Side:アネモネ
バタン、と重苦しい音を立て小屋の扉が閉まる。帰宅の気配に気づいた少女が、奥の部屋から顔を出した。
「おかえりなさい」
「アネモネ、茶を淹れてくれるかの」
「わかった」
アネモネは奥に引っ込むと、少ししてマグカップに茶を淹れて戻ってくる。
「なにかあったの?」
「一言で言えば、奴がとてつもない規格外だというのを思い知らされたの」
端的すぎる言葉に、アネモネはコテンと首をかしげた。
「そうさの……要は、冗談のような才能の持ち主という事だの。現時点で魔力量はワシ以上、この国なら宮廷魔導師が束になって釣り合うかどうかというところだの」
「凄い人、なんだね」
「それが奴の転生した事に起因するのか、魂がこの世界の波長に合っているのか、はたまたあの肉体の才能なのか…なかなか研究しがいのある素材だの」
ふぇっふぇっふぇ、とまさに魔女のごとき笑いを浮かべたクリムゾンに、アネモネは苦笑いを返す。
「センスもなかなか。何より『持って』おるの。あそこまでの才能は魔族にもまずおらんの」
(ここに来て、良かったなぁ)
新しいおもちゃを見つけた子供のようなクリムゾンの様子に、アネモネは少し目を細めた。
この地にたどり着くまで、苦労の連続だった。何よりアネモネ自身は力がなく、出来る事といえば下女の真似事くらいだ。しかも、まだ体も小さく満足にできているとは言い難い。
クリムゾンに頼り切りな現状を何とかしたいが、変えられない事が歯がゆかった。
だがこの地に来て大きく様変わりした。
家がある。日々歩き回って野宿も当たり前だった事から考えたら、屋根のある生活というだけでもありがたい。
街から少し離れているから、気を使って隠れる必要もない。
何より、クリムゾンが楽しそうだ。
それがアネモネには、何より嬉しかった。
「しかしの」
ふと、クリムゾンの顔に影がさす。
「どうか、したの?」
「進みが早すぎるんだの……本格的な魔法は半年は先になると思っておったが、この分だと一ヶ月も有ればその段階まで進みそうだの」
「それって……」
「そうだの。奴の習熟が早ければ、ワシが用無しになるのもその分早くなるの。そうなればの……」
「ここを、出て行かなきゃ、いけない?」
「如何な貴族とて、用無しに棲家を与えてやる酔狂はおらんの。元よりひと所に住めぬ身だの、悲観する必要はないの」
「でも」
俯くアネモネの頭に、クリムゾンは優しく手を添えた。
「魔法の最奥はワシにもまだまだ見えぬの。せいぜい彼奴の興味を引いて、長引かせてやるの。何なら、ワシの研究の助手としてやってもいいかもしれぬの」
それは机上の空論だ。妄想でしかない。アネモネにもそれは理解できていた。
それでも、ただの慰めだったとしても、アネモネには暖かな言葉だった。
「うん、ありがとう」




