ちいさな希望
ある日の昼下がり。
探索待機組であるアルタリアはシグを連れて、趣味の喫茶店巡りをしていた。
「それでさ、イリオスのやつが……」
シグは珍しく饒舌である。普段は無愛想なのに、今は年相応……いや、少し幼くさえ見える。
「アル姉、聞いてる?」
「ああ」
今シグが話している話題は既に二回ほど聞いた憶えがあるが、アルタリアは気にしない。楽しそうに話しているシグをアルタリアもまた楽しそうに見守る。
「アル姉、この後はどうする?」
やがて喫茶店を出たアルタリアとシグ。
「そうだな。この後は武具屋にでも行こうと思う。そろそろ頼んだ盾が届いていると思うんだ」
「ああ……アル姉の盾ってすぐ壊れるもんね」
「まあな」
アルタリアの盾は消耗品扱いである。人よりも力の強い魔物の攻撃を受ける以上、仕方のないことだ。
「ついてく。暇だし」
「ああ。……ん?」
ふとアルタリアがキョロと周囲を見回す。
「どうしたの?」
「いや……今、子供の声がしなかったか?」
「おれのこと?」
「……分かってて言っているな?」
その時、子供の声が確かにもう一度聞こえた。笑い声だ。
進んでいくにつれて、その声は徐々に大きくなっていく。
「孤児院、か」
簡素な柵に囲まれた古い建物。玄関の扉には子供が書いたと思われるプレート。庭では何人かの子供が走り回っている。
アルタリアが子供たちの笑顔を穏やかな表情で眺めていると、声がかかる。
「あら、こんにちは。当孤児院になにか?」
そこには黒髪を簡単に結んだエプロン姿の女性が大きく膨れた手提げかばんを手に立っていた。
「通りすがりだ。子供たちが良い笑顔をしていると思ってな」
アルタリアが言うと、女性ははにかむ。
「ふふ。そうだと良いのですが。良ければ、見学でもしていかれますか?」
「ん? ああ。じゃあ、せっかくだから」
そう言うとアルタリアは孤児院の関係者らしき女性に付いていった。
「あ……」
取り残されたシグは少しの間戸惑っていたが、すぐにアルタリアのあとを追いかける。
「いんちょーせんせー!」
黒髪の女性に向かって子供たちが駆け寄ってくる。
「元気が良いな」
アルタリアはそう言って口元を緩ませた。
「…………」
一方でシグは、無防備に孤児院の見学を始めたアルタリアに少し不満げだ。
――アル姉を誘ったの、どうせ寄付金目当てでしょ?
そんな擦れた考えをするも、まあ良いかと思う。アルタリアがここですっぱり断るような人間なら、自分は今ここにいないと考えて。
黒髪の女性もとい院長は、孤児院の他のスタッフに買い物してきた荷物を渡し、アルタリアを案内する。
孤児院に余裕がありそうな様子はない。
たとえば台所。
きれいにはしてあったが、ボロボロの布巾や年季の入った大鍋といった道具があった。
あるいは見学者に付いて回る子供。
彼らが着ている服の色はまだらで、ところどころ丁寧に繕った跡が見られる。
院長自身のエプロンも、よくよく見れば違う種類のボタンが混ざって縫い留められている。あり合わせのもので修理したのだろう。
最後に案内されたのは孤児院の園庭で、アルタリアはそこで子供たちと鬼ごっこをして遊び始めた。
「……この街に、健全な孤児院があるなんてね」
子供たちに囲まれるアルタリアを眺めながら、孤児院を見てきた感想を漏らすシグ。
「……そういうことは、あまり大きな声で言わないほうがよろしいですよ」
院長は困った笑顔でシグにそう忠言する。
「ん」
シグは短く返事をする。と、シグの前に小さな女の子がやってきた。その手に色あせたボールを抱えている。
シグは小さく息を吐くと、ボールを受け取り放り投げた。
「急に訪問したのに、もてなしてくれてありがとう」
「いえいえ。こちらこそ、ご厚意に感謝します」
「……私にはこの程度しかできないからな」
そう言って握手を交わすアルタリアと院長。シグはやれやれと肩をすくめる。
帰り道。
少しだけ良いことをして充実した表情のアルタリアに、シグは話しかける。
「ねえ、アル姉」
「なんだ?」
アルタリアが振り返る。
「あんなの、いちいち付き合ってたらキリがないよ。ほどほどにね」
簡潔に、だがばっさりと言い捨てるシグ。
しかし悪気があるわけでもない。
「ああ。分かっているよ」
「……なら、良いけど」
武具屋へと向かうアルタリアの足取りは軽かった。




