教示と傷
ディーンはいつもどおり演習場の片隅で、イリオスとカルスを見守る。
「違う、違う! そうじゃなくて、こうして、こう!」
「はいっ……」
イリオスの説明は相変わらず、自分の感覚を頼りにしたものでしかない。
「……うーん。ごめんな、うまく伝えられなくて」
ただイリオスも、教え方が良くないことにはさすがに気が付いていた。
「いえ……イリオスさんは、悪くない、です」
カルスはイリオスの謝罪の言葉に、無理して笑った。
「そうか。…………」
「イリオスさん……?」
黙り込むイリオス。彼は何気なくそのひと言を口にする。
「誰かに、聞いたほうが良いのかなあ。教え方について」
カルスはその言葉にビクッと震える。それに気付いたイリオスははっとして、慌ててフォローをする。
「あっ……カルスが悪いって言ってるわけじゃないぞ! 俺の教え方がヘタだから……」
「…………」
カルスはしばらくイリオスの慰めを聞いていたが……やがて口を開く。
「そこまで、お世話になれないですよ……イリオスさんは、一生懸命教えてくれてるのに」
「カルス……?」
そしてカルスはすっと頭を下げる。
「おれ、もう辞めます……今まで、ありがとうございました。おれには、イリオスさんみたいな才能は、無かったみたいです」
次の瞬間、カルスはイリオスに背を向けて走り出す。
「あっ! カルス!」
イリオスは慌ててその背中を追おうとするも……
「イリオス! ここはオレに任せろ!」
その前にディーンが、カルスを追って演習場を飛び出していった。
「…………」
一人取り残されたイリオスは、真っ青な顔でその場に座り込んだ。
カルスを追いかけるタイミングを失ったイリオスは、やがてノロノロと立ち上がり……演習場をあとにする。
頭の中では、なぜ、どうしてが溢れている。
なんでこうなった?
どうして追いかけられなかった?
俺の教え方が……悪かったからか?
イリオスが向かったのは、宿屋ニバンボシの自分たちの部屋だ。
カルスを追いかけたディーンが、戻ってきているかもしれない。そう思ってのことだった。
しかしディーンの姿はそこには無かった。
「ん。イリオス」
部屋にいたのはシグ一人。彼はひらと手を挙げて……そして、イリオスの表情の悪さに気が付く。
「どうかした?」
その言葉にイリオスは慌てて笑顔を浮かべる。
「い、いやあ、別に? な、なんでもないけど」
明らかな挙動不審。分かりやすいにもほどがある態度に、シグはふうと息を吐く。
「カルスのこと?」
イリオスの肩が震える。
「良かったら、聞く」
「…………」
しばらくイリオスは動けなかったが……やがてシグに背を向ける。
「な、なんでもないよ! じゃ!」
声だけは必死に強がり、イリオスは駆け出す。
「……なんでもないわけ、ないじゃん」
シグは部屋の鍵を手に取ると、すっと立ち上がった。
イリオスは、ニバンボシの玄関を出たところで立ち尽くしていた。
見透かされた。逃げたい。けど、ディーンが戻ってくるかもしれない。
そう思ったら、足が動かなくなっていた。
「イリオス」
シグがその背中に声をかける。
「…………」
イリオスは何も答えない。その様子に、シグは少し考えてから口を開く。
「別に、無理に聞くつもりはない。ロビーにいる」
シグはそれだけ言うと、宿の中に入っていった。
「…………」
しばらくイリオスはその場に立ち尽くしていた。
二十分ほどが過ぎて。
他の客や従業員の目が痛くなってきたイリオスは、宿の中に戻る。
シグはまだそこにいた。
宣言通り無理に話を聞くつもりはないらしく、イリオスに気付いても視線を向けてくるだけだった。
きっとこのまま部屋に向かっても、止めはしないのだろう。
けれど、シグは自分のために待っている。
そこを無視していくのは……イリオスにとって誠実な行動ではなかった。
だからイリオスは、シグの前にとりあえず座る。
「…………」
シグは自分の目の前にイリオスが座っても、しばらく何も言わなかった。
「昔、似たことがあった」
やがてシグが口を開く。
「おれは五歳だった。双子の弟がいて、似てなかった」
イリオスは動かない。けど構わずに、シグは言葉を続けていく。
「父さんに言われた。剣を教えろって。おれはがんばった。でも言われた。『おれはにいちゃんみたいなバケモノじゃない』って」
そう言って、シグはイリオスのほうを見る。
「おれは……おれたちみたいな『才能』があるやつは、その気が無くても人を壊す。だから、人との距離の取りかたを、考えなくちゃいけない」
イリオスは黙って自分の手を見る。ふと、思い出した。
リムフォードの冒険者ギルドで、先輩冒険者たちと組手をしたとき。
最初は笑っていた彼らは、だんだんと険しい顔になっていって、最後は怯えたような目を自分に向けていたことを。
今になって、気がついてしまった。あの時は、剣を振れることが楽しかっただけなのに。
「っ……」
イリオスは顔をおおう。
バケモノという言葉が、胸の中に響き続けていた。
「…………」
イリオスは黙る。シグも、それ以上は何も言わない。
シグは、イリオスの悩みを軽くする方法は知らない。
シグができるのは、自らが抱える傷を伝え、イリオスが同じことを繰り返すのを防ぐだけ。
同じ傷を抱えた者として、ただ隣にいるだけ。
その時だった。
「そんなことは、ないんじゃないか?」
空気を割いたその声は、アルタリアのものだった。
「確かに才能というものは、人を傷つけることもある。けど、人はそこまで弱くもない。傷ついても、いずれ立ち直れる」
いつから聞いていたのか。
アルタリアは向かい合って座るイリオスとシグの間の席に座った。
「ある人物の話だ」
そう前置きをして、アルタリアは語り始める。
「彼には、ある目的があった。しかし、彼はそのための才に恵まれなかった」
「…………」
イリオスとシグは、アルタリアの話に耳を傾ける。
「ある日、彼は気が付いてしまった。圧倒的な才能を持つ人物を目の前にして。そこで彼は、一度折れた」
そこでシグは、ぴくりと身を震わせる。
「けどな。彼は今、目的に向かってまっすぐ歩いている。……それは何故か、分かるか?」
「……?」
才能が無くて、目的を断念したという話ではなかったのか。
イリオスが不思議に思っていると、アルタリアはくすりと笑って……こう言う。
「彼は、自分に合う手段を選び直したんだ」
アルタリアは天井を見上げる。
「才能というものは、目的をかなえるための手段に過ぎん。最初に選んだもの以外にも手段があることに……彼は気が付いたんだ」
そして最後に……イリオスに視線を向けた。
「イリオス、カルスはどうだ? 彼は、何を目的にしている?」
イリオスは目を見開く。
カルスは言っていた。
冒険者に憧れている、と。
そうであれば……自分にもできることがある。
「俺、行ってくる!」
イリオスはたまらず立ち上がると、宿屋の外に飛び出す。
「手のかかることだ」
アルタリアは口元を緩ませる。
「…………」
一方でシグは、じっと何かを考え込んでいた。
イリオスは冒険者ギルドに戻ってくる。
行って何ができるかは分からない。けれども、話を聞かなければ何も始まらない。
演習場に向かうと、そこにはカルスとディーンが立っていた。
「カルス!」
イリオスが声をかけると、二人はばっとこちらを見る。
「イリオスさん!」
カルスはその声に気が付くと、イリオスのもとに駆け寄る。
「カル……」
「ありがとうございました!」
しかしその直後、カルスは自分から頭を下げる。
「おれ、思い出したんです。おれは、イリオスさんみたいな剣士になることが目標じゃない。おれの目標は、冒険者になることだったって」
「え……」
頭を上げたカルスの表情は晴れ晴れとしている。
イリオスがかけようと思っていた言葉は、居場所を失う。
「おれ、イリオスさんみたいな剣士にはなれないけど、イリオスさんみたいな冒険者にはなってみせます! それでいつか、イリオスさんみたいに、誰かを助けるんです!」
そう言うとカルスは改めて頭を下げる。
「今回のことは忘れません! 色々と、ありがとうございました!」
「…………」
イリオスは少し考えた後……なんとか、口を開く。
「そうか。頑張れよ」
「はい!」
カルスはもう、イリオスの教示を必要としない。
そのことがイリオスには……苦しかった。
イリオスとディーンは、二人並んで宿屋ニバンボシへと向かう。
「……ディーンは、分かってたんだな」
ふと、イリオスが口を開く。
そういえばディーンは、最初に言っていた。カルスに剣を教えることに対して「やめたほうがいい」と。はっきり。
それなのになぜ、自分たちに付き合っていたのか……
イリオスはようやく理解した。
「ああ」
ディーンは否定をしない。
最初からこうなると分かっていて、ずっと二人を見守っていた。
どうして教えてくれなかったのか。
イリオスはそう聞こうと思って……やめる。
あの時の自分は、何を言われても理解できなかっただろう。
「……ありがとな」
代わりにお礼を言う。取り返しのつかないことになる前に、カルスを救ってくれたことに。
「ああ」
宿に向かう道は不思議と静かに感じられる。
……どうやら、自分は人とは少し違うらしい。
そのことに気が付いてしまったイリオスは、もう無知ではいられない。
その日の総括が終わって。
アルモニアの女子メンバーたちが次々と立ち上がり、部屋の外に向かう。
「……リラ!」
その背中に、シグは思わず声をかける。思っていた以上に大きな声に、自分でも驚いた。
「なんですか?」
リラは突然声をかけられたことに少し驚いた様子であった。
「…………」
シグは少し黙ったあと、勇気を振り絞って言葉をつなげる。
「話したいことがある。ロビーに来てほしい」
それだけ言い残して、シグは部屋を飛び出す。返事を聞く余裕はなかった。
宿のロビーに、ほどなくリラが現れる。
「えっと、シグ。なんの用ですか?」
戸惑った様子のリラ。そんな彼女に……シグは頭を下げる。
「ごめん」
「え?」
何を謝られているのか分からず、呆気にとられるリラ。
シグは怒られるのを待つ子供のような目で、リラに言う。
「アル姉から聞いた。あんたに武道を諦めさせたの、おれだったんだな」
アルタリアの話を聞いた時、シグはその人物に心当たりがあった。
かつてアルタリアのそばで武道の特訓をしていた少女。
その前で、手合わせをした自分。
そして今、武道ではなくヒーラーの道を選んでいるリラ。
すべての線が繋がった時、シグは胸が冷える思いだった。
リラを折ったのは、自分だった。
その事実に気が付いてしまったシグは……わけもわからず謝っていた。
リラはしばらくぽかんとしたあと、はっとした様子で言う。
「それ、どういう意味ですかっ」
「え?」
それはぷんすかという言葉が似合うような怒り方。本気で怒っているわけではないのは明らかだ。
「たしかにあの時は傷付いたけど……でもっ」
リラはきっとシグの顔を見る。
「あの時のことがなければ、今のわたしはいないんです。だから、そんな風に言わないでください!」
そしてリラは、慰めでも何でもない事実を語る。
「あの時のことがなければ、わたしは今も、あそこで足踏みを続けていたかもしれない。ひょっとしたら、無理にダンジョンに向かって、死んでいたかもしれない。だから、だからっ」
少し気持ちを落ち着かせるようにリラは息を吸う。
「だからわたしは今……幸せなんですよ。今、ここにいられて」
屈託のない笑顔を見て、シグは呆然としたあと……ふっと笑みを浮かべる。
「なにそれ、そういう趣味?」
シグの照れ隠しの発言に、リラはまたぷんすかと怒りだす。
才能は時として、人を傷つけることもある。
けれど、人はそれで終わりじゃない。
折れた先に道があることもある。
ぽかぽかと軽い力で叩かれながら、シグは笑った。




