兄と従兄弟と確執と葛藤
あれから半年がたった。
アマリエは相変わらず魔法の先生を探してくれていた。いいとは言ったんだが頑として譲らなかった。俺が我慢してると思ってるみたいだ。
俺といえば、ジョセフの言ったようにマナーや勉学に精を出している。
正直、三歳でやるにはかなりハードな内容なんだけど、覚えがいいからってどんどん詰め込まれるんだよな。
庶民の識字率はなかなか高くないらしいが、スカーレット家の使用人ともなると全員が一般的な読み書きと計算位はできる。
その中であっても、俺は三歳児にしてかなり優秀な成績だ。
読み書きは一から覚えなおしだが、四則演算に関しては一応大卒なんだから出来て当たり前なんだけど、それでも家庭教師から「ウィリアム様は天才ですね」なんて言われたらちょっと嬉しくもなる。
こういう所は転生万歳だね。
あと最近よく連れて行かれるのがジョセフがよくいる道場だ。
辺境公家所属の騎士の訓練道場で、見稽古と称して連れて行かれるのだが、もしかしたらある程度俺の行動を監視しておきたいのかもしれない。
「父様はきっと、ウィルの事が心配なのですよ」
とエフィーリアは言っていたが、何を心配しているのやら。
むしろあのジョセフに、そんな子煩悩な面があるとは思えないのだけれど。
連れて行かれるとは言ったものの、見稽古は結構面白かった。
それこそ素振りを見ているのはさすがに面白みに欠けるが、打ち合いともなれば実践形式で技を出し合ったりもするのでスポーツ観戦をしている気分になるのだ。
道場には騎士だけでなく騎士見習い――入団予定の未成年もいるのだが、その中でも目立って強かったのがジャクソン・スカーレットこと俺の兄だった。
「――ハッ!」
「ま、参りました」
剣をはじき、尻餅をつかせて決着。相手の若い騎士も頑張ったとは思うが相手が悪かった。ジャクソンは騎士に手を差し伸べて立ち上がらせると、お互いに礼をして場外へ出る。
「兄様お疲れ様です」
「ありがとうウィル」
見稽古に来るようになってからジャクソンにタオルを渡すのは俺の役目になっていた。普通は可愛いマネージャーあたりが良いんだろうが、生憎とうちの騎士団は女子禁制らしい。
「やっぱり兄様は強いですね」
「いや、まだ父様の足元にも及ばない」
「兄様はまだ見習いなのに目標が高すぎですよ」
ジャクソンは十三歳にして既に若年騎士よりも恵まれた体格をしていた。まだまだ成長途中であるそうで、このままいけば父を追い越す可能性もあるかもしれない。
父をも超えるゴリマッチョになりそうだが、剣に対するひたむきさと生来の性格の良さが合わさればモテモテ路線も見えてくるというものである。
「ウィルもそろそろ剣を振ってみるか?」
「僕にはまだ早いと思いますけど…」
「俺がウィルくらいの頃には木剣をおもちゃ代わりにしていたんだがな。ウィルは、剣が嫌いか?」
「嫌いじゃないですよ」
これは本当だ。男としてやっぱり騎士道というのは一種の憧れがある。
中二心をくすぐってくるというのもあるが、ジャクソンを見ていて思ったのだ。ひたむきに剣に向き合う兄の姿はかっこいい。
もちろんまだまだ負ける事もあるが、それでも腐らず曲がらず向き合う姿勢は、たとえ汗や泥にまみれていてもかっこいいのだと素直に思えた。
「兄様は強いですし、一生懸命なところもすごいです。僕も兄様みたいに剣が振れるようになりたいです」
ジャクソンはニカッと笑って俺の頭をなでるが、少し困った顔を見せた。
「でも、魔法を覚えたいんじゃないか?」
「アマリエ様に聞きました?」
「ああ。ウィルは魔法の才能があるとおっしゃっていた」
「僕は父様や兄様に迷惑をかけてまで魔法を学ぼうとは思っていません。それに、父様の言う通り兄様達の手助けが出来るようになる勉強も大事です」
「お前は聞き分けが良すぎる。成人するくらいまでは少々の勝手は許されるんだぞ?魔法に関しては、父様が何というかわからないが…」
確かに以前の剣幕を考えたら、うんと言ってくれるはずもないだろう。
「本当に、今は良いんです。家同士の事もありますし…」
魔法を学ぶにあたって父ジョセフが反対しているのは、やはりボルドー家の事だった。
俺は直接関わったことはないが、確執があるというのはよく耳にした。
同じモリエール辺境公の陪審貴族。騎士団を一手にまとめるスカーレット家に対し、魔法使いを一手にまとめるボルドー家。
当主同士も反りが合わないらしく事あるごとに対立しているのだとか。
主君のモリエール辺境公は叙任当初から仕えるスカーレット家を重用しているが、臣下の対立を良しとしていないので最悪どちらに傾くかわからないのだ。
役職で言えばどちらも同じくらいの重臣であり両家から主君への嫁入りもしている。わざわざ他所から正妻を迎えてまで気を遣った上で。
今両家は非常に絶妙なバランスを保っている状態なのだ。
ここで俺が魔法を学びたいとボルドー家の門を叩けば、要らぬ争いが勃発するかもしれない。
「三歳でそこまで考えられるなんてお前はすごいよ」
ジャクソンからしてみれば、家同士が仲が悪いからワガママは言えないな、くらいに俺が考えていると思っているのだろう。
ま、そこはあえて否定すまい。それこそ面倒だし。
それに希望もある。魔法が戦力にならないような微妙な物であれば、ボルドー家もでかい顔などできないだろう。つまり、魔法はそれだけ大きな戦力なのだ。火種や飲み水以外の使い道があるはず。
それまでは体を鍛えるのも良いだろう。魔法使いになりたいからって、貧弱では色々と大変そうだしな。
「次、ジャクソン!前へ」
師範代の声にジャクソンが振り向く。
「はい!…じゃあ、行ってくる」
「頑張ってください」
だが俺の思いはあっさりと蹴り飛ばされた。
「ウィル!」
稽古も終わり、屋敷のリビングでジャクソンやエフィーリアとティータイムと洒落込んでいると、一人の少年が部屋に飛び込んできた。
一言でいえば全世界イケメン大会少年の部優勝候補だ。
生まれ変わってから俺はエフィーリアの遺伝子を濃く継いだのか幼いながらも将来性のある顔立ちに生まれた。大変ありがたい事である。
だが、飛び込んできた少年はそんな俺を無に帰すが如き次元の違うイケメンだ。オーラからして違う。
そんなイケメンボーイがイケメンスマイルを振りまきながらイケメンハンドで俺の手を取る。
「ウィル、久しぶり。最近ちっとも遊びに来てくれないじゃないか」
やめてくれ、そんなイケメンスマイルを直接俺に向けないでくれ!俺の中の黒い部分が浄化されてしまう!
「パーシヴァル様?まあ、急にどうされたのです?」
「やあエフィーリア、ジャクソン、こんにちは!今日はウィルと遊びに来たよ」
唐突にやってきてそんなことをのたまう少年。普通はそんなこと許されるはずはないのだが、彼は許されるのだ。イケメンだから!
…ではなく、主君の息子だからである。
「はぁ、はぁ、パーシヴァル様」
呆気に取られていると、また入口に人影が見えた。
一人は老人だがビシッとした執事服に身を包んだ使用人で、セバスチャンと呼びたくなる感じだ。今は走ってきたのか息を切らしている。
「大丈夫?こらパーシヴァル、急に走ったりしてダメじゃない!ごめんなさいね、義姉さん、ジャクソン、ウィル」
もう一人はアマリエだった。息子のはしゃぎぶりに眉を寄せたしなめながらそれぞれに挨拶をくれる。
「ごめんなさい母様。でも、久しぶりだったから」
「僕こそごめんなさいパーシヴァル様、最近全然お屋敷に伺えなくて」
「ウィルが謝らなくてもいいよ、最近いっぱいお稽古とか勉強とかしてるって聞いたし。でも、僕のことはパーシィって呼んでって言ったじゃないか、それに喋り方も!」
パーシヴァルは昔から俺のことを気に入ってくれていた。それこそまだ喋れない頃からだ。
だが小市民的な俺は精神年齢が二十以上歳上だとしても、どうしても硬くなってしまうんだよな。
何よりこんなイケメンをそんなどこぞの機関車みたいな名前で呼んでいいものかと言う気後れもある。
「それは…ほら、父様たちのこともありますし、二人で遊んでる時だけで、ね」
「わかったよ、でも絶対だからね」
やめてくれよ、そんな笑顔を外でふりまいたらすぐお持ち帰りされるぞ。
「こらパーシヴァル、今日は遊びに来たんじゃないでしょ」
「そうだった、行こうウィル!」
お、何だ?お持ち帰りされるのは俺だったのか?
「驚きなさいウィル、あなたの魔法の先生が見つかったわよ!」




