14:むかしむかしのお話(前編)
走って、とにかく走って俺は家の扉を開ける。
ランドセルの蓋は走った振動でカパカパと開いていたがそんな事を気にしている暇は無かった。
靴を揃えて脱いでから時計を見ると、時刻は午後四時を指していた。
ギリギリセーフだ。
ホッと一息つくと、落ち着いている暇も無く自分の部屋に入りランドセルをおろす。
部屋のドアを閉めて、リビングに入りソファーに横なってテレビを見ているあいつの前に立つ。
「た…だいま。帰り…っました」
乱れた息を整えながら言うので、言葉が途切れ途切れになった。
あいつは、歳のわりには老けた顔を俺の方にむけた。
「ふぅん。
じゃ、夕飯よろしくね。
七時に食べれるようにしろよ」
「……はい」
俺の返事などどうでもいいかのように、言う事だけ言うとテレビを見はじめた。
そんなあいつの姿を冷めた目で見てから台所に向かい夕飯の準備を始めた。
野菜を洗う時に長袖の袖をまくると、両腕から見える治りかけの傷と真新しい傷が見える。
「……人使い荒いんだからよ」
決して、あいつに聞こえないように静かな声で言う。
不満や文句はたくさんあるが、あまり言うとばれちまうから心の中で言う事にした。
「ちょっとー。出来たの?
七時になったわよ」
「できました。あとは、テーブルに並べるだけです」
テーブルに並べ終えるとあいつがタイミング良くのそりと起き上がってきた。
あいつの種族は、殆どみんな綺麗なピンク色の毛並みに整った体つきをしているののあいつは、汚い毛並みにふくよかな体つき。
どうみても、ギコ族のしぃ種には見えない。
「……何よ。
その目つき。もしかしてあんた…私に文句があるわけ?」
「そんなことっ……っう」
引きちぎられるかと思うほど、右耳を強く引っ張る。
あいつはいつも俺に何かしらの文句をつけて、こうして暴力を振るってくる。
俺の痛みに歪む顔を見ては、歪んだ笑顔を見せる。
「…っごめんなさっ……すいませっ……ぅぐっ…いだいっ!ゆ、るしてください!」
「ごめんなさい、すいませんで許してもらえると思ってんの?」
俺は掴まれている右耳を両手で抑えていた。
悔しい事に口からは許しをこうことしか出てこなく、そして目からは涙が少しだけ零れた。
その様子を見て満足したのか、俺を投げ飛ばすようにして、右耳から手を離した。
いきなりの事で体は後ろへ引っ張られ床に背中を強くぶつけた。
「ゔぅっ!」
口を開いたのが悪かったのか、うめき声をあげたとき、口を噛んでしまったようだ。
口の中には血の味が広がった。
「ったく。あんたが作った残飯見たいなマズイ物食ってあげるんだから、感謝なさいよ。
やれやれ…もう少し上達しないもんかねぇ」
先ほどまで息継ぎも忘れずに声を出していたので、今は荒い呼吸になっている。
いつまでも、床に座っていたらまた蹴られたりしてしまうので、俺は痛む背中を起こして席についた。
「あんた見たいな奴は、あたしが食べ終わるまで待つのよ」
「……はい」
こいつのせいで、俺は夏でも長袖を着る羽目になるんだ。
……父さんは、どうしてるのかな…。
「おーい!も、ら、の!」
「いってぇ!」
背中に飛びつかれたせいで、昨日の痛みがズキリと走る。
「なんなんだよ?」
「へっへー」
今の時期、冬だから長袖をきても変ではないが夏は流石に暑いし辛いので、半袖を着る。
あいつも夏が近付くと、そこだけは配慮して俺を殴る。
「クラスで鬼ごっこやるけど、来るよな?」
「へっ、しゃあねぇなぁ。
俺が居ないと、どうせ鬼になる奴がいないんだろ?」
「ばれたか!」
俺のクラス。
四年二組では、昼休みに毎日鬼ごっこをするという不思議な決まりがあった。
しかし、自由参加。
俺は、自分で言うのもアレだが運動も勉強も上の上だ。
なぜなら、そうでないと…理想の息子とやらで居ないとあいつはまたギャーギャー喚き出す。
それが嫌で俺は、理想でいようとする。
友達もいる。
今から中学の入試対策もしてる。
運動だって、推薦がもらえそうなほどだ。
でもあいつは、俺を遊び道具にしている。
それが悔しいから俺は、さっさと一人暮らしがしたい。
学校が終わると俺の最悪最低な時間が始まる。
そのためにも俺は走る。
明日が休みだと思うと今にもココで倒れてしまいそうなほどだ。
「ん?おーい。モラノ」
「あ?」
近くの公園で、中学生が遊んでいる脇を通り抜けようとすると、聞き慣れた声が俺を呼び止める。
「よぉ!そんな急いでお塾か?」
「…あぁ!アヒャ!」
アヒャの周りにいるのは、なんだかヤバそうな雰囲気の奴だ。
「おい、アヒャなんだあれ?」
「お前の弟か?」
「いやいや。幼馴染というか、隣人
というか」
アヒャは、学ランの前のボタンを全部開けて中に白いTシャツらしきものを着ている。
俺は走るのをやめた。
「いや、家に帰るだけだよ。
アヒャは?もうじき受験だろ?」
「おぇ。嫌な事思い出させるなよ」
「お前よぉ?」
アヒャの隣に居た、赤茶色のつり目の男が俺に話しかける。
「どっかの、お坊ちゃんか?」
「いや。ただのガキだよ」
「ただのガキでもよぉ、金ぐらいはあんだろ?
ついでにおいてけよ」
俺の襟首を、掴んで寄せた。
所詮、断っても殴られるだけだろうと思い俺は男に軽蔑の視線を送る。
男は、その視線の意味に気づいたのか襟首を掴む手がワナワナと震え始めた。
「まーまー。俺のご近所付き合いも大変になるから、もうやめろよ。な?」
「ふんっ。まぁ、アヒャが言うなら…」
「おらおら、モラノは帰れよ。
なんか急いでたんだろ?」
「急ぐって…あっ!!」
ついのんびりしてしまった。
普段走ってギリギリなのに。
と思い、アヒャに、ありがと、とだけ言うと俺はまた走り始めた。
家の玄関を開けて、時計を見ると時間は、午後の四時半を示していた。
「ハハ……最悪だよ…」
ここまでくると、苦笑いしか出ない。
とりあえずランドセルをおきあいつのそばによると。
あいつは、嬉しそうに、そして怒りのこもったような視線を俺におくりつけた。
「帰ってくるの、遅いよねぇ?
約束の時間から三十分は過ぎてんのよ?」
あいつは立ち上がると台所へ向かう。
ここまで怒ったような表情を見るのは、父さんが出て行った時以来だ。
「……すいません」
「っだから!!謝ってすむと思うな!!」
台所から叫ぶと、あいつはニタニタと笑顔を浮かべて帰ってきた。
左手にはまな板。
右手には包丁。
殺される。
直感で思った。
逃げようと体を動かそうとすると、首筋に冷たいヒヤッとした物が当たった。
「何逃げようとしてんの?
くっくっくっ…殺すわけないじゃない。自分からオモチャを捨てるような事はしないわよ」
まな板をテーブルの上に置き、逆らうことの出来ないような鋭い目つきで俺を睨む。
何をされるか、全く予想は出来ないけど俺はそばに近寄った。
あいつは、俺の利き手じゃない右腕を掴むと、肘あたりをまな板に置いた。
肘を包丁で切り始める。
といっても、薄く切る程度なのだが、傷は暑く血が流れる感じと嫌な鋭い物が腕に入り込む感じがする。
「ぐっ……うあっ……っっうぅ!いだっ…はぁ……はぁ…も…」
言葉の最中で深く刺される。
俺が深く感じただけで、実際は違うのかもしれないが、ズプズプと皮膚の中に入ってくる。
「ーーーーーーーっっっっ!!!」
声にならない悲鳴を出した。
そこで俺のお仕置きが終わりあいつは、俺を床に放り出した。
「ぐぁっ…っはぁ…はぁ…」
「あんたが」
頭を掴みあいつのぶっさいくな顔を見えるように顔をあげられた。
「何時に帰ろうがあたしにはどうでも良いけど、夕飯とか洗濯とかしてもらわないと…困るのよねぇ?
賢一?」
名前を呼ばれるとゾクリと悪寒を感じた。
気持ち悪い。
なんでこんな奴に名前を呼ばれなくては。
腕の傷は予想以上に浅かったが血はポタリポタリと床に流れ落ちた。
そんな俺の姿を見て気持ち悪いものを見るような目で見てから、片付けて、と言うとソファーに座りテレビを見始めた。
最悪だ。
こんな家…もうゴメンだ。
腕に軽くガーゼを巻いてから、俺は家をかけだした。
行く当てなんて無かったが、行こうと決めていた所に向かった。
そこは、父さんの家だ。
ボロアパートに住んでいて、生活費は離婚した父さんからもらっている。
インターホンを鳴らすと、数秒もしないうちに父さんは出てきた。
「……賢一…」
俺の腕の傷を見てか、内出血している右耳を見てか知らないが、とても驚いた声で俺の名前を呼ぶ。
「……父さん…。
今日ぐらい…泊まって行っても?」
目の前で固まった俺と良く似た顔に質問をした。
「……あぁ。良いよ」




