どっこい生きてた胸の中
どっこい生きてた。
……と言うと少々語弊がある。
27年間恋に生き、恋に死んだ俺はあの時確実に最期を迎えたのだ。
だが俺は気がつくと考え、呼吸をしていた。
視界はボヤけていたが光を感じる。
身体は水中にいるように緩慢としていたが、なんとなく動いていた。
最初はこれが死後の世界なのかと思ったが、どうやら違うようだ。
ぼやけた視界で光を感じ、腹が減ったら何か甘いものを口にし、疲れたら眠る。
最初は思考も朧げで自分が何者かもわからなかったほどだ。
しばらく…それこそ何カ月単位でそんな状態を繰り返した俺はようやくクリアになり始めた思考と視界で知ることになった。
俺は赤ん坊になっていた。
これはいわゆる転生状態だろうか?そんなもんラノベやアニメでしか見たことないんだが、どうやらそういう事らしい。
自分の手足をどう見ても、赤ん坊のプニプニプリティボディだ。身長低くて悩んでたが、一周まわってこれだけ縮むともはや笑えてくる。
「あーうー」
声も何か出しづらい。声帯が成長してないからか?リアルあうあうあー状態である。言葉にならないけれど。
それにしてもまさか俺にセカンドライフがやって来ようとは。
しかしこう言っちゃ何だけど、神様も何で俺なんか転生させてくれたんだろうな。というか、神様が転生させてくれたかもわかんないけども。会ってないし。
そうだよ、こういう転生って神様が何か色々教えてくれんじゃないの?あとチート的な能力くれたりさ、俺こそが主人公!って感じでいい感じにサクサク成長とか……
「うー…」
いやいや、赤ん坊に何ができるんだよ。せめてハイハイできるようになるまで食っちゃ寝するしかないんじゃね?
そもそもここがどういう所かもわかんないし。
ここはどこ?私は誰?記憶ははっきりしてるけど、何者か分からないの!
うーん、完全に変な人だ。
とりあえず周りを見渡してみるけど、ベビーベッドの中なのか天井しか見えない。
しばらく食っちゃ寝しかないかと思ったが、思い立った以上ここがどこなのかどういう世界なのか確認せずにはいられなかった。
しかし思いのほか赤ん坊の力は弱く、ふかふかのベッドの中で身体を動かしてみるがまともに寝返りもうてない。
ベッドの縁に手を伸ばしても届かない。完全に詰んだ気分になった。
色々と諦めかけた時、ふと人の声が聞こえた。
(お、何だ?誰か来たか?)
「――?――、――」
(ハイ?あんだって?)
「―――」
(サーセン、なに言ってるかサッパリッス……)
ぼんやりと聞こえるのは多分赤ん坊の耳だからなのかもしれないが、耳に届く言葉は確実に日本語ではなかった。英語や他の外国語とも違う、少なくとも記憶には無い言葉だった。
(異世界キター?)
そんな事を考えていると、視界を大きな影が遮った。と言ってもなんてことは無い、声の主がベッドを覗き込んできたのだ。
白人風の顔立ち、明るい茶色の髪、なんと言うか中世貴族風なドレス。
美人な女性がベッドを覗き込んで、俺を抱き上げた。
(多分この人が、俺の母親なんだろうな)
抱き上げて身体を揺らしながら俺をあやすその人は、満面の笑みを浮かべて俺を覗き込んできた。
子どもを抱く母親というのは、みんなこんな優しい顔をしているのだろうか……
(いや、今はそんな事よりも)
そんな事よりもだ。男として大事な物がそこにあるんだ、まさに俺の頬に押し付けられてるんだ。
うへへ。多分今の俺は赤ん坊にあるまじきゲスな顔をしてるに違いない。
しかし、男に生まれた以上堪能できる時に堪能しないわけにはいかないだろう!
思い立ってしまうと、俺の右腕にも力が入るってもんだ。メロンのようにでかいこいつの柔らかさを堪能してやるぜ!ヘイヘイ!
「―――?」
あ、サーセン、調子に乗りましたハイ。もうしません。ごめんなさいカーチャン。困った顔させて本当に申し訳ありませんです。今すぐ土下座でも何でもしますのでどうか通報だけはご勘弁を――
ぽろん。
と飛び出したそれに、ワタクシ一瞬意識が飛んでおりました。
意識が戻ってきた時目の前にあったのは真っ白く、肉々しく、瑞々しく、官能的で、野性的で、魅惑的で、蠱惑的な……生おっぱいでありました。
サイズ的には完全にボインであります。コインでもナインでもなくボインであります。
え、ええんか?男の前でそんな、はだけさせちゃって。ぺろぺろしちゃうぞ?ええのんか?
ツンと立った尖塔から母上の顔に視線を移すと、母上は不思議そうな顔で首をかしげております。可愛いしぐさであります。もう辛抱溜まらん――
(いや、違うだろ)
ちょっとドキッとしたけれど、はしゃいでる風を気取ってみたけれど、俺の俺様が俺様しなかったのは、俺の身体が赤ん坊だからってわけじゃいんだ。
でもまぁこれは赤ちゃんが吸う為にあるんやし…
意を決してぱくんと吸い付くと、口の中に甘い味が広がっていく。
多分腹も減ってたんだろうな、もう離れないんじゃないかってくらい吸い続けた。
吸って吸ってふと見上げると、そこには優しい笑顔があった。
愛情にあふれた笑顔。俺がずっとずっと求めてやまなかったもの。
いや、少し違うか。親には多分愛されていたはずだし。
でも、それでも、死んだときの記憶が残っていると、むき出しの愛情に晒されると、思ってしまう。
どうして俺は愛されなかったのだろう。
あんなに愛していたはずなのに、何がいけなかったんだろうか。
そんな想いが浮かんでしまえば一瞬だった。
ぽろりと瞳からこぼれた涙は、今吸い上げた母乳を全て吐き出してしまうかのように大粒になって流れ落ちた。
声を上げて泣きまくった。止められなかった。
母は急に泣きだした俺に慌てて右往左往している。
でも、どうこうできる余裕が無くて、結局泣きつかれて眠るまでひたすら涙を流し続けてしまった。
神様、もし居るのなら俺はちょっとだけアンタに文句を言うよ。
どうせ生まれ変わらせてくれるなら、こんな記憶を俺は捨ててきたかったんだ…




