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魔法のかたち

 ゆっくり深呼吸をする。


 何度か繰り返して、頭の中を混ぜる単語を追い出す。


 すると、色んなものが俺の中に流れ込んできた。


 森というのは、案外音の多い場所だ。


 色々と考えている時には聞こえなかった、木々が風にそよぐ音。


 鳥のさえずり、何かは解らないが小動物が動く音。


 俺自身が身じろぎして落ち葉がこすれる音。


 そして、隣から聞こえてくる小さな呼吸。


 木漏れ日や土の匂い。寝転ぶ大地の感触。


 五感で感じる様々な物。頭の中ではなく、自分の外側に溢れる全て。


 自然にはこんなにたくさんのものがあふれている。


 前世でキャンプに行ったときは、一緒に行った女の子にいい所見せようとばかり考えて、自然を見ていなかった気がする。キャンプギアやテクニックを仕入れまくり、それを披露して喜んでくれる彼女が見たかったのだ。


(結局その彼女は、グランピングやクルージングに連れて行ってくれる金持ちに取られたんだっけ)


 雑念が混じってくるが、そういう事ではない。


 要は本質を見失ってないか、という所だ。


『『これ』を理解するんだの』


 クリムゾンから向けられたプレッシャー。


 『これ』と言われたが、それは魔法ではないのだろうか。


 そもそも魔法って何なんだろう。


 今の理解で言えば、超常現象を起こす超能力、のようなものだ。


 精霊に魔力をわけてお願いする力。


 そう考えれば、実際魔法を使っているのは精霊なのだ。


 ん?でも、じゃあ…


「アレって、魔法なのか?」


 結局はクリムゾンから向けられた『これ』に帰ってくるのだ。


「ふぅ…じゃあ、魔法って何なんだ?」


 やっぱりそこに行きつくんだよなぁ。


 となると理屈としてどうあれ、精霊に使ってもらう『魔法』とクリムゾンの言う『これ』は同じものではないか。


 そもそも俺のイメージの中にある『魔法』は、誰かに使ってもらうものではない。加護や補助なんかはあったかもしれないが、術者が意図して使うものである。


「……で?」


 なんか惜しい所まで来ている気がする。とても惜しい気がする。


 目の前に出口と書かれた扉があるのに、そのカギが見つかっていないような感覚。


「こう言う時はスタート地点に戻って見直してみる、か?」


 スタートって何だろう?


 俺の魔法の始まり…


「水の精霊よ…」


 ここ数日で何千回と繰り返してきた呪文。


 それをゆっくり、ゆっくりと唱える。


「水の精霊よ…」


 魔法は発動させない。何度か繰り返すうち、俺はいつの間にか目を閉じていた。


「水の精霊よ…」


 例えるなら、銃を撃つことを理解しようとする感覚。


 狙い、トリガーを引き、的に当たる正確さを鍛えるのではない。


「水の精霊よ…」


 トリガーを引く、撃鉄が薬莢を叩き、火薬が弾け、弾丸が飛び出す。銃の中に余ったエネルギーは薬莢を外へ出し、撃鉄を起こして次の弾頭を備える。


「水の精霊よ…」


 どう言う理屈で魔法が発動されるのか、その一点に意識を向ける。


 繰り返すうちに、庭の端を水浸しにした時にはわからなかったものが感じられるようになってきた。


「水の精霊よ…」


 そう、水の精霊だ。そして俺自身の魔力。


 今まで意識していなかったが、自分の魔力は『見えやすい』ようだ。


 俺から出て行った魔力が、精霊であろう力の塊を通って、水の形に変換されて現実へ出てくる。


 その流れが確実に見え、その過程で精霊とその変換する流れが解った。


「水の精霊よ…」


 それでは、その変換を自分で起こす事は出来ないだろうか。


 精霊魔法という体系の話を総合すると、この現象はこの宇宙の物理法則ではなくこの世界の精霊という存在との取引…つまり意図的なものだ。


 それなら、魔力という材料を自在に操ることができれば、俺の意志で水の形に変換して現実世界に出力できるのではないだろうか。


「水の精霊よ…」


 魔力が水へ変わるところを意識する。


 魔力が変換されるのは一瞬の事。それを見逃さぬよう、何度も何度も繰り返す。


「水の精霊よ…」


 何度繰り返したかわからないほど、しかしそれほどの時間はたっていない。


 なにしろここ数日間、喉が枯れるほど繰り返したのだ。


 すでに、体には染みていた。魔力の流れが。


「……」


 よく魔法はイメージだと小説で読んだが、この世界の魔法はそこまで甘くない。


 もちろんイメージすることは大事だが、思う形は結果のそれではなく、魔力の形なのだ。


 その形作りをいつもは精霊に頼っているのだが、それを己自身で行う。


 まずは合わせる。魔力の形を。何度となく繰り返した形に。


「水の精霊よ…」


 途中、何度も何度もやり直しを繰り返す。


 写実デッサンを練習しているような気になる。


 前世で美術部の先輩を好きになった時、絵が上手くなりたくて何時間も没頭したことがあった。


 モチーフとスケッチブックだけが世界の全てかのように。


 今は手を動かさなくてもいい。なんなら声も出さなくていい。


 姿勢はいつの間にかあぐらをかき、少し背を丸め、自然と楽な姿勢を取っていた。


 五感は次第に曖昧になっていき、世界は己の『第六感』が支配する。


 没入とも言えるほどの集中。傍から見たら魂が抜けているようにさえ見えただろう。


 ただ精霊の描くモチーフに合わせて、キャンバスを俺の魔力で彩る。


 精霊の描いた形。


 俺の描く形。


 世界の形。


 水の形。



 集中。



 集中。



 集…



 …





「きゃあっ!」


 冷たっ!


 俺ではない甲高い声と、唐突な冷たい衝撃に我に帰る。


 目を見開いて…いや、いつしか開いていたが認識してなかった視覚を頭を振って呼び起こす。


 目の前にはずぶ濡れの少女。


 フードの上からバケツの水を被ったような濡れっぷりだ。


 同じく俺もずぶ濡れ。


 俺も同じく、バケツから水を被ったかの如く。


「今、何が起きた?」


「み、水が…」


 ミミズが?いや、水が?


 ずぶ濡れ少女アネモネの言葉に周りを見ると、俺たちだけじゃなく周り半径2、3メートルがしっとりと濡れていた。


「魔法…?俺、呪文唱えてたか?」


 集中し過ぎて判然としないが、多分唱えてなかったと思う。


 アネモネも、首を横に振った。


 でも、魔法が使えた。


 理屈が合ってた?


 改めて俺は両の手を憎きプールの前に突き出した。多分必要ないが、手を出した方がなんとなく前に意識を集中しやすい。


 自分の中から魔力を外に絞り出す。


 形を整える。水の精霊が作る形に。


 ゆっくり、ゆっくり…できるだけ正確に、その形をなぞる。



 バシャッーー


 俺の魔力が、空中で水に変わった。


「……出た……」


 横を向くと、アネモネがこっちを見ていた。


「出たよな?」


 コクコクと、小さな首を縦に振る。


 その仕草に、俺はようやく事実を噛み締める。


「出た……出た!出たよ!魔法、呪文無しで!」


 濡れているのもお構い無しで、俺はいつの間にかアネモネの手を取ってはしゃいでいた。ぴょんぴょんと子供のように跳ねながら。


「あはははは!あは、はうわっ!」


「きゃあっ」


 思ったよりも疲れていたのか、足がもつれて転んでしまった。アネモネももちろん巻き込まれてしまう。


「悪い、大丈夫か?」


 慌ててアネモネを見ると、彼女のフードが脱げていた。


 ココアのような柔らかい肌の色、薄桃色の瞳は大きく、同じ薄桃色の髪は短めにカットされているが、柔らかそうでとても綺麗だ。


 何より目を引いたのが、その髪の間から少し出ていた耳。


 顔の両側に、髪から出るようにピンと尖った耳。


 ダークエルフ、と言うのがぴったりくる容姿。


 なんとなく予想はしていたが、それでも衝撃的だった。


 なにせ今の俺と大差ない少女、三歳くらいの少女の美しさに少しドキッとしてしまったから。


 アネモネは飛び起きるとフードを被り直し、ギュッと両手で握った。


 もうフードが脱げないようにか、無かったことにしたいのか…でも俺は…


「なんだ、隠さなくてもいいのに。可愛いんだからさ」


「!!!」


 驚いたように、弾けるように、アネモネは駆け出していってしまった。


 その姿を、俺はただただ見送るしかできなかった…

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