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調和と大地の迷宮  作者: 旅燕
シプレ編

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55/60

教示と傷

 ディーンはいつもどおり演習場の片隅で、イリオスとカルスを見守る。


「違う、違う! そうじゃなくて、こうして、こう!」

「はいっ……」


 イリオスの説明は相変わらず、自分の感覚を頼りにしたものでしかない。


「……うーん。ごめんな、うまく伝えられなくて」


 ただイリオスも、教え方が良くないことにはさすがに気が付いていた。


「いえ……イリオスさんは、悪くない、です」


 カルスはイリオスの謝罪の言葉に、無理して笑った。


「そうか。…………」

「イリオスさん……?」


 黙り込むイリオス。彼は何気なくそのひと言を口にする。


「誰かに、聞いたほうが良いのかなあ。教え方について」


 カルスはその言葉にビクッと震える。それに気付いたイリオスははっとして、慌ててフォローをする。


「あっ……カルスが悪いって言ってるわけじゃないぞ! 俺の教え方がヘタだから……」

「…………」


 カルスはしばらくイリオスの慰めを聞いていたが……やがて口を開く。


「そこまで、お世話になれないですよ……イリオスさんは、一生懸命教えてくれてるのに」

「カルス……?」


 そしてカルスはすっと頭を下げる。


「おれ、もう辞めます……今まで、ありがとうございました。おれには、イリオスさんみたいな才能は、無かったみたいです」


 次の瞬間、カルスはイリオスに背を向けて走り出す。


「あっ! カルス!」


 イリオスは慌ててその背中を追おうとするも……


「イリオス! ここはオレに任せろ!」


 その前にディーンが、カルスを追って演習場を飛び出していった。


「…………」


 一人取り残されたイリオスは、真っ青な顔でその場に座り込んだ。



 カルスを追いかけるタイミングを失ったイリオスは、やがてノロノロと立ち上がり……演習場をあとにする。

 頭の中では、なぜ、どうしてが溢れている。


 なんでこうなった?

 どうして追いかけられなかった?

 俺の教え方が……悪かったからか?


 イリオスが向かったのは、宿屋ニバンボシの自分たちの部屋だ。

 カルスを追いかけたディーンが、戻ってきているかもしれない。そう思ってのことだった。

 しかしディーンの姿はそこには無かった。


「ん。イリオス」


 部屋にいたのはシグ一人。彼はひらと手を挙げて……そして、イリオスの表情の悪さに気が付く。


「どうかした?」


 その言葉にイリオスは慌てて笑顔を浮かべる。


「い、いやあ、別に? な、なんでもないけど」


 明らかな挙動不審。分かりやすいにもほどがある態度に、シグはふうと息を吐く。


「カルスのこと?」


 イリオスの肩が震える。


「良かったら、聞く」

「…………」


 しばらくイリオスは動けなかったが……やがてシグに背を向ける。


「な、なんでもないよ! じゃ!」


 声だけは必死に強がり、イリオスは駆け出す。


「……なんでもないわけ、ないじゃん」


 シグは部屋の鍵を手に取ると、すっと立ち上がった。



 イリオスは、ニバンボシの玄関を出たところで立ち尽くしていた。


 見透かされた。逃げたい。けど、ディーンが戻ってくるかもしれない。


 そう思ったら、足が動かなくなっていた。


「イリオス」


 シグがその背中に声をかける。


「…………」


 イリオスは何も答えない。その様子に、シグは少し考えてから口を開く。


「別に、無理に聞くつもりはない。ロビーにいる」


 シグはそれだけ言うと、宿の中に入っていった。


「…………」


 しばらくイリオスはその場に立ち尽くしていた。



 二十分ほどが過ぎて。

 他の客や従業員の目が痛くなってきたイリオスは、宿の中に戻る。

 シグはまだそこにいた。

 宣言通り無理に話を聞くつもりはないらしく、イリオスに気付いても視線を向けてくるだけだった。

 きっとこのまま部屋に向かっても、止めはしないのだろう。

 けれど、シグは自分のために待っている。

 そこを無視していくのは……イリオスにとって誠実な行動ではなかった。

 だからイリオスは、シグの前にとりあえず座る。


「…………」


 シグは自分の目の前にイリオスが座っても、しばらく何も言わなかった。


「昔、似たことがあった」


 やがてシグが口を開く。


「おれは五歳だった。双子の弟がいて、似てなかった」


 イリオスは動かない。けど構わずに、シグは言葉を続けていく。


「父さんに言われた。剣を教えろって。おれはがんばった。でも言われた。『おれはにいちゃんみたいなバケモノじゃない』って」


 そう言って、シグはイリオスのほうを見る。


「おれは……おれたちみたいな『才能』があるやつは、その気が無くても人を壊す。だから、人との距離の取りかたを、考えなくちゃいけない」


 イリオスは黙って自分の手を見る。ふと、思い出した。

 リムフォードの冒険者ギルドで、先輩冒険者たちと組手をしたとき。

 最初は笑っていた彼らは、だんだんと険しい顔になっていって、最後は怯えたような目を自分に向けていたことを。

 今になって、気がついてしまった。あの時は、剣を振れることが楽しかっただけなのに。


「っ……」


 イリオスは顔をおおう。

 バケモノという言葉が、胸の中に響き続けていた。



「…………」


 イリオスは黙る。シグも、それ以上は何も言わない。

 シグは、イリオスの悩みを軽くする方法は知らない。

 シグができるのは、自らが抱える傷を伝え、イリオスが同じことを繰り返すのを防ぐだけ。

 同じ傷を抱えた者として、ただ隣にいるだけ。

 その時だった。


「そんなことは、ないんじゃないか?」


 空気を割いたその声は、アルタリアのものだった。


「確かに才能というものは、人を傷つけることもある。けど、人はそこまで弱くもない。傷ついても、いずれ立ち直れる」


 いつから聞いていたのか。

 アルタリアは向かい合って座るイリオスとシグの間の席に座った。


「ある人物の話だ」


 そう前置きをして、アルタリアは語り始める。


「彼には、ある目的があった。しかし、彼はそのための才に恵まれなかった」

「…………」


 イリオスとシグは、アルタリアの話に耳を傾ける。


「ある日、彼は気が付いてしまった。圧倒的な才能を持つ人物を目の前にして。そこで彼は、一度折れた」


 そこでシグは、ぴくりと身を震わせる。


「けどな。彼は今、目的に向かってまっすぐ歩いている。……それは何故か、分かるか?」

「……?」


 才能が無くて、目的を断念したという話ではなかったのか。

 イリオスが不思議に思っていると、アルタリアはくすりと笑って……こう言う。


「彼は、自分に合う手段を選び直したんだ」


 アルタリアは天井を見上げる。


「才能というものは、目的をかなえるための手段に過ぎん。最初に選んだもの以外にも手段があることに……彼は気が付いたんだ」


 そして最後に……イリオスに視線を向けた。


「イリオス、カルスはどうだ? 彼は、何を目的にしている?」


 イリオスは目を見開く。

 カルスは言っていた。

 冒険者に憧れている、と。

 そうであれば……自分にもできることがある。


「俺、行ってくる!」


 イリオスはたまらず立ち上がると、宿屋の外に飛び出す。


「手のかかることだ」


 アルタリアは口元を緩ませる。


「…………」


 一方でシグは、じっと何かを考え込んでいた。



 イリオスは冒険者ギルドに戻ってくる。

 行って何ができるかは分からない。けれども、話を聞かなければ何も始まらない。

 演習場に向かうと、そこにはカルスとディーンが立っていた。


「カルス!」


 イリオスが声をかけると、二人はばっとこちらを見る。


「イリオスさん!」


 カルスはその声に気が付くと、イリオスのもとに駆け寄る。


「カル……」

「ありがとうございました!」


 しかしその直後、カルスは自分から頭を下げる。


「おれ、思い出したんです。おれは、イリオスさんみたいな剣士になることが目標じゃない。おれの目標は、冒険者になることだったって」

「え……」


 頭を上げたカルスの表情は晴れ晴れとしている。

 イリオスがかけようと思っていた言葉は、居場所を失う。


「おれ、イリオスさんみたいな剣士にはなれないけど、イリオスさんみたいな冒険者にはなってみせます! それでいつか、イリオスさんみたいに、誰かを助けるんです!」


 そう言うとカルスは改めて頭を下げる。


「今回のことは忘れません! 色々と、ありがとうございました!」

「…………」


 イリオスは少し考えた後……なんとか、口を開く。


「そうか。頑張れよ」

「はい!」


 カルスはもう、イリオスの教示を必要としない。

 そのことがイリオスには……苦しかった。



 イリオスとディーンは、二人並んで宿屋ニバンボシへと向かう。


「……ディーンは、分かってたんだな」


 ふと、イリオスが口を開く。

 そういえばディーンは、最初に言っていた。カルスに剣を教えることに対して「やめたほうがいい」と。はっきり。

 それなのになぜ、自分たちに付き合っていたのか……

 イリオスはようやく理解した。


「ああ」


 ディーンは否定をしない。

 最初からこうなると分かっていて、ずっと二人を見守っていた。


 どうして教えてくれなかったのか。


 イリオスはそう聞こうと思って……やめる。

 あの時の自分は、何を言われても理解できなかっただろう。


「……ありがとな」


 代わりにお礼を言う。取り返しのつかないことになる前に、カルスを救ってくれたことに。


「ああ」


 宿に向かう道は不思議と静かに感じられる。

 ……どうやら、自分は人とは少し違うらしい。

 そのことに気が付いてしまったイリオスは、もう無知ではいられない。



 その日の総括が終わって。

 アルモニアの女子メンバーたちが次々と立ち上がり、部屋の外に向かう。


「……リラ!」


 その背中に、シグは思わず声をかける。思っていた以上に大きな声に、自分でも驚いた。


「なんですか?」


 リラは突然声をかけられたことに少し驚いた様子であった。


「…………」


 シグは少し黙ったあと、勇気を振り絞って言葉をつなげる。


「話したいことがある。ロビーに来てほしい」


 それだけ言い残して、シグは部屋を飛び出す。返事を聞く余裕はなかった。



 宿のロビーに、ほどなくリラが現れる。


「えっと、シグ。なんの用ですか?」


 戸惑った様子のリラ。そんな彼女に……シグは頭を下げる。


「ごめん」

「え?」


 何を謝られているのか分からず、呆気にとられるリラ。

 シグは怒られるのを待つ子供のような目で、リラに言う。


「アル姉から聞いた。あんたに武道を諦めさせたの、おれだったんだな」


 アルタリアの話を聞いた時、シグはその人物に心当たりがあった。

 かつてアルタリアのそばで武道の特訓をしていた少女。

 その前で、手合わせをした自分。

 そして今、武道ではなくヒーラーの道を選んでいるリラ。

 すべての線が繋がった時、シグは胸が冷える思いだった。


 リラを折ったのは、自分だった。


 その事実に気が付いてしまったシグは……わけもわからず謝っていた。

 リラはしばらくぽかんとしたあと、はっとした様子で言う。


「それ、どういう意味ですかっ」

「え?」


 それはぷんすかという言葉が似合うような怒り方。本気で怒っているわけではないのは明らかだ。


「たしかにあの時は傷付いたけど……でもっ」


 リラはきっとシグの顔を見る。


「あの時のことがなければ、今のわたしはいないんです。だから、そんな風に言わないでください!」


 そしてリラは、慰めでも何でもない事実を語る。


「あの時のことがなければ、わたしは今も、あそこで足踏みを続けていたかもしれない。ひょっとしたら、無理にダンジョンに向かって、死んでいたかもしれない。だから、だからっ」


 少し気持ちを落ち着かせるようにリラは息を吸う。


「だからわたしは今……幸せなんですよ。今、ここにいられて」


 屈託のない笑顔を見て、シグは呆然としたあと……ふっと笑みを浮かべる。


「なにそれ、そういう趣味?」


 シグの照れ隠しの発言に、リラはまたぷんすかと怒りだす。

 才能は時として、人を傷つけることもある。

 けれど、人はそれで終わりじゃない。

 折れた先に道があることもある。

 ぽかぽかと軽い力で叩かれながら、シグは笑った。

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