魂の色
一日置いて俺はクリムゾンに与えられた森小屋に来ていた。来ているのは俺一人だ。
普通三歳児を森小屋に一人で向かわせるって危ないと思うだろ?はじめてのおつかいにしたってそんなにハードル高くないよね。
だがクリムゾンの話では森小屋周辺に結界を張って、俺以外の人間は迷って小屋にたどり着けなくなる魔法をかけているらしい。
何だろうすごく便利な気がする。具体的に自家発電中に親が部屋に近づけないようにするとかで使えそう。
冗談はさておき。たどり着いた森小屋は意外と良い感じのロッジのような作りだった。見た目は大き目の丸太小屋といった感じか、魔女の館というよりは避暑地の別荘感がある。ま、元々魔女の家じゃなくて森林管理の人間が使う小屋だったようだ。だから、怪しさや禍々しさは無い。
ドアをノックしようと思ったが、扉は固いしノッカーは手が届かないのでドア前で叫ぶ。
「こんにちは、ウィリアムです!」
「…鍵は開いとるの」
扉を開けて中に入ると、中もやはり綺麗なつくりの丸太小屋だ。
もっと小汚くて歪な作りをしたものなら魔女の館だと感じただろうが、こんな小奇麗な家の中に魔女そのものが鎮座していると違和感でしかなかった。
「来たの」
「改めまして、ウィリアム・スカーレットです。よろしくお願いします」
一応今日から魔法を教えてもらうのだ。師匠になるんだから、礼を尽くしておかないと。
そう思って俺は頭を下げたのだが、クリムゾンから反応がなかった。
違和感を感じて頭を上げると、鼻先に杖の先端が突き付けられていた。
いつの間にかクリムゾンは立ち上がり、杖をその枯れ枝のような腕で突き付ける。
「えっと…」
「話の前にまずヌシが何者なのかから話してもらおうかの」
その瞬間、背筋をぞわりと寒気が抜けていった。
杖の先に魔力が集まり、それが明らかな敵意を持っていたのだ。ナイフを首筋に突き付けられたように身体が硬直する。
「お、俺は…」
「偽ることなど、できるとは思わぬことだの。ヌシはあの時感じておっただろう、ワシの目は魔眼だからの」
今度は全身を舐めまわされるようなあの感覚が俺を襲った。クリムゾンの目は紫に光り、俺の中の何かを捉えているようだ。
「俺は、ウィリアム・スカーレット…それ以外の者じゃない、それは本当だ。三歳児だし、剣も魔法もろくに使えない、アンタに何かできるような者じゃない!」
パニックになってそんな風に言ったものの、後から考えれば普通の三歳児はそんな言い方出来るもんじゃなかったと反省した。
だが一応クリムゾンには意図が伝わったのか、杖からは魔力が消えた。
「確かにヌシにワシをどうこうできる力はなさそうだの。しかし、ワシの魔眼はヌシの魂の色も観ておる、ヌシの異常性を看破できぬほど耄碌はしとらんぞ」
「魂の色?」
「魂というものは生きていく時間に従い色づいていくもの。ヌシの魂の色は三歳の子供のものではない、よもやヌシはその身体を乗っ取った魔族ではなかろうの」
「断じて違う!…俺は確かにただの三歳児じゃない。でも俺はもうウィリアム・スカーレットだ。ウィリアム以外の何者でもないし、ウィリアムとして生きていくんだ」
俺の言葉に、クリムゾンは杖を収め魔眼を解いた。
「ふん。ではなぜヌシはその様な事になっておるの。説明の一つもないのであれば、ワシはヌシに魔法を教えることなどとてもできはせんの」
「それは…」
そう言われて俺は少し逡巡した。
後から思えばここでクリムゾンにすべてを話して魔法を教わる選択をしたのは間違いではなかった。
だが、普通に考えれば俺が異世界からの転生者だということは伏しておいたほうが、生きて行く上で好都合のはずだし、魔法もそのうち覚える手段があるはずだ。
だがそうしなかったのは、案外俺自身どこかで吐き出したかったのかもしれない。誰かに知っておいてほしかったのかもしれない。
前世の俺が、27年間生きていたということを。
俺は意を決してクリムゾンに向き直る。
「俺が今から話すことは誓って真実なんだが、荒唐無稽で信じがたいことばかりだと思う。でも信じても信じなくても、誰にも秘密にしておいて欲しい」
「ふむ…アネモネ」
クリムゾンに呼ばれ、奥から一人の子供が出てきた。応接室で見たフードの子供だ。今日もフードを目深にかぶり、その奥が見えない。
「アネモネも聞いておけ。他言無用は承知するが、この家の中まで気を使わんとならんのは面倒だからの。ヌシもそれでよいの?心配せずとも他言無用は守らせるからの」
「わかった、じゃあーー」
話を始めようとした俺を、クリムゾンが右手で制した。
「まあ待て。長くなりそうだし急ぐ話でもなかろう?まずは座れ。アネモネ、茶を用意するの」
しばらくしてからアネモネが用意した茶を飲みながら、俺は自分に起きたことをクリムゾンに話した。
とはいえ、俺自身何が原因かは何もわからなかったから、話せたのは転生した事実くらいだが。
あとは異世界の事か。食いついてきたのは文化や魔法のない技術関連の話だったが、あまりに長くなりそうだったからその辺りは追々ということになった。
「俺の話、信じる気になったのか?」
「全てを信じられるほど情報も信憑性も無いがの…少なくともヌシが転生者である事は確実であるし、妙な知恵も持っておるが魔法はからきしという矛盾から考えれば、異世界というのも否定するような話ではなさそうだの」
「それだけで充分だよ。まるっと全肯定の方が警戒するし。さっきみたいに殺されそうにならないだけ良いし」
「ふん、ただの脅しに警戒しすぎだの。ヌシを害せばこの領地から追っ手がかかる、そんな面倒な事本気で考えるわけがなかろう」
「……マジかよ、ビビって損した」
「ワシとしては都合よく話が進んで楽だったがのぅ」
ふぇふぇふぇなんて笑うクリムゾンは、傍からみたら本当に御伽噺の悪い魔女にしか見えない。
が、俺にとっては悪い魔女って事もなさそうだ。
「にしてもの。ヌシ、猫をかぶっておったのかの?」
「そんなつもりはないけど、ある程度違和感ないように気は付けるだろ。前世の記憶があっても俺はあくまで三歳児、ウィリアム・スカーレットなんだから」
俺はもう前世の名前も捨てた。帰る手段があっても、帰るつもりもない。死んだ人間が生き返っても困るだろうしな。
生まれ変わって三年で、その辺りの踏ん切りはつけておいたのだ。
「何にせよ、宜しく頼むよクリムゾン師匠」
「…図太いのかお人好しかわからんが、つい今しがた殺されかけたと思った相手への対応とは思えんの」
俺が差し出した手を握りながら、クリムゾンは苦言のような言葉を漏らす。
「まぁ、ワシが鍛える以上、生半可な修行にならん事は覚悟しておくといいの」
逃がさないとばかりに手を強く握りながら、ニヤリと笑うクリムゾンに、俺は早まった選択をしたのかと冷や汗を流した。
『ワシは準備があるからの。ヌシはコレを三日以内に暗記せい。注意しておくが、くれぐれも声に出して読まない事よの、大変な事になるからの。あとこれは見つからないよう隠しておいて、見られそうになったら燃やして破棄するがいいの』
そういって渡されたのは人族語で書かれた呪文だった。火、水、風、土、光と五種類に三つずつ書かれている。
『ワシの方はこの家を拠点にする準備をするからの。ヌシの修業はそれを終えてからだの』
それが三日後らしい。とりあえず俺も準備しなければ。
一応、ジョセフからは許可が下りた。苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、アマリエが手を回していたようで口頭ではあるが主命ということで話が下りてきたらしい。ただし剣術指南と家庭教師も付けることになってしまい、ゆとりとはかけ離れた超スパルタ詰め込み教育が完成してしまった。
俺の休みはあるのだろうか。昭和日本もびっくりのブラック状態だ。
「魔法の為ならえんやこら、か…」




