鬼か仏か(後編)
この棘が無機物なのか有機物わからないが、肩や足に貫通し、引き抜くのも困難だった。
「君にもこの力は見せたことはないはずだ。紹介しよう」
棘が寄り集まり、人形をとった。黒い目隠しをした女のように見える。背中には翼のような突起が生えていた。
「彼女は神官ネメシス。ああ、君は正規の合格者じゃないから知らないよね。S級になるための試練は神官と殺し合うんだ。その時、殺すのももったいないから食べちゃった」
舌で唇をなめ、異常なことを淡々と口にする。
「ネメシスは攻撃の予兆を決して見逃さない。時を飛ばそうが、確実に反撃して敵を滅ぼす」
神官が常軌を逸した力を持つのは、アテナと生活しているから知っている。アテナはその力を神威と呼んでいた。アテナ自身は神威を恐れており、その正体も理解していなかった。
リヒターが神威を隠し持っていたのには驚いたが、俺とてこういう展開を予想しなかったわけではない。
リヒターのすぐ側の柱から煙が上がる。桜下絶唱で劣化させていたからすぐに倒れた。切断面に残り火がくすぶっている。
リヒターは倒れた柱から距離を取った。俺は床に投げ出される。致命傷は避けているが、出血がひどい。だが、太刀はまだ握れる。
何本かある柱が次々と倒れていく。リヒターは近づいてこない。
「そういうことか……」
リヒターが先に瑞角を攻撃したのが気になっていた。反撃といっても色々ある。その条件が熱源の温度変化というのは仮説としてはありそうだ。あるいは音とか。リヒターは的を絞れず、立ち往生……、ならいいが、ブラフの可能性もある。いずれにしろ考えるのが面倒になってきた。
「外へ出よう。建物が崩れる」
俺の方から脱出を促した。瑞角はまだ辛うじて息があったが、瑞鳳は駄目だった。
「せっかくのチャンスを逃したね。それでも僕に勝てるとでも」
リヒターの頬に刀傷が走る。無論、白刃を閃かせた俺の仕業だ。そのまま切っ先を奴の顔に向ける。
「さっき三歩ならいいと言ったな。小細工はもうやめだ。真っ向から叩き伏せてやる」
社殿の一部が音を立てて崩れる。社殿の外は演舞場のようなスペースがあり、そこで決闘が再開された。
ネメシスの神威は俺の体を掠めることなく空を切る。反対にリヒターの体は血に染まっていく。
「何だこれは……、速さがどんどん上がっていくだと!?」
リヒターは余裕をなくしていくが、俺はただ速く動いているに過ぎない。桜下絶唱で抵抗になる邪魔な分子やら力を壊してはいるがな。それでも俺の体は火だるまになり、刀はきしみ続けている。
上空から加速度をつけてリヒターの刀を叩き折り、着地。その汚れた心臓を刃で深々と貫いた。俺は下を向き、顔を上げない。
「ああ……、僕の桜が燃えている。きれいだ」
リヒターの手が俺の頭に添えられる。憎しみの炎を消すように、兄のような慈しみがその手に籠もっていた。やめろ。やめてくれ。俺は太刀を握ったまま、この時間が早く終わって欲しいと願うばかりだった。




