13:嫌いでは無い
ピピピピ…ピピピピ
体温計を見てみると三十八度四分になっていた。
「……案の定風邪かよ。
昨日の雨のせいだな」
目の前の布団のなかで顔を真っ赤にしてはぁはぁとしている姿は、まさしく風邪だ。
病院に連れて行きたいのはやまやまなんだが…。
「ヤバいよなぁ…」
俺はタンスの中から救急箱を取り出して、とりあえず風邪薬と解熱剤を並べた。
確か解熱剤は、あまり良くなかったような…。
でも、風邪薬で効くか?
「おい、ガキ。
どこが悪い?」
「うぇーっと…ぎもち悪くて…頭痛くて、喉が痛い……」
とりあえず、冷えピタを取り出しおでこに貼り付けた後、風邪薬を飲ませた。
薬を飲み終えると辛そうに眉をひそめる。
「……どうしようかな…」
起きてから何もしていない事に気付き、天気も良いし洗濯を済ませようと立ち上がろうとした時。
右手を掴まれた。
「……どこ…行くの?」
「どこも行かねえよ」
頭を軽く撫でて冷たくあしらうと、ガキのそばから離れた。
人は熱が出たり、体調がもの凄く悪いと精神が弱くなると聞いた事があるが、まさしくその通りだ。
凄く眠いのだが、寝てしまうと嫌な夢を見たり、小さい頃風邪ひいたときお母さんがそばで看病してくれたのを思い出してしまい、泣きそうになってしまう。
「……うぅ」
目頭が熱くなったと思うと片方の目の端から頬に涙が一粒流れた。
運の良いことに洗濯物を干しているモラノには、気付かれなかったようだ。
昨日から妙に涙もろくなっちゃったなぁ。
やっぱり、恵美さんの話聞いたからかな…。
「おい。ほら、飯だ。食え」
「うー?」
いつ持ってきたのかわからないが、モラノが隣でおかゆを持って座っていた。
正直食欲はないけど、食べないと怒られそうだ…。
上半身を起こしたが、視界がユラユラ揺れてまっすぐ座ることが出来なさそうだ。
「ほい。あーん」
「あー」
口の中に物が入るが、体調が悪いせいか、味があまりせず正直微妙な味だ。
それでもわざわざ作ってくれたのだから、残すのはちょっと気が引ける。
黙々と、モラノから食べさせてもらった。
「一応そばに洗面器置いとくからな」
モラノは枕の隣にトイレットペーパーが入っている青色の洗面器を置いた。
「あー…。もしもし?アヒャ?」
『ヒャ?どうしたんだ?』
「いやな…高熱を出したらどうすれば良い?」
『病院行けよ』
「んなのは、知ってるわ。……じゃなくて、病院にも行けない状態の時だよ」
『うーーん…。ちょっと待て。
おい、ニラ!
風邪引いたらなにする?』
電話の向こうから、職場の相手と話声が丸聞こえだ。
『……ですねぇ……ビタミンCとったり、寝るのが一番じゃないですか?』
敬語を使っているのと、若々しい声から後輩だと言う事が想像される。
俺よりは年上だろうが。
『おい!聞こえたか?
それだってよ!
えぇ!?や、やめて下さいよ!
僕の案使うの!』
向こう側から、二人分の声が聞こえた。
「わかった。ありがとな」
耳元でぎゃあぎゃあ騒がれるのもシャクに触るので、早々に切った。
冷蔵庫の中身を確認すると、この間買ってきたのか、リンゴが二つほど置いてあった。
なんとタイミングの良い事で。
リンゴを切り、ガキのそばに持って行くとスヤスヤと気持ち良さそうに眠っていた。
リンゴの入った器を右手に持ちながら、空いている左手でガキの頭を撫でる。
「ん…」
「起こしちまったか?」
「んーん。大丈夫」
額に左手を置くと、少しだけ熱が引いたように感じる。
額は、少しだけ汗ばんでいた。
「リンゴ、食うか?」
「……今はいいや…」
「そうか」
リンゴを置きに台所に行こうとすると、左手を掴んできた。
「……そばに居て欲しい」
「リンゴ、パサパサになるぞ?」
まだ赤い顔を横に力無くふる。
ため息をついてから、あげかけた腰を下におろしリンゴを地べたに置く。
掴まれた左手を話してもらおうと、ガキの方を見ると、先ほどまで起きていたのが嘘かのように寝ている。
「なぁ…昨日泣いてたのは…ホームシックだからか?
それとも……疲れちまったか?」
問いかけるが、もともと返事は期待してはいないため、寝息しか聞こえない部屋に俺の声が響くだけだった。
ガキが俺の話を聞いていない事を分かっていて俺は、質問をする。
俺は弱虫なんだな。
「……本当に…好きなのか?……なーんてな」
左手を掴まれたまま右手を頬に手を添える。
そのまま、顔を近づけた。
ガキとこんなに顔を近づけたのは酔いつぶれた時だけだ。
そして、女にこんな行為するのは正直始めてだった。
口にキスするわけでは無く、額に軽く触れるようにキスをすると俺は顔を離した。
こんな恥ずかしい事出来るのは、こいつが寝てるからだ。
もう一度ガキに目を向けると、なんとなく瞼が少しだけ動いた気がする。




