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調和と大地の迷宮  作者: 旅燕
シプレ編

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束の間の

「それじゃあ、今日はこんなところか。みんな、お疲れ様」


 一日の総括が終わり、ディーンが帳簿を閉じる。コミティス、リラ、月船が立ち上がって、自分たちの部屋に戻ろうと一歩踏み出した時だった。


「みんな、少しだけ時間をくれないか!」


 そう言って声を張り上げたのはアルタリアだった。思い詰めたような顔をしている。


「……どうした? アルテ」


 帳簿を手に立ち上がりかけていたディーンは、ソファに座り直した。


「実はだな……」


 アルタリアは語る。

 アルタリアが個人的に関わりのある孤児院で、近々バザーが催されること。

 人手が足りていないこと。

 だからみんなに手伝ってほしいこと。

 その話を聞いてシグはあらかた察した。


「アル姉、まだあそこと関わってたんだ」


 喫茶店に行った帰りに見つけた、あまり余裕のなさそうな孤児院。


「ああ」


 それをアルタリアは否定しなかった。

 そして、立ち上がるとみんなに向かって頭を下げる。


「勝手な頼みだということは分かっている。だが、それでも……良かったら、一日だけ時間をくれないか!」


 一瞬の沈黙が流れたあと、イリオスが口を開く。


「まあ、一日くらいなら良いんじゃないか?」


 続けてリラもそれに同調する。


「はい。わたしも一日くらいなら」


 二人の言葉に、アルタリアは感激したように言う。


「二人とも、ありがとう!」


 良い話になりかけているところだが……ディーンが咳払いをしてそこに割り込む。


「分かった。当日を休息日にすること自体は問題ない。けど、あくまで参加は個人の自己判断に委ねる。参加したい人は参加すればいいし、参加したくない人は参加しなくてもいい。それで良いか、アルテ」

「ああ! ありがとう、ディーン!」


 ディーンの判断を聞いて、次に口を開いたのはルシオンだ。


「そういうことなら、一日くらいは付き合わなくもないよ。でも、貸しひとつね!」


 ルシオンはパチンとウインクをする。


「……アル姉が、言うなら」


 シグは渋々とだが、尊敬するアルタリアが言うことならと了承する。


「…………」


 コミティスと月船は迷っていたが……イリオスが背を押す。


「コミティスとツキフネは来ないのか?」


 その言葉でコミティスと月船は視線を合わせる。やれやれとばかりに肩をすくめるコミティス。それに苦笑いする月船。


「分かった。行くよ」

「ええ。私も」


 自分以外の七人が行くと決めた以上、ディーンがあえて行かない判断に留まる意味もなくなった。


「分かった。オレも行くよ」


 全員の参加表明を受けて、アルタリアはもう一度頭を下げる。


「みんな、ありがとう!」


 こうしてアルモニアの社会奉仕活動が決まった。



 バザー当日の朝。

 アルモニア一行はアルタリアの先導で孤児院にたどり着く。

 アルタリアはその職員室の扉を開ける。


「テレジア!」


 親しげな声に、黒髪の院長が振り返った。


「ああ、アルテ」


 院長もといテレジアは、知人の姿に微笑むと……その後ろにいるアルモニア一行に目を向ける。


「その方々が?」


 ディーンがイリオスを小突く。イリオスは言われていたとおりに、テレジアに手を差し出す。


「どうも。俺はアルモニアのリーダーのイリオスだ。今日はよろしく」


 敬語を使えないイリオスに、ディーンが呆れてため息をつくが……テレジアは気にせずイリオスの手を取る。


「お忙しい中ありがとうございます。院長のテレジアです」


 そうしてイリオスとテレジアは握手を交わした。



 今日のバザーについて説明を受けたアルモニア一行は、役割分担へと移る。

 まずは売り子をする子どもたちについていくメンバー。


「一応、数字にはそれなりに強いから」

「ん」

「適材適所ってやつだね」


 何が適材適所なのかは分からないが……売り子組にはディーン、シグ、ルシオンが手を挙げた。

 次に、大人が減った孤児院で家事をするメンバーを決めようとしたところで。


「は……」

「リラはダメだ」


 リラが手を挙げようとしたのを、アルタリアがばっさりと切り捨てる。


「リラは子供の相手をしてくれ。以上」

「えー……?」


 納得できない様子のリラ。


「あ。子供の相手ならできるよ。これでも俺、うちでは一番の兄ちゃんだから」


 そういうわけで、子供の相手をするのはイリオスとリラに決まった。

 残ったコミティス、アルタリア、月船が家事担当だ。

 やがて準備が終わると、売り子組は外に出ていく。


「じゃあ、また後で」


 ディーンたちは子供を引き連れて孤児院の外に向かう。



 売り子組と子供たちは、冒険者ギルドからほど近い広場で、露店を開く。


「そこの、赤い鞄のお兄さん!」

「ん、俺?」


 ルシオンが声をかけて、子供たちが一生懸命その相手をする。


「呼びかけをするときは、しっかりと相手の特徴を言うのがコツさ。そうでないと、『自分じゃないかも』って無視されちゃうから」

「へー!」


 ルシオンは知ったような態度で、子供たちに商売のいろはを説く。


「ディーンおにいちゃん」

「ん、どうした?」


 ディーンの役目は、金銭のやりとりをする年長の子を見守ることだ。


「あきた」

「え?」

「あそぼ」

「えーっと……」


 気まぐれな子供たちに、ディーンは戸惑ってばかりであった。


「シグにーちゃん、はいっ」

「ん」


 金庫番をするのはシグだ。彼は孤児院に残るのを嫌がって付いてきたのだが、接客をするような愛想もない。だからこその裏方。

 シグは子供たちからお金を受け取ると、取引内容のメモを取ってから小さな手提げ金庫に金銭をしまった。

 その日のバザーの運営は、特に問題もなく回った。



 一方、孤児院では。

 売り子にはまだ出られないような年齢の子供たちが残っている。


「そーら! 捕まえた!」

「きゃーっ」


 イリオスとリラは園庭で鬼ごっこをしていた。


「ちょ、ちょっと、休憩、しない……?」


 子供たちの底なしの体力に、リラは思いっきり振り回された。

 肩で息をするリラに、子供たちは彼らなりに気を遣う。


「わかったー。じゃあ、おえかきするー!」

「うん、良かった……一緒にお絵かきしようね」

「うん!」


 子供たちの中でも特に元気な子とイリオスを残して、リラは孤児院の建物に戻っていった。

 園庭で遊ぶ子供たちも、やがて鬼ごっこに飽きて休憩の時間に入る。

 イリオスは子供たちにせがまれて、冒険者としての話を聞かせる。


「それでな。俺は大ネズミにがぶーってされちゃってな。もう痛いのなんの!」

「えー。だいじょぶだったの?」

「ああ! リラお姉ちゃんと、救護院の人たちに助けてもらったからな。今は元気いっぱいさ!」


 兄弟の一番上というだけあって、イリオスは子供の扱いによく慣れていた。

 左腕をぐるぐると回して元気アピールだ。


「ねえ、イリオスにーちゃん」

「おう! なんだ?」

「にーちゃん、けんをつかうんだよね? おしえてよ!」

「え……」


 子供の純真なひと言に、イリオスは一瞬視線を迷わせる。しかしすぐに気を取り直して。


「だーめっ。危ないからな。もっと大きくなってから!」

「えー?」


 イリオスの冒険譚はまだまだ続く。



 孤児院のスタッフと一緒に買い出しに出ていたコミティス。台所の机の上に買ってきたものを置く。


「ありがとう、助かったわ。重いのに、持ってくれてありがとう」

「いえ。こう見えて力はあるので、気にしないでください」


 弓を扱えるだけあって、コミティスは意外にも腕力がある。


「ああ、おかえり」

「ただいま」


 廊下のモップがけをしていたアルタリアが買い出しから戻ってきたコミティスに気が付き、声をかける。

 その後もアルタリアは丹念に掃除を進めていく。これでも掃除は得意である。かつて故郷の騎士団で、行儀見習いとして鍛えられていたから。

 一方で月船は掃除を切り上げると、コミティスらと一緒に調理を始める。

 コミティスは野菜の皮むき、月船は野菜のカットを進める。


「ツキフネ、終わったよ……って」


 皮むきを終えた野菜を引き渡そうとして、コミティスは思わず動きを止める。


「どうしましたか?」


 月船はコミティスをちらりと見ると、すぐ作業に戻る。

 そこにあるのは、花型に切られたニンジンの輪切りたち。


「いや……器用だね」

「恐縮です。この方が、楽しいでしょう?」

「そうだね……」


 そんな会話のさなかにも飾り切りを進めていく月船。細かな破片は、すり潰してジュースにする予定だ。



 夕方、売り子組が帰ってきたら食事の時間だ。


「はいはーい。食事の前には手を洗おうね!」

「はーい!」


 見た目が近いからか、ルシオンの言葉は素直に聞き入れられる。


「ん」


 シグはテレジアに手提げ金庫を渡す。


「ありがとう、シグくん」

「どういたしまして」


 テレジアはシグの頭を思わず撫でる。シグは拒否もせずに大人しく撫でられていた。


「あれ、ディーン? なんか疲れてない?」

「ああ……」


 子供たちと戯れるイリオス。背の低い椅子に座ってぐったりするディーン。


「リラおねえちゃん、もっとおままごとするのー」

「ふふ。続きはあとでにしようね。おいしいごはんを、お姉ちゃんのお友だちが作ってるから。冷めちゃったら悲しいよ?」

「……うん。わかった。かたづけるー」


 リラは子供たちと一緒に遊び道具を片付ける。

 アルタリアは折りたたみテーブルを設置し、夕食に備える。

 やがて、コミティスと月船がワゴンに食事を載せて入ってくる。

 配膳はアルモニアの全員で手伝って……そして孤児院のスタッフの分も出揃ったところで、テレジアが音頭を取る。


「では手を合わせて……いただきます」

「いただきます」


 飾り切りされたニンジンは大好評で、その日は残飯は出なかった。

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