不思議現象
シプレのダンジョンの探索を続けるアルモニア。パーティは浅い階層を探索しながら、徐々にシプレのダンジョンに慣れていく。
「イリオス、少し前に矢の罠があるよ」
コミティスが言うと、イリオスはすぐにそれを見つけて避ける。
一行は色の違うタイルを回避して進む。
「コミティスも、だいぶ罠に慣れてきたねー。ボクはもう、お役御免かな?」
ルシオンが茶目っ気を込めて言う。
「何を言うやら。おまえを採用するまでに、なかなかの苦労があったのだからな。まだまだ使い倒させてもらうぞ」
「ひえー、怖い! 鬼がいるよー!」
軽口を叩き合うアルタリアとルシオン。と、イリオスと並んで歩くシグが足を止める。
「ん……? あんなところに通路なんて、あったっけ」
シグの視線の先に、コミティスが目を向ける。
「……無かったはずだけど」
地図にない通路の存在に、コミティスの警戒が一段上がる。しかし、ルシオンが「あー」とわかった声で言う。
「多分、宝部屋だね」
「宝!?」
その言葉にイリオスが目を輝かせて、見慣れない通路に飛び込んでいく。
「あっ、もう……」
コミティスがやれやれと肩をすくめる。一行はイリオスのあとを追って、通路へと入った。
通路の先には五メートル四方程度の簡素な小部屋があり、木でできた箱が四つ、置かれている。
「みんな、開けてもいい?」
そのひとつの前で、イリオスは無邪気に問いかける。コミティス、アルタリア、ルシオンは呆れ笑いだ。
「はいはい。開ければ良いよ」
コミティスが言うなり、イリオスはさっそく鍵も罠もないそれを開ける。
「……ちょっと気になるんだけど」
中身の鉱石を見て声を上げるイリオスを横目に、シグが呟く。
「なんで、ダンジョンにこんな仕掛けがあるわけ?」
「さあ」
ルシオンは肩をすくめる。
「ダンジョンだから……としか言いようがないね」
イリオスは二つ目の箱に手をかける。中身は宝石であった。
「神さまが気まぐれに作った試練の場とか、魔性のものが人々を喰らうための釣り餌だとか……伝承は色々あるけど、真相は不明ってやつさ」
「結論としては、ダンジョンとはそういうものと、割り切るしかないということだな」
ルシオンの言葉を引き継ぎ、アルタリアが締める。
「……ふーん」
釈然としない様子のシグ。この場に答えはなかった。
宝部屋にご機嫌だったイリオスだが、元の通路に戻ってくるとすぐに警戒モードに戻る。
一行の間に流れる空気は過度に緊張することもなく、かといってゆるみすぎることもなく、ちょうどいい塩梅を保っている。
今日の依頼の目的である薬用苔を瓶に詰めた帰り道。イリオスはトラップではないものを床に見つける。
「……鞘?」
ぽつんと通路の端に落ちた剣の鞘。イリオスが手を伸ばしたその時であった。通路の先から人の声が響く。
話し声などではない。悲鳴であった。
「割と、近いね」
ルシオンが言うと、イリオスは判断を仰ぐようにアルタリアを見る。
「……二次遭難を起こさない程度にな」
その言葉にイリオスが頷く。
一行は早足で、だが罠はしっかりと避けつつ通路を進む。
「うわあああ! 来るな! 来るなあああ!」
駆けつけた先にいたのは四匹の火トカゲに囲まれる栗色の髪の少年。年は十五歳くらいだろうか。
今にも殺されそうな少年を助けるため、後衛の二人がそれぞれ矢を放つ。不意打ちの矢は、少年に襲いかかる火トカゲの後頭部と足に突き刺さる。
「うりゃあ!」
イリオスが少年との間に割り込み、火トカゲを斬る。
「魔物ども! こっちに来い!」
アルタリアが剣と盾を打ち鳴らすと、火トカゲたちは新手に飛びかかる。
ややあって。
少年をかばいながらの戦いになったので多少時間はかかったが、四匹の火トカゲは動かなくなった。
「あ……」
ようやく助かったという実感が湧いたのだろう。少年は膝から崩れ落ちる。
「大丈夫か?」
イリオスが手を差し出すと、少年は震える足でなんとか立ち上がる。
「ケガはないか?」
「は、はい……」
続けてアルタリアが少年の前に歩み寄る。
「おまえ、一人か? 仲間とは、はぐれたのか?」
「あ、いえ……おれは、この街に、来て。一人で、ここに来て……」
事情を察したアルタリア。その目が吊り上がる。
「愚か者!」
ビクッと少年の肩が震える。
「ここがどういう場所か分かっているのか! 子供の遊び場じゃないんだぞ!」
アルタリアの叱責に少年は再び座り込む。
「子供、いるけどね」
「黙っていろ、シグ」
その後、説教をするアルタリアを横目に、コミティスとルシオンは解体を進めていく。
ぽつぽつと漏れ聞こえてきた情報によると、少年は冒険者に憧れて、生まれ故郷からこのシプレにやってきたばかりで……慣れ親しんだ森を探検するのと同じ感覚で、様子見としてこのダンジョンに入り込んだらしい。
あまりにも無謀な行いに、少年を叱りつけるアルタリア。と、その間にイリオスが「まあまあ」と入り込む。
「アルテ、こいつももう反省しただろうから……」
「イリオス。だが……」
少年の前にしゃがむと、イリオスは彼としっかり視線を合わせて言う。
「……うん。憧れる気持ちは分かったよ。けどな……ダンジョンに入るのは、ちゃんと情報を調べて、それからじゃなきゃダメだ。でないと、命を落とすことになる」
イリオスの言葉に少年は、目に涙を浮かべる。
「ごめ、なさい……ごめんな、さい……!」
そして肩を震わせ、嗚咽を漏らした。
アルタリアも、それ以上の説教は一度やめることにした。
泣きやんだ少年を連れて街に戻ってきたアルモニア。依頼の後処理はコミティスに任せたところで、アルタリアの説教が容赦なく再開された。
少年はひと通り泣いて落ち着いたこともあり、その言葉を粛々と受け止める。
「そういえば、さ」
「ん?」
その様子を見ながら、シグがルシオンに向かって口を開く。
「止めないんだね。いつも適当なことばっかり言ってるのに」
「まあねー」
ルシオンは言う。
「あれは、しっかり怒られるべきだよ。たまたま……本当にたまたま、ボクらが通りかかったからよかったけどさ。十数秒遅れたら死んでたんだし」
「……ふーん」
シグはアルタリアの方に視線を戻す。
コミティスが依頼の後処理を終えて戻ってきたところで、説教は打ち止めになった。
「すみません、本当にありがとうございました……」
見ず知らずの少年の世話はもう、十分すぎるほど焼いた。アルモニア一行は少年に背を向けて、冒険者ギルドを後にしようとした。
「……あの!」
少年はそんな一行の背中に声をかける。
「イリオスに、弟子!?」
ディーンは思わず声を上げる。
「ああ!」
いつもの総括の時間。
珍しくイリオスが口を挟んできたと思っていたら、この報告であった。
「…………」
ディーンは、無言でコミティスたちに視線を向ける。
「ああ。止めたのだが……」
アルタリアが難しい顔で答える。
「みんな、心配しすぎだよな。なあ、ディーン?」
当時その場にいたメンバーは、全員が止めた。普段は他人にそこまで興味が無いシグですらも「やめたほうがいい」と止めたくらいである。
「えっと……」
ディーンは、なんとか言葉のインパクトを処理すると、イリオスに向かって言う。
「オレも、正直やめたほうが良いと思うんだが……」
「え? なんで?」
イリオスはきょとんと首をかしげて、しかしすぐに笑顔に切り替わる。
「みんな心配しすぎだって! 別に難しいことじゃないんだしさ!」
ディーンは黙って額を抑えた。




