修行開始
今俺の目の前には巨大な穴があった。
サイズとしては学校の25メートルプールくらいだろうか。
これを目の前の婆……いやさ師匠、クリムゾンが瞬く間に掘ったのだ。もちろん魔法で。
日本でこんなこと出来たら重機屋は商売上がったりだな。
「さて、ヌシは既に魔力量だけでいえば一級の魔法使いと言って遜色ない所まできておるの」
え、マジ?俺って結構凄いの?
「だが今のところ宝の持ち腐れだの。いくら金持ちだろうと、財布に入れたまま貧乏人と同じ暮らしをしているなら、それは貧乏人と変わらないの」
ぐ…確かに。使い方の分からない金はもったいない事この上ない。
「ヌシには今から魔力を使う、増やす訓練を並行してやってもらうの。ヌシ、渡した呪文は覚えてきたかの?」
「ああ、もちろん一通り」
「なれば、一つ目の呪文を使いこの中を水で満たしてみるの」
「わかった。水の精霊よ―」
呪文を唱えると、ティアドロップなんかよりずっと大きな魔力が体から抜けていくのがわかった。そして、意識していたあたりにバスタブを満たすほどの水が現れ、穴の中に落ちた。
今まで使ったことのある魔法に比べ、各段に強い魔法にちょっと感動。だけど…
「あんまり変わんないな」
大量の水が出ただけでティアドロップと本質は一緒だ。地味である。攻撃魔法でも使えると思ったんだけど…
「文句があるなら帰ってもらってかまわんがの?」
「い、いや、そう言う訳じゃ…」
「ならさっさとするんだの」
俺はとりあえず視線を穴に向けた。
いくらバスタブくらいの量の水が出たとは言え、穴のサイズからしたら焼け石に水だ。貯めるまでどれだけの時間がかかるかわからない。
「やるから、コレにどう言う意味があるのか教えてくれよ…やっぱり、やる事の意味を知ってると知らないとじゃ、結果に差が出るだろう?」
「ふむ…言い分はわからんでもないがの……」
クリムゾンは逡巡するように俯く。
この辺りは教育意識の違いなんだろうか。職人気質の見て盗め、的な思惑が垣間見える。
「仕方ない、少しだけ説明してやるの」
そういうと、クリムゾンは手にした杖を俺に向けてきた。
「ーーっ!」
その杖先から、プレッシャーとでも言うべき強い力を感じて気圧される。実際にそこに何かあるわけではないのに、強い何かを感じた。
「『これ』を理解するんだの」
……え?
「それだけ?」
「これ以上は次だの」
「いや、それはあんまりにもーー」
「ヌシの言い分、聞くところはある……だがの、雑念は深い理解の邪魔にもなるの。いくら知識が大事だからと城の設計図を渡されたとて何から手をつければいいかもわからぬだろうの?」
「それは、まあ確かに…」
「コレは基礎の基礎だの。城を建てる地面の均しかた、そう考えるんだの」
言うが早いか、クリムゾンは踵を返す。
「ちょ、どこ行くんだよ」
「少々疲れたの。理解できたら言いに来るんだの」
行っちゃったよ……
「ってもなぁ…」
頭をかきながら悩む。正直何が何だかさっぱりだ。
「とは言え…何かできることもないし、言われたようにするしかないか」
兎にも角にも、俺は呪文を唱える事にする。
地味な…ひたすらに地味な修業が始まった。
◆ ◇ ◆
「師匠?これってどう言うことなんスかね…?」
俺の目の前には空っぽの穴があった。
所々水たまりはあるが、ほぼプールのサイズから見れば空っぽだ。
目の前のクリムゾンに文句を言いに行きここまで引っ張ってきたが、当の本人はさもこちらが悪いかのようにジト目で見返してきた。
「どうとはどういうことかの」
「いや、どうもこうも!結構な量の水が溜まってきたかと思ったら、突然排水溝みたいな穴が開いて全部出て行ったんですけど!?」
言われてからひたすら水を溜め、呪文でのどが痛くなってきた頃、唐突に変な音がしたかと思えば、トイレを流した時のごとく渦を巻いて水が流れて行ってしまったのだ。
水がなくなった後、穴の中央に見知らぬ穴が空いており、そこから全部流れ出たようだ。
おそらくはある程度の重さで壊れるくらいの蓋がしてあり、水が溜まって決壊したのだろう。それかサイフォン式か?どのみち、課題の『満たす』には無理があることが分かった。
「そういうものだからの」
「そういうものって……元よりそういう仕掛けだってこと?」
「そうだの」
なんの嫌がらせだ。とんちか?とんちなのか?橋の真ん中を渡れ的なあれなのか?
「はぁ…ヌシ、なんか阿呆な事を考えておるの」
「へ?いや、そんな事は…どうすればいいのか考えてるだけだって」
「察しの悪いヌシにもう少しだけ教えてやるの。課題はこの穴を魔法の水で満たす事、条件としては穴をはじめとする環境を変えぬ事、使って良い呪文は先に伝えた一つ、後はヌシが考えるの」
「えぇ…」
そこまで言うとクリムゾンは踵を返した。
が、歩き出してすぐ足を止める。
「ヌシにはヒントを与えたの。既に答えも目の前にしておるの。その事に気づいていないだけだの」
それだけ言うと、クリムゾンは再び小屋へ戻って行った。
「答えを前にしている……って、どう言う事だ?」
俺はすっかり途方に暮れてしまった……




