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調和と大地の迷宮  作者: 旅燕
シプレ編

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常連

 それから数日が経過した。

 イリオスは毎日夕方に出かけていき、夕食が振る舞われる時間には宿屋ニバンボシに戻ってくる。

 ディーンも時間が合う時にはそれに付き添い、カルスのために飲み物やタオルなどを準備する。

 イリオスはそんなディーンに対して言う。


「やめたほうが良い、なんて言ってたけどさ。本当はそんなこと思ってなかったんだな。いつもカルスのこと見てくれてありがとう」

「……ああ」



 ある日の総括が終わったあと、ディーンはコミティスにこう声をかけられた。


「大事な話があるの。できる限り近いうちに時間、取れないかな? ……例の件で忙しいのは分かってるけど」


 そういうわけで、チームの休息日。

 朝食を終えたあと、二人は宿屋ニバンボシのロビーで待ち合わせをする。



 ディーンがニバンボシのロビーにやってくると、そこには既にコミティスの姿があった。


「待ったか?」


 ディーンが聞くと、コミティスは首を振る。


「ううん、全然」


 そう言うと、コミティスは「じゃあ行こうか」とディーンを宿の外に誘う。



 コミティスは賑やかな通りを外れて、裏路地へと入っていく。

 表通りの清潔な街並みは、入り組んだ道を進むにつれて薄暗く散らかっていく。


「…………」


 壁にもたれかかっていびきをかく浮浪者を横目にディーンは進む。

 やがてコミティスが立ち止まったのは、人けのない場所にひっそりと佇む建物の前だった。古ぼけた看板には「メトラ商会」と書かれている。


「ここだよ」


 コミティスは扉を押し、店内へと進む。店内は意外と清潔で、冒険者向けの資材が並んでいる。掲示されている値札は、比べるまでもないほどのぼったくり価格だ。


「いらっしゃ……ああ、アンタか」


 ボソボソとした声で喋る店番。コミティスとは顔なじみのようだ。


「買い取りについて相談したいの」

「今は誰もいない。勝手に入りな」

「うん。……ディーン」


 付いてこいとコミティスは視線で訴える。

 店の奥の応接室では、鑑定士の男が新聞を広げていた。彼はドアチャイムの音に気が付くと新聞紙をたたんで片付ける。


「よう、嬢ちゃん」


 鑑定士の男はちらりとディーンを見る。その目はどこか油断がないように感じられた。


「今日は彼に、この店を紹介にきたの。これ、お願いできる?」


 コミティスは鞄から宝石の原石をいくつか取り出す。ダンジョンの宝箱から出たものだ。


「……なるほど」


 鑑定士の男は手袋をして、テーブルに置かれた原石の鑑定を始める。



 やがて鑑定士は仕事道具を置くと、査定の結果を口頭で伝える。


「……え?」


 その査定結果にディーンは驚く。桁をひとつ聞き間違えたのかと思った。


「分かったわ。その査定でお願い」

「ああ」


 鑑定士は手提げ金庫を置くと、その場で金を数えてコミティスに差し出す。コミティスはそれを確認したあと……鞄の中にしまう。金額は、ディーンが聞いた通りであった。


「ありがとう。あと、彼のことも『常連』として扱ってほしいんだけど、大丈夫かな?」


 鑑定士はちらりとディーンの顔を見る。


「分かった。憶えておく」

「お願いね。……帰るよ、ディーン」


 自分の名前を呼ばれてディーンは我に返る。


「あ、ああ」


 帰り際、コミティスは店番の男にもう一度声をかけて……ディーンを引き連れ、外に出る。


「……コミティス」


 その頃には思考の整理を終えていたディーンは、彼女の名前を呼ぶ。


「なに?」

「ここは?」


 ディーンは振り返って古ぼけた看板を見上げる。


「メトラ商会。『常連』との取引は誠実に行う商会だよ」



 治安の悪そうな裏路地から、賑やかな表通りにひとまず戻って。アルタリアに教えてもらった喫茶店で、二人は話の続きをする。


「あの店は?」

「私が、『市場調査』で見つけたお店だよ」

「え?」


 市場調査というと、少し前にコミティスから報告を受けた憶えがある。


「でも、成果は上がらなかったって……」

「うん。でも、納得できなくて……それで、調査を続けていたの」


 その結果見つけたのが、メトラ商会だ。

 一見の客に対して冷たい態度を見せる鑑定士に、コミティスはまっすぐに査定結果に納得できないと、自分の考えを伝えた。

 のらりくらりとかわし続けた鑑定士。しかし根気強くコミティスは考えを伝えた。

 その結果、鑑定士は満足したように笑うと……「合格だ」と告げ、コミティスは「常連」として扱われるようになった。


「それからしばらく、様子を見ていたけど……どうやら大丈夫そうだと思ってね。それで、ディーンにも伝えようと思ったの」


 なるほどとディーンは思った。


「教えてくれれば良かったのに。そうしたら、オレも調査を手伝ったのに」

「うん。ディーンならそう言うと思ったよ。けど、だからこそ、だね」


 コミティスの言葉にディーンは首をかしげる。


「ディーンは、いつもアルモニアのためにすごくがんばってるから。だから、力になりたくて」

「そうか。なんだか、気を遣わせたみたいだな」


 ディーンの言葉にコミティスは「そうじゃないよ」と返す。


「私がやりたいからやったことなの。ディーンの力になりたかっただけ」

「そうか……ありがとう」

「うん。どういたしまして」


 コミティスは柔らかく微笑んだ。

 その笑顔にディーンは一瞬だけ引っかかるものを感じたが……すぐに気のせいだと流した。



 その日の終わり。

 いつも通り男子部屋に集まったアルモニア一行。


「今日はみんなに話がある」


 ディーンはそう言って、コミティスが見つけたメトラ商会の存在と、それを使うかどうかという話を持ちかけた。


「私は賛成だ」


 即座にそう表明したのはアルタリアだ。


「ルクス商会は信用ならん。それにあの噂……知らぬ者はいないだろう」

「…………」


 沈黙が落ちる。

 ややあってルシオンが口を開く。


「ボクは……反対かなあ」

「何故だ?」


 みんなに見られる中、ルシオンは煮え切らない態度で言う。


「この街で二年ほど過ごした勘、かな。でもみんなの意見に従うよ」


 反対の立場は表明するが、強く推すわけでもない。そんな様子であった。


「みんなに任せる」


 シグはすっぱりと言い切った。


「俺は、よく分からないよ……けど、みんなのことは信じてるし、任せようと思う」


 続けて言ったのはイリオス。いつも明朗な彼にしては珍しく、口を濁したような形であった。


「わたしは、そちらの方がお金になるのなら悪くないんじゃないかと思いますけど……」


 リラは金銭を理由に挙げた。

 そして最後に残った月船は、いつもと同じすました表情で言う。


「皆さんが良いのなら」


 意見が出揃ったところで、ディーンはみんなの表情を改めて伺う。唯一反対の立場を示したルシオンはというと。


「あー、良いよ良いよ。じゃあボクも、オッケーってことで」


 そう言ってあっさり折れた。


「悪いな、ルシオン」


 ディーンは彼にそう言うと、アルモニアとしての立場を決める。


「それじゃあ、今後の素材卸先にはメトラ商会を使うということで」


 それ以上の異論は上がらなかった。

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