第19話 竜王の山
その夜、キッドも眠れずにいた。
寝台の上で天井を見上げていると、あの戦場が何度でもよみがえる。
背後から撃ったダークブレットが、霧のように散った。振り向きもしない女の剣に、触れただけで消された。ダークアイは、魔導士との一騎打ちなら負けたことのない魔法だった。それが、あの女の前では、ほとんど意味をなさなかった。
それでも、個の戦いなら、まだ手はある。ルイセがいる。この国には、レオスもいる。
だが、戦は個の戦いだけでは決まらない。
帝国の兵は、紺の兵の数倍いる。その兵を、あの二人のような将が動かす。退くときでさえ列を乱さなかった、あの軍だ。数で押され、策で互角なら、紺は削られるしかない。
盤面を一度にひっくり返す札が要る。軍そのものを相手取れる魔法が。
そんな魔法は、人の身では組めない。
どれほどの才があっても、一人の心が生む霊子には限りがある。一人の霊子で相手にできるのは、せいぜい数人。軍を呑み込むほどの魔法を形にするには、とても足りない。
人の霊子で足りないのなら。
(……人でないものの霊子を、借りるしかない)
竜は、この世にいる。子どもでも知っていることだ。
獣でも、化け物でもない。人を遥かに超える知恵と力を持つ、人より上の生き物だ。かつてこの島に魔物があふれていた頃、人の側に立って魔物と戦ったのも竜だったと伝えられている。竜を神と崇める者がいるのも、無理のないことだった。
その竜の頂に立つのが、竜王だ。
緑の公国へ向かう道すがら、コレットが馬上から指さした、あの峰。その奥に棲み、試練を越えた者には、竜王の霊子の加護が与えられるという。人の身では届かない魔法さえ、竜王の霊子を借りれば形にできる、と。
ただし、竜王の試練とは、竜王と戦い、力を示すことだ。認められなければ、生きては帰れない。
キッドは、寝台の上で身を起こした。
馬鹿げた考えだと、自分でも思う。緑の公国から戻って、何度も打ち消してきた。打ち消すたびに、ほかの道を探した。見つからなかった。
打ち消しきれないまま、手だけが先に動いていた。ルルーには補給を、コレットには書類の回し方を教えた。騎士たちの剣も、コレットに託した。自分が戻らなくても、この国が、しばらくは回るように。
この考えを捨てた先に、帝国に勝つ絵は一枚も描けなかった。
今夜、決めた。
寝所の扉を、そっと開けた。
足もとに、コレットがいた。鞘に収めた剣を両腕で抱き、扉の脇の壁にもたれて、首をこくりこくりと揺らしている。
紺に来た当初、この娘は夜も扉の前を離れようとしなかった。城の中で護衛はいらないと何度も言い聞かせて、近ごろは、ようやく自分の部屋で休むようになっていたはずだった。
それが、今夜は、ここにいる。夕方の立ち合いが、この娘に何かを決めさせたのだろう。
キッドは、息を殺してその前をまたいだ。
コレットが、むにゃむにゃと何か言った。キッドの足が、宙で止まる。
「……キッド様……お任せ、ください……」
寝言だった。
キッドは、そろそろと足を下ろした。
執務室に、灯りがついていた。
部屋の鍵は、四つ目の机が並んだ日に、三人にも渡してある。ルイセは、要りませんと言いかけたが。
キッドが扉を開けると、左手の机にルイセがいた。机に木剣を置き、布を手にしていた。
「こんな時間に、どうした」
「それは、こちらの台詞です」
もっともだった。
キッドは、自分の席に着いた。言葉を探しかけて、やめた。この女には、回りくどい前置きは要らない。
「竜王の試練を、受けに行こうと思う」
布を動かしていた手が、止まった。
「……竜王、ですか」
「帝国とやり合ってみて、わかった。個の戦いなら、何とかなる。だが、軍と軍になれば、今の紺には、盤面をひっくり返す札がない。人の霊子じゃ、軍を相手にする魔法は組めない。竜王の霊子を借りられれば、話は変わる」
ルイセは、黙って聞いていた。表情は、何も変わらない。
やがて、布を机に置いた。
「それで」
短い一言だった。
「私に、留守を頼みに来たのですか」
声が、一段低かった。平らなまま、答えを間違えればただでは済まないとわかる低さだった。その目が、まっすぐにこちらを見ている。
この女が留守を預かれば、城は何があっても保つ。そういう考え方も、あるにはあった。
けれど、キッドは首を横に振った。
「いや。……一緒に来てくれ。お前が要る」
ルイセは、すぐには答えなかった。
灯りが、小さく揺れた。
「……わかりました」
それだけだった。いつもの、平らな声だった。
ただ、机の上に置かれた手が、ほんの少しだけ、布を握り直したように見えた。
「置いていくと言われたら、一人では行けないよう、足の一本くらい折っておくところでした」
「……そうか」
たぶん、本気で言っている。キッドは、それ以上は聞かないことにした。
「王女には、話すのですか」
「いや。話せば、止められる。止められなくても、ついてくると言いだしかねない。置き手紙を残していく」
言い終えてから、キッドは机の木目に目を落とした。膝の上で組んだ指に、知らず力がこもっていた。
この国に来てほしいと、雪の山を何度も自分の足で登ってきた少女だった。その少女に黙って背を向けて、危険な場所へ向かう。どれほど言葉を尽くしても、紙一枚では詫びにならない。
それでも、話せば、あの王女は自分も行くと言う。王女を竜王の前に立たせるわけにはいかなかった。
ルイセは、何も言わずにキッドの顔を見ていた。
「……叱られるときは、私も一緒です」
いつもと変わらない声だった。けれど、その一言で、組んだ指から力が抜けた。
「コレット殿は」
「連れていけない。あいつは、緑の騎士だ。紺の軍師の思いつきで、緑の騎士を死地に連れ出すわけにはいかない。それに――」
キッドは、言葉を継いだ。
「竜王は、挑む者の数に応じて、力を振るうという。数が増えれば、それだけ竜王の手も激しくなる。頭数をそろえれば勝てる相手じゃない」
だからこそ、連れていくのは一人でいい。今、いちばん背中を預けられる一人で。
ルイセは、机の上の木剣に目を落とした。夕方、コレットと打ち合った木剣だった。
「……あの娘は、怒りますよ」
「だろうな」
キッドは、苦笑した。
夜明けの前に、キッドは三通の手紙を書いた。
一通は、ルルーへ。黙って発つ詫びと、必ず戻るという約束を書いた。何度書き直しても、言い訳にしかならなかった。
一通は、コレットへ。護衛を外して発つことを詫び、留守のあいだ、王女のそばについていてほしいと頼んだ。緑の公国で、ジャンがこの娘に命じたのと同じ役目だ。あのときは口を尖らせていたが、それでも、立派に務めてくれた。騎士たちの稽古も、続けてほしいと書き添えた。
もう一通は、レオスへ。留守のあいだ、騎士団と魔導士隊を預けたい、と書いた。城の守りの手伝いではない。軍そのものを、預けるということだ。紫の将だった男に、紺の兵を。あの老将なら、その重さをわかったうえで受けてくれるだろう。
ルルーへの手紙は正面の机に置き、レオスへの手紙を、その下に重ねた。コレットへの手紙は、右手の机に。
空いているのは、自分の机と、左手の樫の机だけだった。その主は、扉の外で待っている。
厩で馬を引き出し、二人は、まだ暗い城門を抜けた。
振り返ると、城の窓は一つも灯っていなかった。
朝になれば、机の上の手紙が見つかる。その先のことは、考えないことにした。
島の中央にそびえる山々を、人々は竜王の山脈と呼ぶ。
麓の集落に馬を預け、二人は自分の足で山を登った。
中腹の岩陰で、一夜を明かした。
火を起こし、麓で分けてもらった干し肉を炙る。キッドは、腰の刃物で肉を切り分けようとして、顔をしかめた。流浪の頃から使っている、獣を捌くための厚い刃だ。脂の乗った肉は刃に絡みつき、切り口がぼろぼろに崩れていく。
「……食堂のナイフとフォークでもあればな」
独り言のつもりだった。
向かいで火を見ていたルイセが、懐に手を入れた。
「どうぞ」
差し出されたのは、ナイフとフォークだった。
「……ずいぶん、用意がいいな」
「あの店から、持ってこざるをえなかったものです。キッド君のせいで」
まさかあの日、自分の喉元に突きつけられたナイフとフォークを、ルイセがまだ持っているとは思っていなかった。
そういえば、あのあと、この女の手を引いて、そのまま城まで連れてきたのは、たしかに自分だった。
「なんで、まだ持ってるんだ」
「軍師補佐を首になったら、ウェイトレスに戻らないといけませんので」
平らな声だった。冗談なのか本気なのか、相変わらず判じかねる。
「首にする予定は、ないんだがな」
「それは、何よりです」
ルイセは、それきり火に目を戻した。
キッドは、細いナイフで肉を切り分け、フォークで口へ運んだ。あの食堂で食べ損ねた肉料理とは、比べものにならない味だった。それでも、思っていたよりは、うまかった。
登るほどに、空気が変わっていく。薄くなるのではない。重くなるのだ。
最も高く険しい峰の中腹に、その洞窟は口を開けていた。
(……ここか)
キッドは、洞窟の奥へ目を凝らした。
奥から、何かが吹きつけてくる。風ではない。霊子だった。
強い霊子を持つ者なら、離れていても気配は感じ取れる。だが、これは、そういう生易しいものではなかった。嵐のように押し寄せ、肌を刺し、空気そのものを震わせている。まだ姿も見えないというのに。
(……これが、竜王か)
足の裏から、冷たいものが這い上がってきた。
こんなものを相手に、力を示せるのか。
そのとき、ふと、城に残してきた顔が浮かんだ。机の上の手紙を見つけて、にこりと笑う王女。目だけが、少しも笑っていない。その隣で、半泣きで剣を握りしめている緑の騎士。
(……ここで帰れなかったら、あの二人は、絶対に許してくれないだろうな)
不思議と、身体の強張りがほどけた。
「行くか」
「はい」
ルイセの唇が、短く動いた。キッドにしか聞こえないほどの、低い一言だった。その身体を、目に見えない力が満たしていく。
二人は、洞窟の中へ足を踏み入れた。
洞窟は、城の広間がいくつも収まりそうなほど広かった。
天井からは、牙のような鍾乳石が垂れ下がっている。壁には幾筋もの亀裂が走り、地面のところどころが黒く焦げていた。ただの岩穴ではない。何かが、ここで幾度も火を吐いてきたのだ。
やがて、行く手に、小さな山が見えた。
赤い岩山だった。
そう思った次の瞬間、キッドは、自分の目を疑った。
山ではなかった。
四つの足を折りたたみ、長い首を地に這わせ、巨大な翼をたたんだ、赤い竜だった。城の塔を横に寝かせたほどの巨体が、洞窟の奥を埋めている。
これほどの霊子を放つものを、一瞬でも岩と見た。自分の目が、目の前のものを信じまいとしたのだ。
竜が、目を開けた。
金色の瞳が、二人を見下ろした。洞窟の熱が、一気に上がったような気がした。
長い首が、ゆっくりともたげられる。
『……人の子よ。我がここにいると知って、なお足を踏み入れたか』
低い声だった。洞窟の岩そのものが震えるような声だった。
キッドは、一歩前へ出た。
「竜王の試練を受けに参りました。あなたの力をお借りしたい。どうか、挑むことをお許しください」
『ほう』
竜王が、四つの足を伸ばした。山が立ち上がったかのようだった。巨体の影が、二人をすっぽりと覆い隠す。
『久しいな。試練を求める者が訪れるのは。……よかろう。力を示せ。我が認めるに足る力を見せたなら、加護を授けよう。ただし、見るに値せぬ力であれば、生きて帰れると思うな』
「承知の上です」
キッドは、隣に目をやった。ルイセが、白と黒の双剣を抜いていた。
「火炎防護!」
淡い光が、二人の身体を包んだ。炎への守りの膜だ。
竜王について記された古い書物は、手に入るかぎり読んできた。竜王の炎の息には、広く焼き払うものと、一点に絞って撃ち抜くものがある。一点に絞ったものは防げないが、広く焼き払うものなら、気休めにはなる。
『遠慮はいらぬ。我を仕留めるつもりで来い。人の力で、この命が落ちることはない』
言われるまでもなかった。
キッドとルイセは、目を見交わすこともなく、左右へ散った。固まっていれば、炎の一息で二人とも焼かれる。
「ダークアイ!」
黒い球が、キッドの肩の横に生まれた。出し惜しみをしている場合ではない。
「ダークブレット!」
黒い弾が、竜王の前脚へ走った。一発、二発、三発。同じ場所へ、立て続けに。
すべてが、鱗に届く前に消えた。
霧のように散ったのではない。見えない壁にぶつかって、かき消えたのだ。
空の目を寄せて、弾の消えたところを見た。どれも、鱗のわずかに手前、同じ深さで消えている。そこに、何かがある。
気配を探れば、答えはすぐに出た。巨体の表面を、膨大な霊子が覆っている。肉体の外側にもう一枚、霊子の鎧を纏っているのだ。魔法は、鱗に触れる前に、その鎧に呑まれて消える。
(鱗の硬さをどう抜くか考えてたってのに……鱗にすら触れられないのかよ)
キッドは、氷の角を練り上げた。人の背丈ほどもある氷の錐を、竜王の胴へ撃ち込む。その陰から、ダークブレットを同じ場所へ。
氷の角は、鱗に届く前に砕け散った。黒い弾も、消えた。
竜王は、まだ一歩も動いていない。そこにいるだけで、すべてを拒んでいた。
キッドがまだ立っていられるのは、竜王の前で、ルイセが目を引いてくれているからだった。
振り下ろされる前脚の爪を、紙一重でかわす。唸りを上げて飛んでくる尾を、身を沈めてやり過ごす。どれも、かすめただけで人の身など砕く一撃だ。それを、あの女は、踊るようにくぐり抜けていく。くぐり抜けた先で、双剣が閃く。白の刃が走ったその筋を、間を置かず黒の刃が追う。竜王の前脚に、脇腹に、二つの刃が重なっていく。
傷は、ついていなかった。
「ルイセ! 魔法は、ほとんど届かない! 霊子の壁に消される!」
「二の太刀は、鱗まで届いています。ですが、霊子を割るのに勢いを取られます。粘るように」
竜王の爪をかわしながら、ルイセの声は平らだった。
キッドは、空の目をルイセの刃に寄せた。
たしかに、黒の刃は鱗に届いていた。だが、霊子の裂け目を抜けるあいだに勢いを削がれ、鱗に届いたときには、もう斬る力が残っていない。
(二振りで、霊子の壁を抜けている。……抜けた瞬間なら、鱗はむき出しだ)
確かめるなら、撃てばいい。
ルイセの双剣が、竜王の前脚を走った。黒の刃が抜けたあとを追うように、ダークブレットを撃つ。
乾いた音がした。
黒い弾が、鱗を叩いていた。傷一つつけられはしなかったが、消えずに、鱗まで届いたのだ。
続けて、刃から一呼吸遅らせて撃つ。今度は、鱗の手前で消えた。
二振りが抜けた直後だけ、鎧は口を開け、一呼吸もしないうちに閉じる。閉じる前に、勢いの死んでいない刃を、もう一度そこへ届かせられれば。
「ルイセ! 二振り目が抜けた一瞬だけ、霊子が開く! 閉じる前に、そこへもう一太刀届けば――」
言いかけて、キッドは、それが無茶だと気づいた。二振りの刃は、もう振り抜かれている。振り抜いた刃が戻るより早く、同じ筋へ次の刃を重ねる。人の腕に、そんなことができるとは思えない。
ルイセが、竜王の尾を跳んでかわした。着地して、ちらりとこちらを見た。
「狙うのは、胸です。心臓の上」
「……できるのか?」
ルイセは、もう竜王へ向き直っていた。答えはない。
「――頼む。俺も、そこへ撃ち込む」
何をするつもりなのかは、わからない。それでも、この女は、できないことを口にしない。
キッドは、ダークアイを竜王の胸もとへ滑り込ませた。ルイセの剣が届かない、ぎりぎりの間合いまで。ルイセが傷を開いたなら、その刹那に、ありったけの黒い弾を叩き込む。
ルイセが、竜王の前脚の爪をくぐった。長い首の下へ潜り込む。竜王の胸が、頭上を覆う壁のように迫る。
ルイセが、地を蹴った。
踏み込みの一歩で、その姿が消えた。影だけが、遅れて地を走った。踏み込んだ脚の勢いがそのまま跳躍に変わり、跳躍の勢いが、そのまま刃に乗る。
そして、キッドは、それを見た。
白と黒の刃が、奔った。
声は、なかった。
風も、なかった。
洞窟の熱に揺らいでいた空気が、刃の通ったところだけ、何事もなかったように凪いでいた。舞い上がっていた灰の一粒さえ、刃の筋を避けるように、そこに浮いたままだった。
空の目が、かろうじてそれを捉えていた。白の刃が霊子を割り、黒の刃が裂け目を抜ける。その二振りが戻るより早く、白と黒の刃が、もう一度、同じ筋へ重なっている。
腕は、二本しかない。剣も、二振りしかない。それなのに、刃筋は四つあった。
四つの刃筋が、一度に走ったようにしか見えなかった。
(……これが)
名前しか聞いていなかった、あの技だ。あの日、ソードが、その身で受けたものだ。
竜王の胸の鱗が、裂けていた。
キッドは、我に返った。
「ダークブレット!」
黒い弾が、裂け目へ吸い込まれていった。何発も、何発も。
ルイセが、竜王の胸を蹴って跳び退く。
キッドは、次の弾を撃とうとして、手を止めた。
竜王の胸を、見た。
傷が、なかった。
裂けていたはずの鱗が、もう閉じていた。黒い弾が吸い込まれていったはずの場所は、何事もなかったように滑らかで、その上を、再び霊子の鎧が塞いでいる。
「……嘘だろ」
声が、掠れた。
斬った。撃ち込んだ。それでも、鱗も霊子も、一瞬で塞がった。
生き物としての、格が違う。
キッドには、まだ一つ、切っていない札があった。ダークブレットを超える一撃。正真正銘、最後の切り札だ。
だが、その札一枚では、霊子の鎧と鱗を抜いて、深手を負わせるまでには至らない。しかも、それは弾のような速さでは運べない。あの間合いからでは、裂け目が塞がるまでにたどり着けない。たどり着いたとしても、あのわずかな裂け目には大きすぎる。
(……勝てない)
その言葉が、頭をよぎった。
この女を、ここまで連れてきたのは、自分だ。
「……すまない、ルイセ」
口から、こぼれていた。
返事は、すぐには来なかった。
ルイセが、着地した場所から、ゆっくりと立ち上がった。膝が一度、沈みかけた。
双剣を握る手が、震えていた。あの技を放った腕だ。緑の都を発ってからしばらく、茶器を持つ手が震えていたのを、キッドは知っている。
その手で、ルイセは、双剣を構え直した。
いつもと同じ高さに。いつもと同じ角度で。
「謝るのは、まだ早いです」
平らな声だった。
「まだ、終わっていません」
竜王の金色の瞳が、初めて、真正面からルイセを捉えた。




