのかと訝しんでいる間に、イノリも別の意味で首を傾げていた。
(ちょっとキノコみたい……?)
《ヴァーンオック》から嫌な雰囲気を感じ取りながら、イノリは素直な感想を心の中でこぼした。
「まぁ、なんでもいいよね。今度こそ負けないんだから!!」
———それは、ものの数秒だった。
あっけない、終わりだった。
この間の借りを返してやる。
そんな反撃の気持ちを込めて魔法を放った。
「【雷魔法・怒槍】————!!」
稲妻の槍が雨のように降り落ちる。
巨体には逃げ場はない。呻き声を上げる《ヴァーンオック》の体に次々と雷の槍が貫通し、体内で感電を起こしていった。
羽や体には槍が貫通して虫食いのように穴が空き、内側からは感電し焼かれていく。どうやら雷属性の魔法を使っているが耐性はないらしい。強敵にも思えた魔物も、空中戦を行えず、イノリの魔法の前に手も足も出ずに消滅していった。
「……やった……!!」
「いや……残りの魔物が逃げないってことは、まだ親玉がいるんだ……」
エインの声に目を細める。と、《ヴァーンオック》の影から逃げるナニカを目ざとく見つけてしまった。イノリはダンジョンの奥を指差して言う。
「エイン、今なにか変なのが……奥に逃げて行ったよ!」
「変なの……って……」
どんなのだよと、言いながらエインは残った残兵を片付けていく。
(……ふむ……)
唇を尖らせ、逡巡してから、イノリは口を開いた。
「エイン、ここは任せたからね!!」
「は!? ちょっとま………」
最後まで言葉を聞かずに、イノリは更に奥へと駆け出す。アレを放っておいてはいけない——そう、直感が告げていた。




