↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「暗殺(しごと)か?」「はい、給仕(しごと)です」から始まる、魔導士と元暗殺者ウェイトレスの戦記ファンタジー  作者: グミ食べたい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/33

第12話 託す者

 翌朝、キッドが執務室の扉を開けると、中に先客が二人いた。

 一人は、窓際の壁に背を預けたルイセ。もう一人は、扉の脇に立つ、白と緑の軍服だった。剣の柄に手を添え、背筋をぴんと伸ばしている。


「おはようございます、キッド様! 本日より、道中の護衛を務めます!」

「……まだ出立してないだろう」

「務めます!」


 コレットの声が、朝の執務室に響いた。

 ルイセは、何も言わなかった。窓の外を見ている。その横顔から、何を考えているのかは読めなかった。

 ほどなく、ルルーも書類を抱えて姿を見せた。出立の日取り、供の数、緑の公国へ先触れに出す使いの人選。詰めねばならないことは、いくらでもある。

 ひととおり段取りがまとまったところで、ルイセが壁から背を離した。


「では、私も同行します。護衛が必要でしょう」


 平らな声だった。


「不要です! キッド様の護衛は、私です!」

「……王女の護衛の話をしているのですが」


 その声が、わずかに冷えていた。

 ルイセとコレットの視線が、キッドの机を挟んで交わった。火花が見えた気がした。

 キッドは、口を開きかけて、止まった。

 ルイセを置いていく理由はない。帝国と境を接する国へ行くのだ。何が起きるか、わかったものではない。

 ただ、一つだけ、見過ごせないことがあった。


(……ジャンは、こいつの顔を知っている)


 あの夜、この女と刃を交えたのは、自分とジャンの二人だった。紺の軍師補佐として公国の宮廷に立てば、ジャンの目に留まらないはずがない。そしてジャンの周りには、その名を聞けば黙っていない者たちがいる。

 キッドは、言葉を選んだ。


「ルイセ。来てもらうのはいいが、軍師補佐としてじゃなく、王女の侍女として付いてきてくれないか」

「……侍女、ですか」


 ルイセの声が、また低くなった。平らなまま、明らかに不本意だとわかる低さだった。


「紺の軍師補佐が、武官として同盟の場に顔を出せば、緑の保守派は探りに来たと勘ぐる。王女のそばに控える侍女なら、誰も気に留めない」


 表向きの理由としては、筋が通っているはずだった。コレットの前で、本当の理由は口にできない。

 ルルーが、ちらりとキッドを見た。それから、何も言わずに小さくうなずいた。察したのだろう。この王女は、ルイセがかつて何と呼ばれていたかを知っている。

 コレットのほうは、隠しきれない笑みを浮かべていた。


「なるほど、名案です! では、キッド様の護衛は、やはり私が――」

「……命令とあれば」


 コレットの言葉にかぶせるように、ルイセが言った。声の温度が、さらに一段下がった。

 キッドは、その冷たさには気づかなかったことにした。


「服は、城のほうで用意させる」

「大丈夫です。こちらで用意できます」


 即答だった。

 キッドは、少しだけ引っかかった。侍女の服など、この女がどこで用意するのか。

 だが、城の侍女たちに任せれば、採寸だ仮縫いだと、寄ってたかって着せ替えにかかるのが目に浮かぶ。この女は、人に構われるのを好む質ではない。自分で用意できると言うのなら、そのほうがいいだろう。


「……わかった。じゃあ、四人で行こう。ただ、問題は俺たちがいないあいだの城だな」

「レオス将軍に、お願いしましょう」


 迷いのない声だった。キッドが胸の内で考えていた名と同じだった。


 馬屋の前で、レオスは馬の蹄を検めていた。

 キッドとルルーが並んで現れると、老将は手を止め、ゆっくりと身を起こした。用向きを聞き終えるまで、口を挟まなかった。


「わしに、留守を預けると」

「騎士団の稽古と、城の守りの手伝いを。国の政は、陛下のお名のもとで、文官たちが見ます」


 レオスは、蹄鉄を打つ槌の音が遠くで二度鳴るあいだ、黙っていた。それから、ルルーのほうへ向き直った。


「王女殿下。一つ、申し上げてよろしいか」

「どうぞ」

「わしは、ついこのあいだまで、この国に剣を向けていた男です。その男に、主のおらぬ城を預ける。……わしが軍師なら、止めますな」


 老将の声は、低かった。脅しでも、謙遜でもない。ただ、言わねばならぬことを言っている声だった。

 ルルーは、少しも迷わなかった。


「レオス将軍は、紫との戦で、崩れかけた陣をすぐに守りへ切り替えられたと聞きました。兵を無駄に死なせない戦い方を、選ばれた方です」


 レオスの眉が、かすかに動いた。


「そういう方が、この国の兵を危うくするとは、私には思えません。……それに、今の言葉を口にできる方なら、なおさらです」


 誰も、何も言わなかった。

 やがて、レオスは深く頭を垂れた。


「……お預かりいたす」


 ルルーが先に馬屋を離れたあと、レオスはキッドを呼び止めた。


「城門の鍵を、二つに分けたな。文官長と近衛長、二人の印がなければ、門も兵も動かせんようにした」

「……気づいてたか」

「それに、旧紫の街道筋にも、何やら糸を張ったろう」


 キッドは、答えなかった。答える必要がなかった。

 レオスは、喉の奥で笑った。


「それでいい。王女が信じ、軍師が備える。それで国は保つ。……わしが逆の立場でも、そうする」


 老将は、再び馬の蹄へ目を落とした。

 キッドは、その背に小さく頭を下げた。


 その夜、執務室を出たところで、キッドは足を止めた。

 廊下の窓辺に、ルイセが立っていた。待っていたのだろう。


「侍女の件でしたら、承知しています」

「本当の理由を、言っておこうと思ってな」


 ルイセが、こちらを見た。


「ジャンは、お前の顔を知っている」


 ルイセは、黙った。その目が、伏せられる。あの夜、刃の向こうに立っていた二人のうちの、もう一人。忘れているはずがない。


「……それでも、私を連れていくのですね」

「ああ」


 キッドは、うなずいた。


「お前が要る」


 理屈なら、いくらでも並べられた。帝国と境を接する国だ。緑の内には、ジャンを快く思わない者もいる。何が起きても、ルイセがいれば切り抜けられる。けれど、口から出たのは、その一言だけだった。

 ルイセは、しばらくキッドの顔を見ていた。


「……わかりました」


 その声が、いつもより少しだけ柔らかく聞こえたのは、気のせいだったかもしれない。


「ジャンには、着いたら俺から話す。あいつなら、わかってくれる」




 出立の朝、城門の前には、旅支度を整えた一行が並んでいた。

 ルルーの馬車と、護衛の騎兵が数騎。道案内のコレットは、白と緑の軍服で馬上にある。門の脇では、レオスが騎士たちを並ばせていた。

 足りないのは、一人だけだった。


「ルイセさん、遅いですね」


 ルルーが城門の奥を振り返った、そのときだった。

 石畳を踏む、軽い足音がした。

 キッドは振り向き、そして、固まった。

 ふくらはぎまで届く、黒のワンピース。その上に白いエプロンを重ね、腰の後ろで紐を蝶の形に結んでいる。白い襟と袖口には糊がきき、結い上げた黒髪には小さなヘッドドレス。

 見覚えがあった。忘れられるはずもない。あの昼下がりの食堂で、キッドの背筋を凍らせた装いだった。


「お待たせしました」


 ルイセは、何事もないように一礼した。両手に、旅の荷を一つずつ提げている。


「その格好は……」


 ルルーが、目を丸くした。キッドは隣でため息をつく。

 そんな二人の様子を知ってか知らずか、ルイセは平らな声で答えた。


「ウェイトレスの仕事で使っていたものです」


 心なしか、胸を張っているようにさえ見えた。


「王女のお世話をして、給仕をするのでしょう。ウェイトレスの服なら、これより良いものはありません。……侍女とは、こういうものでしょう?」


 真顔だった。

 キッドは、その顔をじっと見た。からかっているのではない。何かを企んでいる顔でもない。この女の顔なら、いくらか読めるようになってきた。


(……本気だ。こいつ、本気で言ってる)


 暗殺(しごと)と給仕(しごと)を、平然と取り違えた女だ。侍女とウェイトレスの区別がつかなくても、何の不思議もない。


「……念のために、城の侍女の服を用意しておくべきでした」


 ルルーが、困ったように言った。

 ルイセの動きが、一拍、止まった。


「……この服に、何か問題があったのでしょうか」


 小さなつぶやきだった。表情は変わらない。ただ、荷を提げた指に、かすかに力がこもったように見えた。

 キッドは、額に手を当てた。

 今から着替えさせるか。いや、緑の公国には到着の日取りを知らせてある。今から寸法の合う服を見繕っていたら、出発はいつになるのかわからない。見送りの騎士まで並んでいるというのに。


「……でも、よくお似合いです」


 ルルーはもう吹っ切った顔をしていた。


「このまま参りましょう。見た目には、侍女とそう変わりませんし」


 たしかに、黒と白の装いは、城の侍女と並べても、さほど違いはない――かもしれない。知らぬ者が見れば、侍女にしか見えないだろう、きっと。


「そ、そんな格好で、王女のお供を……」


 コレットが、馬上で口をぱくぱくさせていた。何か言いたいのに、何を言いたいのか、自分でも整理がつかない顔だった。

 門の脇では、レオスが腕を組んだまま立ち尽くしていた。長い沈黙のあと、老将は一つ咳払いをした。


「……軍師補佐殿は、ウェイトレスもなさるのか」

「元の本職です」


(嘘を言っていないのが恐ろしい……)


 口には出さなかった。

 ルイセは侍女らしく、ルルーに続いて馬車に乗り込んだ。キッドも、その後に続いた。


 一行は、城門を出た。

 道案内のコレットが、自分の馬で先頭を行く。ときおり振り返っては、馬車の窓を気にしているのが見えた。

 キッドは、向かいの席に目をやった。

 ルルーの隣で、背筋を伸ばして座っているウェイトレス姿が、朝日の中で、妙に馴染んで見える。頭を抱えたくなる格好だった。

 だが、本当の問題は、服ではない。


(……ジャンは、あの顔を知っている)


 道は、西へ延びていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。